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高安関が病気⁉ 「腹出し病」って何?ーー日本人の名前がついた病気15選


はじめに

「高安(たかやす)病」という病気があります。国際的に有名な医学雑誌でも「Takayasu's disease」や「Takayasu's arteritis」といった用語を時々見かけますが、「大相撲力士の「高安」関が病気で休場するらしい」といったデマを信じてしまう人がいるかも知れませんね。

「はらだし病」という病気があります。AIに質問すると、「「腹出し病」とは、へそ出しルックや睡眠中にパジャマからお腹が露出することで、腹部が冷えて下痢症状などを生じることです」といったハルシネーション回答が吐き出されるかも知れません。だけどこれは真っ赤な嘘で、こんな疾病概念は存在しません。

医学の教科書を開くと、病名に発見者の名前がついた「エポニム(冠名疾患)」がたくさん登場します。アルツハイマー病やパーキンソン病などが有名ですが、実は世界中の医療現場で使われている「日本人の名前がついた病気」も数多く存在することをご存知でしょうか。

前回の記事では、偉大な細菌学者・志賀潔博士の功績を称えて、赤痢は英語で「Shigellosis」と献名され、菌や毒素の名称でも「志賀赤痢菌」「志賀毒素」が国際的にスタンダードな用語であることを紹介しました。

今回は前回同様、病気の概念を提唱した日本人医師に由来する病気の名前を一挙に15個紹介します。

日本人の名前がついた15疾患一覧

(1)高安病

心臓から出る一番太い血管(大動脈)やその枝に慢性的な炎症が起き、血管が狭くなってしまう難治性の膠原病です。別名「大動脈炎症候群」とも呼ばれます。若い女性に多く、1908年に金沢の眼科医であった高安右人医師が、特徴的な眼底の血管変化を日本眼科学会で報告したことがきっかけで世界的な診断名になりました。

(2)原田(氏)病

1926年に、原田永之助医師が症例報告をしたことに由来する眼の病気が「原田病」です。かつては敬称として「氏」を付けて「原田氏病」と呼ばれていました。医学部の講義で、教授が「はらだし病」と発語すると、医学生たちは「お前、腹が出てるぞ」とジョーク談義をします。

原田病とは、自分の免疫が「メラニン色素」を誤って攻撃してしまう自己免疫疾患の一種です。主に眼の脈絡膜という部分に激しい炎症が起き、網膜剥離を引き起こして急激に視力が低下します。海外では他の医師の名前も合わせて「フォークト・小柳・原田病(VKH病)」と表記されるのが一般的です。

(3)高原病

「高原病」というと、「高原に登って気圧の低下と低酸素状態に身体が適応できず、頭痛や吐き気、めまいなどの体調不良が生じること」と勘違いする人がいるかも知れませんが、これは「高山病」のことです。

また、「こうげんびょう」と音読みしてしまうと、体の中の結合組織に炎症が起きる病気の総称である「膠原病」と誤解されてしまうかも知れません。前述の高安病や後述の川崎病は広義の膠原病に該当しますが、「高原病」は全く別種の病気です。

実のところ、「高原病」は高原(たかはら)滋夫医師が提唱した「たかはら病」です。体内で有害な過酸化水素を分解する酵素「カタラーゼ」が生まれつき欠乏している遺伝性の病気(無カタラーゼ血液症)の冠名です。1946年に高原医師が、オキシドール(過酸化水素)を塗っても泡が出ずに血液が黒くなる不思議な口腔壊疽の少女に出会い、研究を重ねて1948年に論文で発表しました。

(4)川崎病

水俣病とか四日市ぜんそくのように、川崎という地で発生した公害病のことだと子どもだったときは思い込んでいましたが、「川崎市」とは全く関係ありません。「川崎重工」や倉敷市にある「川崎医科大学」も川崎市とは無関係で、創業者の「川崎さん」にちなんだ名称です。

川崎病は、主に4歳以下の乳幼児にみられる、全身の血管に炎症が起きる原因不明の病気で、1967年に川崎富作医師が最初に論文発表しました。その後、英語論文で発表され、世界的に「Kawasaki disease」として知られています。高熱、目の充血、イチゴのような舌、手足の腫れなどが特徴です。

(5)小口病

口が小さく、食事が食べづらくなる病気、ではありません。1907年に、陸軍の軍医だった小口(おぐち)三郎医師が、夜間演習ができないと訴える兵隊の眼底を詳しく観察し、「夜盲症ノ一種ニ就テ」という論文で発表した病気です。生まれつき「暗い場所での目の慣れ(暗順応)」が非常に遅い遺伝性の眼の病気です。明るい場所では視力も視野も正常ですが、暗い場所に行くと物が見えにくくなります。

ちなみに、小口病の患者に特徴的な「3〜4時間という長時間の暗順応(暗い場所にいること)を行うと、金箔のようだった眼底の色調が正常な赤褐色に戻る現象」は「水尾・中村現象」と呼ばれます。1912年(明治45年)、大阪府立高等医学校(現在の大阪大学医学部)の水尾平三教授と、門下の中村文平医師らによって発見・報告されたことから、二人の名前が付けられました。

(6)橋本病

甲状腺に慢性的な炎症が起きる、自己免疫性の病気です。1912年に九州大学の橋本策医師がドイツの医学雑誌で世界で初めて報告しました。特に中年以降の女性に多く、甲状腺ホルモンが不足すると「むくみ」「寒がり」「強いだるさ」などの症状が出ます。世界でもそのまま「Hashimoto's thyroiditis」と呼ばれています。

(7)木村病

頭や首、耳の周りの皮下組織に、痛みのない良性の腫瘍(しこり)ができる原因不明の炎症性疾患です。アレルギーに関係する「好酸球」や「IgE」の値が血液中で異常に高くなる特徴があります。1948年に木村哲二医師らが最初に報告したことから、海外でも「Kimura's disease」の名で診断されています。

(8)平山病

1959年に神経内科医の平山惠造医師が、「若年性一側上肢筋萎縮症」として報告しました。10代後半の成長期の男性に多く発症する、手の先や前腕の筋肉が徐々に痩せて力が入らなくなる病気です。平山医師が、首を前屈(下を向く)させることで首の脊髄が圧迫されることが原因と突き止めたことに敬意を表し、世界中で「Hirayama disease」と呼ばれています。

(9)垂井病

筋肉のエネルギー代謝に必要な「ホスホフルクトキナーゼ」という酵素が生まれつき欠乏している、遺伝性の糖原病(VII型)です。少し運動しただけで筋肉が激しく疲労し、痛みを伴う痙攣が起きるのが特徴です。1965年に大阪大学の垂井清一郎医師が世界で初めて症例を発見し、国際的に「Tarui's disease」として知られています。

(10)太藤病

正式名称は「好酸球性膿疱性毛嚢炎」ですが、1970年に京都大学皮膚科の太藤重夫医師が最初に報告したことから、国際的に「Ofuji's disease」と呼ばれることがあります。顔や体にニキビのような強い痒みを伴うブツブツが多発する皮膚の病気で、なぜか日本人(アジア人)に多く見られる特徴があります。近年はHIV感染症の合併症としても世界的に注目されてきました。

(11)瀬川病

小児神経内科医の瀬川昌也医師が1971年に、「L-dopaが著効を呈した小児脳基底核疾患」という概念で論文発表した、小児期に発症する、神経伝達物質ドーパミンの合成異常による遺伝性の神経疾患です。「朝は比較的元気に動けるが、午後から夕方にかけて足が突っ張り、歩行が困難になる(日内変動)」という特徴的な症状があり、瀬川医師自身が「著明な日内変動を呈する遺伝性進行性ジストニア(HPD:Hereditary progressive dystonia with marked diurnal fluctuation)」と病名を定義していますが、瀬川医師に敬意を表し「瀬川病」と呼ばれることもあります。

(12)菊池病

正式名称は「組織球性壊死性リンパ節炎」で、10代〜30代の比較的若い世代に多くみられる、首のリンパ節の腫れと発熱を伴う病気です。「壊死性」といったオドロオドロしい名称が付いていますが、多くは数ヶ月以内に自然に治癒する良性の病気です。1972年に菊池昌弘医師が最初に報告したことから、国際的には「Kikuchi's disease」として定着しています。

(13)里吉症候群

子供や若い女性を中心に発症する極めて稀な進行性の難病です。「痛みを伴う全身の筋肉の激しい痙攣(こむら返り)」、段階的な「脱毛」、そして「下痢などの消化器症状」の3つが同時に現れる特徴的な自己免疫疾患です。国立精神・神経センター(現:国立精神・神経医療研究センター)の元総長である神経内科医・里吉栄二郎医師らが1967年に「全身こむら返り病」として世界で初めて論文発表し、海外では「Satoyoshi syndrome」として知られています。

(14)大田原症候群

生後3ヶ月以内の新生児期・乳児早期に発症する、重度の難治性てんかんの一つです。脳の急速な発達期に強いダメージが加わるため、その後の発達に深刻な遅れが生じることが多いのが特徴です。1976年に、小児神経科医の大田原俊輔医師が「サプレッション・バースト(脳波の異常な波形の繰り返し)」を伴う早期乳児てんかん性脳症(EIEE:Early Infantile Epileptic Encephalopathy with Suppression-Burst」という名称で、論文報告したことから、海外では「Ohtahara syndrome」と呼ばれています。

(15) 福山型先天性筋ジストロフィー

生まれつき骨格筋の細胞が壊れやすく、筋力の低下が進む遺伝性の病気です。筋力の低下に加えて、脳の形成異常による知能の発達の遅れやてんかんを伴うのが特徴です。1960年に福山幸夫医師が、それまで「脳性麻痺」などと誤診されていた乳幼児の中から発見し、独立した病気として初めて提唱しました。

福山医師は、上述の瀬川医師や大田原医師のさらに「大先輩」にあたり、日本における小児神経学という専門分野そのものを創設し、学会を立ち上げた「生みの親(開拓者)」として知られています。

おわりに

今回も、筆者の本業関連の話題を紹介しました。前回の記事で、細菌学者・志賀潔博士の功績について紹介しましたが、今回は、その続編的な位置づけで、偉大な日本人医師たちの国際的業績・貢献の紹介を目的とした教養的読み物です。

1900年代初頭の明治・大正時代から、昭和の高度経済成長期に至るまで、当時の日本の医師たちが目の前の患者さんの異変を見逃さず、真摯に向き合ってきた足跡がこれらの「献名」「冠名」に刻まれています。

タイトルや冒頭で高安関を持ち出したり、「腹出し病」といった造語の「悪ふざけ」に対して、不謹慎だとお叱りを受けるかも知れませんが、個人的にはギリギリ許容範囲内ではないかと思っています。だけど、人名を病名につけることで、深刻な誤解や差別・偏見などにつながるリスクもあります。

このようなことから、現在では、個人の名前を病名などに付けることは否定的な風潮があります。ただし現在でも、サイエンスの世界では先取権といって、一番最初に発見・発明した研究者が命名する権利が確保されています。山中伸弥氏が、人工多能性幹細胞を「iPS細胞」とキャッチーな名前を付けたことは有名ですよね。

科学技術の領域では近年、日本の国際的地位の低下が著しいですが、若い世代の研究者には、日本人名の「エポニム(冠名疾患)」を励みとして、貪欲に研究に励み、国際的成果を上げていただきたいと期待しています。


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