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上海・カフェの歴史|租界時代から10,336軒のカフェ大都市になるまで【上海カフェ視察 #0.5】

いよいよ上海視察の日が近づいてきた。

前回の視察前記事で触れたように、上海のコーヒー店舗数は2025年に10,336店となり、世界で初めて1万店を突破した都市となった(2026年4月「2026中国都市コーヒー発展報告」)。
カフェの絶対数において上海は現在「世界一のカフェ都市」になっている。
カフェ視察にはこれ以上ないうってつけの場所だろう。

上海のカフェ文化は外国と接触し続けた170年の歴史の蓄積の上に成り立っている。そしてここ10年でその蓄積が一気に開花した。
視察に行く前に「世界一のカフェ都市」へと至るこの都市のカフェの歴史と現在地を確認してみたい。


この記事でわかること

  • 上海にカフェ文化が根づいていった歴史

  • スタバ、Luckin、Manner、% Arabica、O.P.S.が変えた上海カフェシーン

  • 視察で注目したいチェーン・スペシャルティ・個人店/特調という3つの層




1. 「咳止めシロップ」と呼ばれた飲み物

1853年、英国人薬剤師J. Lewellynが上海にコーヒーを持ち込んだとされる。
薬局で販売したが、上海市民はこの褐色の苦い液体を「咳止めシロップ」と呼んだ。まだ飲み物として認識されていなかった。

19世紀後半には上海にホテル付設のコーヒールームやコーヒーバーが現れた。
さらに虹口地区には船員向けの独立したカフェがあったとされる。
港町としての上海に、コーヒーはまず外国人や船員の飲み物として入ってきた。

この時代の上海は英米租界を母体とする共同租界とフランス租界が並び、虹口には日本人コミュニティも形成される特殊な都市だった。
租界とは開港都市に設けられた外国人居留地区で、警察・行政などを外国側が管理した区域を指す。

外灘の西洋建築、フランス租界の街並み、日本人コミュニティも形成された虹口、上海は一つの都市の中で複数の文化が同居していた。
コーヒーはその中の一つとしてまず外国人や都市のモダン文化とともに上海に存在した。

1935年、上海では「咖啡大王」と呼ばれることになる張宝存が徳勝咖啡行を創業した。海外から輸入した生豆を上海で焙煎・加工したうえで「C.P.C」という商標で販売していた。
解放前の上海に存在した中国人経営のローカルロースター兼コーヒーブランドだった。

新中国成立後の1956年、国が私企業に資本を投下して国営企業と統合する公私合営を経て徳勝咖啡行は再編される。
1958年には「C.P.C」商標が「上海牌」へ、翌1959年には徳勝咖啡行が上海咖啡厂へと改名された。

文化大革命の時代には外来文化は強く抑制された。それでもコーヒーは完全には消えなかった。
上海牌咖啡は缶入りのコーヒー粉や国営工場の製品として形を変えながら残り、のちの上海市民にとってかつて上海にあった国産コーヒー文化の記憶の一部になっていく。


2. スターバックスが変えたもの

2000年5月、スターバックスが淮海中路に上海1号店をオープンした。
これが上海のコーヒー文化の第一の転換点だ。

スターバックスが持ち込んだのはコーヒーという飲み物だけではない。
「カフェで時間を過ごす」という概念だった。
座席があり、長居でき、友人と話せる。のちには仕事や勉強にも使える場所になっていく。

「サードプレイス」の思想が、急速に都市化する上海の消費者に刺さった。
2022年時点で上海のスターバックス店舗数は1,000を突破。
世界の都市で最初に1,000店を超えた都市が上海だ。
上海が大手カフェチェーンにとって世界有数の重要市場になったことを示している。

2000年代以降、上海にはスターバックスを中心に、Costaなど外資系カフェも入ってきた。
この時期の上海のカフェは、基本的に「外から来たもの」だった。


3. 国産チェーンが外資を追い越した

2018年、Luckin Coffee(瑞幸咖啡)は上海などで試験営業を始めた。
翌年にNASDAQ上場。「スタバに挑む中国のコーヒーチェーン」として世界的に注目を集めた。

Luckinが持ち込んだのは価格(スタバの約半分)だけではない。
「アプリだけで注文が完結する」というモデルだった。
店舗に看板メニューの大きな写真はない。代わりにQRコードがある。
注文はスマートフォン。受け取りだけ店頭で行う。

アプリだけで注文が完結する設計は中国のデジタルインフラと完全に合致していた。
既にモバイル決済が普及し、WeChat、Alipay、フードデリバリーアプリを使い慣れた上海市民にとって、アプリでコーヒーを注文することに摩擦がない。
2020年の不正会計発覚と上場廃止を経ても、Luckinは店舗拡大を続け、2026年6月時点でグローバル店舗網は35,000店を超え中国発の巨大コーヒーチェーンになった。

余談だが、当時日本ではモバイルオーダーですらまだ黎明期。知る人ぞ知るぐらいの時期だった。
私は海外動向リサーチの仕事で上海や深圳へ行き、現地のモバイルオーダー&ペイを試してかなり衝撃を受けたものだが、そんな時期にLuckinの「アプリで注文し、店頭では受け取るだけ」というモデルのコーヒースタンドの登場の革新さにはとても驚いた記憶がある。

Luckinとは別の方向から上海で育ったのがManner Coffeeだ。
2015年に静安区・南陽路のわずか2平米ほどの小さな店から始まった。
大きなイートイン空間を持たず、都市の小さな区画で高品質なコーヒーを日常価格に近づける。
Mannerが証明したのは、スペシャルティ寄りのコーヒーも設計次第では習慣飲料の価格感に近づけられるということだった。

その少し前、2012年にはSeesaw Coffeeが上海で創業している。
Seesawは中国国内のスペシャルティコーヒーの先駆者として、シングルオリジン、雲南産豆、バリスタ教育、丁寧な抽出を広げてきた。
上海にサードウェーブ的なコーヒー文化を根付かせた最初の世代だった。
(ただしつい最近、Seesawは運営主体が破産清算を申請される事態になっている。上海のカフェ市場は先駆者であっても生き残り続けるのが簡単ではないほど競争が激しい市場のようだ。)

上海では、スターバックスがカフェ空間を作り、Seesawがスペシャルティ文化を紹介し、MannerやLuckinがコーヒーを日常の購買導線に乗せていった。

この時期に起きたことを一言でまとめると、「外国のものだったコーヒーが、中国オリジナルのモデルで再定義された」ということだ。


4. “飲む場所”から“わざわざ行き、撮り、語る場所”へ

京都の店舗で世界的な知名度を高めた% Arabicaは、2018年に上海・武康路へ上陸した。
% Arabicaはもともと香港で創業し、2014年に京都で旗艦店を開いたことで国際的な認知を高めたブランドだ。
上海・武康路店は、中国本土への入口でもあった。

武康路という場所も象徴的だった。
古いプラタナス並木、歴史的建築、旧フランス租界の空気が残る街並み。
ここに白を基調にしたミニマルな店舗が現れたことで、カフェは単にコーヒーを飲む場所ではなく、わざわざ行き、撮り、投稿する目的地になった。

この流れは武康路や安福路の周辺でさらに広がっていく。
内装、ロゴ、カップ、外観まで含めて、カフェそのものが撮影される対象になった。

小さなカップ型のフリーズドライコーヒーで知られる三顿半 / Saturnbirdも、2021年に上海・安福路でリアルコンセプトストアを開いた。
これはオンライン発のコーヒーブランドが実店舗をブランド体験の場として使い始めた象徴的な動きだった。

もう一つ重要なのが個人店による「特調」の進化だ。
代表例の一つが2017年に開業したO.P.S. caféである。
O.P.S.は通常のラテやアメリカーノではなく、店独自の特調コーヒーを中心に展開してきた店として知られる。
O.P.S.の特調はカクテルや料理のような発想でコーヒーの可能性を広げるものとして紹介されている。
季節ごとにメニューを更新し、食材、作り方、飲み方、創作背景まで一杯ごとに語られ、コーヒーを単に飲むというよりも設計思想を体験する感覚に近い。
2017年の開業から2020年時点までに40種類の異なるドリンクを出し、メニューは四半期ごとに更新され、長く固定される定番は少ない。
ここではコーヒーは完成された飲み物ではなく、果物、茶、酒、発酵食品、地方食材と組み合わせるための素材になっている。
O.P.S. caféは10年近く経つお店だが、視察候補としてSNSを調べていても、行列の様子の投稿が目立ち今も存在感がある。

「特調」が出てきた背景には中国版インスタグラムと言われる小紅書(RED)の存在も大きい。
一杯の見た目、名前、素材の組み合わせが新しく投稿されると、それ自体が来店動機になる。
「限定◯杯」という希少性設計とも相性がよい。
チェーンが規格化とスピードで勝つ一方、個人店は少量の実験を高速で回し、反応を見ながら次の一杯を作っていく。

上海のカフェは、チェーンによる日常化と、個人店による創作化の両方で進化している。


5. 数字で見る現在地

現時点の上海と、中国コーヒー市場の状況を数字でも整理する。

カフェの軒数:10,336店
上海のコーヒー店舗数は2025年に10,336店となり1万店を突破した。
一方で2024年には9,115店と、2023年の9,553店から一度減少している。
上海のカフェ市場はただ増え続けているのではなく、淘汰と更新を繰り返しながら1万店都市になっている。

消費量:全国平均を大きく上回る都市
中国全体の1人あたり年間コーヒー消費量は2025年時点で28.57杯まで伸びている。
上海はその全国平均を大きく上回る都市で、年50杯前後あるいはそれ以上と見る専門家コメントもある。

中国コーヒー産業の拡大:3,549億元市場
中国全体のコーヒー産業規模は2025年に3,549億元、約7兆円規模に達した。
コーヒー関連の登録事業者数も2021年の2.91万から2025年の5.79万へ増加している。
上海はこの巨大化したコーヒー産業が、店舗数、チェーン、個人店、イベント、SNS発信として最も濃く現れる都市の一つだ。


6. 上海カフェシーンの3つの層

現在の上海のカフェシーンは、大きく3つの層で見ると整理しやすいと思う。視察時もこの観点でそれぞれを見ていきたい。

チェーン層(価格競争と規模)
Luckin、Cotti、Nowwaなどが都市部に高密度展開。
Luckin/Cottiを中心に9.9元前後の価格競争も起きている。
Mannerは同じチェーン層でも小型店と日常価格のスペシャルティ寄りコーヒーで別のポジションを取る。

スペシャルティ層(品質と教育)
Seesawのような初期の先駆者が切り開き、現在はM Standや個人ロースター系カフェなどへ広がる層。
単一農園の豆、丁寧な抽出、バリスタ教育を通じて上海にサードウェーブ的なコーヒー文化を根付かせてきた。

個人店・特調層(創作と実験)
武康路、安福路、愚園路などのエリアを中心に季節素材や中国茶、果物、発酵食品を使った特調が生まれる。カクテルバーに近い設計思想を持つ店もある。


おわりに

上海視察の前にカフェの歴史を調査してみた。

来歴は見えてきた。
だが、なぜこの都市でここまでカフェ文化が華開いたのかまでは明確にはわからなかった。

何度か上海に訪れ、その先端的で開放的な雰囲気は独特なものがあるという印象で、特に中心部は街全体が巨大な商業空間のように感じられた。

その印象は、中国のなかでも高い所得水準、古くからの外来文化と交わった国際感覚、情報へのアクセス感度、商業施設の集積による消費都市としての厚みなど複合的な要素があるんだろう。
上海のカフェ文化はそういうところから来ているのかもしれない。

今回のカフェ視察で少しでもそのカフェ文化の広がりの理由が感じとれるといいと思う。

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次に読む一本

本文中に書いた「上海のカフェは、チェーンによる日常化と、個人店による創作化の両方で進化している。」
これを実際に上海で両方を体験してきた視察後記事の第一弾です。


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