9 失踪 【クリスマス連続ショートショート】
「ほんとだ」
HARBSの大きなミルクレープを頬張りながら佐々木さんがラジオを膝の上でひっくり返す。
「どのボタン押してもうんともすんとも言わないね」
百貨店の13階で化石を見た後で、佐々木さんはそのまま地下1階でケーキを買ってくれた。「若い者は旬のものを食え」と言って私には季節限定のホワイトチョコレートケーキを、「年寄りには生クリームが胃にこたえるのじゃ」といって自分にはミルクレープを買った。「胃にこたえるならこんな大きなケーキ買わなきゃいいのに」と言うと「そこがいいのじゃ」と笑う。私が普通に話したことに安心したようだった。
少し安心させすぎたかもしれない。
一人暮らしの私の部屋で、我が家のようにくつろぐ佐々木さんを見て思った。お茶を淹れてあげたのがきっとよくなかった。
「電源コードもないってことは充電式なの?」
佐々木さんが腕を組む。
「多分。まだ充電したことはないんですけど」
「電源コードもなしにどうやって充電するの? ワイヤレス? どう見てもオンボロなのに?」
「ああ?」
と、声がした。ような気がした。
「今、なんか言った?」
佐々木さんの眉があがった。佐々木さんにも聞こえたらしい。
「何も言ってないです」
「うーん……」
佐々木さんがラジオに耳を近づける。
「なにか受信したわけでもなさそうだし。保子さん」
佐々木さんがまっすぐ私の目を見た。
「あなたに、昭和の、伝統ある家電製品のなおし方を教えてあげる」
「いい」とも「よくない」とも言う暇がなかった。佐々木さんがこぶしを振り上げて、ラジオを思いっきり叩いた、途端に
「うわああああ」
という声がした。確かに、した。
ふたりでラジオに耳を近づける。何の音もしない。
「ん。壊れてるな」
佐々木さんが断言する。
「壊したのでは……」
「最初から壊れていた」
佐々木さんがもう一度言う。ミルクレープをまた一口ほおばる。よく噛んで飲み込んで、お茶を飲んで、私に向かって頭を下げた。
「ごめんなさい」
自覚はあるらしい。
「かして」
フォークをおいた々木さんが今度は右手を出してくる。
「何をですか」
「名刺。『ノザキ』のやつ」
また壊したりしないだろうかと、一瞬不安になる。
「大丈夫。見るだけだから。多分、知ってる人だから」
おそるおそる出した名刺を佐々木さんが奪い取った。何かスマートフォンに打ちこんでいる。
ピンポーン、とチャイムがなった。
来客? こんな時間に? 何かの荷物だろうか。
「ああ、いい、いい。私が出るから」
佐々木さんがスマートフォンを握ったままの右手をぶんぶん振って、立ちあがろうとする私を止めた。玄関に走っていく佐々木さんをみながら、「あ。すいません」と言って座る。考える。
「佐々木さん。ここ私の家なんですが」
ガツン。
玄関で音がした。何かが落ちたような音。
あわてて私も玄関に向かう。誰もいない。床に佐々木さんの携帯が落ちていた。
ドアを握ると鍵が開いている。外に出る。誰もいない。チャイムをならしたはずの誰かもだ。
「佐々木さん?」
呼んでみる。返事はない。
暗い廊下の隅を真っ白のねずみが走ったのが見えた。
ショートショート No.522
このお話は12月1日から25日まで毎日更新される
お話のアドベントカレンダーです。

連続ショートショート サンタクロースとねずみの王さま
目次
1st week お天気配送業
12月1日 小さなねずみのはなし(その1)
12月2日 おかしなラジオ(お天気配送業 柊屋提供)
12月3日 父親
12月4日 名刺
2nd week 思い出採掘業
12月5日 おかしなラジオ(思い出採掘業 佐々木のこづち提供)
12月6日 ササキノキッチン
12月7日 化石
12月8日 小さなねずみのはなし(その2)
12月9日 失踪
12月10日 手紙
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