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バルコの航海日誌 Ⅱ◆銀沙の薔薇《11》

Ⅱ◆銀沙ぎんさの薔薇

《11.覚醒/感応》


こうして船での毎日は過ぎていった。日々変わらずに、夜風が柔らかく頬を撫で、男たちは歌に耳を傾ける。

アルジェを船に迎え、二度目の満月となった夜のこと。アルジェの唇から流れ出す歌声が、旋律の途中で変化した。
それはアルジェ自身も気づかないような微かなものだったが、しかし歌いつぐなかで、アルジェはいつにない疲れを覚えた。たらいの縁に腕をもたれて瞼をとじる。深い眠りに引き込まれていく。夜が明ける前に睡魔に襲われるなどということは初めてだ。
重い眠りのなかでアルジェは夢をみた。

ゆるく膝を抱えたまま、何処かをどんどん沈んでいく。落下はゆっくりと続いたあと、一定のところで止まり、漂う。 
ぼんやりと目を開くアルジェを包んでいたのは、ひんやりと、くらあおの世界だった。厚い膜で耳をふさがれたように何の音もしない。腕を動かしてみたが、自分の動きが、やけにゆっくりと目に映る。光源は見当たらないのに肌のおもてが蒼白く反射する。  
私はここを知っている。——深い海の中だ。
そう気づいた瞬間、喉から白い泡があふれた。息ができない。苦しい。吐き出した泡が上昇していく。もがいても何の手ごたえもなく、声も出ない。助けて。
遠のく意識のなかで、上方から光が射しこんでくるのをアルジェはみた。アルジェの身体を貫いて、海中に白い光の柱が立つ。
夢のなかでアルジェは気を失った。

ひと息、鋭く吸って意識が戻った。
もとの甲板の上だ。安堵したその時、自らの掌が燐光を放っているのをアルジェはみた。傷はすっかり癒えている。発光と同時に、激しい衝動が身の内に突き上げてくるのを感じた。自らでは制御できないその光に動かされるように、腕を真っすぐにもたげた。白い腕が指し示す先には闇に沈んだ岬があった。

尋常ではないアルジェの様子に、いつしか船乗りたちが集まってきていた。
「どうした、アルジェ」
横顔をのぞき込んだ者は悲鳴を上げて尻餅をついた。
アルジェの瞳には赤い炎が点っている。
一同は後ずさった。
目を醒ましたのだ。夜張りの血が。従えば幸いを呼ぶが、命に背けば災厄をもたらす夜張りの火には、何びとたりとも逆らうことはできない。

   ***

深夜。異族の集落は冷え冷えとした眠りの中に沈んでいた。一族のまもりを失った彼らの夜は、かつての温もりと安らぎに満ちたものではなかった。

闇の中、ひとりの赤ん坊が目を開いた。かごに寝かされた赤ん坊の瞳は虚空に向け見開かれている。ややあって若い母親も目を醒ました。常にない静けさが辺りを支配している。母親はいわれのない不安を感じ身体を起こすと、傍らのかごがほのかに光っているのに気付いた。
慌ててかごをのぞき込むと、赤ん坊の眉間が護符のかたちに光を放っていた。護符の刺青は銀によって施されたものだ。声もたてずに眼を見開いていた赤ん坊は、母親の胸に抱き上げられようやく弱い泣き声をあげ始めた。

ついで母親は、自らの手の甲にある刺青もまた白い光を発してしているのをみた。すでに泣き止んで眠っている赤ん坊を抱いたまま、母親はよろけるように足を踏み出した。母親は裸足のまま、月光の差し込む戸口をよろめくように出て行った。

ほかの家でも同じ現象が起きていた。ある者は掌に、ある者は踵に施された刺青が一様に光を放っている。光に導かれるようにして、ひとり、またひとりと天幕を抜け出し集落はもぬけの殻となった。

歩き出した者たちはいつしか一群となった。口を利くものは誰もいない。行き先も知らず、ただ勝手に足が動く。

アムディンもまた群れのなかにあった。自らの意志では身体が動かない。アムディンの刺青は胸にある。己の身体を白い光が引っ張っていくような感覚があった。頭は重く痺れており、かつどこか奇妙に冴え返っている。濃い霧に包まれたように鈍った感覚のなか、裸足で踏む土の感触だけが冷たく足の裏に残った。

どれくらい時間が経ったのか。自然に足が止まり、気が付いたとき、はるか眼下には、黒い波が打ち寄せ、砕けた飛沫が夜目にも白く岩を噛んでいた。

——海だ。

たどり着いたのは岬の突端だった。
誰が言い出すともなく、人々の視線は一点に向けられた。海上には蒼白い狼星おおかみぼしが強い光を放っている。その真下に一隻の船が浮かんでいた。

(続く)


【バルコの航海日誌】

■プロローグ:ルダドの波
https://note.com/asa0001/n/n15ad1dc6f46b

■真珠の島
【1】 https://note.com/asa0001/n/n4c9f53aeec25
【2】 https://note.com/asa0001/n/n57088a79ba66
【3】 https://note.com/asa0001/n/n89cc5ee7ba64
【4】 https://note.com/asa0001/n/n9a69538e3442
【5】 https://note.com/asa0001/n/n253c0330b123
【6】 https://note.com/asa0001/n/n734b91415288
【7】 https://note.com/asa0001/n/nfe035fc320cb
【8】 https://note.com/asa0001/n/n81f208f06e46
【9】 https://note.com/asa0001/n/n6f71e59a9855

■銀沙の薔薇
【1】水の輿 https://note.com/asa0001/n/nedac659fe190
【2】銀沙の薔薇 https://note.com/asa0001/n/n6a319a6567ea 
【3】オアシス https://note.com/asa0001/n/n3b222977da7a 
【4】異族 https://note.com/asa0001/n/n224a90ae0c28 
【5】銀の来歴 https://note.com/asa0001/n/n2a6fb07291ae 
【6】海へ https://note.com/asa0001/n/n1a026f8d4987 
【7】眠り https://note.com/asa0001/n/ne00f09acf1b7 
【8】目覚め https://note.com/asa0001/n/ncbb835a8bc34 
【9】海の時間 https://note.com/asa0001/n/nb186a196ed9d
【10】歌声 https://note.com/asa0001/n/ne9670d64e0fb 
【11】覚醒/感応 https://note.com/asa0001/n/n983c9b7293f2 ☆この話
【12】帰還 https://note.com/asa0001/n/n53923c721e56 

■香料図書館
【1】図書館のある街 https://note.com/asa0001/n/na39ca72fe3ad
【2】第一の壜 https://note.com/asa0001/n/n146c5d37bc00
【3】第二、第三の壜 https://note.com/asa0001/n/na587d850c894
【4】第四の壜 https://note.com/asa0001/n/n0875c02285a6
【5】最後の壜 https://note.com/asa0001/n/n98c007303bdd
【6】翌日の図書館 https://note.com/asa0001/n/na6bef05c6392
【7】銀の匙 https://note.com/asa0001/n/n90272e9da841

#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門


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