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人生のまにまに【RingNe-最終章-にまつわる徒然草】

エピローグ


人間に戻りたくなかった。
顔を包み込む植物の隙間から、木漏れ日が射している。
背骨は大地に突き刺さり、頭頂から雲を抜けている。

ヒノキ、スギ、クヌギ、ノシバ、ヒガンバナ、
土中の菌糸、ミミズ、アリ、微生物、折れた枝、落ち葉、腐葉土
野鳥、鹿、人々、コンクリート、プラスチック、大気、時間、空、祈り

そのすべてと繋がっている感覚があった。
その中でただひたすら、ド、ソ、ドの3音を同じリズムで鳴らし続けている。

光以外は何も見えない、ド、ソ、ド以外の音も聞こえない、香りもしない、腕は痺れていくが自動的に動いている。

たった1つだけの役割がすべてを兼ねていた。

その世界は穏やかさと安心と、永遠に満ちていた。

3年続けてやっと、植物の身体感覚を得たのだと思う。
すべてこのための伏線だった。

セレモニーが終わっても、人間に戻りたくなかった。
植物の世界が名残惜しい、森という状態が手放し難い。

RingNeの世界は、離れ難い遠心力で安定している。

パリニルヴァーナ(般涅槃)に至るには
この穏やかな繋がりに満ちた世界から外れないといけない。

中庭のように中央だけ開けた空、それを囲む樹冠を見上げ
、その場で時計回りに身体を回転させた。
樹冠がぼやけ、円環となっていくまで、空と円が融けてしまうまで、回った。

三半規管が壊れ、世界が揺らぎ、RingNe世界の結界として囲んでいた白い円の外に倒れ込んだ。

輪廻から出るには、高速で輪廻し続け、目眩を起こし、気絶するしかなった。

こうしてようやく外に出た。
どうしてそうまでして完全な涅槃を目指すのかは、わからないままに。








RingNe


2025年9月22日 体験小説「RingNe」最終章の幕が閉じた。

小説を書き始めてからは足掛け5年目、体験として開いてからは3年目。

人として生きることそのものを物語った小説だった。

だから必然的に、それを顕現していく体験の日々は、何百人もの、何百年に及ぶ人生を圧縮したようなものになった。

言葉には現れないものを共同体験する機会を開いているため
この歴史を語るのは筆舌に尽くし難く、かつ抽象度も高くなる。

それでも、やがて訪れる2046年、人類最後の祝祭に向けて
この身体知や、出来事、歴史を、少しでもこの世界に還元し
文明の肥やしとするため、最終章となる3章の3日間を、ここに記述していく。

「RingNe」というプロジェクトや物語について、3章の概要や構成についてなど基本的な情報は下記を参照にして欲しい。

【これまでのRingNe】

【3章について】

【おまけ:初期計画】



準備編


祝祭は当日行ったら起きるわけではない。

当日までの準備が9.5割であり、この期間を共に過ごすことに祭の本当の価値が詰まっている。

最終章の準備は本番の1年前、2章の後半から既に始まっていた。

2章の終演後、バス内で受け取る不穏な手紙

2章で植えられた問いに対して、一人一人が解を表現できる場への誘いを撒く。

更に言えば「RingNe」という作品のこれまでは小説の展開と同じく、最終章で飛び立つための助走であり伏線であり、この3日間のためにこれまでの3年間があった。

この計画の詳細は過去記事でも既に記述しているが、詳細はいつか書くことになる『RingNe』という作品のすべてを語る総集編的な記事にて未来に割愛。

3章は「イマーシブギャザリング」という銘打ち方をしたが、それってそもそも「体験小説」の本来の形をなんとなく俗に寄せただけの言い換えだったので、後半はシンプルに体験小説ということにした。

ただ「ギャザリング」という概念が思いのほか伝わりづらいものであるとは知った。まぁそりゃ、体験しなきゃ分からないかとも思った。

ただギャザリングという形式はこれまでの2年間を通しての共犯者への信頼と、それぞれの確かな進化がなければ決して成立しなかった。というかこれに向けて森を育ててきたし、最終章はこれまで関わってきてくれた人への感謝祭であり、収穫祭という目的もあった。

最後のミーティング時の様子

この3年間、毎週月曜21時はRingNeの定例ミーティングの時間だった。

ミーティングの形も3年間それぞれで毎年大きく異なる。
この辺のディティールはもうそれだけで記事になってしまうほどの物語があるので、また割愛。

制作を進めるために参加する人もいれば、ただ誰かと話したくて参加する人、2ヶ月に1回くらい気分で参加する人、心配事を解消したくて参加する人、繋がりを増やしたくて参加する人、学びのために参加する人、責任で参加する人、皆それぞれのモチベーションで毎週の集まりは開かれた。

コアに参加していたのは全体の共犯者のうち2割くらいで、まぁ毎年ものの見事にパレートの法則が効いている。責任もって能動的にコミットしてくれた人たちとは、今後もきっと様々な縁が繋がっていくだろう。

準備に関しては、それぞれのJoBや、個々人で、本当に多様で様々な、把握しきれないほどの動きがあって、その全てを記述することはできないため、ひとまずは前日の自分の動きだけを。

前日3日前からはオールが当たり前の2年間だったけど、今年は何もしない日常を過ごした。

必要なことはそれまでに全て終わらせていたからということもあるし、何かを見逃していたとしてもどうせうまくいくという信頼もあった。やらねばならぬことが何ひとつない形まで行き着いたこともあった。

前日にシェアしたのは下記の3つだけ。


あとは当日の装飾で使う流木を集めてこれまでお世話になった滝で清めたり、3年間自分の命を生かしてくれた湧水のある祠に挨拶したり、御礼参りをしていた。

しかし(どこかの記事でも書いたけれど)これが本当に大切。
スピリチュアル的な哲学ではなく、過去100回以上のフェスティバルをオーガナイズしてきた経験論として、人事を尽くしたオーガナイザーが当日お参りに行けるフェスは100%成功する。

ましてや今年は前日に行けるなんて。はじめてのことだった。それだけの余裕をつくってくれた共犯者各位には感謝しかない。

前夜、いつもと同じ時間に寝て、当日、いつもと同じ時間に起きた。

何も変わりのない朝。
でも今日から3日間で、人類はもう2度と大勢で集まれることはなくなる。
最後の祝祭が、始まっていく。



Day1 生 / 巡


生まれてくることは、巡ってくること。
生きることは、巡っていること。

9月20日、空の日。
天候は雨。

RingNeは過去2年間とも雨。
というか、自分の主催する催しは大抵雨である。

もはや予定調和なので、特にこれまで過ごした人たちは淡々と雨の準備をし始める。

今年は3章ということもあり台風を3つ手配

ポツポツと会場に人が集まってくる。
ギャザリングゆえ、開演時間という概念もない。
ただ、その世界の住民としてその世界を過ごすのみ。

テントを建てる人もいれば、給食の準備をする人、会場側と調整をしてくれている人、装飾を進める人、音響機材の準備をする人、それぞれがそれぞれ自分で選んだ役割を、その世界で在りたい自分を、ただ実行している。

飾JoBの装飾作品

体育館、校舎、校庭それぞれで準備が進む。
今回、兵庫や高知、愛知や北海道、東西南北様々な場所から人が集っていて、これまでオンラインで顔を合わせるのみだったので、身体的に会える感動も巡らせながら。

自分は自分で、いろいろと物を運んだり、流木のオブジェを作ったり、セレモニーの準備をしていた。運んだ音響機材やテントはセットしてもらった。

最終章の3日間は各日「RingNe」の章題をコンセプトに「生/巡」「在/祝」「滅/美」と3つのセレモニーを用意していた。各セレモニーは2部構成でDay1は1部が「生」2部が「巡」となる。

それぞれコンセプトとある程度の方向づけや演出だけディレクションしつつ、多くはそれぞれ共犯者に委ねた。

Day1のセレモニー オープニングの緒結火のお2人

体育館の背景には青と赤の光が重なり紫の太陽のような照明に。

生存を求めて、人々が次々に電脳世界へエミュレーションしていく2046年。
人類の絶滅はASIにより予言され、バタバタと隣人が感染症で倒れていく自治区、その最後の祝祭。

人々は限りなく、生と死の間にいて、そのグラデーションはもう死の端まで手が届きそうなほど。

そして死後、植物に輪廻することが分かっている。
エミュレーション後に今の自己が本当に正しく引っ越されるのかは誰も分かっていない。

その時代、その最後の祭、生でも死でもない新たな生命観が、新たな色彩が浮かび始めている、太陽のように。

たまたま会場に常設されていた張り紙があの世とこの世を分けるよう。それは簡単に行き来できる境界。

星めぐりの歌が奏で始められる。

星々はただ物理的に輝いているのみで
星座は見えない線を人が結んで物語るもの。

人が生まれたことにもし目当てがあるとするならば
自分はこの「物語る力」と「繋ぐ力」を任されているのだと思う。

すべての意味は見えない線のように
人の中だけにしか存在しない物語。

それがなければ星はただ輝くのみで、美しくも儚くもなく、宇宙は何の変化もなく時間もない。赤や青の色彩も、ラズベリーのような香りも、分けられることはなく、さそりも怖くないし、こぐまも可愛くない。

そういう無味無臭な世界で、人々は空を見上げて歌う。

あかいめだまの さそり
ひろげた鷲の  つばさ
あをいめだまの 小いぬ、
ひかりのへびの とぐろ。

オリオンは高く うたひ
つゆとしもとを おとす、
アンドロメダの くもは
さかなのくちの かたち。

大ぐまのあしを きたに
五つのばした  ところ。
小熊のひたいの うへは
そらのめぐりの めあて。

星めぐりの歌/宮澤賢治

今日は空の日。巡りの目当ては、どこにあるだろう。

2部では横沢ローラさんにバトンが渡る。

参加者はセレモニー用の結界の外周を巡り続ける。

土と、4種の種と、水の入ったジョウロ、種まき用のポットを用意した。

1人ずつ、円から外れ、ポットに土を入れ、種を植え、水を撒いてもらうよう案内する。

円(輪廻の巡り)から外れることは死を意味し、4つの種から自らを構成していた量子の次の宿主となる植物を選び、植える。

人類が絶滅しても、植物はつれもなしに繁殖し続ける。
植物は個よりも種、環境の単位で生きている。
老木が死に際、若木に植物ホルモンを送るように、分解された朽ち木が大地の肥やしとなるように、残り少ない命だとしても地球という森に資することで、人も大きな命の円環に入っていくことができる。

最後に歌唱された曲は「RingNe」第1章の小説に書かれている歌詞を横沢ローラさんのユニット「オノマトペル」に作曲いただいた『白百合』という歌。

白百合という曲名の意味は小説を入念に読んでいると見えてくると思う。

そして一向はそのまま、家庭科室へ。
闇鍋ダンスパーティーが始まる。
道中では春さんが放送室からスピーチをしていた。

3章は運営もなければタイムテーブルやコンテンツの調整もなく、それぞれがやりたい時にやりたいことをやり、みんなは任意で参加したりしなかったりする。

闇鍋ダンスパーティーはみらいさんとゆみまるさんが主催し、闇鍋をしながら踊るパーティー。音楽は自分がSEQTRACKで闇鍋のように少しずついろんな音を即興で足していくライブをした。むっちゃんはここで初めてのVJをした。

校舎の利用時間が過ぎると皆外に出て、それぞれのテントで焚き火や酒盛りが始まっていた。

今回特に集客をすることもなかったので、一定の属性の人々が集まるというよりは、これまでの共犯者を中心にその周りの人々が集まり、いくつかの小さなトライブが集まっているような感じでもあった。

もちろんその中に1人で参加して輪の中に入っていく人もいたし、逆に輪の外に出たがらない人もいたかもしれない。最後の過ごし方は、千差万別だ。

これまで2年間共犯してきたけれど最後は来れない、来ない選択をした人もいて、それはそれでどこか別の場所で最後の時間を過ごしているのだと思うと、とてもリアルだったと思う。

皆が祝祭に参加するわけでもないし、皆がその場でやりたいことをするわけでもなく、一人でいたい人もいれば、できるだけ人と関わりたい人もいる。人類は最後までちゃんと多様性に溢れていた。

そして自分はというと、案の定?たくさんの忘れ物をしていたことに気づき、1度家に帰る。

その夜はなんだか眠れなかった。

この祝祭、実はやりたいことをやり切っても後悔がなくなるわけではなくて、むしろ1つずつ手放して、何もする必要がない状態に辿り着くためのものだったのではないかと気づいていく。

それにあたり故郷みなとみらい駅に掲出されているドイツの詩人フリードリヒ・フォン・シラーの手紙の一節を思い出す。

少しずつ、我々はこの祝祭を通して植物になろうとしている。

人生は生まれたときにまずすべてがあって、それから1つずつ返却していくプロセスのことを言うのだと思った。




Day2 在 / 祝


在ることは、祝うこと。
祝うことと呪うことは、同時に在る。

9月21日、ピースデー。
天候は晴れ。

ピースデーは1981年に国連により定められ
今日1日だけはすべての国と人々が停戦するよう呼びかけられている。

RingNe2章のロゴは花。花とは舞台であり虫や鳥さまざまな生き物たちが集い、悲喜交々の舞台が展開される。

2章のロゴと会場となった廃校の校紋が奇しくも酷似している

自分は近くの朝市に顔を出し、食材を調達する。
当初、会場の外に行くことで物語の魔法が解けてしまわないだろうかと危惧していたけれどそれは杞憂で、全く日常に戻ることはなく朝市の光景もとても2046年的だったし、僅かな食材をお金なんかで分けてくださり有難い気持ちで溢れていた。

会場につくとそれぞれがそれぞれを過ごし、自分もやりたいことをやって、火を焚いてご飯を作って、コーヒーを飲んだりしてた。

在ることを祝うというか、在ることがただ穏やかに祈りのような温度をしていた。

一人でご飯を食べながら、遠くのセッションが聴こえてくる。自由で楽しそう、それだけでよかった。

すべてがそこにあって、何も足さなくていい。空があって、鳥が飛んでて、森がさざめいていて、温かい、音楽と食事がある、十分世界から命を祝われていたと思う。

近くの川で魚を釣っている人もいたし、海までサーフィンしに行って貝をとってきて振る舞ってる人もいた。

黒板でアート作品作ってる人もいた。装飾を続けている人も、受付をしてくれている人も、あとなんか結界を張ってる人もいた。

すでに旅立ってしまった人の作品もあった
校舎でピアノを弾いてる人もいた
黒板で共同制作するアート作品
体育館でライブも
色々なライブ


至る所で自然と音楽が始まる
いつもの朝食

そういえば、先日からちょうどツユクサが花を咲かせ始めていた。

原作内でもとても重要な役割をもつ花。

花言葉は「小夜曲(セレナーデ)」

Day2のセレモニーは在 / 祝

この日は2章を共犯してくれた天野くんのプロジェクト「Unreash the dream」のメンバーが中心となって企画をしてくれた。

校庭で火を焚き、まずは自分自身にかけられた呪いを見つめていく。

2人のナビゲートに誘われ、声や音、念など、さまざまな形で生きているうちの呪いを火に放ち、焼却していく。

そして2部。
焚き火を中心に二重の円になる。
「ともせ、ひびけ、ひらけ」という掛け声と共に内側の人々は時計回りに移動する。

対面した人へ祝いを伝えていく。それを何度も繰り返す。
それが何のお祝いかは、放つ人、受け取る人、それぞれに異なるものもあれば、共通するものもあったように思う。

生まれたこと、生きていること、生きてきたこと、出会えたこと、この場にいること、このセレモニーの中で対面したこと、もっと抽象的ななにか、いろんな祝いの形が巡った。

そしてその夜、とある事件が起きる。
これを単純化された言葉でまとめるようなことはできない。

みんなが少しズレた世界に住んでいて、必然的にすれ違う。
作中の2章も、昨年の2章も、思えば同じように少しのズレが大きな歪みに発展していく物語だった。

争うことがもし人類の宿命なのだとしたら、たとえどれだけ困難でも、現実的でなくても、物語は、物語だけはせめて希望的でありたいと思った。

そして夜、体育館ではDJパーティーが始まる。
最後に流れた曲は「One More Time」で、みんながアンコールをしたけれど、One More Timeはなかった。

そう、祝祭はもう明日で終わるのだ。
人類最後の、もうこの先はない、本当に最後の、集いが。

その夜、無数の星々が夜空に瞬き
未明まで火が消えることはなかった。





Day3 滅 / 美


滅することは、美しむこと。
愛しているから、さようなら。

9月22日、秋分の日。
天候は曇り。

この世界の分かれ目。

空にはハロが出ていた。

ハロの語源はギリシャ語で太陽や月の周りの光の輪を意味する「halos」

この美しい輪に始まりと終わり、分かれ目はあるのだろうか。



朝起きると、昨夜飲み明かしていたゴミがあらかた片付いていた。
片付けてくれた人、ありがとう。

駅まで車で人を迎えにいく。
初合流と再合流のふたり。

今日のセレモニーはRingNeの世界観をベースにして、先月マレーシアで世界初演を行ったパフォーミングアーツ演目『A Vessel for flower』を2部で行うことになっていた。

本演目の詳細は上記記事にて割愛するが、本作における「人」役を迎えに行った。彼女はよく迎えられる。『Escape to light』という演目でもこの世での葬式の対となるあの世でのお迎え式で、迎えられていた。

今回はどこからこちらの世界へ来たのだろうか。
右も左も分からない彼女に、お迎え式と同様この世界のことを伝えるため、過去2日のセレモニーをダイジェストで体験してもらう。

南足柄の山の神様は白い鹿の姿をしているのだけど、鹿は神の使いとされ、異世界への案内役を担う。基本的に自分は何においても案内役を担うことが多い。

そうこうしているうちに、会場全体でダンサーと楽器隊が即興でセッションしながらの練り歩きが始まっていた。

練り歩きが終わると、テントに転がってたさつまいもを焚き火に入れて、最後の晩餐を済ます。

そして会場内の「天空」というエリアに登り、セレモニーの準備へ。

1部はうつのさんが担当してくれた。

天空から、RingNeに最初期から関わっていた面々でその様子を見守る。
正確にはもうこの時点でほとんど視界は0だったから、雨天さんが今回の祝祭のために作った『輪廻』という曲の歌声だけが聞こえていた。

1部のことの詳細はこちらへ。

そして輪廻を終えた人々は上昇し、天空へ。

2部のセレモニー「美」がはじまる。

『A Vessel for flower』は人と植物の間(ma)や、傷、祈りや憧憬、無常と不変を同時に描いている。

人で在るということ、花に成るということ。

”花びらは散る、花は散らない”

自分はここで植物の身体知を得た。


そして、エピローグに至る。

穏やかでトランシーな植物の世界。

これまでのRingNeで人としてのドラマを過ごしてきたことも
マレーシアで花になりきれなかったことも
すべては植物に至る伏線だった。

2部が終わると、その身体感覚を保ったまま3部に移る。

3部のコンセプトは「?」

何も決めていなかった。

RingNe3部作全てを凝縮したような3日間、全てのセレモニーを終えた自分から出る感覚の余白としていた。

なのでここからは無意識にただ言葉が降りてくるまま話した。

まずは円状に囲われた結界の中に入ってきてもらう。
先ほどまで繰り広げられていたように、ここは人が植物に輪廻した世界。

舞台は花。植物の一部として円状になり座し、根を張ってもらう。
そして両手それぞれ輪を作り、横の人々と繋げていく。

目を瞑り、土中まで意識を深め、根で繋がる森の全体感を感じていく。
人としての執着を手放していく。

見ること、聞くこと、話すこと、意味があること、何かをしなくてはいけないこと、時間に価値をつくること、決められたこと、動くこと、考えること。

すべてを手放した先に植物に至っていく。
そのための時間をつくった。

最後に4度、呼吸をする。

1度目は産まれる時の呼吸。
産声のように好きな音を吐き出す。

2度目は在る時の呼吸。
3度目は死する時の呼吸。

どちらも音はない。

最後はあるはずのない呼吸。
あなたという幻想から最後の音を出す。

結界の外に出れば、RingNeの世界は終わる。
最後の時間を過ごしてもらう。
その中で感じたことが「?」
未だそれを表す言葉はない。

花びらは散るのだ。
けれど、花は散らない。

美しい円環の外に出るには目眩が必要だった。
何も変わらない芝生がそこにあって
もちろん、円環の中も何も変わりがなかった。

いよいよ次作は”時間”に至る。
過去も未来もない目眩の中の世界に。

終わるつもりが始まっている
その境目はなく、ただ後ろ姿が見えなくなるまで
見えなくなっても尚、気配が消失するまで、残光が途切れるまで
深い感謝を持って見送ることができれば
次の物語は自然と始まってしまう。

その連なりが人生となり、未知で美しい
用意されたフィナーレに向かって
果てしなく長いエンドロールのように
物語は流れていく。





これからのRingNe


さて、体験小説はまだ終わらない。

次は上記までの、最終章で邂逅した偶発的な出来事を原作小説に改稿していく。

そこで完成した小説とこの3年間の体験をもって、体験小説としては完成となる。

しかしRingNeというプロジェクトとしてはまだ続きがある。
大まかな流れは下記となる。

①RingNe3章のまとめ記事執筆←今ココ
②3章の小説改稿(体験小説『RingNe』完成)
③RingNeの曼荼羅作成(この3年で得た世界観の図解)

3.5 アフタームービー完成

④RingNe全体のまとめ記事作成
⑤小説を単行本化
⑥タイムカプセルにRingNeのさまざまな記憶を封印しとある山頂に封印
⑦2044年に開封

以上をもってRingNeは終了する。

前作『KaMiNG SINGULARITY』を終え、今に至るまでの経験からすると、その後、現実はみるみるうちに『KaMiNG SINGULARITY』の世界に近づいていっている。

当時2045年のフィクションとして書いていた技術が、たった3年ほどでもう実現している。その世界観をベースにして書いた未来シナリオはAIアライメントネットワークが主催する「超知能がある未来社会シナリオコンテスト」で佳作をとった。

星が消滅してブラックホールになるように、消滅した物語は強力な引力を生み出し時間をも飲み込んでしまうのかもしれない。

RingNeで描いた量子生命科学的な技術は、実存する化学をベースにしているとはいえ現代の科学の地続きでは2044年でも到底あり得ない空想技術だが、KaMiNGの経験を踏まえると現実は小説よりも奇なるものだ。

現実は想像を常に追い越していく。


最終的な幕締めは④に残すとして、末筆ながらRingNe最終章の共犯者各位に心からの感謝を。またどこかの世界で会う日まで。




共犯者各位のRingNe最終章の観測


共犯のしおり

https://www.canva.com/design/DAGu4kdBLBw/twvf_nFL2Js029XVoxwVMA/watch?utm_content=DAGu4kdBLBw&utm_campaign=designshare&utm_medium=link2&utm_source=uniquelinks&utlId=hd1f116563a



Next Event (体験小説ではありません)


”想像ファースト”つくる人のためのリトリート


”図書館サイレントフェス”踊れる文学



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