【細かすぎる】NFLバッド・バニー・ハーフタイムショウ:細部までしゃぶりつくす
全体の事を書いた記事『【まとめ】NFLバッド・バニー・ハーフタイムショウ』の内の、3項目目です(長すぎるので分けました…)。ここでは、ハーフタイムショウの背景やバッド・バーニーの意図をひとつひとつ読み込んでいきたいと思います。
未体験の方は、まず以下のYouTubeの映像を楽しんでみてください!ほんの13分です。
https://youtu.be/G6FuWd4wNd8?si=pclfcvvZk77A1CZu
あっという間の13分、アレはなんだったのか、細かく知りたい、という記事ですが、全部読むのは大変ですので、普通サイズのフォントの所だけ読んで、写真の下の小さなフォントを読み飛ばすと楽だと思います。
(小さいフォント部分はプエルトリコやラテンアメリカの人がショウで強く共感・賞賛している基礎が詰まってます。でもそこまで知らなくてもショウの大きなつかみで、だれにでも十分説得力はあったと思います)
エンタテイメントのみならず、大きなテーマで組み上げた、今回のNFLのショウを、下記目次の10つの場面に分けて、歌、人、もの、描写、歴史などを、執拗に見ていきたいと思います。
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Super Bowl LX Apple Music Halftime Show
1. さとうきび農園(0:15~)
■ギターをもった男性がサトウキビ畑を背景に登場。開始を宣言します。
「Que rico es ser Latino!Hoy se bebe!」又は「Hoy se ve !」
(ラティーノでよかった、最高!今日は飲むよ」又は「それ分かるから!(さあ始まるよ!)」)

これからプエルトリコの風景が展開していくのだけれど、同時にそれはスペイン植民地時代からのカリブ海の島々と中南米の沿岸部共通の歴史でもあります。その意味で、プエルトリカンでない彼にオープニングを託しています。プエルトリコの話であり、ラテンアメリカ全体の話でもあると。
■タイトルは「バッド・バニー・プレゼンツ」ではなく本名「ベニート・アントニオ・マルティネス・オカシオ・プレゼンツ」とスペイン語。英語のアーティスト名でなく、本名を選んでるのは、全編スペイン語で、という意味でもあるし、また彼がいつも作品で、また今までの活動の中で大事にしてきた「等身大」で表現する自分として見て欲しい、という宣言でもあります。

プエルトリコの南部の平野部や、カリブ海沿岸各地にも、同様の風景が広がります。実際の撮影はドミニカ共和国最大のサトウキビ生産地の サン・ペドロ・デ・マコリスSan Pedro de Macorís。
そしてタイトルも「スーパーボウル・ハーフタイムショウ」と英語でではなく、スペイン語で書いています(El espectáculo de medio tiempo del Súper Tazón)これも同様。"espectáculo"がショウ、 ”medio tiempo”がハーフタイム、"Tazón"はスペイン語の「お椀、カップ」の"taza"に「でっかい」の意味の語尾"-on"をつけた言葉。ボウルですね。

それがラテン・アメリカの原風景の一つと言えます。
カリブ海の人種構成は先住民系、欧州系、アフリカ系の混淆でその割合は場所によって異なります。プエルトリコは歴史の関係で、黒人色は比較的薄まり、いわば褐色ですが、アフリカ系の存在もとても重要。バッド・バニーも国内31 回の連続公演で、プエルトリコのアフリカ系音楽の代表の「ボンバ(Bomba)」を取り上げて来ました。
奴隷貿易でアフリカから南北アメリカに拉致されたアフリカの人々は1000万人以上と言われています。その為、音楽にも、文化にも多くの影響が混淆しています。ハイチやキューバはアフリカ色が強く残ります。農場での労働はアフリカ系(奴隷制度起源)が主でした。米国のアフロ・アメリカンの人のSNS投稿に「あのサトウキビの歴史はラティーノだけのものでなく、我々と共通のものだ」「ラテン音楽は黒人の歴史と共にある」という共感もたくさんありました。バッド・バニーも随所にそれを意識した要素を配置しています。
背景に流れるのはスペインの民謡にアフリカのリズムが加わった、
プエルトリコの農民音楽「ヒバロ音楽(Música jíbara)」です。
興味のある方は代表的な歌い手の一人「ラミート(Ramito)」の曲<セイス・コン・デシマ>
をどうぞ!ヒバロに欠かせない楽器、クアトロ(5コース10弦のギターのご先祖、ビウエラからラテン・アメリカで枝分かれした小型ギター的楽器)を弾くのは名人の一人
マソ・リベラ(Maso Rivera)
合いの手のように「レロライ(Le Lo Lai)」と歌われるのはヒバロ音楽の定番で
バッド・バニーの<ロ・ケ・レ・パソ・ア・ハワイ>の歌詞にも引用されています。

さて最初の映像のカメラが地上におりたような形で、会場でのサトウキビ畑を模した場面へと転換します。ここからバッド・バニー登場です。白のアッパーは「64」と書かれたアメフト・ジャージ。「64」の意味は後程。

被り、手にはサトウキビ刈りの為の刀(Machete/マチェテ)を持ってます。男性も女性も同じように働きます。
大型のマチェテは、武器にもなりうるので、プエルトリコの過去の独立戦争などの闘いでは、闘争のシンボルになったりしているもの。その為、ヒバロのこのスタイルは、庶民の歴史と共に、プエルトリコの闘争の歴史も思い起こさせるものです。

1曲目は<ティティ・メ・プレグント>(Tití Me Preguntó / おばさんが僕に聞くんだ)。2024年のアルバム『Un Verano sin Ti』(下記YouTube)からの大ヒットです。
「叔母さんが(子供の)僕に聞くんだ、彼女は一杯いるの?って」で始まる曲は、初恋の娘の名前からどんどん名前が挙がって叔母さんに怒られたり、そのうち、大人になっての女性遍歴の話になって行く構成の、コミカルな色調もあり、セクシーでセンチメンタルな部分もある、彼らしい曲です。「恋に落ちたいけどできない」「自分自身を信頼できない」といった感情も吐露し、深い関係を築くことへの恐れをもっている事も語った内省的な曲でもあります。色々ダメダメ男なところを見せてしまってる曲でもあります。
曲の最初は、ヒバロ音楽のサウンドで始まっていて、彼の生まれる前からのサトウキビ畑、ヒバロ音楽を愛している叔母さんの時代、それも聴いて育った子供時代そして大人へ、というバッド・バニーの思い出をたどっている形にもなっています。
2. プエルトリカンの日常(0:33~)
この<ティティ・メ・プレグント>を歌いながらバッド・バニーは、プエルトリコそしてラテン・アメリカでおなじみの風景を観客に紹介していきます。プエルトリカン、ラテンアメリカの人々にとっては、ノスタルジーであり、かつ身近な風景です。
最初は「ココナッツ・ウオーター売り」の移動屋台。プエルトリコやトロピカル地帯のラテンアメリカではおなじみの風景です。

演じている奥のピンクの服の女性は、エルサルバドルからカリフォルニアへの移民の人が出演。バッド・バニーは今回、様々なラテンアメリカからの人たちを起用しています。後で出てくる「アメリカは一つ」と呼応しています。
そしてドミノに興じるシニア4名に声をかけます。ドミノはプエルトリコやスペイン語圏カリブで楽しまれるゲーム。ラムの瓶らしきものがテーブルにあるのもリアル。コロンビア人の観客には「アグアエルディエンテ」メキシコ人には「テキーラ」や「メスカル」に見えるかもしれません。路上や公園のテーブル、ホームパーティの片隅など、よく見る風景です。

起源は諸説ありますが、18-19世紀に、キューバでグァバ(スペイン語でグァヤバ/Guayaba)を収穫する農民が着た、農作業に便利なように4つポケットのついた木綿のシャツを、そう呼ぶようになったという話もあります。
そして、女性が登場。プエルトリコ、そしてラテン圏では日本以上に多い、ネイル店のカウンターにアメフトボールを置いて行きます。
(ちょっと物騒な話ですが、この公演に際して彼はSNSで「命を狙うぞ」というような脅迫を受けていました。その為、だぶっとしたジャージの胸の部分には防弾板が付けられていたという話もありますし、またアメフトボールを胸の前に抱えていたのも、防弾機能を仕込んだものだと言う話もありあmす。真偽は分かりませんが、そんな危険状況下で、行われたショウでありました)

カリフォルニア在住のメキシコ系アメリカ人、マデリン・ニュネスさん。
歌詞に歴代の彼女の名前、ガブリエラやパトリシアが出て来るタイミングで次の女性たちの職場へ。建築現場です。フェミニンな場所だけでなく、男性女性関係なく、様々な場で働く女性が登場します。ラテンアメリカの日常を可視化させた意図、また男女にボーダーを引かない意図が見えます。また2017年にプエルトリコを襲い大被害を残したハリケーン・マリアの時、インフラ、道路、家や病院、学校などの復旧に大きな力となったのは女性でした。

次はプエルトリコの典型的なかき氷<Piragua/ピラグア>の露店です。日本のかき氷と違い、機械でなく、大きな氷の表面をスクレーパーでゴリゴリひっかいて削ります。そのかき氷をカップに入れて、店頭に置かれた様々な甘いシロップ(オレンジ、メロン、パイン、タマリンド、いちごなどなど)から、好きなものをかけてもらいます。ここでは歌詞に合わせてコロンビア、メキシコ、プエルトリコやスペインの旗がシロップ瓶にあしらわれています。

ニューヨークなど米国本土に移住したプエルトリカンが同様に店を開いているので、
ニューヨリカン(ニューヨークに住むプエルトリカン)やラティーノにとっても
気持ちが共有できる題材になっています。
2005 年のブロードウエーで初演となりその後も20年にわたり再演されているNYのワシントンハイツが舞台のミュージカル『イン・ザ・ハイツ』(2021年には映画化)にも、
ピラグアなどの風景が出てきます。良いミュージカル、映画なのでぜひご覧ください。
次の店はタコス店「Villas Tacos」。タコスはご存じ、メキシコの料理ですね。プエルトリコにもタコス店はありますが、米国でならやはりカリフォルニア、ニューメキシコ、テキサスとかでしょうか。この「Villas Tacos」はLAに実在するお店のオーナーが演じています。プエルトリコに限らず、様々な一般のラティーノ/ラティーナに参加してもらっているのがこのパフォーマンスの大きな特徴です。バッド・バニーがグラミーでも語った「これまでのラテンアメリカの人々が暮らし、働き、様々に作って来たアメリカ」という歴史の価値と誇りをショウで示しています。

(Victor Villa)が店員として登場。”Blue Corn Tacos/Tortillas"が名物。https://www.villastacos.com/
そしてバッド・バニーはボクサー2人が打ちあう下を潜り抜けます。
プエルトリコはラテン・アメリカで世界王者の輩出が極めて多い国の一つ。ボクシングはプエルトリコの誇りの大切な一部と言えます。出演の二人はプエルトリコの現WBA・WBO世界スーパーウェルター級統一王者サンデル・サヤス/Xander Zayas 23歳と、メキシコのNABF北米ジュニアスーパーライト級王者エミリアーノ・バルガス Emiliano Vargas 21歳。(日本では英語読みでザンダー・ザヤス、エミリアーノ・ヴァルガスとつづられます)

ちなみにプエルトリコが誇る歴代チャンピオンは、ウィルフレド・ゴメス、フェリックス・ティト・トリニダ、ミゲル・コット、エクトル・カマチョ、ウィルフレッド・ベニテスなどたくさん。
王者輩出トップのメキシコはフリオ・セサル・チャベス、サウル・アルバレス、サルバドール・サンチェス、エリック・モラレス、マルコ・アントニオ・バレラなどなど。
そして金銀宝飾店で指輪を買わされるが、自分は結婚しないので指輪は出会った若者にあげてしまう、というシーンは歌詞から発展させた形。そして若者は彼女にプロポーズ、という流れは子供時代からプロポーズまでという一つの人生の流れを表している面もあると思います。

バッド・バニーは市井の人々をリアルに織り込んだショウとして、どうしても大イベントでは作り物になりがちなショウが「等身大のもの」であることを力を注いでいた中の
エピソードだと思います。
3. カシータでのダンスと歌1(1:50~)
カメラはカシータへ。カシータはプエルトリコの典型的なスタイルの個人住宅。スペイン語の「家/カサ(Casa)」に「小さな、かわいらしい」などの意味の”イータ(-ita)の接尾辞がついて「カシータ(Casita)」=小さな家。ピンクが典型的ですが、その他のパステル・カラーも使われます。昔は木造でしたが、今はコンクリート造り。
一番の特徴は道に面して椅子とテーブルが置けるくらいの、風が通ってくつろげるスペース=テラスがあること。下の画面の正面部分です。ここでコミュミティのご近所さんたちとおしゃべりしたり、ドミノしたりします。日本の「縁側」の文化と似てますね。

アメフトのチアの動きも感じさせます。
カシータは、アルバム『DeBÍ TiRAR MáS FOToS』リリース時のショート・ビデオ(下記)に「プエルトリコの普通の生活」を思い起こさせる住居として登場し、同年(2025)のプエルトリコでの連続31回公演"No Me Quiero Ir de Aquí"にステージとして登場したもの。中南米ツアーにも使われ、今回も同様に設置されました。一種のシンボルですね。プエルトリコの普通の「等身大」を見せたいバッド・バニーの表現でもあります。
2025年1月にリリースされたアルバム『DeBÍ TiRAR MáS FOToS』(もっと写真を撮っておけばよかった)のタイトルが示すのは「プエルトリコには素晴らしい文化がたくさんあるのに、それを意識することなく忘れちゃってる。写真を撮るように、それを意識して大事にしていこう」という意味。
その背景にはプエルトリコの歴史の理解が必要なのでちょっとだけ。

プエルトリコはコロンブスの2回目の航海で「発見」され、以来スペイン領となりました。19世紀後半に中南米各地の独立の波の中で、プエルトリコも独立運動が出て来ました。しかしアメリカが領土拡大をねらってスペインと戦争を起こし(米西戦争)、キューバやフィリピンと共に1889年に米領となりました。
アメリカは、キューバやフィリピンをアメリカの言いなりになる政府の元で独立させましたが、プエルトリコは放置し、第一次世界大戦で兵隊が必要なタイミング(1917年)で市民権を与えました。以来「米領」というステータス("Territory""Commonwealth""Estado Libre Asociado"などの名称)で今日まで至ります。パスポートなどなしで米本土と行き来できるので、移り住んでもそれは「移民」ではなく「移住・引越し」。
ところが同じ米国国民でありながら、「州」より低い位置におかれ(連邦議会に人は送れない、大統領選挙に参加なし、教育・医療などのサポートは州に劣るなどなど)、アメリカ国内でスペイン語が主流の地域という事で差別を受けてきている歴史があります。(1950年代の『ウエストサイド物語』などアメリカ映画にもしばしばそんなシーンが登場します)。旗を掲げただけで逮捕されるような弾圧も受けて来ました。
そんな中、年月が経ち、あきらめムード(この状態の解決はほんとうに難しい問題がからんでいるのです)、米国の文化的影響が徐々に浸透してくるにつれ、プエルトリコのもつ歴史への意識や固有の文化が失われて来ている傾向もあります。
しかし音楽一つとっても、1950年代のNYのマンボの実際の担い手としてプエルトリカンが活躍し(ティト・プエンテ、ティト・ロドリゲスなどなど)、その後60年代後半~70年代のサルサはプエルトリカンが作ったと言って過言ではありません。

ジョニー・パチェーコ(fl,ドミニカ共和国)、ルベン・ブラデス(vo,パナマ)、セリア・クルス(vo,キューバ)、エクトル・"ボンベリート"・サルスエラ(tp,ドミニカ共和国)、ラリー・ハーロウ(ユダヤ系アメリカン)などを除き、ほぼプエルトリカンがメンバー。
ヨーモ・トロ(cuatro)、ロベルト・ロエナ(bongos)、パポ・ルカ(p)、アダルベルト・サンティアゴ(vo)、イスマエル・ミランダ(vo)、エクトル・ラボー(vo)、サントス・コロン(vo)、ファンシート・トレス(tp)サル・クエバス(b)、チェオ・フェリシアーノ(vo)、ニッキー・マレーロ(timb)、ボビー・バンレンティン(b)、ウイリー・コロン(tb)、レイ・バレット(congas)、ピート・エルコンデ・ロドリゲス(vo)、レイナルド・ホルヘ(tb)、イスマエル・キンターナ(vo)、エディ・モンタルボ(congas)、レイ・マルドナド(tp)などなどはプエルトリカン
米国へのラテンアメリカからの音楽の浸透にはラテン・ポップスのリッキー・マーチンやジェニファー・ロペスなどが活躍し、2000年代初からのレゲトンはプエルトリコで完成した、などなどとても豊かで、そしてそれはバッド・バニーに繋がっています。そしてそれはプエルトリコ固有の伝統音楽(ヒバロ音楽、プレーナ、ボンバなど)があってこそ。
そんな状況下に、改めてプエルトリコには素晴らしい文化がたくさんあるのに、それを意識することなく忘れちゃってる。写真を撮るように、それを意識して大事にしていこう」と提示したのが『DeBÍ TiRAR MáS FOToS』で、同じ感覚を共有するラテン・アメリカや大国の文化や政治力に飲まれがちな世界各国で、サウンドの魅力と併せ強く支持された、という背景があります。
(もしアルバムの曲についてもう少し知りたい方がおられたら、昨年行ったバッド・バニー推しのイベントのレポートがnoteにあり、そこで解説がありますので、ご参照ください)

さてカシータの軒先で楽しく踊っている豪華なメンバーにも注目です。
ジェシカ・アルバ(女優。カリフォルニア出身。メキシコ&デンマーク&フランス系)、カーディB(ラッパー、グラミー最優秀ラップアルバム賞受賞。NY出身、ドミニカ共和国&トリニダード系)カロルG(歌手、コロンビア出身。グラミー4部門ノミネート)ヤング・ミコ(ラッパー、プエルトリコ出身)、ペドロ・パスカル(アメリカの俳優、チリ出身)、アリクス・アール(SNSパーソナリティ)など

カロルG(Karol G)は 2017年の<アオラ・メ・ジャマ/Ahora me llama>(下記YouTube)でのコラボの大成功以来の仲良し。2018年ラテングラミー最優秀新人賞、2020年グラミー4部門ノミネートと今のコロンビア、ラテンアメリカを代表する歌手の一人です。先日のバッド・バニーのメデジン公演にも彼女はサプライズ・ゲストで出演し、逆に彼女のソロ公演にバッド・バニーが出演するなど、とても良い関係です。ラテンらしい形でフェミニズムを推進するスターでもあります。そこもバッド・バニーと呼応するところ。同時にコロンビア人の彼女の招待も、ラテンアメリカの多様性と統一性を象徴する意味もあります。
カーディB(Cardi B)はアメリカのラッパー。NY出身、ドミニカ共和国&トリニダード系。2018年、グラミー最優秀ラップアルバム賞受賞し、収録曲<アイ・ライク・イット(I Like It)>はコロンビアのレゲトン・スターのJ・バルビン(J. Balvin)とバッド・バニーとコラボし大ヒット。全米No.1となった。(オリジナルは1967年のピート・ロドリゲスのヒットのブガルー)。彼女も「女性と男性は対等」というシンプルな意見表明をするフェミニスト(というか当たり前の話ですが)。同時にドミニカ共和国&トリニダード系の彼女の参加も、ラテンアメリカの多様性と統一性を象徴する意味もあります。
ジェシカ・アルバはの(カリフォルニア出身女優)はメキシコ&デンマーク&フランス系という出自も多様性と統一性の象徴ですね。

ヤング・ミコ(Young Miko)はプエルトリコの若手ラッパー/トラップ・アーチスト。2022年のEPデビュー以来多くの配信をヒットさせています。バッド・バニーの5枚目のアルバム『Nadie Sabe Lo Que Va a Pasar Mañana』の<Fina>に参加。"No Me Quiero Ir de Aquí"のステージにもゲストで参加。2025年秋のビリー・アイリッシュの『HIT ME HARD AND SOFT』ツアーでオープニングアクトも務めるなど、2026年の活躍が楽しみ。彼女は自分がレスビアンである事をオープンにしています。バッド・バニーは声高にフェミニズムやLGBTQの事を語ることはせず、ごく自然に「そこにいる同じ人」という流儀で多様性を提示しています。(これがまたMAGA系の人たちのお怒りを買う)
ペドロ・パスカルはチリ出身のアメリカの俳優。彼とバッド・バニーは深夜の人気TV番組『サタデー・ナイト・ライブ』でのコメディ寸劇での共演が有名。(下記はラテン・ファミリーの息子がアメリカ人の彼女を初めて家に連れて来た状況のドタバタのネタ)
そしてバッド・バニーがカシータの屋根に登場。
曲は2曲目<ヨ・ペレオ・ソラ/Yo perreo sola>。 アルバム『YHLQMDLG』 (2020)から。

"Antes tú me pichaba' , Ahora yo picheo"「前はあんたが無視してたけど、今度は私があんたを無視」と始まり"Yo perreo sola「自分一人で踊る」という歌詞。”私は踊りたい、踊りたいから踊る"という女性のメッセージ。
"Las mujeres en el mundo entero perreando sin miedo"「世界中の女性は恐れずにペレオで踊る」とも。
「踊る」と訳した「perreo」(=perrear)という動詞、「ペレオ」というダンスは、レゲトンでおなじみの女性がセクシーに腰を突き出して動かすスタイルのダンス。そして時に男性がその後ろについて同じくセクシーな腰つきで合わせて踊るのもよくあります。
ステディなカップルでそんなスタイルで楽しむこともあれば、ナンパ君や女性のセクシーさに勘違いしたバカ男がすり寄る場合もあります。
この曲はそんな「うざい」男どもに女性が「今自分は一人で踊りたいんだよ!」と楽しんで踊ってるシーンです。何事においても「女性を男性がリードする」みたいな構図の起源とか、女性を「セクシー/性的」な視線でしか見ないやつらにNoを言ってる曲。

大ヒットではシャキーラ(左)の<Hip don't Lie>(2005)だったかも。
レゲトンの女王イビー
・クイーン(中)の<Quiero Bailar>(2003)はもっとはっきりと「踊りたいから踊ってんのに、
スケベな事考えてんじゃないよ」と一括。カロルG(右)世代はより強く、
<Bichota>(2021)では、踊りに行くけど場違いなことするとぶっとばす、と歌う。
ダンスというラテンアメリカの身近な文化で、またマチズモや男性優位が強い文化で、
女性シンガーは、女性が意思表示し行動するという当たり前なことを歌ってきた。ところが男性側でそこを歌ったものは極めて少ない。バッド・バニーは、初期から徐々にこのテーマを表現するようになってきた上でのこの作品。
2020年にこの曲をリリースしたときのMVが下記。女装/ドラァグクイーン姿3種で歌ったり、ペレオをバカづらして踊ったり、女王たちに捕えられた自身も描写。女性の意志という当たり前な個の尊重、またLGBTQ尊重の曲という意味を持ちます(これがまたトランプ側の不興を買います)(下)。

左下は背景の「Ni Una Menos」に注目。2015年にアルゼンチンでの女性殺害に端を発しラテンアメリカ全体に広がった女性尊重・女性蔑視反対の為の大きな運動のこと。米国の「MeToo」より先んじて起こった。「これ以上一人も犠牲者をださない」という意味。
ここで、バッド・バニーはカシータの屋根から1階へ落下移動しました。
4. レゲトン(3:34~)

落下してドアを蹴って登場するタイミングでは4曲のレゲトン・ミックスが流れます。初期レゲトン・ファンには泣けるセレクション。
①テゴ・カルデロン<パ・ケ・レトセン(パ・ケ・セ・ロ・ゴセン)>
https://youtu.be/YIyiT96Ojqg?si=RrSkAdlid4dziZ4t
②ドン・オマールの<ダレ・ドン・ダレ>
https://youtu.be/gwGcyRWnOSw?si=CjqqvUXep4AsTE5s
③エクトル・エル・ファーザーの<ノーチェ・デ・トラベスーラ>
https://youtu.be/0ceh00dgjoc?si=9-xJ_L6cY6QWae_n
④そしてダディ・ヤンキーの<ガソリーナ>
https://youtu.be/CCF1_jI8Prk?si=ku_ZaCZYxY0kB9ir
というミックス。バッド・バニーのレゲトン・パイオニアへのレスペクトが表されています。

レゲトンっぽい、ハードなコスチュームのクルー/ダンサーの奥にはピックアップ型小型トラック。その上でバッド・バニーは<EoO>を歌います。

「Están escuchando música de Puerto Rico,de los barrios, los caseríos」(これがプエルトリコの下町/バリオの音楽!」という意味の歌詞から始めた<EoO>の音は、まさにレゲトンへのオマージュ。
切れがよく激しいダンスで迫力たっぷりです。褐色の強いダンサーの登場にSNSでは「アフロ=プエルトリカンにもフォーカス」とか、米国のアフロアメリカンのSNS投稿には「アフロ文化の共有」という声もありました。(丁度アメリカの2月は「黒人歴史月間/Afro Heritige month)。LGBTQの自然な存在のショットも一部で話題に。
ステージでは短いバージョンでしたが、フルバージョンではプエルトリコ特有の言い回しや若者言葉満載の歌詞。例えば「Sobeteo」「Tra Tra」「Yo te cojo」「bichote」「Puñeta」「bellaqueo」「AP」などなど。これがまた曲のスピード感とリズムを作っています。(下記は歌詞付きのYouTube)
バッド・バニーが英語文化の殿堂みたいなNFLショウで、スペイン語で通すのは、自分が最も素直に深く豊かに表現ができる事を理由に挙げています。それは言葉がその歴史や文化と密接につながっていて、その言葉でしか表現できないものがあるからという事ですね。そして、そのスペイン語もいわゆる「標準的なスペイン語」に合わせず、プエルトリコ弁や若者言葉をそのまま使って、感情やフィーリングを伝える、という事で一貫しています。そうする事が「文化」「アイデンティティ」「自分」を無くさないためのものだからです。

若者言葉は、もともとカリブ弁にある語尾や途中の「s」を発音しないとか、分詞で「d」を落とすとかに加え、英語から取り入れた(つるんで遊ぶ"hang"から"janguear"という動詞に転化したり)、スピード感のある言葉になっています。言葉は文化や歴史と密接につながっているのがとても面白いですが、そんな自分たちのもので素直に表現しています。
バッド・バニーの曲がヒットするにつれて、例えばメキシコの人が「かなり分からん単語があるけどかっこいい。友達にプエルトリカンがいるから解説してもらいました」みたいな映像をSNSに上げたり、「ラテンアメリカ各国の単語の違いを各国出身の友達をあつめて比較して楽しみました」みたいな映像が多くできたり、そんな形で多様なラテンアメリカと共有文化を意識するきっかけも作っていると思います。

アルバム『デビ・ティラール・マス・フォトス』とそのMVに登場したマスコット的カエルは
「サポ・コンチョ(Sapo Concho)」
プエルトリコのカエルで良く知られているのは「コキ」(Coqui)ですが、これはコキではなく、コキより大きいガマガエル的なカエルで「絶滅危惧種」です。
バッド・バニーがこのサポ・コンチョをマスコットに使ったのは、外から(米国から)の文化に推され続け、プエルトリコの文化が絶滅してしまう危険がある。大事な文化を認識して、しっかり守って行こう、というメッセージでもあります。
アルバム・タイトルの『デビ・ティラール・マス・フォトス』(もっと写真を撮っておけばよかった)が示すものと同じ。大事なものを、まず可視化して認識して行こう、という事ですね。
5. ストリングスとメッセージ(4:35~)
場面はバイオリンなど弦楽の演奏者が奏でる<モナコ>へ。

ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロなどストリングスはカリフォルニアを中心選ばれた音楽家。
ロサンゼルスを拠点に活躍するグラミー賞(2009年、リージョナル・メキシコ&テハノ賞)も受賞の女性だけのマリアッチ楽団、シンディ・シアのメンバーも数人含まれています。
ラテンアメリカ系の多様性を見せてくれます。
その奏者の間をバッドバニーはカメラにメッセージを語りかけながら歩きます。まず自己紹介。もちろんスペイン語。
「こんばんは、カリフォルニア。ベニート・アントニオ・マルティネス・オカシオと言います。そう、今日はここ、第60回のスーパーボウルにいます」

そして続けました。
「(ここにいるのは)それは自分を信じる事を決してやめなかったから。あなたもあなた自身を信じないといけません。自分で思う以上に価値があります。僕の言う事を信じて。
"Nunca dejé de creer en mí. Tú también deber tú también deberías de creer en ti. Vale más de lo que pienso. Créeme”
このメッセージがとても重要だと思います。 自分を信じ自分自身である事、等身大で自分で考える事を突き詰めてきた事が、グラミーやNFLと繋がっているという事。自分の言葉であるスペイン語で通し、プエルトリコの歴史に学びレスペクトし、市井の人々をレスペクトし、同じ視線で感じる。男性優位女性蔑視へのオブジェクションやLGBTQへのレスペクトに至るは自然なことだと思います。それが自然に音楽に染み出すことで、音楽が力を持つのも当然のことですね。

6. カシータでのダンスと歌2(5:18~)
さて場面はカシータのステージに移ります。結婚式です。すでに報道されているように、これは実際のウエディングで、バッド・バニーやダンサーたちが結婚の証人になってるという事です。

そして新郎新婦のキスの後、皆が踊りに広がり視界が開けると、背後にレディ・ガガとバンドが登場、という見事なカメラのフレームワーク。


ガガの衣装はプエルトリコのオリジナル旗と同じく、水色で、かつ白い胸飾りとプエルトリコをナショナル・フラワーであるマガの花があしらわれています。とてもシンボリック。

ガガはブルーノ・マーズとのデュオで大ヒットした<Die with a smile>のサルサ・バージョンを歌います。かっこよくてキュート。ガガは来日公演でICE批判をしていて、バッド・バニーのグラミー受賞に際しても強い賛辞を示していました。NFLへの参加はサプライズですが、思えばバッド・バニーと考え方を共有していたのですね。ガガの英語曲は英語オンリーの視聴者・観客対策みたいな形にもなり、よく考えられたコラボ。ちなみにブルーノとのオリジナルはこんな感じ。ちなみにブルーノもプエルトリコ/東欧/フィリピン系です。
ガガが歌い終わり、バッド・バーニーと踊るタイミングで曲は<バイレ・イノビダブレ>にとサルサが続きます。



バッド・バニーの「プエルトリコには素晴らしいものがたくさんある」「自分を信じて」というメッセージを体現するする人たちを起用している。
結婚式後のパーティのムード。ケーキカットやダンスが映されるる中、大人が楽しんでるパーティで寝てしまった女の子を起こす、というあるあるな小ネタを入れ込んだり。(プエルトリコや米本土のSNS書き込みではここに注目・共感した人も多かった。筆者もあちらでよく遭遇したシーンで、けっこうツボでした)その他サルサ・ダンスの好きな方には、多くのダンサーの知人が参加していた事も話題に。

曲の<バイレ・イノビダブレ>は訳すと「忘れられないダンス」。別れた彼女とのダンスを忘れられないという曲。元カノの事を歌ってると言われてます。(詳しいことは、この記事の一番最後にあるリンク「バッド・バニーの真実③」にて)。この辺の、カッコ悪いとこも虚勢を張らずに出してしまうところが彼らしいです。
そしてカシータの屋根のステージの端から下で待つクルーの上に仰向けにダイヴも見せ場の一つ。SNSでは「仲間を信じること」の表現だという投稿や「リスクを恐れず飛び込む」ことだという投稿も。そういう意図があったかはともかく、そういうことを思わせるステージだと言う事ですね。

7. ニューヨーク(7:40~)
下りた先はニューヨーク/マンハッタンの"エル・バリオ"(イースト・ハーレム)やブロンクス、ブルックリンなどの一角を思わせる街並みが。曲は<ヌエバヨル>。「ニューヨーク」の意味ですね。曲の冒頭部分はプエルトリコを代表するベテラン・サルサ・バンドの"エル・グラン・コンボ"1975年の大ヒット<ウン・ベラノ・エン・ヌエバヨルク>から。

暖かいプエルトリコを離れ、冬の厳しい「ニューヨークで暮らすプエルトリカン」(=ニューヨリカン)にとって夏のニューヨークは元気が出る季節。「ニューヨークを楽しみたいなら夏に」と歌う曲です。
タイトル「ヌエバヨル」は英語の「ニューヨーク/New York」⇒スペイン語では「ヌエバヨルク/Nueva York」⇒カリビアン・スペイン語ではよく語尾の子音がおちるので「ヌエバヨル/Nueva Yor」⇒RとLを変えて発音する事も多いプエルトリコ弁で「Nuevayol」と現場感満載なタイトル。


なので一瞬しか映らないのに作り込みが素晴らしい。看板の文字だけでも楽しめます。
「Comestibles」=英語店だとグロサリーになるスペイン語:食料品
「Cerveza」=ビール、「Loteria」=宝くじ
「Sol Comida」=カリブ料理/プエルトリコ料理(Comida tipica)の意味
「refrescos」=ソフト・ドリンク
もう一つリアルなのはウインドウの「We accept EBT」。EBTはElectronic Benefit Transferで、米国でSNAP(通称フードスタンプ)という低所得の人の食料品購入の支援のしくみ。以前は紙でしたが今はEBTカード(デビットカードと同様の機能)で電子決済できるのを当店はOKですよ、というネオンサイン。
こんな風景がNYのラテン地区を描いた映画&ミュージカル『イン・ザ・ハイツ』に重要な舞台として登場しますのでぜひ、チャンスがあればご覧ください。

差し出しているのは<ヌエバヨル>の歌詞にも「トニータでショット飲み プエルトリコを身近に感じる/ Un shot de cañita en casa de Toñita y PR se siente cerquita」と出て来る、ブルックリンに実在のお店のオーナー、トニータが参加しています。ブルックリンのお店は「Caribbean Social Club」(244 Grand St. Brooklyn, NY )。サウス・ウィリアムスバーグのバリオ(スペイン語での通称はロス・スレス/Los Sures)の一角にあるクラブです。
トニータ/Toñitaの本名はマリア・アントニア・カイ。プエルトリコの山間部の町、フンコス(Juncos)で生まれ若くしてNYに移住。1950-60年代のNYのプエルトリコからの移住が大きく増えた時期。映画やミュージカルで知られる『ウエストサイド物語』(1957)はまさにそのプエルトリコ人口が膨らんだ時代を反映した物語でした。そしてその子供の世代が聴き演奏し60-70年代のNYで出来上がったのがサルサです。
トニータの「カリビアン・ソシアル・クラブ」も70年代にスタートしています。地域の人が集い、ドミノやビリヤードを楽しんだり、ビールと手軽なプエルトリコ料理(アロス・コン・ガンドゥーレやポジョ・ギサドなど)を提供してきました。80年代にはローカルの子供たちの為にプエルトリコ文化を伝えるクラスを開いたり。ジェントリフィケーションの進むブルックリンで今も昔のままの店を維持する、地域に愛されているアイコニックな人です。
サルサのダンスのシーンはカシータの屋上でのスタイルが屋内型的、ソーシャルだとしたら、NYのシーンは屋外型/ストリートタイプの系譜でコレオグラフが設定されています。NY生まれのプエルトリカンの劇作家、音楽家のリン=マヌエル・ミランダ(Lin-Manuel Miranda)作のミュージカル『イン・ザ・ハイツ』(2008年ブロードウェイ)や2016年にジョン・チュウ監督により映画化された作品のダンスへのオマージュも見て取れます。『ウエストサイド物語』に遡れるかもしれません。

そして、旧型のTVでバッド・バニーのグラミー受賞の場面を見ている少年が登場。バッド・バニーはその少年、子供の頃のバッド・バニー/ベニート少年に似た少年にグラミーのトロフィーを渡します。色々な解釈が出来そうです。
・音楽好きの少年が、自分の「好き」を捨てず、結果、賞まで取った
「次は君かもしれない」という次世代への夢の継承
・次世代へ渡すべきは恐怖や排除やじゃなく、夢や愛や可能性だということ
・ラテン系の人々に「才能」がいる事を見える化した
・観客(という受け身)から、自身が主体になれる、なろう
・賞や名声は取っただけでは意味がなく、それを元に他人を支えたり鼓舞したりするものだ
などなど。どれか一つという事ではないと思いますが、見た人に色々な事を思い起こさせる力があると思います。


8. ハワイで起きた事(9:21~)
ここで場面は切り替わりプエルトリコのヒバロ音楽の楽器クアトロを弾くメンバーから<ロ・ケ・レ・パソ・ア・ハワイ>のイントロが。

そしてカメラが引かれるとリッキー・マーチン登場という、ガガに続いて2つ目のサプライズ。

この曲はかつて王国があって、独自の文化が栄えたハワイの話です。そのハワイは19世紀末の米西戦争の後、太平洋に戦略拠点が欲しかった米国によって王国はひっくり返され、1900年に属領とされてしまいました。1959年に州として取り込まれて、アメリカナイズされ、言葉も文化も風前の灯火で、多くのよい土地はアメリカ資本に買われ…。プエルトリコもそんなハワイと同じ道をたどって欲しくない、という思いが込められています。
哀感のあるヒバロ音楽のメロディとリッキーの渾身の歌がが心を打ちます。
ハワイの歴史を改めて知った米国人も多いかもしれません。
9. 停電(10:16~)
会場が一瞬暗くなり、場面は数本立っている火花散る電柱で作業員が電気工事をしている様子を、スタントを含んだダンスに仕立てて、バッド・バニーが正式なプエルトリコ旗をもって<アパゴン>(停電)を歌い始めます。アルバム『Un Verano sin Ti』で発表した作品です。
2017年のハリケーン・マリアによる発電・送電施設の85%が壊滅的被害を受けました。住民の多くが数ヶ月〜1年近く電気なしで生活した地域もありました。これは米国史上最長級の停電とされています。

このデザインは1895年に独立に向けてNYで共闘していたプエルトリコとキューバが、キューバ旗の色を反転させ作ったものです。アメリカ領となった1898年から1952年まで事実上禁止 公共で掲げると逮捕されることもありました。 1948年の「口封じ法(Ley de la Mordaza)」では、独立運動的シンボルの使用が厳しく制限されていました。機を掲げただけで10年放り込まれたりしました。
1952年、プエルトリコが「自治連邦区(Commonwealth)」となり、 このデザインでの現在の旗が正式な旗として承認されましたが、三角形の青はオリジナルより濃いアメリカ海軍のブルーに定義されました。プエルトリコに旅行されて、旧市街のエルモロ砦や国会議事堂に行かれる方は旗の色を見て見てると、濃い紺色の青になっていることが、確認できると思います。
しかし、青色部分が薄い水色だった当初の配色の旗は、プエルトリコのアイデンティティであり、バッド・バニーはその配色の旗を掲げました。アメリカの領土となってから、旗を掲げて投獄された人たち、そして、様々な形で抑圧されて来た全ての人たちに捧げられたパフォーマンスと言えます。
ちなみにレディ・ガガの衣装もその色が使われています。デザイナーは ドミニカ共和国系ラウル・ロペス(Raul Lopez)。ブルックリンを本拠に活動する「Luar」ブランドのデザイナーです。スタイリングはロサンゼンルスを拠点にするクロエ&シェネル・デルガディジョ(Chloe and Chenelle Delgadillo)の姉妹。
その後公営電力会社 PREPAの民営化(2021)(カナダ・米国資本のLUMA)も行われましたが事態は改善せずこの2022年の作品<アパゴン>が発表されました。
しかしその後も2024年末〜2025年にかけての大晦日 のblackout(ほぼ全島)や2025年の Semana Santa(イースター) の大規模停電など状況は厳しです。
"Puerto Rico está bien cabrón, ey, está bien cabrón"
「プエルトリコはマジ最高、ヤバいくらい最高」で始まる歌詞。この「カブロン」は日本語の「ヤバイ」と同じで「最高」と「まずい」の両方の使い方が出来ます。歌詞が進むにつれ「まずい」方(停電とその根本的問題)に触れていく歌です。
ショウの最後にこれを持って来たのは停電問題はただの停電の技術的問題ではなく、大きな問題と繋がっているからです。プエルトリコの財政問題、米国でのステータスが州ではなく「その他の地域"Territory"」で弱い事、いわば未だに植民地とも言える状況であること、州を目指すのも、簡単でないうえに、一つ前の「ハワイ」と同じ道も危惧される事、だが独立も簡単でない事などなど、文化的アイデンティティの鼓舞だけではすまない現実をまず可視化するという、重いものを含んだラストです。
背景にある:財政破綻、連邦監督体制と緊縮政策、民営化、インフラ崩壊、政治的不信、ジェントリフィケーション、文化的アイデンティティの維持…と大きなものを含んだ曲なのです。それを、エンタテイメントの最後に突っ込みました。知らなかった人には、プエルトリコの問題の複雑さを知るきっかけとし、知っている人は、あきらめずに考え行動して行こうというメッセージです。
アルバムを発表した時に、発表されたミュージック・ビデオの後半にはジェントリフィケーションに関するビアンカ・グラウラウのビデオが挿入されています。

10. ウィ・アー・アメリカ(11:46~)
プエルトリコの伝統音楽の一つ、プレーナのサウンドでの曲<カフェ・コン・ロン>(コーヒーとラム)。「朝はコーヒー、夜はラム」という歌詞の通り、プエルトリコのハッピーな面を、地名など盛り込んでいる楽しい曲です。そしてスタジアムにプエルトリコ旗を模した花火が上がり、南北アメリカ大陸の国々の旗がたなびき、バッド・バニーは、

「ゴッド・ブレス・アメリカ」
と唯一の英語で叫び、アメフト・ボールを持って国名をチリから最後カナダまで連呼しました(正確には、ちょっと落ちちゃった国もあり)
背後の大スクリーンには
「The Only Thing More Powerful Than Hate is Love」の文字が

プレーナは手で持てるタンバリンのチャラチャラが付いていないような打楽器(パンデレタとかパンデロ(Pandereta, Pandero)という)を使います。大中小のサイズがあり、大きいのはベース的役割で基礎リズムを叩き、中サイズがその合間を叩いて跳ねるようなシンコペーションのグルーヴをつくり、高音の一番小さいサイズがリズムに様々なアクセントを注入します。
その他にグイロ(ギロ)というくびれないヒョウタンに溝をつけたものをこする楽器も使います。持ち運びが簡単な楽器での音楽で、気軽にどこでも歌って叩けるのです。なので身近な事、例えば町のゴシップとかニュースとかも即興で歌詞を作って歌い、時に隣町までそんなニュースを歌で伝えたりします。その為「歌う新聞」とも呼ばれて来ました。クリスマスのホーム・パーティから、オリンピックのメダル獲得凱旋パレード、また政府に抗議するデモでと、あらゆる場面で登場する音楽です。
そして最後は「Mi patria Puerto Rico」と言って、アメフト・ボールに書かれた『Together, We are America』を見せて、

「ここで、続けるよ(Seguimos aqui)」とボールを地面にたたきつけました。
クロージングの曲は大ヒットの<DtMF>。「もっと写真を撮っとけばよかった」という意味のタイトルの曲は、「君といた時にもっと写真を撮っておけばよかった。あのころの写真を」という、時間の流れを織り込んだラブ・ソングでありつつ、アルバム・コンセプトの中では、時と共に、またプエルトリコの立場が強いる、自分たちの大事な文化が、遠いものとなってしまう危惧を重ねています。

そして、この一連の締めくくりのシーンのメッセージの強力さは、もう多く語られてますが、コアは、南北アメリカ国名連呼の末の『Together, we are America』。
アメリカを合衆国の事とせず、南北アメリカ大陸すべてを「アメリカ」としたこと。
今まで南北アメリカを表すのに「Americas」という言い方がありましたが、それを単数形「America」を使ったのも見事。また、分断激しい合衆国国内にもTogetherと言及したようにも取れますね。
そして最後「Seguimos aqui!」は、「さてゲーム後半に続きます」みたいですが、このショウ/お祭りで終わりじゃない、これから続けていくという表明にもなっています。
ボールを叩きつけたのはポスト前でのゴールを決めた感じですが、同時にゴールを決めた嬉しそうな表情ではなく、むしろ険しい、これからのプエルトリコの、ラテンアメリカの、アメリカの中で信じる事をやって行く決意の様なラストでした。

多くの象徴的/シンボリックな、多義的な/重層的な表現を含みながら、エンタテイメントとしてもたっぷり楽しめた13分。何度も見返してもまだ発見があり書ききれませんが、バッド・バニーの意図は答えを出すのではなく「考えている自分」をそのまま出し、見ている人にも「考えてもらう」ことを狙っているとも言えます。
自分はプエルトリコ、ラテンアメリカ、アメリカのこと、そして日本のことを考えるヒントをたくさんもらいました。
例えばプエルトリコのビエケス島には太平洋戦争以来米軍の基地があり、米国海軍は爆撃演習場として島の4分の3を使用し続けていたが、1999年に誤爆による民間人の死亡事故が起きた事と米軍と住民の基地反対闘争とか、また米国で様々な産業、職業で働き、米国の社会を支えている移民に対する、心無い差別とか、色々な事が頭を巡りました。
長文がなにかのご参考になれば。

叔父はアメフト、特にSan Francisco 49ersの大ファンで、幼い頃からバッド・バニーにアメフトを教えたそうです。 彼は2024年のスーパーボウル後に亡くなり、その存在と影響への感謝として番号を選んだとバッド・バニーが説明しています。今回のスーパーボウル大会自体が49ersの本拠地スタジアムでの開催なので象徴的意味合いもありますね。
SNSでは「64はハリケーン・マリア被害の最初の公表死者数64人の暗喩では?」説も出ています。プエルトリコの人々にとって、ハリケーン・マリアの大被害が如何に甚大で今日に続く重大な出来事だったかが分かります。当初プエルトリコ政府は死者数を「64人」と発表しましたが、その後、「2,975人」に引き上げました。ハーバード大学などの研究チームは、最も可能性の高い推定として約4,645人、場合によっては 5,000人を超える(最大推定約5,740人) と報告しています。
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【おまけ】様々な反応から
◆トランプ大統領:「まったくひどい、史上最悪の一つ。
誰も彼が言ってる事理解できないだろう」
:「あんなもの見ない」って言ってたような気もするんですが、見たのね

◆NYの下院議員/民主党のオカシオ=コルテス
「バッド・バニーのショー、トランプが「彼の言うことは誰も理解できなかった」とか言ってるけどどう思う?」と聞かれて
「私もトランプの言うこと、半分も理解できないから、彼の気持ち、わかるわー」と回答。うまい。
Rep. Alexandria Ocasio-Cortez, D-NY, @AOC, responds to Republican criticism of Bad Bunny’s Super Bowl halftime show #SuperBowlLX #BadBunny pic.twitter.com/gAsfpOAjZu
— Nicholas A Ballasy (@NicholasBallasy) February 10, 2026
◆カリフォルニア州知事 ギャビン・ニューサム(民主党)
(スペイン語)はカリフォルニア州をはじめ世界中で、多くの美しい人々が話す美しい言語です…明日ビッグゲームでバッド・バニーがパフォーマンスを行うにあたり、カリフォルニア州では明日を『バッド・バニーの日』と宣言します…」。ヒスパニックの多いカリフォルニアだし、トランプの州兵派遣でガチなギャビンさん。
◆バラク・オバマ元大統領
「(バッド・バニーは)賢明だった。説教ではなく、見せて、示て、披露することだった。これこそがコミュニティというものだと。
スペイン語を話さず、プエルトリコに行ったこともない人々が、ショットを彼に差し出した年配の女性や、おばあちゃんと踊る子供たちを見た。それは世代を超えた交流だった。キング牧師が「愛に満ちた共同体」と呼んだものの姿を思い起こさせる光景だった」キング牧師が出るところがさすが。
◆NFLコミッショナー、ロジャー・グッデルのショウ以前のコメント:
トランプ大統領がバッド・バニーのパフォーマンスが「憎しみをまき散らす」と主張したのを受け、「第60回スーパーボウルのハーフタイムショーが米国を結束させる」と述べるなど、トランプ側、ファンの中の反対派の意見、非難はやり過ごして来ています。ショウの後は、まだ発言はないようです。

つまりNFLは「アメリカの伝統スポーツ」「国内指向」(アメフトの世界大会とかない)のニュアンスが強く「国家儀礼性」(国歌斉唱とか軍の演出とか含め、「アメリカ的価値観」演出装置みたいな側面があります。
が、そこで昨年のスペイン語のみのバッド・バニーの出演決定は波紋を呼びました。 この人選はNFLの歴史的転換点から来ています。
2016年のコリン・キャパニック選手の、ブラック・ライヴズ・マター(BLM)に関しての抗議行動の事件を、NFLが「社会問題に沈黙する」態度とったとして批判されました。その事を受けたような形で、2019 年にジェイ・Z(ラッパー、プロデューサー)とパートナーシップを組んだのですが、そこからハーフタイムショウの人選がとんがって来ました。
2020年のシャキーラとジェニファー・ロペス、2021年のザ・ウィークエンド、2022年はDr.ドレーとスヌープ・ドッグ、エミネム、メアリーJ・ブライジ、ケンドリック・ラマー、2023年はリアーナ、2024年アッシャー、そして昨年はケンドリック・ラマーと、アフロアメリカン中心の選択、そして反トランプも多い人選です。
昨年のケントリック・ラマーの選択も賛否ありFCC(米国の通信規制当局)への正式な苦情件数が125件程度あったり。しかしNFLはこの路線を変える気はないようですが、もちろん経営上の判断です。つまりブラックアメリカン・ミュージックのファンと重なる視聴者の確保と拡大への貢献目的は、当然あると見られています。実際視聴者数も上がっています。
そしてバッド・バニー。アフロアメリカンに加え、今度はラテン・コミュニティを狙うとすれば、今バッド・バニーほど適任はいないでしょう。加えて、野球、バスケに比べ海外放映権収益の割合が弱いNFLにとって、ラテンアメリカは未開拓市場とも言えます。
NFLのアメリカの文化分断への意志表明的な姿勢と企業収益伸長意志をバッド・バニーはクールに利用してプエルトリコやラテンアメリカ、世の中の分断の問題を訴えたという面も、今回のショウの意味に加わると思います。
◆スペイン王立アカデミー(RAE)米国代表ムニョス=バソルス
「バッド・バニーはスペイン語の擁護と普及に貢献している。言語を自然かつ創造的に、何よりも「臆することなく」用いることでスペイン語を守っている」RAE、頑張ってます。
【おまけ2】
もし、もう少しバッド・バニーの事を知りたい方がおられましたら、昨年行ったバッド・バニーのトークショウの記事をご覧ください。(グラミーやNFLの前)プエルトリコの事や曲の歌詞解説とかがあります。
【追伸】ラテン音楽に興味を持たれた方へ
もしこの記事を読まれて、ラテン音楽や、バッド・バニーの周辺にある音楽に興味を持たれた方がいたら、以下の本はいかがでしょうか(ちょっと宣伝!)
『ゼロから分かる ラテン音楽入門』
監修:伊藤嘉章・岡本郁生 (世界文化社)

昨年10月に出たばかりのラテン音楽の入門書です。ラテン音楽の起源から、キューバ音楽、ラテンアメリカ各国の音楽、サルサ、ラテン・ロック、バッド・バニーの事やレゲトン、トラップなど今の音、ラテンとジャズ、ラテンとクラシックなど多くの切口でラテン音楽が理解できる本です。
書店で見かけたら手に取ってご覧ください。ネット書店でも購入可能です。
以上です。長文読んで頂きありがとうございました!(伊藤 嘉章)
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