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“Hello”から始まった恋—スポーツクラブで出会った彼が、止まっていた時間を動かした—第6章

※この物語はフィクションです。
登場人物・団体等は実在のものとは関係ありません。

あらすじ
夫と別居中の40歳の香織は、スポーツクラブで働きながら毎日を淡々と過ごしていた。そんなある日、カナダ人のジョンと出会う。彼の明るい笑顔に惹かれ、そして香織は英語を学び始める。

言葉や文化の違いに戸惑いながらも、少しずつ距離を縮めていく二人。ジョンのまっすぐな優しさは、自信を失っていた香織の心を少しずつ癒やし、止まっていた時間を動かしていく。

しかし、大人だからこその現実や、それぞれが抱える事情は、二人の恋を思いがけない方向へ導いていく――。

恋を通して「自分らしく生きること」の意味を見つけていく、一人の女性の再生を描いた、大人の恋愛小説。

第6章 超えてはいけない一線


あの夜のことがまるで夢のように、甘美な感触と共に脳裏に焼き付いて離れない。

抱きしめられてぎゅっとなった体をもう一度思い出したくて、自分の腕でそっと自分を抱きしめてみる。

ああ、ジョン。

これ以上私の心を乱さないで。

いつかは去ってしまうんでしょ?

他にも優しく抱きしめる相手がいるんでしょ?

否定的なことばかりが頭を支配する。

それなのに、ジョンを忘れたいとは思えなかった。

――人を好きになると、幸せな瞬間なんてほんのひとときで、苦しい時間の方が多い気がする。

それでも人を好きになることを止めることはできない。

気が付くと目で追い、見つめ合い、触れたいと思い、お互いを求めてしまう。

何度悲しい思いをしても、

何度つらい目にあっても、

結局また惹かれてしまう。

――夕飯後のお茶碗を洗いながら、ジョンへの思いを反芻していた。

こんな気持ちになったことは初めてかもしれない。
色んなしがらみを一切取り払って、純粋に好きだという気持ちだけがある。

生活も、結婚も、未来までも共にできないであろう人を、ただ想う。

もっと見つめてほしい。

もっと抱きしめてほしい。

もっと深く愛してほしい。

こんな気持ちはわがままなのだろうか。

別居しているとはいえ夫もいる。子どももいる。

でも女として、誰かに求められたい。

そう思うことはいけないことなんだろうか。

そんな気持ちを抱えながら、今日もスポーツクラブのフロントでジョンの姿を探す。

「Hello~Kaori~」

「Hello~」

ジョンがいつもの笑顔でフロントに来ると、二人だけが知っている秘密を抱えながら、優しいまなざしで見つめてくる。

そしてロッカーのキーを渡す時には、さりげなく手に触れられる。

その触れられた指先が熱い。

トレーニングへと向かうジョンの背を見送りながら、熱い指先を隠した。

――数日後の英会話レッスンの日、

いつものようにフロントで挨拶をしていると、奥の方でジョンと同僚の女性が楽しそうにおしゃべりをしていた。

同僚って仲良くなるよね・・・

英語でのコミュニケーションも自然とできるし・・・

40歳の私より、20代の若い女性の方がお肌もぴちぴちだし・・・

―なんて一人で心の中でつぶやく。

その時ジョンが私に気が付いた。

「Hello~ Kaori~」

「・・・・Hello」

「What’s up?」

「I’m good.」

一応適当に挨拶をしながら、レッスン室へ向かった。

「Kaori・・・」

ジョンが私の浮かない表情を読み取って、心配している。

でも教えてあげない。

だって、ジョンがいけないんだよ。

私を夢中にさせておいて、他の女性と親しげにするなんて。

人を好きになるとわがままになる。

普通に同僚とおしゃべりしているだけでも、嫉妬する。

私ってこんなにやきもち焼きだっけ?

レッスン後にジョンがさりげなく近寄り、囁いた。

「Do you want to come over and watch a movie?」

私は静かに頷いた。

――約束の日、

少し緊張しながらドアのチャイムを押した。

家にレオはいなかった。ジョンと二人きり。

満面の笑みで出迎えてくれた。

中に入るとジョンはお茶を出してくれた。

ジョンの部屋をのぞくと今日は頑張ったのかきれいに掃除されていた。

私のために苦手な掃除を頑張ってくれたのかな・・

お茶を飲みながらたわいもない話をした後、映画を観るためにジョンの部屋に入った。

ベッドを背もたれ代わりにしてテレビでブルーレイの映画が始まった。

映画はホラーだった。

こわい映画は夢にでるから苦手なのに。

でもジョンが手を握ってくれるから安心だった。

これも作戦なのかな?

意地でも抱きつかないよ。

映画が終わって、ジョンが言った。

「My brother loved this movie.」

そうか思い出の映画だったんだ。

そのお兄さんは数年前に亡くなっているとは聞いていたが、自死だったと打ち明けてくれた。

アルコール中毒のお兄さんは仕事でもうまくいかず、とうとう人生を終わらせてしまった。

自分は何もしてあげられなかったと呟いたジョン。

気が付くと抱きしめていた。

私も何もしてあげられない。

話を聞くことしかできない。

ジョンは日本での苦労やつらさも打ち明けてくれた。

はじめての日本で、はじめての仕事。

でもいつも明るくユーモアを忘れずにレッスンをしたり、トレーニングしているジョンの弱い部分をさらけだしてくれたことがうれしかった。

ジョンは話し終えると、私を見つめた。

知っていると思うけど、最後の言い訳をした。

「I have a husband.」

「I know, but I'm crazy about you.」

ジョンはそう言うと、私の頬にそっと手を添えた。

その温もりに心が揺れる。

夫の顔が頭をよぎった。

子どもの顔も。

今ここで引き返さなければ・・・

いつも通り家に帰って、いつも通りの毎日を続けなければ・・・・

そう思った。

でも、一歩も動けなかった。

ジョンはただ静かに私を見つめている。

「Kaori...」

名前を呼ばれただけなのに、胸がくるしい。

―もう、止められない。

熱い吐息を感じたかと思うと、いきなり激しいキスで頭が真っ白になった。

そしてベッドにゆっくりと寝かされた。

少しずつ服が脱がされ、とうとう隠せるものはなくなった。

思わずお腹の妊娠線を両手で隠した。

その手をジョンは優しくつかみ、脇へ下ろした。
そして露わになったそこに唇をそっと置いた。

ジョンは私の顔を見つめながら呟いた。

「You are beautiful.」

その言葉を聞いた途端、こみ上げるものを抑えきれず、
涙がこめかみに流れた。

私は、
――女だったんだ。

忘れていた。

私の涙を見たジョンは、そっと親指で拭ってくれた。
そして、愛おしそうにおでこにキスをした。

ジョンの指先がまるで宝物に触れるように全身をめぐる。

枯れそうな植木鉢に、いっきに水を流し込んだように、
血流が体の隅々まで染み渡った。

女であることの喜びを感じた。

――もう戻れなくなってもいいとさえ思った。

ジョンの重みを感じながら、このままずっとこの暖かさに包まれていたいと思っていた。

――あの時までは・・・・。

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▶【第7章 知らなかった真実】はこちら



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げんちゃん|元美容部員×現役エステティシャン×コスメコンシェルジュ 応援して頂ければ幸いです。これからの励みになりますので、よろしくお願いします。