『 諦めた頃に、見つかる 』
人は、何かを探している生き物なのかもしれません。
鍵を探し、財布を探し、駐車した車を探し、失った愛を探し、そして最後には、『 本当の自分 』を探している。

私は昔から、よく物を失くします。
『 あれ? 財布どこいった? 』
『 スマホがない! 』
『 鍵が消えた! 』
『 携帯がない! 』
『 車どこに止めたっけ? 』
そんなことが日常茶飯事でした。
だから最近では、財布にもタグ、カメラにもタグ、
バッグにもタグ。
そこまでしないと危ない(笑)
でも、不思議なんです。
必死になって探している時ほど、見つからないのです。

『 あーもうダメだ… 』と少し諦めた頃に、ひょこっと出てくることがよくあります。
ソファの隙間、昨日見たはずの場所、何故か目の前。
人生も同じなのかもしれません。
私は、小さい頃、勉強が苦手でした。
飲み込みも悪い、落ち着きもない、遊んでばかり。
でも、大人になってから、勉強に目覚めました。
きっかけは、恋愛でした。
いや、恋愛というより、『 利用されていた 』という現実を知ったことです。

人は、本当に傷ついた時、初めて『 知ろう 』とするのかもしれません。
何故、人は嘘をつくのか、何故、人は裏切るのか、
何故、自分は苦しいのか。
私はそこから、哲学書を読み、宗教書を読み、数学や物理にまで手を出しました。
数式の世界には、感情論はありません。
哲学には、何千年も前から、人間の苦しみが記されていました。
仏陀は言いました。
『 犀の角のように、ただ独り歩め 』
私はこの言葉が好きです。
独りで生きろ、という意味ではありません。
誰かに流されず、自分の足で歩め、という意味だと私は思っています。
今の私は、介護福祉士(今は、休職中)として働きながら、別の仕事もしています。
まぁ、大して収入には、なりませんが。
また、週に数日、いろいろな場所に行き知らない人と話をしたり、筋トレをしたり、Macで自分の人生の文章を書いています。
若い頃の私は、『 幸せ 』を追い求めていました。
もっと認められたい、もっと愛されたい、もっと成功したい。
でも今は、少し違います。
幸せを追い求めるより、『 自分を誇れるか 』を大切にしたいと決めています。
施設で働いていると、認知症が進み、自分の名前さえ忘れてしまう方もいます。
だけど、笑顔だけは残るんです。
最近ですが、私を見ると、『 来てくれたの? 』と笑ってくれます。
その瞬間、思うんです。
心って、最後まで残るんだなって。
だから私は、環境整備や、入居者さまの話しを最後まで聴いています。
相手の話を、相手のペースで聞く。
自分がされて嬉しかったことを、相手に返す。
善の心を忘れない。
それだけで、空気は変わります。
世の中は、どんどん便利になっています。
そのうち、本当に空飛ぶ車も出るでしょう。
実は、汚い字ですが、私の小学校の卒業アルバムにも、そんな未来予想を書いていました。


でも、どれだけ時代が進んでも、人間の心だけは、
昔とそんなに変わらないのかもしれません。
寂しい、認められたい、愛されたい、でも傷つくのは怖い。
だから人は、何かを探し続けます。
だけど、見つけようと必死になるほど、本当に大切なものは見えなくなります。
財布みたいに(笑)
人生とは、探しものなのかもしれません。

そして、その探しものは、案外、遠くにはないのです。
苦しみの中で学び、孤独の中で考え、誰かに優しくしようとした、その心の中にあります。
私は今日も、何かを探しています。
でも、昔ほど焦ってはいません。
何故なら、見つかるものは、きっと、最後には見つかるからです。
『 第2部 』『 クリエイターさまの記事 』
今日も、クリエイターさまの記事をご紹介させて頂きます。 順不同にてのご紹介となります。
Photo & philosophy donchan
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