建築学科ではなく、「建畜学科」だった|建築学生の提出前48時間は、だいたい人間じゃない。
建築小譚No.4
他の投資譚などはこちら!
今回の話は続きなどではないので初めての人でも
是非、不思議な建築学生の日常を
見てみてください!
これは、「建畜」学科生の提出前の48時間の記錄

記事のサムネみたいな可愛さなんぞない
課題は常に生か死か
朝7時30分、私たちの1日は終わる
朝日を見るために起きていたわけじゃない。
気づいたら、朝になっていたんだ。
製図板の上には描きかけの図面。
机には飲みかけのコーヒー。
床には切りくずだらけのスチレンボード。
窓から差し込む朝日を見て、
誰かがぽつりとつぶやく。
「……もう朝か。」
その一言で、長かった夜が終わる。
いや、終わったというより、
無情にも朝が始まってしまったという方が正しい。
目は開いているが、頭は回らないし
昨日から一睡もしていない。
時計だけは容赦なく進み、
気づけば朝7時30分を指していた。
「食堂、もう始まってるね。」
誰かが言う。
朝定食は一種類だけ。湯気の立つ味噌汁。
わかめと豆腐が入った、ごく普通の一杯だった。
箸の音だけが静かに響く。
味噌汁をひと口飲むと
さっきまで張り詰めていた気持ちが、
少しだけほどける。
血眼になって図面と向き合っていたはずなのに、
「なんとか提出できるかもしれない。」
そんな根拠のない自信だけが、
不思議と湧いてくる。
「あと少しだ。」
■開始の合図
昼12時
先生が製図室へ入ってくる。
いつも通り講評を終え、
帰り際に振り返ることもなく一言だけ残した。
「提出は、明後日の12時です。」
製図室が、一瞬だけ静まり返る。
その沈黙を破るように、
誰かがパソコンを開く
誰かがコンビニへエナジードリンクを買いに走る
誰も「頑張ろう」なんて言わない。
全員が分かっている
ここから48時間は
普通の大学生活は、一度終わる。
私たちは自虐を込めて、こう呼んでいた。
建築学科じゃない「建畜学科」
■提出前48時間
先生が出ていき、時計を見る。
「あと、48時間。。。」
ひとまずは、パソコンの電源を入れる。
コーヒーを買いに行くか。
それとも先に模型を始めるか。
頭の中で48時間の予定を組み立てる。
そして、毎回同じことを思う。
「今回も寝られないな。」
【提出47時間前】恋人より提出
提出まで、あと47時間。
まだ昼の13時
製図室には、いつものようにパソコンの音
とカッターの音だけが響いていた。
その時だった。
♪♪
A子のスマホが鳴る。
画面には「彼氏」
隣の友達がちらっと見る
「彼氏じゃん。出ないの?」
A子は一瞬だけ画面を見るが
すぐに、スマホを伏せる。
「今は無理。」
「怒られない?」
少し間を置いて、A子は答える。
「………提出終わってから、怒られる。」
その返答に、周りの誰も驚かなかった。
むしろ、「まあ、そうだよね。」
という空気が流れている。
恋人からの電話より、図面や模型を優先する。
提出前の48時間だけは、
建築学生の優先順位は少し壊れている
建築学生の恋人は大変だ。
LINEを送っても
既読はつくが、返信はない
電話をかけても出ないことはざら
「浮気かな?」
そう思う人もいるかもしれないけど違う。

恋人同士で、こんな質問が交わされることがある。
「私と提出、どっちが大事なの?」
普通なら迷う質問なのかもしれない。
でも、締切前の建築学生には愚問だった。
来年の今日も恋人はいるかもしれない
だがしかし、提出日は今日しかない。
【提出36時間前】カッターと病院
深夜0時。
聞こえるのは、パソコンのキーボードを叩く音と、模型を切るカッターの音だけ。この時間になると、全員の集中力は少しずつ限界に近づいていた。
そんな時だった
「痛っ……。」
A君の声が響く。
「カッターで指切った。」
周りが一瞬だけ顔を上げるがでも、誰も慌てない
「絆創膏ある?」
「そこの引き出し。」
それだけ。
B君はA君を見ることもなく、すぐに作業へ戻った。

珍しいことではなかった。
……数分後。
A君が、
もう一度自分の手を見る。
A君「いや……これ、ちょっと止まらないかも。」
B君「??。見せてみろ」
B君「え……めちゃくちゃ血だらけじゃん!???!」
A君の机に人々が集まる。
机の上には、少し赤く染まった作業スペース。
A君「あ、それは絵の具。けどこっちは本物、、、、、」
絆創膏は真っ赤になっている
さっきまで誰も気にしていなかったものが、急に現実になった。
B君「病院行った方がいいんじゃない?」
A君は迷いながら言った
「でも……まだ模型終わってないんだよね。」
一瞬、沈黙。
(いや、そこ心配するとこ指だろ。。。。。)
けど、誰もA君を責めなかった。
自分たちも同じ状況なら、同じことを考えていた気がするからだ。
結局、A君は周囲に説得されて病院へ向かった。
翌日
A君は製図室へ戻ってきた。
そして第一声
「模型、今から接着剤の乾燥間に合うかな。」
その瞬間、全員の笑みがこぼれた
「いや、まず指だろ!」
そう笑いながらも、
誰もが少しだけ安心していた
結局、最後まで頭の中にあったのは、
提出のことだった。

よく空港で筆箱のカッターを没収されます
【提出まで18時間】青色の窓と模型材料
提出前になると、製図室から少しずつ人間らしい生活が消えていく。
冬になると、新たな問題が出てくる。
寒い
古い校舎だった深夜の製図室は、とにかく冷える
特に窓際の席では、隙間から冷たい風が入ってくる
そんな時
誰かが模型置き場から持ってきた
「スタイロフォーム」を使って
窓の断熱を施し始めた。
スタイロフォームとは💡
※建築現場で使われる断熱材です。
床や基礎の断熱
外壁や屋根の断熱
冷気・熱気を遮るための断熱材として使われます
一方で安価であり、
軽い
カッターで簡単に切れるという特徴を活かし建築学生は模型の材料としても使います。


「ここ、寒くない?」
誰かが言う。
そして窓の隙間に、スタイロフォームをはめ込む。
すると、
「……少しマシになった。」
本来的に断熱材であるため、
建物の模型を作ってた材料をみんなから
集めてその夜だけは、
本来の役割を担ってもらったのであった。
普通なら、
寒ければ帰るし
眠ければ寝る
でも提出前の48時間だけは違う。
帰るという選択肢はなかった。
目の前には、まだ完成していない
模型や図面があるからだ。
朝になると
製図室には、まだ明かりがついていた。
窓には青いスタイロフォームがそこかしこにへばりついていた。
先生方からは後で窓を汚したとして、
結構怒られた。

【提出まで12時間】すっぴんと午前3時
世間では「今日」が終わる夜0時。
提出まで12時間を切った今、
でも製図室では、そこからが本番である。
まず0時頃女子は一度家へ帰り
シャワーに入って、場合によっては
辛ラーメンを食べたり少しだけ仮眠を取ったり
そして深夜3時ごろ、少しだけメイクを整えて
ほぼすっぴんだけど、、、
おでことかがテカって『あいつスッピンだよ』とか
言われないように製図室へ戻ってくる。
絶世の美人であろうと誰であろうと
みんな締め切り間際は、
自分の綺麗さより図面の綺麗さが大事だ。
「おはよう。」
眠気眼のバイト終わりの子が0時頃から合流する。

誰も驚かない。
それが締切前の建築学生の日常だから。
私自身、アルバイトを2つ掛け持ちしながら
だったので例に漏れず、
18時に授業が終わり23時までアルバイト。
0時から製図室に戻る。そんな生活だった。
「眠すぎる。明日はやるから帰る。」
留年をした友人や先輩を毎課題ごとに一人は見る。
模型は終わらない。図面も終わらない。
眠気だけが積み重なっていく。
提出まであともうすこしだ、、、

■提出30分前の戦争
提出まで、あと30分
製図室から、音が消える
恋バナをしていた人も
カップ麺を食べていた人も
机に突っ伏していた人も
全員、自分の図面だけを見ていた。
ここから先は、1分1秒が勝負だ
「PC落ちた。…..」
誰かの声が響く
一瞬だけ、顔を上げる
でも、誰も助けに行けない
自分もギリギリだから
「再起動か、自動保存確認しろ!」
短い言葉だけが飛び交う。
数分後。
今度は別の声が響いた。
「プリンターが、、、、、、止まった。」
全員の空気が変わるのがわかる
提出30分前のプリンター停止
紙提出の建築学生にとって、
それは最後の出口が塞がれるようなものだった。
「2年の製図室まだ使えるぞ!」
「後輩に電話しろ!」
「USB持ってるのか!?」
製図室が、一瞬で非常事態になる。
私は図面データを握りしめて走った。
廊下そして階段。
時計だけが、信じられない速度で進んでいく。
心臓が今までにないくらいバクバクしてる
後輩の製図室へ飛び込み事情を話すと、
提出日が今日でない後輩学年はプリンターを
すぐに譲ってくれた。
しかし
問題はまだ終わっていなかった。
印刷待ちの人間は
私を含めて4人いた。
残り時間20分。
プリンターの速度=1人あたり6分程度
つまりそれは
「一人は印刷が間に合わない。」
ことを意味していた。
沈黙が破れる
「、、、あのさ、、、公平にジャンケンで決めよう。」
誰かが言った。
その瞬間。
空気が変わった。
4人で向かい合う。
もう残り時間は少ない
普段なら、数秒で終わるジャンケン。
でも、この時だけは違った。
何度も描き直した図面、眠らずに過ごした48時間。
その全部が、全部が、、、右手の中に乗っている
「最初は、、、グー」
4人の声が重なる。
「ジャンケン……ポン。」
全員がグー
(緊張しすぎたのか、全員握りこぶしはグーのまま開かれていなかった。)
誰も何も言わない。
「もう一回。」
「最初はグー。」
「ジャンケン……ポン!!」
心臓が止まりそうだ
また、あいこだった。残り時間を見るが、
もう余裕がない
【三回目】
「最初はグー。」
心臓の音が聞こえる気がした。
「ジャンケン……ポン。」
手を出す。
私はパーだった。
顔を上げる。
目の前には、
グー。
グー。
グー。
一瞬、何が起きたのか分からなかった。
「……私?」
勝った。
まさかのパーで。
一年間積み重ねてきたものを
提出する順番を決めたのは
図面でもなく、
模型でもなく、
最後に出した、自分の右手だった。
「急いで!!!」
誰かの声で我に返る。

図面データを握りしめて、プリンターへ走る。
時計だけが、残酷なくらい進んでいた。
あの日のジャンケンで、私は勝った。
でも、全員が笑顔で終われたわけではなかった。
負けた一人は、その課題を提出できなかった。
そして、その後。留年した。
さらに時間が経ち、
彼は大学を辞めた。
もちろん、あのジャンケンだけが全ての
理由ではないと思ってる。
ただ、大学生活には、いろんな出来事がある。
でも。
あの日の数秒間が、
彼の人生の中で大きな意味を持つ瞬間
だったことは間違いない。
今思えば、不思議な話だ。
半年間かけて向き合った課題を、
最後はジャンケンに託した。

今の私はどうなっていたのだろうか
■あの日の味噌汁を、まだ超えられない。
もちろん、今の学生に同じ生活をしてほしい
とは思わない。
徹夜なんてしない方がいい。
ちゃんと寝て、ちゃんと食べて、健康に建築を学べるなら、それが一番だ。
だから、「建畜学科」という言葉を美化したいわけでもない。
でも。
社会人になった今でも、
時々あの製図室を思い出す。
朝7時30分。
ようやく製図室を出て、みんなで食堂へ向かう。
誰もしゃべらない。
湯気の立つ味噌汁。
わかめと豆腐が入った、ごく普通の一杯。
箸の音だけが静かに響く。
味噌汁をひと口飲む。
すると、不思議と少しだけ肩の力が抜ける。
「……なんとか提出できるかもしれない。」
そんな根拠のない自信だけが湧いてくる。
寝不足で味覚がおかしくなっていたのか。
一晩やり切った達成感だったのか。
理由は今でも分からない。
社会人になってから、
高級な料理をご馳走になる機会もあった。
旅行先で、美味しい朝ごはんも食べた。
でも。
あの日の味噌汁を超える朝ごはんには、
まだ出会っていない。
---
今なら笑って言える。
建畜学科。
あの48時間を、もう一度やるか?
そう聞かれたら、
「絶対に嫌です。」
そう即答すると思う。
でも。
あの48時間がなかった人生も、
きっと少しだけ寂しい。

今回のお話は昔々の学生時代を描いてみました!
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