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ととのえ職人の本棚12|生きる意味〜生きる意味は、ひとりで見つけるものではない〜

ハイサイ。
ととのえ職人、五木田穣ごきたゆたかです。

本を読むことは、
知識を増やすことだけではありません。

本を読みながら、
今の自分の状態に気づくこと。

言葉にならなかった感覚が、言語化されていくこと。
心と体と思考のズレを、少しずつととのえていくこと。

本を読むことを通じて、ととっていく。

そんな視点で、
今回紹介したい一冊は、

アルフレッド・アドラーの
『生きる意味』
です。

アドラー心理学について書かれた本は、たくさんあります。

わかりやすく解説されたもの。
現代の暮らしに合わせて読み直されたもの。
対人関係や仕事に活かしやすいように整理されたもの。

それらは、アドラー心理学への入口として、とても助けになります。
私自身も、たくさんの本を読んできました。

でも、それらの本は、
誰かの解釈を通したアドラー
なわけです。

今回紹介する『生きる意味』は、
アドラーについて、誰かが語った本ではなく、
アドラー自身が書いた本です。

もちろん、日本語で読む以上、翻訳を通して受け取ることにはなります。

それでも、
誰かが整えたアドラー心理学ではなく、

アドラー自身が、人生をどう観ていたのか。
人間をどう観ていたのか。
生きる意味をどこに観ていたのか。

そこに直接触れられることに、この本の大きな価値があります。


この本は、
人生の意味をどこか遠くに探しに行く本ではありません。

むしろ、
自分は、どんな関係の中で生きているのか。
自分の命を、誰と、どのように使っていくのか。
自分という存在を、この世界の中でどう活かしていくのか。

そんな問いを、静かに手元へ戻してくれる本です。


「生きる意味」

言葉だけを聴くと、
重い言葉にも聴こえるかもしれません。

少し構えてしまうような、
簡単には扱えないような、
そんな響きがあります。

でも、
生きる意味とは、
どこか遠くにある答えを探しに行くことではありません。

自分の内側を掘り続けて、
たったひとつの正解を見つけることでもない。

むしろ、
人との関わりの中で、
日々の暮らしの中で、
自分の命をどう使っていくのかを
少しずつ問い直していくこと。

今の時代は、
「自分らしく生きる」
「本当の自分を見つける」
「やりたいことを見つける」

という言葉がたくさんあります。

もちろん、
それはとても大切なことだと思います。

でも、

自分の感覚を置き去りにして、
誰かの期待だけで生きてしまうと、
心も体も、少しずつズレていきます。

だから、
自分に戻ることは大切です。

自分の声を聴くことも、
自分の感覚に気づくことも、
自分が何を大切にしたいのかを見つめることも、
とても大切です。

けれど、
自分の内側だけを見つめ続けていると、
かえって苦しくなることもある。

自分とは何か。
何のために生きるのか。
自分にしかできないことは何か。
自分の価値はどこにあるのか。

問いが深くなるほど、
答えが見えなくなる。

考えれば考えるほど、
自分がわからなくなる。

そんなことがあります。


生きる意味を、
ひとりで見つけようとしすぎると、
人は孤独になります。

なぜなら、
人はひとりで完結している存在ではないからです。

私たちは、
誰かとの関係の中で生きています。

生まれたときから、

誰かに抱かれ、
誰かに呼ばれ、
誰かとの関わりの中で、

自分という感覚を育ててきました。

自分とは、
自分ひとりでできあがったものではありません。

誰かとの関係の中で、
少しずつ形づくられてきたもの
です。

だから、
生きる意味もまた、
自分ひとりの内側だけで完結するものではありません。

アドラーの思想には、
人は関係性の中で生きている、
という前提があります。

人は、
ただ自分の欲求を満たすためだけに生きているのではない。

誰かと共に生き、
誰かの役に立ち、
自分の存在がどこかで世界につながっていると感じられるとき、
人は自分の生き方を少しずつ確かめていく。

ととのえ職人の思想とも深く重なります。


ととのえるとは、
自分の内側だけをきれいに整えることではありません。

心と体と思考のズレに気づくこと。
自分の呼吸に戻ること。
体の感覚を取り戻すこと。

それはもちろん大切です。

でも、それだけでは終わりません。

自分と自分の関係。
自分と他者の関係。
自分と暮らしの関係。
自分と仕事の関係。
自分と世界の関係。

そうした関係性を、
少しずつ結び直していくこと。
自分の内側と外側のバランスをととのえていくこと。

それが、ととのえるということです。


たとえば、
人のために頑張りすぎてしまう人がいます。

誰かの期待に応えようとして、
自分の疲れに気づけなくなる。

役に立たなければ価値がないように感じて、
休むことが怖くなる。

必要とされることで、
自分の存在を確かめようとする。

一見すると、
それは「誰かのため」に見えるかもしれません。

でも、その奥には、
自分がここにいていい理由を探している心が
隠れていることがあります。

一方で、
自分のことだけを見つめすぎて、
苦しくなってしまう人もいます。

自分は何がしたいのか。
自分には何が向いているのか。
自分は何者なのか。

その問いは大切です。

けれど、
自分の内側だけを見つめ続けても、
生きる意味は見えてきません。

生きる意味は、
「自分の中にあるもの」を探すだけではなく、
「自分をどう使っていくか」の中で見つかるものだからです。

勘違いしてほしくないのは、
自己犠牲をすることではないということです。

誰かのために、
自分をすり減らすことではない。

人に認められるために、
無理をし続けることでもない。

そうではなく、
自分という存在を、
この世界の中でどう活かしていくのか。

自分の知識。
自分の経験。
自分の感覚。
自分の痛み。
自分の学び。
自分の得意なこと。
自分が大切にしてきたこと。

それらを、
誰かとの関係の中で、
どう活かしていくのか。

そこに、
生きる意味があります。


生きる意味は、
大きな使命のようなものではありません。

誰かを救うような、
立派なことでもありません。

朝、誰かにやさしい言葉をかけること。
目の前の人の話を、ちゃんと聴くこと。
自分の仕事を、少し丁寧にすること。
疲れている自分を責めずに休ませること。
誰かのために、場をひらくこと。
自分が受け取ってきたものを、次の誰かに渡すこと。

そういう小さな関わりの中にも、
生きる意味はあります。

むしろ、
生きる意味とは、
日々の小さな関係性の中でしか
確かめられないものなのかもしれません。

自分は、
何のために生きているのか。

そう問うと、
とても大きな問いになります。

でも、
少し言い換えてみると、
その問いは手元に戻ってきます。

今日、私は誰とどう関わるのか。

今日、私は何を大切にして過ごすのか。

今日、私は自分の命を、
どこに向けて使うのか。

今日、私は誰かのために、
何を少しだけ差し出せるのか。

そして、
今日、私は自分自身を、
どのように扱うのか。

生きる意味は、
遠くにある答えではなく、
こうした日々の問いの中に
静かにあらわれてくるもの。

ととのえ職人として、
この本を通して伝えたいことは、

「生きる意味を探す前に、関係性をみつめる」
ということです。


自分は、
どんな関係の中で苦しくなっているのか。

どんな関係の中で、
自分を見失っているのか。

どんな関係の中で、
少し呼吸が深くなるのか。

どんな場にいると、
自分は自分のままでいられるのか。

どんな存在によって、
自分という存在がみえてくるのか。

それらをみつめていくことで、
生きる意味がみえてくるでしょう。


人は、
ひとりで強くならなくてもいい。

ひとりで答えを出さなくてもいい。

ひとりで生きる意味を
見つけようとしなくていい。

誰かと出会い、
誰かと関わり、
誰かの中に自分の働きをみつけ、
自分の中に誰かとのつながりを感じる。

その中で、少しずつ
「自分はここにいていい」
と思えるようになっていく。

自分の存在が、
ただ消費されるのではなく、
誰かの役に立つこと。

でも、
役に立たなければここにいてはいけない、
ということではない。

ただ存在していることと、
誰かに貢献していくこと。

その両方が、
矛盾せずに同じ場所にあること。

そこに、
人がととのっていくための大切な感覚があると思います。

「いるだけでいい」と、
「誰かの役に立ちたい」は、
対立するものではありません。

まず、
いるだけでいい。

その安心があるから、
人は自然と誰かのために動ける。

自分の存在を証明するためではなく、
自分をすり減らすためでもなく、
自分の内側から自然に差し出されるものとして、
誰かのために働くことができる。

生きる意味は、
その中で静かに育っていくものです。


この本は、
「あなたの人生の意味はこれです」
と答えを教えてくれる本ではありません。

むしろ、
生きる意味を、
自分の暮らしや関係性の中で問い直すための本です。

自分は、
どんなふうに人と関わっているのか。

自分は、
何を恐れているのか。

自分は、
どこで自分の価値を証明しようとしているのか。

自分は、
誰かとともに生きることを、
どのように受け取っているのか。

そんな問いが、
静かに残ります。

そしてその問いは、
少し重たいけれど、
どこかあたたかい。

なぜなら、
生きる意味は、
ひとりきりで抱え込むものではないと
思わせてくれるからです。

誰かとの関係の中で、
少しずつみえてくる。

暮らしの中で、
少しずつ育っていく。

自分を世界から切り離すのではなく、
もう一度、世界とのつながりの中に置き直していく。

この本は、
そんな感覚を思い出させてくれる一冊です。

生きる意味は、
ひとりで見つけるものではない。

誰かに決めてもらうものでもない。

自分だけの内側に閉じ込めるものでもない。

人との関わりの中で、
自分の命をどう使っていくのかを
問い続けること。

その問いの中で、
少しずつ育っていくもの。

だから、
今すぐ明確な答えなんか出なくていい。

何者かになれなくてもいい。

大きな使命が見つからなくてもいい。

ただ今日、
自分の呼吸に戻り、
目の前の人との関係を少し丁寧にし、
自分ができる小さなことを、
静かに差し出していく。

その積み重ねの中で、
生きる意味は、
少しずつ形を持ちはじめます。

この『生きる意味』という本は、
人生の答えを急いで探している人に、
少し立ち止まる時間をくれる本です。

そして、
自分の人生を、
誰かとの関係の中でもう一度見つめ直したい人に、
静かに問いを手渡してくれる本です。

自分の内側に閉じこもりすぎたとき。
誰かの期待に応えようとして、自分を見失ったとき。
生きる意味を、ひとりで抱え込みそうになったとき。

この本は、
そっと思い出させてくれます。

人は、ひとりで生きているわけではない。

そして、
生きる意味もまた、
ひとりで見つけるものではないのだと。

また、次の本でお会いしましょう。

ととのえ職人
五木田穣


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