【滋賀】古代の都・大津宮お花見旅④ 〜三井寺・観月舞台とライトアップ
※2025年4月の内容です。
さて大津のお花見旅、最後は桜の名所・三井寺に向かいます。


以前も三井寺に行っておりましたが、今回はお天気にも恵まれたお花見日和の三井寺を楽しんでいきたいと思います。
↓↓雨の三井寺詣ではこちら
●2025年4月の大津お花見旅①②③
三井寺と近江大津宮
桜の名所として有名な三井寺ですが、
前回のお花見旅、近江大津宮遺跡との関連も深いお寺になります。
近江大津京ゆかりの古刹
667年に天智天皇により飛鳥から近江に都が移され、近江大津京が開かれました。
672年、前年の天智天皇の永眠後、大友皇子(天智天皇の子:弘文天皇)と大海人皇子(天智天皇の弟:天武天皇)が 皇位継承をめぐって争い、壬申の乱が勃発。 壬申の乱に敗れた大友皇子の皇子の大友与多王は父の霊を弔うために 「田園城邑(じょうゆう)」を寄進して寺を創建し、 天武天皇から「園城」という勅額を賜わったことが園城寺の始まりとされています。
勝利をおさめた大海人皇子は再び飛鳥に遷都し、近江大津京はわずか五年で廃都となりました。
三井寺の名の起こり
三井寺と呼ばれるようになったのは、天智・天武・持統天皇の三帝の誕生の際に 御産湯に用いられたという霊泉があり「御井の寺」と呼ばれていたものを後に 智証大師円珍が当時の厳義・三部潅頂の法儀に用いたことに由来します。
現在、金堂西側にある「閼伽井屋」から湧き出ている清水が御井そのものとされています。

百人一首の一番最初の和歌でもあります
近江大津宮を作った天智天皇に深いかかわりがあるお寺なんですね。
その後1400年以上、歴史上のさまざまな出来事に関わり続けながら、現在まで続いてきた由緒あるお寺でもあります。
三井寺と文学作品
そのため、「平家物語」「太平記」などの軍記物にも登場し、「雨月物語」「今昔物語」「徒然草」とたくさんの古典や歴史物語にも登場しています。
鳥獣戯画の作者の一人と言われている鳥羽僧上のほか、白河天皇の皇子誕生を祈願した頼豪阿闍梨などのお坊さんたちのエピソードはもちろん、
藤原秀郷や源頼政などの武士ほのかにも、源義経の家来と言われた弁慶に宇治川の橋合戦で活躍した僧兵たちと勇猛果敢なお話の登場人物もたくさんいるようです。
すごいな、三井寺。
●瀬田の唐橋と三井寺
平安時代の俵藤太こと藤原秀郷の大ムカデ退治の伝説がある橋で、
歌川広重の「近江八景 勢多夕照」にも書かれた風光明媚な瀬田の唐橋。
その大ムカデを退治した際に龍神からもらったのが、三井寺の鐘なんだそうです。
むかし、承平年間(十世紀前半)に田原藤太秀郷が三上山のムカデ退治のお礼に 琵琶湖の龍神より頂いた鐘を三井寺に寄進したと伝えられています。



●弁慶の引き摺り鐘
中世には比叡山との「山寺両門の争い」が勃発。その中で、この藤原秀郷が龍神からもらった梵鐘も、再度登場します。
延暦寺まで引きずられた挙句、谷底に落とされてしまった鐘ですが…無事現在も三井寺に存在します。
実際に傷や割れたあとがあり、なんだか痛々しい…。
弁慶の引き摺り鐘
当寺初代の梵鐘で、奈良時代の作とされています。 むかし、承平年間(十世紀前半)に田原藤太秀郷が三上山のムカデ退治のお礼に 琵琶湖の龍神より頂いた鐘を三井寺に寄進したと伝えられています。
その後、山門との争いで弁慶が奪って比叡山へ引き摺り上げて撞いてみると ”イノー・イノー”(関西弁で帰りたい)と響いたので、 弁慶は「そんなに三井寺に帰りたいのか!」と怒って鐘を谷底へ投げ捨ててしまったといいます。 鐘にはその時のものと思われる傷痕や破目などが残っています。

このお話は絵画や彫刻のモチーフにもよく使われているようで、
石川県・金沢の兼六園向かいにある石浦神社拝殿の上には、「弁慶の引き摺り鐘」がモチーフの彫刻が飾られています。


●太平記と三井寺
三井寺の伝説としては、頼豪阿闍梨のお話が有名ですね。
境内にも比叡山に押しかけた鉄鼠を祀っている十八明神があり、
のちにこの伝説をもとに、江戸時代の作家・滝沢馬琴が『頼豪阿闍梨恠鼠伝』というお話を書いています。
頼豪は…時の天皇であった白河天皇から皇子誕生の祈祷を命じられる。そのとき「無事皇子が生まれたら、お前の望みは何でも叶えてやる」との約束のもと、皇子誕生の祈祷をしつづけ、承保元(一〇七四)年、皇子敦文親王の誕生をみた。頼豪は褒美として三井寺の戒壇建立の願いを申し出たが、またも延暦寺の横槍がはいり、この約束は反故にされる。
(略)
このことを怨んだ頼豪は、自分の祈祷で誕生した敦文親王を、今度は祈祷で魔道に落とそうと断食に入った。やがて百日後、頼豪は悪鬼のような姿に成り果て憤死する。
そして頼豪は石の体と鉄の牙をもつ大きな鼠に化生。この鼠のことを頼豪鼠、または鉄鼠と呼ばれようになった。


●平家物語と三井寺
「平家物語」では、宇治川の橋合戦にて活躍した三井寺のお坊さん達が登場します。
以仁王と源頼政が挙兵。平家に敗れた後、奈良へ向かうことになります。その途中で平等院鳳凰堂にかくまわれますが、平知盛の追撃に敗れ、源頼政は自害、以仁王も落ち延びる途中で討ち取られます。
源氏に味方した三井寺も平清盛に攻撃され全焼。
のちに鎌倉幕府から庇護を受けやっと復興します。
この宇治川の橋げたをはずした橋の上で両軍が戦った「宇治川の橋合戦」にて、矢切の但馬こと五智院但馬、筒井浄妙、一来法師など勇敢な三井寺の僧兵が登場します

引用:https://www.archives.go.jp/exhibition/digital/heikemonogatari/contents/02.html
【平等院鳳凰堂】
— るちあ@陸奥国 (@__luchia_) July 22, 2022
言わずと知れた10円玉の裏にあるあの建物です
また一万円札の裏にある鳳凰もこちらの屋根に乗っている鳳凰になります
獅子王くんのじっちゃんこと、源頼政の最期の場でもあり、
このすぐ横に流れる宇治川では宇治川先陣争いが繰り広げられるなど、平家物語の舞台にもなっています pic.twitter.com/bS1sNGueyn


ちなみに筒井浄妙、一来法師は京都の祇園祭の山鉾の一つ・浄妙山のモチーフにもなっています
このほかにも、三井寺は歴史の重要な場面にたびたび登場するため、平安時代から戦国時代の500年の間に、23回も戦火や火災で被害を受けているそう。
そのたびに復興し現代まで続いているため、「不死鳥の寺」とも呼ばれているそうです。
●三井寺と国宝「越州都督府過所、尚書省司門過所」
三井寺所蔵の国宝、中興の祖・智証大師が中国に留学した際の「越州都督府過所、尚書省司門過所」
平安時代の紙のパスポートなので、度重なる火災でこの国宝も焼失する可能性も大いにあったわけです。それが21世紀の今でもちゃんと残っているなんて、考えてみるととてもすごいことですね。
【常設展示情報】
— 大津市歴史博物館 (@otsu_rekihaku) March 26, 2024
ユネスコ〈世界の記憶〉に令和5年登録された「智証大師円珍関係文書典籍―日本・中国の文化交流史―」より
国宝
越州都督府過所
尚書省司門過所
上記のレプリカを展示しました
三井寺で大切に保管されてきた、唐時代9世紀の公文書です
また解説パンフレットを無料配布しています pic.twitter.com/grtBFmwzM1
●雨月物語と三井寺
戦の話ばかりではなく、ファンタジーなお話もあります。
雨月物語の「夢応の鯉魚」は、三井寺の僧・興義が鯉に変身して琵琶湖を思うがままに泳いで楽しむ不思議なお話。
現在の琵琶湖にはビワコオオナマズなどの固有種が16種類もいるそうなので、魚たちと一緒に泳いでいるお話はなんか楽しそうですね。
●絵画と三井寺
ユーモア溢れる蛙や兎が生き生きと描かれた、国宝「鳥獣戯画」
その作者の一人では?と言われている鳥羽僧正は平家物語の序盤の時代の園城寺長吏だったそうです。
だいたい平家物語の時代、保元の乱のちょっと前ぐらいまでご存命だったよう。そんな昔の時代の作品なんですね。
臨時休館中ですが、特集「#鳥獣戯画展スピンオフ」の作品をご紹介します。
— 東京国立博物館 広報室 (@TNM_PR) May 28, 2021
「鳥獣戯画 甲巻(模本)」(山崎董詮模 明治時代・19世紀)は、兎、猿、蛙をはじめとする動物たちが生き生きと描かれる、国宝「鳥獣戯画 甲巻」の模本です。#東京国立博物館 #鳥獣戯画#MuseumAtHome #StayHome pic.twitter.com/VrbJVskh1U
●三井寺と俳諧
琵琶湖の風景を愛し、晩年膳所の近くに住んでいた松尾芭蕉をはじめ、与謝蕪村など、三井寺にちなんだ俳句もたくさんあります。
三井寺の門敲かばや今日の月 松尾芭蕉

三井寺や日は午にせまる若楓
三井寺や 月の詩つくる 踏落し
三井寺に 緞子の夜着や 後の月 与謝蕪村
↓↓松尾芭蕉が愛した町・膳所の旅はこちら
こうして主なものをまとめてみるだけでも、結構多いな…。
約1400年間、本当に歴史のいろんな場面に関わり続けた歴史あるお寺であることがわかります。
ざっくり三井寺についてまとめたところで、お花見に行ってみましょう!
桜の季節はライトアップもあるそうです。
今回、奇跡的に観月舞台の予約が取れたので、昼・夜両方楽しんできたいと思います!
琵琶湖疏水の桜並木が満開!
前回、蹴上→大津港まで琵琶湖疏水を通ってきましたが…
橋から見る疏水も本当にきれいですね。絵になるなあ~。



滋賀県立歴史博物館
ちょっとその前に。
滋賀県や大津のことをよく知るために、こちらにやってきました!
滋賀県立歴史博物館。
長等山をちょっと登ったところにあるので見晴がいいですね~


今までの大津お花見旅の、大津百町や膳所城の模型もこちらに展示されています。



近江大津宮の復元模型や、壬申の乱の場面を再現した瀬田の唐橋の模型もこちらの展示物です。
現在のどの位置に都があったのか、わかりやすいなあ~。

グレーの部分は現在の様子・茶色の部分が当時の様子



近代の資料もあり、大津事件で負傷したロシア皇太子・ニコライの手当てをした永井長介の記録簿も展示されています。
事件の様子やその後の経過など、現場の人の残した記録がちゃんと保管されているんですね。

↓↓大津事件の現場がある、大津市内の旅はこちら
●大津絵
また、大津の特産品・大津絵もいくつか展示されていました。
代表的な「鬼の念仏」がいくつかありますね…。
絵柄によってちょっとずつ印象が違います。
大津絵
江戸時代初期の寛永年間(17世紀前半)頃から、東海道筋の大谷町、追分町付近で売られていた民画。青面金剛などの仏画や、藤娘・鬼の念仏・瓢箪鯰などの世俗画が画題としてとりあげられた。後には、大津絵に道歌(教訓歌)を付したものが登場したり、鬼の念仏は赤子の夜泣きに効き目があるなどの庶民信仰も生まれた。旅の土産として普及したため、合羽刷りで輪郭をかたどり、細部を手彩色するという大量生産の手法がとられ、一枚物か描表装(かきびょうそう)に細竹の軸を付けた、簡単な装丁で販売されていた。


酒呑童子を退治した源頼光や、鬼神である青面金剛もなんだかコミカルでゆる~い感じに見える絵です。かわいいな

左から「文読む女」「鍾馗」「頼光」「青面金剛(しょうめんこんごう)」
また、護符的な意味が加わったものが「大津絵十種」
十種類の絵それぞれに縁結びや無病長寿などの御利益があるとされたそう。
確かにお土産にいいねえ。




紙から飛び出した大津絵のキャラクターたち
なんだか漫画みたいで面白いです。
またこの博物館の裏手の新羅明神堂には、八幡太郎義家こと源義家の弟・源義光のお墓があるそうです。
新羅明神は、智証大師が唐から帰国する途中、その船中にあらわれた護法神で、 三井寺の重要な神として北院に祀られています。
名前の「新羅三郎」、お父さんの源頼義が園城寺(三井寺)に帰依していたので、こちらの新羅明神にて元服したことにちなんでいるんですね。




というか、近くにアーネスト・フェノロサのお墓がありますね。
廃仏毀釈の時代に日本の美術・文化財を守ってくれた方で、
薬師寺東塔のてっぺんについている飾り・水煙を「凍れる音楽」と評した方になります。
2025年5月の大阪市立美術館で開催された「国宝展」でも展示されていた作品になりますね。
《東塔西塔今昔さんぽのみどころ》
— 法相宗大本山 薬師寺 (@yakushiji_nara) October 7, 2023
東塔相輪を飾る #水煙 。解体修理の際に取り外し、別保存していますが、#東塔西塔今昔さんぽ では特別公開します。雲に乗って大空を舞う #笛吹童子 に惚れてください。#薬師寺 #奈良 #世界遺産 #西ノ京 https://t.co/BD1z3gIJNX pic.twitter.com/VRHWBmyUNw
三井寺法明院で受戒していたから、ここにお墓があるんですね。
なるほど。知らなかったな~。

↓↓薬師寺東塔の水煙が展示されていた大阪市立美術館の「国宝展」はこちら
長等神社
山を登る前に、麓の神社を回っていきます。
まずは長等神社から。
こちらも天智天皇に関わる神社なんですね。
長等神社のあゆみ
天智天皇が近江大津宮へ遷都(西暦667年)の際に都の鎮護として、須佐之男命を志賀の長等山岩座谷の地に祀られたのが始まりである。


また、古代の都・近江大津宮を詠んだ平忠度の歌碑もあります。
平忠度は平清盛の末弟にあたる人物で現在の和歌山の熊野生まれ。歌人としても有名ですね。
お母さんは熊野別当の娘さん、平家物語で熊野水軍を率いた湛増の姉妹にあたります。
平家と熊野の血を引く人なんですね。
父は鳥羽上皇に仕え、上皇の熊野御幸のお供をし、又上皇が建立された三十三間堂の建設にも関わったという平忠盛。
母は鳥羽上皇の御所に仕えていた熊野別当 湛快の娘 浜の女房(女官)といわれ、忠盛と結ばれたのち熊野に帰り、音川の橋爪氏の館で忠度を生んだと伝えられるのがこの場所である。
忠度は18才迄熊野で過ごし、熊野参詣に来た兄の清盛に伴われ京都に上ったと伝えられる。

さざなみや
志賀の都は 荒れにしを
昔ながらの 山桜かな 平忠度

ちょうど後ろの紅しだれ桜が咲いているので、とても絵になりますね。
普通の桜より濃くてはっきりした紅色です。
また回廊を回る「美女祈願」をやっていきたいと思います

これを年の数だけ繰り返す…なんですが、10の位は一本の短縮バージョンでやってみました。
厳かな雰囲気な分、ちょっと静かだとなんとなく怖いなあ…猫ちゃんがいたのは心強かったです。
三尾神社
次に三尾神社にもお参りしていきます。
こちらは長等山の地主神なんですね。
とても古い神様のようです。
「寺門伝記」補録第五三尾明神祠に三尾明神について書かれている。三尾明神はその昔伊弉諾尊がこの地に降臨され、長等山の地主神となられた。この神は常に三つの腰帯をつけておられた。ある時その三つの腰帯が赤尾神・白尾神・黒尾神となられ、それぞれ三ヶ所で出現された。最初の出現は赤尾神で、上の三尾(琴尾山 山上の祠)と称されたが、出現の時は太古卯年の卯月卯日卯の刻というだけで何の時代の何年という事が不明である。第二の出現は白尾神で、場所は現在の三尾神社(筒井の祠)とされている。出現の時は文武天皇の大宝年間の夏というだけで何年という事が知られていない。第三の出現が黒尾神で鹿関の地でこの神のみが称徳天皇の神護景雲三年三月十四日の出現とされている。三神とも御本体は一つで伊弉諾尊となっている。之を上の三尾・中の三尾・下の三尾と称されていた。

こちらの神様のお使いがうさぎなので、境内にたくさんうさぎさんがいます。
かわいい。
卯年の守り神の他、縁結びや安産にご利益があるそうです。




元気のいい手水舎のうさぎさんもまた見てきました。
水しぶきあげてかけてくる様子がとても躍動感があります。


三井寺
さて、いよいよ三井寺にやってきました!
仁王門前の桜がきれいに咲いています。

↓↓境内のお堂や弁慶の曳摺り鐘、近江八景の一つ「三井寺の晩鐘」についてはこちら
●閼伽井屋
観月舞台に行く前に本堂にお参り。
また、前回じっくり見られなかった閼伽井屋にもお参りしてきました。
「閼伽」は仏様に備えるお水のことで、ここに住む九頭一身の龍神様が年に10日丑の刻に現れ、金堂の本尊・弥勒如来に水花を供えているそうです。


お水がこぽこぽ湧いている音が聞こえます…。すごく落ち着く音です。
飛鳥時代から1400年、ずっと湧き出ている泉なんですね。

この閼伽井屋の覆屋は1600年に建てられたものと言われ、上には左甚五郎作の龍があります。
左甚五郎は日光東照宮の「眠り猫」や豊国神社の「眼無し鶴」などの作者としても有名ですね。
【豊国神社】
— るちあ@陸奥国 (@__luchia_) July 22, 2022
豊臣秀吉を祀った神社で、骨喰くんのいる神社です
あちこちに瓢箪モチーフがあって面白い
唐門の欄間には、左甚五郎作の「眼無し鶴」の彫刻があります
あまりにも上手に出来上がったので、飛び去っていかないよう眼を入れなかったそう
なんか画竜点睛の故事みたいなお話ですね pic.twitter.com/sUUXZhMzjy

この龍もあまりにもよくできていたため、夜な夜な琵琶湖に出て暴れたとのことで、目に釘が打ちこみ鎮めたとの伝説が伝わっています。
なんかちょっと痛そう…でもそれだけ今にも動き出しそうなほどの出来栄えだということですね。
さてここで一休み。
三井寺名物の弁慶の力餅を食べていきます。
平泉や京都などにも、あちこちに「弁慶の力餅」はありますが…ここのお餅はどんな感じのお餅だろう?


弁慶、当時対立していた比叡山のお坊さんなのに、もうすっかり三井寺のキャラクターみたいになってますね。平和になってよいことだ。
ここのお団子は、きなこと抹茶と和三盆のバランスがいいなあ。
お餅といいつつ…これ求肥なんですね。とっても柔らかい。
桜の季節にぴったりなお団子ですね。また食べたいなあ。


三井寺 観月舞台
さて予約時間が近づいてきたので、いよいよ観月舞台の桜を見に行きます!
一組ずつ5分間貸切状態で見ることができるとのこと。
どんな感じのところだろう…。

一面の桜!!!

真ん中の床のところにも桜が映ってとてもきれいです。
この床部分入っちゃいけないのかな?と思いましたが、入っても大丈夫とのこと。その上で写真とってもOKでした。
そうだったんだ。

せっかくなので、京極ちゃんに立ってもらいました。
なんだかゲームの景趣にも似てますね。

前日の平安神宮や蹴上インクラインの桜が満開だったので、こちらの桜も満開かな?と思ったら、本日の大津の桜はまだ7~8分咲きだったようです。
満開の時にはもっと桜があふれるような光景になるそうです。
そんなこと言われると、またみてみたくなるな~。

この観月舞台、由来はその名の通り月がよく見える場所であることから名づけられたそう。
今は桜の時期にしか登れませんが、もともとはお月見の場所なんですね。
観音様のおかげで生き別れになった親子が再会する謡曲「三井寺」の舞台にもなっています。
この親子の再会の場面も、中秋の名月の夜になっているそうです。
満月の光のもと、離れ離れの親子が涙の体面をする様子はとても感動的だろうなあ。
「大津そろばんの碑」がある高台から、観月舞台や琵琶湖が見えます。
こちらも桜がたくさん咲いていて写真のフレームみたい。
のどかだなあ~。


三井寺・ライトアップ
さて、日が沈んでからは夜桜が楽しめます。
境内全体がライトアップされていて、とても幻想的です。



昼間も同じ場所を見ていたはずなのに、全然違った雰囲気です。

桜のトンネルに光の波が流れていて、ずっと見ていても飽きません。
智証大師が、中国の青龍寺の火災の際に閼伽井屋の霊水を雨雲にして飛ばしたという伝説がある村雲橋にも、きれいな桜がかかっていますね。


弁慶の力餅のお店前あたりで、三井寺のキャラクター「べんべん」くんにも会えました。


三井寺広報僧「べんべん」
宗教法人 園城寺(三井寺) | 滋賀県
大津市にある三井寺の広報僧「べんべん」べん。弁慶の引きずり鐘と千団子祭りの亀をモチーフにしたキャラクターべん。特技はほら貝を吹くことべん。大津市と三井寺の魅力を伝えるために色んな所で活動しているべん。
昼間と同じように、「大津そろばんの碑」がある高台から夜景も見ていきました。
麓からのライトアップが光の道みたいにみえてきれい。
琵琶湖疏水から大津閘門への桜並木もきれいにみえるなあ~

最後にまた琵琶湖疏水の桜を見てきました。
iPhoneでは夜景はあまりきれいに撮れないのでちょっとぼやけていますが…ライトアップされた桜並木もとてもきれいでした。

三井寺・長等神社・三尾神社の御朱印をもらってきました。
観月舞台の桜の御朱印きれいだなあ~。
この限定御朱印は西国十四番札所観音堂で受け取ることができました。

大津のお花見旅、いろんなところたくさん回れて本当に楽しかったです。
お花見の時期だけじゃなく、琵琶湖の四季を全部みてみたいものだなあ~。
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