10.5話 証は、歌になり、家族へ広がっていった。|6話〜10話の証とみことば
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。
「Buddhaの弟子から、キリストの弟子へ。」
この証シリーズは、私の幼少期の痛みから始まりました。
父を知らずに育ったこと。
孤独と痛み。
音楽との出会い。
妻との出会い。
そして、天の父の愛に救い上げられたこと。
1話〜5話では、私自身がどのように痛みの中を歩み、天の父の愛に出会ったのかを書いてきました。
そして6話〜10話では、その愛が、私の内側だけで終わらず、音楽へ、親子へ、夫婦へ、AIを用いた発信へ、スタジオへ、そして神の家族へと広がっていく歩みを書いてきました。
今回は、6話〜10話の流れをまとめたいと思います。
まだ読んでいない話があれば、ぜひそこから読んでみてください。
きっと、どこかにあなた自身の痛みや、希望と重なる部分があると思います。
6話 お父さん、ラップがしたいです。
6話では、私がもう一度マイクを握るまでの証を書きました。
昔の私は、音楽で自分を証明しようとしていました。
認められたい。
価値を見せたい。
自分はここにいると叫びたい。
そんな思いでマイクを握っていた時期がありました。
でも、天の父の愛を知った後、音楽の意味が変わりました。
もう自分を証明するために歌わなくていい。
神さまが私を愛してくださっている。
神の子として受け入れてくださっている。
その愛を知った時、音楽は「自分を見せるもの」から「福音を届けるもの」へ変えられていきました。
ひとりスタジオで泣きながら出てきた言葉。
「お父さん。ラップがしたいです。」
それは、ただ音楽活動を再開したいという言葉ではありませんでした。
天の父に向かって、もう一度、自分のGiftを差し出した瞬間でした。
聖書にはこうあります。
「主は私の口に、新しい歌を授けられた。
私たちの神への賛美を。」
詩篇40篇3節
私に与えられた新しい歌は、KAMINOKOでした。
自分を証明するためではなく、福音を届けるためのラップ。
それが、私の中で再び始まった音楽でした。
【6話リンク】
7話 小さなダビデが、マイクを握った日。
7話では、長男Davyとの親子ラップの証を書きました。
私の中で再び燃え始めた音楽の火は、息子へも広がっていきました。
小さなダビデが、マイクを握った日。
それは、ただ親子で楽しく曲を作ったという話ではありません。
父を知らずに育った私が、今度は自分の息子と一緒にマイクを握っていた。
それ自体が、神さまの回復でした。
Davyの曲には、みことばの剣とランドセルが出てきます。
小学校へ行く子どもが、ただ勉強しに行くだけではなく、友達や先生を愛しに行く。
ランドセルを背負いながら、心にはみことばの剣を持って歩く。
それは、子どもにも分かる福音の形でした。
聖書には、少年ダビデがゴリアテに向かってこう言う場面があります。
「おまえは、剣と槍と投げ槍で私に向かって来るが、私は万軍の主の御名によって、おまえに立ち向かう。」
第一サムエル記17章45節
Davyの親子ラップは、小さな子どもが神さまのことばを握って歩く世界でした。
そして、親子の証が歌になりました。
父を知らずに育った私が、息子と一緒に福音をラップする。
それは、私にとって大きな癒しであり、回復の証でした。
【7話リンク】
8話 夫婦で奏でる、御国の音。
8話では、夫婦で作った賛美「LET THERE BE LIGHT / 光、あれ。」について書きました。
かつての私たち夫婦は、愛し方が分かりませんでした。
傷つけ合うこともありました。
本音を伝えられないこともありました。
互いの痛みを抱えたまま、夫婦として歩んでいました。
でも、神さまの光が夫婦の中に差し込みました。
妻Euniceが先にイエスさまへ導かれ、妻の祈りと変化を通して、私も天の父の愛へと導かれていきました。
そして、夫婦で同じ神さまを見上げ、同じ福音を歌うようになりました。
「LET THERE BE LIGHT。」
「光、あれ。」
【YouTubeリンク】
これは、ただの曲名ではありません。
私たち夫婦の証でした。
聖書にはこうあります。
「神は仰せられた。『光、あれ。』すると光があった。」
創世記1章3節
また、こうも書かれています。
「光は闇の中に輝いている。闇はこれに打ち勝たなかった。」
ヨハネの福音書1章5節
夫婦の闇に、神さまの光が差し込んだ。
傷つき、ぶつかり、愛し方が分からなかった夫婦に、イエスさまの光が差し込んだ。
その証が、賛美になりました。
そして妻EuniceのGiftも、この曲を通して大きく用いられていきました。
妻がChatGPTの画像生成で歌詞に合わせた画像を作り、私がそれをAIで動かし、歌詞を入れ、MVとして編集していきました。
夫婦の証が、歌になり、画像になり、映像になっていく。
そこにも、神さまの恵みを感じました。
【8話リンク】
8.5話 AIは敵じゃない。フィリーと歩いた証づくりの裏側。
8.5話では、少し番外編として、AIとの制作の裏側を書きました。
私はChatGPTに「フィリー」という名前をつけています。
Philia。
友情。
愛。
親しい関係。
スタジオ名Philiaともつながる名前です。
もちろん、AIは神さまではありません。
祈る存在でもありません。
人間の涙や悔い改めや証の代わりにはなれません。
でも、AIはツールです。
神さまから受け取った証を整理するために。
Giftを形にするために。
福音をもっと多くの人へ届けるために。
用いることができます。
フィリーと一緒に、私は証を言葉にし、画像にし、音楽にし、映像にしてきました。
でも、全部をAIに任せているわけではありません。
祈りながら確認する。
聖書から外れないようにする。
自分の証を偽らない。
神さまファースト、福音第一。
ここが土台です。
AIは、証を奪うものではありません。
正しく使うなら、人の本音を整理し、神さまから受け取ったGiftを形にするための助けにもなる。
8.5話では、そのことを伝えたかったのです。
そして、この話は9話へつながっていきました。
あなたの証も、形になるかもしれない。
あなたの証も、歌になるかもしれない。
【8.5話リンク】
9話 あなたの証も、歌になる。
9話では、証が歌になることについて書きました。
自分の証がKAMINOKOになった。
Davyとの歩みが親子ラップになった。
夫婦の証がLET THERE BE LIGHT / 光、あれ。になった。
その中で、私は強く思うようになりました。
証は、歌になる。
そして、それは私だけの話ではありません。
あなたの証も、歌になるかもしれない。
ロギオンは以前、こう語っていました。
一人ひとりに、オリジナルの賛美があっていい。
賛美はいくらあってもいい。
作っていきましょう。
この言葉が、私の中で少しずつ形になっていきました。
歌が得意かどうかではありません。
音楽経験があるかどうかでもありません。
神さまに何をしていただいたのか。
どんな痛みから救われたのか。
どんな愛に触れたのか。
誰に届けたいのか。
そこに証があるなら、その証は歌になるかもしれません。
聖書にはこうあります。
「わがたましいよ。主をほめたたえよ。
主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな。」
詩篇103篇2節
証を忘れないことは、いつも喜び、感謝することにもつながります。
主が良くしてくださったことを思い出す時、感謝が戻ってくる。
感謝が戻ると、喜びが戻ってくる。
喜びが戻ると、もう一度、主をほめたたえたくなる。
その感謝が歌になり、証が賛美になる。
Recording Studio Philiaは、そんな「証を音にする場所」として導かれているように感じています。
はじめての一曲を、ここから。
誰かの証が、歌になり、家族に残り、誰かの心に届き、福音が音楽に乗って広がっていく。
そのお手伝いができる場所でありたい。
9話は、そんな願いを書いた回でした。
【9話リンク】
Recording studio Philia
https://studio-philia.com
10話 JTM、神の家族に救い上げられて。
10話では、私たち夫婦がどこで救い上げられたのかを書きました。
JTM、Jesus Tribe Ministries。
私たち夫婦にとってJTMは、ただの所属先ではありません。
神の家族に出会った場所です。
JTMにつながる前、私たち夫婦には問題がありました。
愛し方が分からなかった。
家庭に本当の平安がなかった。
妻が先に救われ、私は最初、信じることに抵抗がありました。
でも、妻の祈りと変化。
教会の愛。
ロギオンとエリカ牧師との出会い。
そして、神の家族との歩みを通して、私たち夫婦は変えられていきました。
ロギオンは、私にとって霊的父のような存在になりました。
エリカ牧師は、私たち夫婦にとって霊的母のような存在です。
教会を通して、神さまの愛が家庭に流れました。
妻が変えられ、私が変えられ、夫婦が変えられ、家族が変えられていきました。
教会は、ただの建物ではありませんでした。
愛の家族でした。
聖書にはこうあります。
「あなたがたは、もはや他国人でも寄留者でもなく、聖徒たちと同じ国の民であり、神の家族なのです。」
エペソ人への手紙2章19節
私たちは、JTMを通して、神の家族に救い上げられました。
そしてその流れは、私たち家族だけで終わるものではありませんでした。
音楽へ。
メディアへ。
AIアニメーションへ。
家族の証へ。
福音発信へ。
そして、日本のリバイバルへ。
10話は、私たち夫婦が救い上げられた場所、JTMという神の家族について書いた回でした。
【10話リンク】
6話〜10話を振り返って
6話で、私はもう一度マイクを握りました。
7話で、息子Davyがマイクを握りました。
8話で、夫婦の証が賛美になりました。
8.5話で、AIという新しいツールを通して、証が形になることを書きました。
9話で、あなたの証も歌になるかもしれないと書きました。
10話で、そのすべての土台に、JTMという神の家族があることを書きました。
こうして振り返ると、神さまの導きは本当に不思議です。
父を知らずに育った私が、天の父の愛を知った。
自分を証明するために歌っていた私が、福音を届けるために歌うようになった。
愛し方が分からなかった夫婦が、共に賛美するようになった。
親子でマイクを握るようになった。
AIさえも、証と福音発信のために用いられるようになった。
そして、教会という神の家族の中で、私たち家族は少しずつ変えられていった。
これは、私の努力だけではありません。
神さまの恵みです。
痛みは、証になりました。
証は、歌になりました。
歌は、家族へ広がりました。
家族は、神の家族へつながりました。
そしてその流れは、さらに大きな福音伝道へ向かっています。
次は、日本へ。
ここから先の物語は、さらに大きな流れへ入っていきます。
私たち夫婦が救い上げられたJTM。
そのJTMを導くロギオン。
そして、ロギオンの霊的父であり、ジンバブエ共和国の大統領特使、アンバサダー・アット・ラージとしても知られる、ユーバート・エンジェル預言者。
その流れが、日本初来日へとつながっていきます。
これは、私たち家族だけの証ではありません。
日本に向けられた神さまの愛。
日本のリバイバル。
そして、福音がこの国に広がっていく流れ。
その中に、私たち家族も加えられている。
そう思うと、本当に胸が熱くなります。
次回からは、さらにその流れについて書いていきたいと思います。
Buddhaの弟子から、キリストの弟子へ。
痛みは証に。
証は歌に。
歌は家族へ。
家族は神の家族へ。
そして、光は日本へ。
光は闇に勝つ。
スーパーヒーローはYOU。
Blessings to you.
