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popeye 物語 ‘76〜’81 若者を変えた伝説の雑誌 / 椎根和 そのときpopeyeの編集部は熱かった 【人生最後の本棚】

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【人生最後の本棚】

まずはこの本に出会えたことに感謝です。筆者の方のご迷惑になりませんように。
おじさんがnoteを始めるに当たってメンズファッションのことを書こうと思い、ファッション関連の本を読んでみました。しかし、ファッション本を読むだけではカッコよくなれないといつも思います。中身が空っぽではカッコよくないのです。結局、いつも中身からカッコよくなるにはそれなりに本をきちんと読んでおかなければという結論に達します。昔からのものも含め、おじさんのお気に入りの本です。

popeye 物語 ‘76〜’81  若者を変えた伝説の雑誌 / 椎根和

ファッション本というよりはもっと大きなカルチャーに関わる本です。前回までのnoteのいくつか記事では「ポパイ」と表記して来ましたが今回は本当に内部におられた方の表記で「popeye」で進めさせていただくます。

「popeye」の誕生の時代

2008年刊。橋本治さんに若者が活字を読まなくなった時代の象徴として挙げられた「popeye」についての本を読んでみました。この本の内容は‘76〜’81とありますが、この時期のpopeyeの快進撃を書いたものです。この時期は僕の11歳から16歳に当たります。僕は多分この期間の最後の頃にpopeyeを読み始めていると思います。高校生になった僕たちの世代にとっては、もういつでもそこにある定番的な存在の雑誌でした。その頃には「Hot-Dog press」も既にあったと思います。

僕たちが読み始める直前に創刊の時期のとても「熱い」時代があったことがわかります。学生運動が終わり、次に日本の若者たちが追いかけたものは「アメリカ」でした。なんでもお金で買える商品としてしまう「モノ文化」でした。豊かな時代のアメリカと同時に歩んできた「popeye」の記録です。Wikiにも当時の執筆者の方々のお名前が出ていますが、今やすごい面々です。

この本に少し記述がありますが当時はまだ冷戦期であり、アメリカ側も商務省観光局が積極的にアメリカ人気を煽っていたようです。相乗効果で僕たち日本人は「アメリカすごい、アメリカ大好き」な方向に流されたのかもしれません。確かにその頃は僕たちはアメリカに憧れていたと思います。

無敵のpopeye編集部

この本を読むと当時の「Made In U.S.A.」カタログから、popeye創刊への流れは本当に新しいスタイルの雑誌づくりの黎明期だったと思います。バブルに向かう日本の勢いと重なってありとあらゆる黄金期がここに集中した感じがします。

途中から広告収入が本の売り上げを超えて雑誌をつくる財源となって行き、「ホンダ」、「パナソニック」などからも入広し、電通までも巻き込んでいく勢いはすごいものがあります。僕たちはこの勢いでアメリカ風ライフスタイルへとまっしぐらに流されていったということだと思われます。

popeyeが特集したモノ

当時の日本の若者たちのアメリカ化はpopeyeからとありますが出てくる特集の話題を書き連ねると確かに納得がいきます。出てくるワードを並べて見ますが、スケボー、サーフィン、スキー、絶叫マシーン、フリスビー、グアム、ミステリー、スターウォーズ、パリダカ、テニス(ボルグやコナーズの)、ジョルジオアルマーニ、ジョギング、その他、正に僕たちが大人になる時に始まり、今やどれも僕たちの世界で固有の文化となった新しい世界の道しるべのように見えます。

popeyeは文学などの人文的な人間的な営みと合わせて「モノ(道具)」を通じて新しい世代の文化をつくったのでした。今や僕たちが普通にやっていることを最初に紹介し、新しい地平を切り拓いて来たということです。

popeyeの後続世代が「AMETORA」をつくった

そして、冷戦が終わり、世の中がもうひと回りしている間に世界はすっかり変わりました。今や当時のカッコいいアメリカの姿はすでに無く、数少ない資本家の方々が世界を牛耳って、動かしつつあります。

皮肉なことにそのアメリカ好き過ぎる日本人たち、すなわちpopeyeを愛読して育った世代がグローバリズムによる経済成長の勢いに乗って、勢いのなくなった本国アメリカをさておいて、自分たちが好き過ぎるアメリカ生まれの新しいアメリカンファッションの一派までも形成してしまいました。その間にアメリカはもう僕たちが知っているアメリカではなくなってしまいました。

popeyeが育てたアメリカ人よりもアメリカな日本人

今回は「popeye」という雑誌が日本にアメリカ風文化を作って来たお話となりますが、その僕たちが憧れて来た「アメリカ」はもう無くなりつつあります。本国アメリカはその時のベクトルとは違う方向に向かい、日本人だけがその方向に向かい続けた感じがあります。日本人はもはやアメリカ人よりも当時のアメリカ人らしいのです。さてもうひとり、その方向性でpopeyeが育てた日本人のこの方の本もこの間ご紹介しました。

若者向けのカルチャー雑誌のゆくえ

自分が興味があって読んだpopeyeのお話ですが、予期せぬ方向に進んでしまいました。僕たちの先輩方の世代が育てたアメリカ風の若者の文化は、アメリカと資本主義というエンジンが行き詰まってしまったこの時代に、この後、どういう歴史を作って行くのでしょうか。

この本の最後の方に「ポパイ以降、文字・文章をパワーの源として成功した雑誌は生まれていない。文字・文章をパワーと考えない編集部がつくる雑誌は衰弱するしかない。」と著者は書いています。そういう意味では、文字・文章をパワーとしないその次の世代のライターの方々が現れて来ていることも書かれています。橋本治さんが「活字を読まなくなったpopeye読者と指摘した世代の次の世代です。

SNS全盛の世の中で駄文を書いている僕がいうことではありませんが、僕自身もバブルが崩壊する頃から雑誌はとてもつまらなくなったと思っています。本当にひとつの時代はpopeyeから始まり、一度終わってしまった感じがあります。もう雑誌はインターネットに世の中の文化の流れを変える主導権を渡してしまったのでしょうか?

後書きに速水健朗という方がこのpopeyeの時代以後の雑誌というものについて秀悦な解説をなさっています。
PCやインターネットは、僕が途切れてしまったと書いた自由なアメリカのベクトルを、少し方向性が変えられてしまったとはいえ、ある意味、継承しているものだと思います。スティーブ・ジョブスさんがヒッピーだったというところに、僕自身はこれからの世の中の進む方向に、再度、アメリカが好きになれる世界の可能性に一縷の望みを抱いています。

このpopeyeが持っていた大切なものが、その時代のアメリカにもあったのだと思います。同じ源流を持つ「Whole Earth Catalogue」からの流れにも同じものを感じます。きっと僕はその「自由」さが結構好きです。手前みそになりますが僕がご紹介した、その流れにある2冊の本をもう一度ここに貼り付けさせていただきます。また、この方面の本はまだまだ読んでいきたいと思っています。

読んでいただきありがとうございます。

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