なぜ上海のカフェは『クマのぬいぐるみ』を配るのか|街を歩く広告になるカップの秘密【上海カフェ視察 #2】
前回の上海カフェ視察記事では、上海で飲んだ「1杯1,500円前後の体験としてのコーヒー」と「1杯300円前後の習慣としてのコーヒー」をとりあげた。
「1,500円」の特調珈琲を出す個人カフェは、味、器、説明、提供の所作まで含めて、わざわざ店へ行く理由を作っていた。
「300円」のLuckinのような日常型チェーンは、価格、量、飲みやすさ、注文導線によって、何度も習慣的に買う理由を作っていた。
今回は少し違う視点で、店を出た後や街の中で存在感を増すカフェをとりあげてみたい。
上海の有名なオシャレ通りである武康路や安福路では、カップを手にした人、バッグにぬいぐるみを付けた人、特徴的なドリンクを撮影する人が次々に通りを歩いていた。
店舗の看板を見なくても、持っているものを見ればどの店に行ったのかが分かる。
カップ、色、ロゴ、トッピング、付属物、受け取り方。
それらがブランドを示す記号となり、客と一緒に街へ出ていく。
CHAGEEは装飾と物語をカップに載せるが、今回現地で見たカフェはカップ上に描かれた記号以上の仕組みを作っている。
本記事ではこうした仕組みを「持ち歩かれる記号」と呼び、上海で出会ったカフェやティードリンクブランドが店外までブランド体験を伸ばす方法を整理する。
この記事で見ること
上海の街歩きエリアではカップや付属物が店外広告になっている
Birdie Cup、13DE MARZO、熊爪咖啡などは何を記号として設計しているのか
小さなカフェが店を出た後まで記憶されるために必要なものは何か
1. 武康路・安福路では街そのものが客席になる
6月の梅雨の上海は蒸し暑く、正直なところ視察はしづらかった。
暑さと疲れで座って休みたいのに座る場所がない。
ただその難儀さで気づいたことがあった。
今回歩いた武康路・安福路周辺には、店内席がほとんどない小型店や、テイクアウトを前提にしたスタンドが多いのだ。
中国ではここ数年「City Walk(城市漫歩)」という街歩きのトレンドが定着し、武康路周辺はその聖地のような場所になっている。
上海市の公式情報によると、武康路・安福路を含む歴史地区には1日3万~4万人が訪れる。
若者や観光客が街を歩きながら、ショップ、カフェ、ポップアップを回るエリアとして定着している。

東京でたとえるなら、裏原宿や青山、代官山に近い。
特定の施設だけを目的にするより、街を歩きながら気になった店に入り、買ったものを持って次の場所へ移動する。
歩くことが前提の街になっている。

また、これは現地で2日間に渡り歩いた限りの私見だが、通りは旧フランス租界の歴史的建物が並び、その外壁に張り付くように小さな店が連なる。
壁の内部は民家や領事館、政府系施設のように見える場所も多く、そもそも大きなお店を作れるスペースも限られているように見えた。
こうした環境の街ではカフェの設計思想にも影響を与えているだろう。
店は店内だけでなく街全体を客席にする。
道路、路地、公園、ショップの前、次の目的地までの移動時間も、飲料を体験する場所になる。
仮に店内で過ごす時間が10分、カップを持って街を歩く時間が30分ならブランドが人目に触れる時間は店外の方が長い。
スタンド型の店舗ではカップを持った客そのものが移動する看板になる。
2. 商品そのものが記号になる―Birdie Cup
Birdie Cup Coffee(小鸟杯咖啡)は上海発のローカルチェーンで、新天地、打浦橋、長寧来福士など商業施設を中心に店舗を広げているブランドだ。

武康路でBirdie Cup Coffeeを見た時、最初に目に入ったのは店舗ではなく、ミントが鉢植えのように突き出たドリンクだった。
「薄荷冰博克」という看板商品で、濃縮ミルクのコーヒーに生のミントが挿してあり、ストローで押しつぶしながら飲むとミントの香りがコーヒーミルクに溶けていく設計らしい。

これは飲み物であると同時に広告である。
緑のミントが突き出たカップは通りで見た瞬間に記憶に残る。
客が手に持って歩けば、「あれは何だろう」と視線が向く。
商品の見た目が通行人に問いを生み、その答えを探すとBirdie Cupへたどり着く。
看板商品のシルエットが店外で新しい客を連れてくる。
Birdie Cupはカップの表面を装飾するだけでなく、カップから何が飛び出しているかまで、ブランドの記号にしていた。
Birdie Cupは店舗設計にも同じ考え方を持っている。
南京西路の豊盛里店は25平方メートルに満たない小型店でありながら、設計段階から人通りの多い場所に「感情のランドマーク」を作ることが目指された。
雲や枕のようにも見える白い屋根が、小さな店を周囲の景色から浮かび上がらせている。
余談だが、実はこのお店の近くを通っていたのにも関わらず、横から歩いて行って引き返してしまったのでこのお店であることに気がつかなかったのは残念だ。
偶然アクションカメラに映っていた。

3. 付属物が記号になる―13DE MARZO
安福路の13DE MARZO CAFÉは、今回見た中で最も割り切った店だった。
主役は飲み物ではない。熊のぬいぐるみだ。
2階から大きな熊が店の外を覗き、ドリンクにはブランドマスコットの小さなクマが付いてくる。

客席はないスタンド型で、平日にも関わらずひっきりなしに客が来ていた。
ドリンクを買った客は道で撮影を始め、熊のついたカップを持って歩き出す。


購入後はぬいぐるみをバッグや服に付けた人が、そのまま武康路・安福路を歩いていく。
13DE MARZOは衣服やバッグ、アクセサリーを展開するファッションブランドである。
カフェは2022年に始めた派生業態だ。
安福路の店も1階がカフェ、2階は服や靴の物販になっている。
つまりこの店の本業は「クマの記号を街に増やすこと」で、コーヒーはその媒体だ。
ぬいぐるみを付けて街を歩く客は全員がブランドの歩く広告塔になる。
逆に客の側からすれば買っているのはドリンクとぬいぐるみを一体化した商品だ。
飲み終わればドリンクはなくなるが熊は残る。
カップから外された熊がバッグに移り、翌日以降も持ち歩かれる。
試しにクマの原価について考えてみよう。
13DE MARZOはカップに付く熊の調達原価を公表していないが、そこで類似する小型ぬいぐるみの公開卸価格から概算すると、8~12cm級のカスタムぬいぐるみチャームは、大量発注時に1個0.65~1.30ドル程度で取引されている。
13DE MARZOの発注量や既存の商品開発資産を考えると、カフェ用の熊は1個5~8元(120〜190円)程度と推定する*。
*クマの原価は、類似するOEM商品の公開卸価格を基にした推定であり、13DE MARZOの実際の調達価格ではない。
ドリンク価格は1杯26〜43元(約620〜1,030円)。
熊だけで販売価格の1~2割台を占める計算になる。
安価なおまけというより、ブランド側が意図的に負担している重要な商品原価である。
ドリンクによっては飲料原料より熊の方が高い可能性もある。
ブランド側は1個数元の追加原価によって3つの価値を同時に得ている。
店を訪れる動機
SNSへ投稿する理由
客が街を歩く間と、飲み終えた後のブランド露出
数元の原価で広告媒体を作り、その媒体を客が喜んで持ち帰り、自分のバッグに付けて街を歩く。
一般的な広告費とは異なり、広告を運ぶ本人がその記号に価値を感じている点が強い。
一般的なテイクアウトカップの広告効果は飲み終わって捨てるまでである。
13DE MARZOの熊はカップから外された後もバッグチャームとして残る。
客は一杯を買うと同時に、街で身に付けるブランドアイテムを受け取っている。
持ち歩かれる記号としては完成度の高い事例と感じた。
実際に店から離れて道を歩いていると、隣で熊のぬいぐるみをつけたドリンクを飲みながら歩いている人を見て、前から来る女性たちが「あ、あの店!行きたいところだ!」というように話していた(話していた女性たちが日本人だったので内容がわかった)
また、外国人も多く訪れ、観光スポット化していた。

4. 受け取り方が記号になる―熊爪咖啡
熊爪咖啡は、カップではなく受け取り方そのものを記号にした店である。
永康路の小さな壁に穴があり、注文したコーヒーが毛むくじゃらの熊の手によって差し出される。
客は受け取る瞬間にスマートフォンを構え、熊の手と触れ合う。

熊の手は店の看板であり、受け取り口であり、被写体でもある。
店舗の面積が小さくても、受け取る数秒間に強い記憶を作れる。
数年前に日本でも話題となり日本で模倣店まで生まれた店なので覚えている人もいるだろう。
今回は一時的に話題となったお店があれからどうなっているかという好奇心で行ってみた。
今回2回店の前を通ったがいずれも人だかりはなかった。
バズの熱量は明らかに落ち着いている。
ただ店は残っていて壁穴も熊の手も健在だった。
道を歩く人に壁から手を振って驚かせていた。

実はこのお店の背景としては、聴覚障害のあるバリスタに雇用機会を提供する店で、壁穴と熊の手は対面接客に不安を抱えるバリスタが顔を合わせずに温かい受け渡しをするための設計だった。
開業から3日でバズったのは、可愛さだけでなくこの物語が同時に伝わったからだ。
熊爪咖啡は、単なる過去のバズ店舗として終わっていない。
2025年の報道によると熊爪咖啡は全国16店舗に広がり、そのうち14店舗が上海にある。
障害のある従業員の割合は90%を超え、100人以上のバリスタが働いている。
視覚障害者が店長を務める店も生まれている。
音声を文字に変えるAR眼鏡や、注文を振動で知らせるリストバンドなど、働きやすくするための技術開発にも取り組んでいる。
熊の手はSNSで注目を集める入口となり、その奥には雇用や社会参加というブランドの理由がある。
13DE MARZOの熊は客と一緒に街を歩く。
熊爪咖啡の熊は店に残る。
それでも、受け取りの記憶と写真は客が持ち帰る。
持ち歩かれる記号には物体だけでなく所作や物語も含まれる。
5. 「持ち歩かれる記号」を作る5つのポイント
上海で見た事例を整理すると、店外まで広がる記号には少なくとも5つのポイントがある。
① 一秒で判別できる
Birdie Cupのミント、13DE MARZOの熊、熊爪咖啡の壁から突き出る熊の手。
遠目でも判別できる単純さがある。
細部まで見なければ違いが分からないデザインは街の中では埋もれやすい。
強い特徴が必要になる。
② 持ちたくなる
広告として目立つだけでは客は持ち歩いてくれない。
自分や街の背景と一緒に写真を撮りたくなることが重要である。
カップや付属物、受け渡しが客の自己表現に使われると、ブランドは押し付けられた広告ではなく本人が選んだ小道具になる。
③ 店を出た後も価値が続く
13DE MARZOの熊は飲み終わった後もバッグチャームとして残る。
熊爪珈琲の受け取り体験は写真や動画として残る。
商品の消費時間を超えて何が残るのか。
物体、写真、香り、物語、会話の種など、持ち帰れるものがあると記憶は長くなる。
④ 飲み終わった後まで設計する
ミントや果物が大きく入った商品、ぬいぐるみ付きのカップ、装飾の多い手提げ袋は持ち歩く時には強い。
一方で飲み終わった後の処理は複雑になる。
日本ではゴミ箱が見つからない。
液漏れしない蓋、持ちやすいスリーブ、付属物の取り外し、回収場所、持ち帰り用の袋まで含めて設計する必要がある。
持ち歩かれる時間を伸ばすなら、その最後までブランドの責任になる。
⑤ リピートの設計まで考慮する
13DE MARZOの熊のチャームは観光スポットになるほどだ、初回誘引には最高の仕掛けかもしれない。
一方で、熊を一度手に入れた後も同じ店へ再び行きたくなるかは別の論点である。
観光地であればその客が二度と来なくてもいいかもしれない。
ただ、継続を狙うなら初回来店を作る記号と、再訪を作る味や商品性は分けて設計する必要がある。
カップが街で注目されても、再び買う理由には味や価格、利便性が必要になる。
記号は最初の一杯を運び、商品力は次の一杯を運ぶ。
7. GAFUCAFEに持ち帰りたいこと
今回の観点ではスタンド型カフェの見方が変わった。
小さな店は広い客席を持てない代わりに、街そのものを客席として使える。
店内の面積を増やすのではなく、客が持ち出す商品にブランド体験を載せれば、店舗の外まで存在感を広げられる。
GAFUCAFEに必要なのも、巨大な熊のぬいぐるみや、奇抜なトッピングをそのまま真似することではない。
どの形なら遠くから見ても分かるのか。どの色なら街で識別されるのか。
飲む人が写真を撮りたくなる所作は何か。
カップ、蓋、スリーブ、袋、チャーム、器、受け取り方法等、何をブランドの記号にするのか。
その問いを持つ必要がある。
同時に、初回来店と再訪を分けて考えたい。
記号だけでは一度撮影して終わる可能性がある。
味だけでは街で発見されにくい。
強いカフェには、最初に目を向けさせる記号と、もう一度飲みたくなる商品が両方必要である。
GAFUCAFEで上海視察を経て作りたいと思ったのは、
「行く前から期待が立ち上がり、受け取った時に気分が高まり、飲んだ後に人へ説明したくなる一杯」だ。
その一杯が店を出た後も街の中で記憶されれば、ブランドは店舗面積を超えて広がっていく。
おわりに
上海の街ではカフェの看板が店頭だけにあるわけではなかった。
ミントが飛び出したBirdie Cupのカップ。
熊を付けて歩く13DE MARZOの客。
壁の穴から伸びる熊爪咖啡の手。
それらは客と一緒に移動し別の通行人の視界に入ったり、写真となってSNSへ運ばれていく。
カフェの体験はドリンクを受け取った時点で終わらない。
店を出た後にブランドがどのような姿で街を歩くのかまで続いている。
未来のGAFUCAFEを考える時、店内の椅子や照明だけを考えていては足りない。
客が扉を出た後にその手に何が残っているのか。
その人を見た別の誰かに何が伝わるのか。
店を出た瞬間に消えるブランドになるか、客と一緒に街を歩くブランドになるか。
上海のカフェはカップ一つにもその差が表れることを教えてくれた。
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※ヘッダー画像は現地で撮影した画像を参考にAIで生成した画像のため、クマの顔など実際の13DE MARZOの店舗や商品とは異なります。
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中国で「ミルクティー界のエルメス」と呼ばれる紅茶カフェ「CHARLIE TOWN」 。なぜそう呼ばれる存在になれたのか。 その多層的なブランド設計について、上海視察時の感想とともにnote記事を書きました。
今回の「持ち歩かれる記号」の仕掛けにも通じるブランディング戦略の話です。
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