【ぶんちゃん連載⑥】幕引きは「ピョンッ」と跳ねるように。最幸のフィナーレ。
【連載】
介護士のぶんちゃんがFacebookにアップしていた「看取りの記録」投稿。
それがめちゃくちゃ良かったのでnoteに残すことにした。
ぶんちゃんは「スタッフ(介護士)」であり、
「入居者の家族」でもあり、
「ムスコの嫁(と姑の関係)」でもある。
元の投稿にちょっとだけ文言を追加したり、構成を変えたり、写真とかを追加しています。
ちょっとメンドくさそうな関係性を踏まえた上でどうぞ。
〜
山菜採りを楽しんだわずか2日後。
お義母さんは、まるで軽やかにジャンプするかのように、この世を旅立っていきました。
その日は朝から、まるでお義母さん自身が「今日だ」と分かっているような、不思議な様子だったといいます。
朝から「今日は調子が良い」と自ら口にして、いつもは拒むお薬を、素直に飲み干したり。「(ノンアル)ビール飲む?」という問いに「飲む!」と即答し、午前中に2回も散歩に行き、午後もまた外出する準備をしていたそうです。
旅立つわずか15分前にも、スタッフに「これから出かけてくるわ」と話していたそうです。
その直後に呼吸が急変し、そのまま。
一報を受けた時は「えっ、今!?」と驚きましたが、すべてを終えた今ならわかります。
あれは、お義母さんにしかできない、計算し尽くされたかのような絶妙なタイミングの幕引きでした。
棺桶は、家族みんなで描き上げた「キャンバス」
お別れまでの時間は、村松家みんなで過ごしました。

かつて子供たちが小さかった頃、お義母さんがしてくれたように。今度は孫たちが「ありがとう」と声をかけながら、お風呂上がりのお義母さんの体に丁寧にボディクリームを塗りました。
棺桶は、自分たちで組み立てるスタイル。
漫画家であるお義父さんを筆頭に、みんなでお義母さんへの想いを込めて、棺いっぱいに絵を描きました。


廊下には思い出の写真を溢れんばかりに飾り、お義父さんと息子の思い出の味である「天ぷら」「蕎麦」「オムライス」「こづゆ」を、たくさんの方の手を借りて準備しました。
悲しみよりも「いけいけーっ!」という歓喜

お通夜が行われたのは、金婚式のお祝いからちょうど1ヶ月後の4月23日。 この1ヶ月に、金婚式、会津への旅、山菜採り……一生分の幸せがギュッと凝縮されていました。
堅苦しいのが大嫌いで、場が盛り上がるのを見るのが大好きだったお義母さん。 お通夜ではサプライズのプロポーズ報告があったり、ノリちゃんがお義母さんをイメージしたダンスを披露したり。

それはそれは賑やかで、笑顔あふれる会になりました。
きっとお義母さんも、どこかで「もっとやれやれー!」と手拍子をしていたはずです。
終わり良ければ、すべて良し。

福島県相馬市で35年以上、福祉の先頭を走り続けてきたお義母さん。
震災にもコロナにも「負けてたまるか!」と立ち向かってきた、強くて真っ直ぐな75年間でした。
「はっぴーの家の活動、そのうち視察に行くわ」 そう言っていたお義母さんが、まさか「入居者」としてやってくるとは誰も予想していませんでした。
でも、ここで過ごし、ここで愛する人たちに囲まれて旅立ったこと。
「私の人生最大の脅威」だったお義母さんとの関係が、最後には「最幸の親の介護」へと変わっていました。
お葬式に参列した、真面目で型にハマりがちな私の実母が、「あんなに賑やかで楽しいお式、本当に良かったわぁ」と何度も繰り返していたのが印象的でした。
新しい出会い、そして未来へ

別れがあれば、出会いもあります。 お義父さんと共に相馬へ帰った愛犬・太郎くんの代わりに、寂しくなった私の実家には新しい子犬をプレゼントしました。
村松家にお嫁に行ってから、本当にいろんなことがありました。 でも今、心からこう思えます。
「終わり良ければ、すべて良し」
お義母さん、本当にありがとうございました。 いつか私がそちらへ行った時、お義母さんがその器量で「さらに暮らしやすく」整えてくれている世界を楽しみにしています。
合掌。

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