許すとか許さないとか【第一話】 #創作大賞2025
あらすじ
二十一歳の誕生日。寺門真希はボーイフレンドと高級レストランで食事を楽しんでいたが、遠くの席に父親がいることに気づく。相手は母親ではなく、会ったこともない綺麗な女性。父親の浮気現場に遭遇して動揺する真希。
父親を問い詰めると「浮気じゃない」と言い、母親は「その女の人は友達だから大丈夫」と言う。納得がいかない真希は父親の浮気相手に「父親と会わないで」と頼むが、「付き合ってるわけじゃないけど好き」と言われる。真実が何か分からず悩んでいるうちに、以前トラブルに巻き込まれた際、バイト先の喫茶店のマスターが助けてくれたことを思い出し、調査を依頼する。
マスターの調査報告を聞いて真希が導き出した真実とは。
【第一話】何してんの?
何にも悪いことが起きそうもない夜。いつもはなんかイライラして、すぐに「つまんない」とか言っちゃうんだけど、今日は言わない。だって、私がテレビで見た高そうなレストランを明彦が予約してくれたんだもん、私の誕生日に。
ウキウキするでしょ、これは。ウキウキしてもいいでしょう。
「真希ちゃん、何ニヤニヤしてんの?」
いつもなら「待ち合わせに遅れて来たくせに第一声がそれなの?」ってイライラするところだけど、今日の私は違う。
「ううん。してないよ」
「してたって。ヨダレ垂れそうになってたよ」
「なってねーよ!調子に乗んな!遅れて来たくせに!」
「あー怒っちゃった。ごめん、真希ちゃん、今日はお誕生日だよね?はい、ニコニコして」
「アンタが怒らせたんでしょうが」
「ごめんごめん、ほら、遅れちゃうから早く行こう」
言いたいことが山ほどあったけど我慢した。
セラヴィ。予約しているレストランの名前。よく分からないけど高そう。なんて意味だったっけ。まあいいか。
フレンチのレストランで食事なんて初めて。明彦、無理してくれたんだろうな。せめて今日は怒らないでニコニコしていたい。
店の前まで来て外観に驚いた。小さなお城みたい。精一杯おしゃれしてきたけど大丈夫かな、私みたいのが入っても。
まごついていると、明彦が右手を差し出してきた。
「お姫様、お手をどうぞ」
「そういうの、いらないんだけど」
明彦はリレーのバトンでも掴むみたいに、私の手を取って店内に入った。小さなお城の中は、テレビで見たまんまのおしゃれなレストランだった。天井に見たことがない大きさのシャンデリアがあったので、しばらく見入ってしまった。
「堪能した?」
明彦の声で我に帰る。
「別に。珍しい色の虫がいたから動きを追ってただけ」
「え、マジで?」
真に受けて虫を探そうとする明彦の腕を引っ張って受付の前に連れて行く。
「十九時から予約している山本です」
明彦が聞いたことがないような畏まった声を出すと、ウェイターが一番奥の、店内が見渡せそうな席に案内してくれた。
「いい席でしょ?」
明彦が得意気に言ってきたが、頷くだけにする。あまり調子に乗せたくはない。
ウェイターがメニューを開いて手渡してくれた。見たことがあるワードもあったけど、選べる気がしない。焦る。テレビに出てたやつ、アレ、なんだったっけ?
「真希ちゃん、この『季節のおすすめコース』ってやつにしない?せっかくだし」
明彦がさらっと言った。ヤバい。ちょっと惚れそうになる。でも、この値段……大丈夫なの?
「そんな顔しないで。今日は特別だから」
明彦はウェイターに「このコースと、ワインも合うやつを適当にお願いします」とか言っちゃってた。なんか今日の明彦、かっこいいかも。わかったよ、今日の私はお前に捧げるよ。ありがとう。
出てきた料理はどれも最高に美味しかった。明彦がいちいち「真希ちゃん、これ美味しいね」って言ってくるもんだから、さすがに面倒くさく感じてきたけど、メインで出てきたステーキは咀嚼しながら逝ってしまいたいほどだったので、私の方から「明彦、コレ、すごく美味しい」って言ってしまった。明彦は笑顔で右手の親指を立てて応えた。肉を噛んでいたいから話したくないんだろう。分かるけどさ、口でなんか言えよ。
今日は本当に最高の一日だな。デザートを食べ終えてコーヒーを飲んでいる時にしみじみ思っていると、目の端に知っている顔を捉えた。
え?お父さん?
何してんの?
一緒にいる綺麗な女は誰?
マジで何してんの?
「真希ちゃん、ちょっと聞いてる?今日この後なんだけどさ……」
「ちょっと待って、あそこにお父さんがいる。知らない女と、食事してる……」
「え!?それって百パー浮気じゃない?」
「はっきり言わないでよ!まだ分からないじゃない!」
「ま、まあね……真希ちゃん、興奮しないで。落ち着いて」
「私、ちょっと行ってきていいかな」
「だ、駄目だよ、お店の中は。どうしてもって言うなら……外で出てくるのを待ち伏せする?」
「あ、それ、いい考え」
「マジで?半分冗談で言ったんだけど」
「ごめん、でも、現場を押さえないと」
「現場を、ねぇ……。真希ちゃん、今日は誕生日だよ」
「分かってる。でも、ごめん、はっきりさせたいの」
「分かったよ。真希ちゃんがいいならいい」
夢心地だった小さなお城を出て、近くのカフェでお父さんが出てくるのを待つ。何なの、この落差は。明彦はカフェに入ってから一言も喋らない。
「明彦、本当にごめんね、いろいろ……」
「レストランの前に集中してください、探偵さん」
「ごめん」
さっきまでお姫様扱いしてくれたのに、今は浮気調査の探偵になってて泣けてくる。
「あ!」
カフェに入って三十分ほど経過した頃、お父さんが女を連れて出てきた。
「支払いしておくから早く行って!」
慌てて叫ぶ明彦を片手で拝んでカフェを出て、お父さんの背中に向かって私は大声で叫んだ。
「お父さん!」
お父さんと女がビクッとして振り返った。
「ま、真希!」
「真希?」
お父さんと女の前までゆっくり歩いて行った。
「お父さん、何してるの?その女の人、誰?」
「だ、誰って、真希、お前こそ、なんでこんなところにいるんだ」
「私、今日は誕生日だから彼と食事に行くって言ってたでしょう?そこのレストランにいたのよ。お父さん見つけてびっくりしたからさ、出てくるの待ってたの」
「ここのレストラン、高いだろ?よく来れたな」
「私の彼を舐めないでよね。いや、そんなことはどうでもよくて、私の質問に答えてよ。人の誕生日に浮気してたの?」
「浮気?浮気、ではないな」
「は?お母さんじゃない女の人と二人っきりで高級レストランで食事してたんだよね?なんで浮気じゃないのよ」
「この人は……お父さんの大切な人だからだ」
「何言ってるの?頭、大丈夫?ワイン飲み過ぎた?お母さんのことはどう思ってるの?」
「大切な人だ、当たり前だろう。真希、この人とお父さんのことは、お母さんも知っていることなんだ。今日はもう帰りなさい。彼を待たせているんだろう?」
後ろを見ると、明彦が近くで見守ってくれていた。
「お母さんも知っていることって、聞いてもいいの?今日のこと。お母さんに」
お父さんはチラリと女の方を見てから言った。
「いいよ。それでお前の気が済むのなら」
その後、お父さんは明彦の方を向いて頭を下げた。
「明彦君ですか?妻から聞いています。今日は水を差すようなことをして申し訳なかったね。ごめんなさい。真希は少し口は悪いかもしれないが、素直な心を持ったいい子です。今回のことに懲りず、どうかよろしくお願いします」
明彦は棒立ちの状態から「気をつけ」の姿勢になって言った。
「は、はい、精一杯努めます!」
「うん、よろしくお願いします。真希、よかったな。じゃ」
明彦が何をやる気になったのか知らんけど、お父さんが手を挙げて立ち去ろうとしているので慌てて呼び止める。
「お父さん!ちょっと待ってよ。その人は誰なの?」
「さっき言っただろ。お父さんの大切な人だ。じゃあな」
お父さんと女の前に一台のタクシーが止まると、二人はさっさと乗り込んで行ってしまった。レストランでタクシーを呼んでいたのだろう。しくじった。浮気調査の探偵としても失格だ。もう明彦に対して申し訳なく思う気持ちを隠すことができなかった。
「明彦、今日、ごめんね。高級レストランを予約して私の誕生日、祝ってくれたのに、こんなふうになっちゃって。もしかして、食事の後も何か考えてくれてた?」
明彦は後頭部をワシャワシャっと触った。
「まあ、うん、考えてはいたけど、もうそんな気分にはなれないよね。すぐにでも家に帰ってお母さんと話したいでしょう?ね」
心を見透かされて何も言えないでいる私に、明彦は右手を差し出して言った。
「お姫様、お手をどうぞ。ご自宅までお連れします」
「……馬鹿」
言葉とは裏腹に、私は明彦の右手を強く握った。
【第二話】お母さんに聞いてみる
【第三話】アンタ、誰なの?
【第四話】私の名探偵
【第五話】調査報告①
【第六話】調査報告②
【第七話】私の真実(最終話)
