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⑩話 風俗嬢って楽しいの? 【これは、風俗を通して自分を赦す物語】♯お仕事小説部門♯創作大賞2025


【これまでのあらすじ】

★風俗を初めて2週間。
このぬるま湯のような環境にも慣れてきた。
ホス狂のリンちゃん、お父さんぶる店長、彼女募集中の三上さん。3人で仲良く話す時間は無責任で、心地よい。
風俗に居場所を見出すのって、いけないことなの?

♯これは、風俗を通して自分を赦す物語

①話 
②話 
③話 
④話 
⑤話 
⑥話 
⑦話 風俗嬢と初めてのお客さん
⑧話 大好きなあなたに、“大丈夫?”が言えない。
⑨話 聞いてください、お母さん。私、風俗で働いているんです。
⬆️先週のもっともスキを集めた ♯小説、♯結婚タグの1位を取りました!ありがとうございます🙇‍♀️

⑩話◀︎New!

全19話予定🍀




ヒカルさんは本当に優しくて、良い人だけど、ちょっと真面目で、ちょっと天然な気がする。

「私、お客さんとの会話が苦手なんです。話題が全然思い浮かばなくて、ヒカルさんはどうしてますか?」

そう相談した私に、ヒカルさんは言った。
 
「私は奥さんがいる人には、奥さんにはお尻いじって欲しいこと言えないんですか?って聞いてるよ。話が広がるから、ゆゆちゃんにもオススメ」

あ、ヒカルさん、そんなこと聞いちゃうんだ。
この人、すごく真っ直ぐで芯が通った人なんだな……。

小麦色に焼けた肌に、ニッコリと笑って覗いた白い歯が映えていた。健康そうで可愛い人だと思った。

でも、秘密にしておきたいことって多分あるから、それはあんまり言わない方がいい気がする。
 
「……」

こういう細かい違和感を、言葉にして伝えられたらいいのに。
でもそれを指摘すると、この優しい関係が終わってしまうかもしれないから。

臆病な私は、いつものようにまた口を閉じていた。




「久しぶりにお茶飲まない?」

ヒカルさんがお客さんから貰ったという海外のお菓子と、缶コーヒーを持って話しかけてきた。

私が職場でコーヒーを飲む姿を見て、持ってきてくれたのかもしれない。そのことが無性に嬉しかった。


そんな経緯で事務所のテーブル席に腰かけ、2人でお菓子を食べていた。

今は私がM性感に在籍してから2週間が経っていた。週3回勤務するだけでそこそこの金額が手に入る。罪悪感が残るもののズルズル続けてしまうのは、何も考えなくていいことが気楽だからかもしれない。

「このクッキーおいしいですね」

呑気なことを言うとヒカルさんが微笑んだ。
小さな子を見るような、私越しに誰かを見るような、不思議な表情だった。

「ねえ、ゆゆちゃん。聞いていい?」

ふいにヒカルさんがそう前置きした。

「な、なんですか?」

深刻な物言いになぜか恐怖する。口に残る甘い風味をコーヒーで流し込んだ。

「ゆゆちゃんはさ、初めてここに来た時、この仕事が楽しいって言ってよね。……本当に、今もそう思ってる?」

「____仕事が楽しいか……?」

ヒカルさんを真似て、自然と声を低くしていた。

「うん。大した理由はないんだけど、気になって」
「……」

……まさかそんなこと聞かれるなんて。
あの時べらべらと話す私を、あなたは冷たい目で見てたじゃないか。


質問の意図が分からず、視線を彷徨わせる。
ヒカルさんの真っ直ぐな視線は私の鎧を貫くようだった。
____本当の気持ちを、聞きたいのかもしれない……。
そう思って口を開く。

だけどヒカルさんの声にかき消された。

「あ、ゆゆちゃん、大変。もう時間じゃない?」

壁時計を指さされ、その先を追う。
時刻は12時。
私はハッとして立ち上がった。

「ほ、本当だ。うわ、急がなきゃ」

乱暴に缶コーヒーを飲み干すと、カバンを持って出口へと急ぐ。

「ご、ごめんなさい、ヒカルさん。話の続きはまた今度しましょうね」
「……ううん、もう大丈夫だよ。ゆゆちゃんは人気者だね、行ってらっしゃい」

その言葉が嘘なことぐらい、私にもわかった。

「……また今度、必ず話しましょうね。待っててください、ヒカルさん」

念を押したのは彼女の表情のせいだ。
いつか見たのと同じ。
眉を下げて悲しそうに見えるのに、
「大丈夫」って嘘をつく、
優しい人の寂しい癖。


「あぁ、これも全部店長のせいだ」

恨み言を呟き、私はカバンを持って事務所を飛び出した。




 ♢♦
『指名が入ってるって言って出てきてよ』

そう言ったのは店長だ。大勢の女の子には奢れないからと、私はこっそり呼ばれることがあった。
あまりに頻度が高いので、周りの女の子からは人気の嬢だと誤解されているらしい。

「上手く訂正できたら良いのにな。せめてヒカルさんにだけでも」

天然で、まっすぐな彼女は、悲しいことにあまり人気がないように見えた。
指名が入ったらちょっと緊張するけど、入らなかったらそれはそれで、ちょっと落ち込んでしまう。
私は新人でまだ料金も安いので、それなりに予約が入っていた。新人の私よりも予約が入らないことが、ヒカルさんの孤独を強くしてしまっていたら本当に嫌だ。
嫌なのに、どう誤解を解けばいいのか分からない。
私はまだ無意識に、誰かを傷つけているのかもしれない。

事務所から徒歩5分ぐらいの場所に、その店はあった。

「い、居酒屋さん……?」

店先に暖簾があり、横開きの扉が今どき珍しい、古き良き日本家屋だ。

__居酒屋だって知ってたら来なかったのに。ヒカルさんとコーヒーを飲んでいたかったな。

私は店先で足を止め、難しい顔をした。
同期との1件以来、私は居酒屋に入れなくなっていたのだ。

小さく溜息をつき、どうしようかと思い手癖でスマホを触ると、不意に肩を叩かれる。

「お、やっと来たか。待ってたよ」

驚いて振り向くと、ちょっと禿げてる、ポロシャツのおじさんーー
じゃなくて、ちょっと昭和の匂いがする、どこかホストっぽいおじさんが立っていた。
面接の時に対応してくれた、あのちょっと抜けてて憎めないおじさんは、なんと店長では無くバイトだったのだ。

そして目の前でヘラヘラ〜と笑っているこの人こそ、我がM性感の店長なのだった。

「タバコ吸ってたら丁度来たね。入って入って。奢るよ〜」

店長はガラガラっと扉を開けた。
なんでも無さそうに。
普通なことのように。

「あっ」

ビクッと心臓がはねた。
いや、違う。考えすぎだ。

「すう、はあっ」

静かに深呼吸して、居酒屋に入る。
まだ昼間だから明るいし、お酒を飲むような時間でもない。あの夜の鈍い痛みは、今はどこにも無かった。

「あ、店員さーん。財布が返ってきましたー。もー遅いから心配しちゃったよ、店長」

女の子が店長を見ながら言った。

さ、財布……?

失礼な言い方にちょっと気まずくなったが、店長は笑って彼女に手を振った。

「ははは、面白いねぇ、リンちゃーん」

……おじさんって若い子に生意気な態度とられるの好きだよね。変なの。

私は店長の隣のカウンター席に座った。店長を挟む形で座っている女の子が、こちらに向かって挨拶をする。

「はじめましてだよね、ゆゆちゃん。アタシ、リンって言います。とりあえずビール飲む?」
「あ、私はお酒飲めないから..……」

嘘だ。
そこそこお酒は好きだ。
特に、カシスオレンジ。

「……」

息が詰まり、汚れてもいない手をおしぼりで拭いた。
リンちゃんはきょとんとした後、すぐに気を取り直したように店長の肩をはたいた。

「じゃあアタシも辞めよっと。店長はウーロンハイね」
「分かってるねぇリンちゃーん」

何となく2人が仲良しなことが伺えた。店員さんに頼むと、元気な掛け声が注文を繰り返す。

「ゆゆちゃんってなんだか真面目っぽいねぇ。さすが元公務員。だからかなぁ、ゆゆちゃん、店長のお気に入りでしょ?」

嫉妬やさぐりじゃない。純粋な好奇心に満ちた目が私を見ていた。

お、お気に入り?私なんかのことをお気に入りって思う人もいるんだ……。

口の軽い店長が私の仕事を喋ったのも驚きだけど、特別に思われてることにも驚いた。

「いや、そんなことは無いですよ」

なぜか照れ臭くなり、頭を掻きながら否定する。
これは本当のこと。
だけど半分外れてる。なぜなら、

「ゆ、ゆゆさん。お久しぶりです」

さっきオーダーを取った店員さんが話しかけてきた。彼の名前は三上さん。歳は30代ぐらいで、ちょっと青髭を生やした、ラグビー部っぽいガタイの方だ。好青年といえば好青年のこの人と、私を、なぜか店長はくっつけようとしていた。

「おー三上ーまたゆゆと会えて良かったなぁ」
「あ、いえ、あははは」

若い学生のような問いに三上さんが照れたように笑う。

ただの社交辞令なのに、気まずくなる。出されたお冷の汗を潔癖そうに拭きながら、私は話題を変えた。

「このお店って、三上さんのお店だったんですね」

彼に会うのは2回目だった。
前回は店長に無理やり会わされたが、今回も自然を装い、会わせるなんて……。
呆れて、私は小さくため息をついた。

三上さんのお店は都心ながらも二階建てだ。見渡す限りは満席で、時々お弁当を買いに来るお客さんも見えた。
……風俗に逃げた私とは違う。立派に働いて評価を得る様子が、眩しく見えた。

「あ、いえ。雇われ店長ですけど。でもいつか自分のお店は出したいんですよね」
「そうなんだ…凄いですね。私とは大違いですね、なんて。ははは」
「そ、そんな。夜のお仕事も立派だと思いますよ。誰かを癒すのって、優しくなきゃできないじゃないですか」

ねえ?と目配せすると、店長も

「そうだよー」

と乗ってきた。
 
三上さんは私の仕事を知って、受け入れてくれる。
嬉しいような、悲しいような。
この人は店長と古い付き合いだから、風俗に偏見がないらしい。ただ偏見が無いだけで、私の覚悟や後悔を知らない。
だから、私は上手く、彼に懐けない。

「ちょっとタバコ、失礼します」

2人の優しさにいたたまれなくなって、ポケットにしまい込んでいた長方形の箱を取り出した。
苦くて美味しくない、セブンスター。
1本取りだし、火をつけると、リンちゃんと目が合った。

「……ふふっ」

彼女はニヤリと笑い、カウンターに置いていた自分の煙草に火をつけた。

……綺麗なお姉さんが吸うような、メビウスの細長いタバコだ。

指と指で摘み、慣れた風に吸って、煙を吐き出す。

私はお父さんの真似をして吸ってるだけ。
だからか、彼女が格好よく見えた。

「俺にはさ、ゆゆぐらいの娘がいるんだよ。娘はグレてて変な男ばっか連れてくるんだけど。それに比べりゃ三上は良い奴でさぁ」
「はぁ、なるほど.…」
 
お酒が入った店長が身振り手振りに話し出す。
養育費は払ってるけど田舎にいてなかなか会えない娘さんの話なら、もう何回も聞いている。
よっぽど私に似ているのか知らないけど、こうもお節介を焼かれると疲れてしまう。

「なにそれ、超ウケる。てかさ、聞いて、ゆゆちゃん。店長アタシにも男紹介してこようしたの。でもね、アタシがホス狂って知って辞めたんだよ。ははは、超失礼だよね?」

リンちゃんは丸い目を細めながら言った。猫が欠伸をした顔に似た笑い方だった。
 
ホス狂?
ホス狂って、ホスト狂いのことだよね。あ、リンちゃんってホストに通ってるんだ…。

ちらりと店長ごしにリンちゃんを盗み見る。
彼女はかなり派手な見た目をしていた。
黒いゴスロリっぽい服に、ツインテールの髪。
話し方はギャルだけど、見た目は“ぴえん系”そのものだった。
顔は可愛く、ぱっちり二重にピンクの唇がお人形さんみたいだ。そしてチョコレート菓子みたいな、綺麗な鼻が顔の真ん中に乗っている。

同じような鼻の形をした女の子を、風俗ではよく見かける。

多分、整形だった。

「はぁ、店長。私とリンちゃんを比べて、相手がいなそうな私を、三上さんに紹介したんですか?」
「い、いや、そんなことは」
「いえ、別になんでも良いんですけど。私は2次元でお腹いっぱいなので、別に紹介しなくて良いですよ」

私にしては珍しくハッキリと断ってしまった。
隣を見ると、店長は少しガッカリしたように目を伏せていた。リンちゃんがはは、と笑った。

「アタシも2次元好きぃ。後で語ろうね、ゆゆちゃん」

なんでかそう言われてちょっと嬉しかった。私はすっかりヒカルさんのことを忘れて、リンちゃんと、店長と、時々話しかけてくる三上さんと、仲良くお昼を食べてしまった。

臭いものには蓋をする。
それがいい事かは分からないけど、見たくないものに背を向けると、人生は驚くほど、生きやすくなってしまう。

あの時、ヒカルさんは何を言いかけていたんだろう。

ーーーー『ゆゆちゃんは、この仕事楽しい?』

楽しくなんてない。だけど、責任がない仕事は気楽で、どこまでも自由だった。



♢♦

🍀第2章の始まりになります……!だんだん明るくなっていきますので、今しばらくお付き合い頂ければと思います!

🍀2章なのですが、上手く区切れず長くなってしまいました💦
ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございます

🍀前回のお母さんとのお話なのですが、思いのほかたくさんの方に読んでいただくことができ、先週の♯小説、♯結婚 のスキ数1番となることが出来ました……!す、すごい快挙です!とても嬉しいです!

これもひとえに、いつもコメントをくださる皆様や、スキをつけて下さる皆様、覗きに来てくださった皆様のお陰でございます。
いつも本当にありがとうございます(*ˊ˘ˋ*)
私が筆を折らないのも、暖かく迎えてくださる皆様がいるからです……!

🍀よかったら、感じたことや思ったこと、どんな小さなことでもコメントで聞かせてくれたら嬉しいです(*ˊ˘ˋ*)毎回創作の励みになっております(⌯'ᵕ'⌯)´-

🍀次回更新は7月3日 木曜日です!
またお暇な時覗きに来てくださると、とても嬉しいです……!


次のお話はこちら👇🏻


前回のお話はこちら👇


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