黒パグのAIショートショート⑨ #しろくま文芸部 コラボお題 文庫本 本編750字
こんにちは黒パグです🐾
前書き
ショートショートって制作に一番時間がかかるんです。黒パグ的には一般記事→論文→ショートショートのような順で。
少ない文字数でいかに世界を詰め込み、そして読んでいくうちに実は深い意味がある。
星新一先生に代表するショートショート作家さんの筆力に本当にリスペクトせざるを得ません。
しろくま文芸部コラボとして今回のお題は「文庫本」
もうこれだけで世界が広すぎて…
それでは本編どうぞ
ーーーー
男には、ひとつだけ趣味があった。文庫本を読むことだった。
朝、男は駅へ向かった。改札を抜け、ホームに立ち、電車を待った。ホームには人がいた。誰もが手元の小さな画面を見つめていた。指先が、滑らかに動いていた。男は鞄から文庫本を取り出した。
電車に乗った。座席に腰を下ろし、しおりの位置を確かめ、ページを開いた。文庫本は古い。表紙の角は擦れている。背表紙の色も褪せている。だが、活字は鮮明だった。男は読んだ。隣の客は画面を見ていた。前の客も、その前の客も。男のページをめくる音は、誰の耳にも届かなかった。
昼休み、男はビルの外に出た。ベンチに腰を下ろした。陽射しは穏やかで、風は少しだけ冷たかった。男は文庫本を開いた。同僚は誰もそこにはいなかった。同僚は皆、社員食堂にいる、と男は思った。それから、社員食堂で本を読んでいる人を、最後に見たのはいつだったかを、ふと考えた。思い出せなかった。男はページに戻った。
帰りの電車も同じだった。男は読んだ。誰も読まなかった。男は降りた。駅前の通りを歩いた。新しい店が並んでいた。何の店かはよく見なかった。男は通り過ぎた。
夕食のあと、男はカフェに寄った。コーヒーを一杯頼み、文庫本を開いた。店員は男の顔を見て、少しだけ目を止めた。それから、何も言わずに伝票を置いた。男は読んだ。店内に他の客はいなかった、ような気がした。確かめなかった。
家に帰った。部屋の本棚には、文庫本が並んでいた。どれも、表紙の角が擦れていた。男は何冊かを目で追った。本棚の本は、まだ全部は読み終えていなかった。読み終えるまでには、まだ時間がある、と男は思った。
男は寝床に入り、文庫本を開いた。続きから読んだ。ページの端が、少しだけ折れていた。指でなぞって伸ばした。何行か読んだ。眠くなった。
男は、しおりを挟んだ。
ーーーーー
ビジュアル版







文庫本 了
#小説 #ショートショート #シロクマ文芸部 #文庫本 #星新一 #創作 #短編小説 #AI #LLM #note創作部
ここまでお読みいただきありがとうございました。
↓後書きという名のネタバレコーナー↓
* * *
ここから先は、本編の答え合わせです。読み終わった方だけ、どうぞ。
この話には、AIという言葉が一度も出てきません。AIショートショートなのに。
書きながら、何度か入れそうになりました。「AIが台頭した時代」「電子書籍に押されて」——そういう一行を入れれば、読者にはすぐ伝わります。便利です。本当に便利です。
でも、入れませんでした。
入れた瞬間、これは「AI時代の小説」になってしまう。男も、読者も、その看板を見て安心してしまう。「ああ、AIの話ね」と。安心した読者は、自分のことだとは思わない。
だから、書きませんでした。
代わりに、不在を置きました。
書店があった場所には、何かの店が入っている。何の店かはよく見ないまま、男は通り過ぎる。本棚の本は、どれも擦れている。新しいものがない、とは書いていません。ただ、擦れていることだけ。カフェには他に客がいなかった、ような気がする。確かめなかった。
書かれていないことが、たぶん一番こわい。
男は気づきません。最後まで。文庫本を読んで、しおりを挟んで、眠るだけです。
気づくのは、読者だけです。
星新一先生の作品で、私が一番好きなのは、最後の一行で世界が反転するあの感覚です。でも今回は、反転を作りませんでした。
反転を作ると、読者は「やられた」と思って、本を閉じます。
反転を作らないと、読者は本を閉じてからも、考え続けます。
シロクマ文芸部様、お題「文庫本」をいただきありがとうございました。
こういう書き方ができるのも、お題のおかげです。
黒パグP
ご意見ご感想お待ちしております。
