《葬送のフリーレン》考察勢が読んだ「前奏2」
はじめに
原作のマンガ『葬送のフリーレン』の読解・考察を趣味にしている私が『前奏2』(著:八目迷、監修:山田鐘人)の気になった所にコメントしていきます。
総評と第5話についてはこちらです。
第1話「試験前日」
『前奏2』に収録されている各話の間には関連性はあまりないのですが、一級魔法使い試験編から黄金郷編までと関連する内容になっていますので、アニメ第2期放送前という発行タイミングを考慮したモチーフの選択だと感じました。
また、第1話と最終第5話でゼーリエを描いているため、読後感としては寄せ集めではなくて、なんとなく全体としてまとまっているような印象にはなります。(なんとなくですが)
第1話は大陸魔法協会の職員から見た魔法使い達(特にゼーリエ)といった感じのエピソードです。
大陸魔法協会はかなり大規模な組織で、事務処理も膨大にあるようです。ゼーリエがなぜそんな組織を作ったのか不思議に思います。らしくないですよね。理想の暮らしをイメージすると、少数の弟子を取って、第5話のように気ままに暮らすことだと思いますが。何があったのでしょう。謎です。魔王討伐後に世に現れています。南の勇者(正体は未来人で、ヒンメルでは?と考えています)から何かを託されているのかもしれないと思います。
大陸魔法協会北部支部の広い温室で一人ぽつんと座り込んで花を見ているゼーリエの絵が私は好きです。ゼーリエが抱えている孤独をうまく表現していると思うのです。

おそらくゼーリエは自分が作った大陸魔法協会に愛着があるし、一級魔法使い達をはじめ所属の魔法使いやこの第1話で描かれたように魔法使いではない協会職員のことも愛しているのだと思います。第5話では側近達に誕生日を祝ってもらう場面があります。(ゼーリエは自分の誕生日を知らない、気にしていないから覚えていないんですね。確かに、自分の誕生曜日は普通覚えていません。とすると、フリーレンはどうだったのでしょう?ゼーリエと同じで適当な日に祝ってもらったのかもしれません(第4巻37話))
ただ、そういった現在の交流では埋め合わせることのできない寂しさを抱えているように見えます。側近の一級魔法使い達も、ゼーリエの心が現在に無いことを感じ取っていて、ゼーリエのために何かしたい、心を現在に繋ぎ止めたいと感じるのではないでしょうか。とんでもない実力を持った偉大な魔法使いなのに、どこか放って置けない危うさがあって、心配になってしまう。側近たちの気持ちをそう想像します。
ゼーリエが抱える寂しさ悲しさの原因にはフランメのこともあるとは思います。ただ、原因は神話の時代に遡る喪失にもあるんじゃないかと思っています。女神様との関わりで。
同じエルフとは言え、神話の時代から生きているゼーリエとまだ若いフリーレンを比べると、そこはかなり違うと感じます。「女神の石碑編」では、フリーレンは過去ではなく現在を選びます。(第12巻116話)

もしこれがゼーリエだったらどうだろうか?神話の時代に戻れるとしたら? フリーレンほどきっぱりと現在を選ぶことはできないだろうと想像します。
余談ですが、フリーレンのヒンメルへの想いはかなりサッパリしていて、「過去の人」として整理がついている印象があります。関連商品等の作品外では二人の恋愛を思わせるプロモーションもありますが(ウケが良いのでしょう)、冷静に作中のフリーレンを見るとそういった雰囲気は乏しくギャップを感じます。
こういったプロモーションと実物のギャップは作品全体にもあって、単行本を読んでいる方はアニメの宣伝が押し出しているフンワリとした雰囲気に「いや、そういう作品とはちょっと違うぞ?」と感じるのではないでしょうか。まあ、そういう意味では作品自体が第1話からとんでもないミスリードを仕掛けていますので(私見)、作者とプロモーション側が一体となった読者・視聴者を驚かせる大掛かりな仕掛けと言えるかもしれません。
第2話「刃と針」
原作の読解・考察の観点からは、描かれていることよりも描かれていないことが重要なエピソードだと言えるでしょう。
テーマは家族、特に兄弟姉妹です。ゲストキャラクターにも兄弟姉妹がいて、簡単にではありますが説明があります。
ですから、一般的読者の関心は当然「ユーベルの家族、特にお姉さんは今どうしているの?生きているの?」に向かいます。
しかし、ユーベルの家族については、原作での描写を超えた情報はほとんどありません。お姉さんの生死さえ、どちらとも解釈し得るはっきりしない文章なのです。
生死が明確になっているなら普通はこうは書かない、注意して言葉を選ばなければ書けない文章だと私は思います。(この辺りの言語感覚は人によって異なると思いますので、実際に読んでみてください)
つまり、生死を明確にしてはいけないというメタ的な事情があるのでしょう。原作で扱う予定だからです。
その場合、帝国編で扱われると思いますが(帝国編のテーマの一つは家族です)、帝国編は既に試験編や黄金郷編を超える長丁場になっていて、にもかかわらず扱うべきエピソードはかなりたくさん残っています。このペースで帝国編が続くと、《葬送のフリーレン》の作品イメージは初期のものからかなり変容することになります。ですので、舞踏会が終わったところで一区切りつける可能性もあると考えています。
第3話「言葉を話す魔物」
「神技のレヴォルテ編」(第8巻71~76話)で登場する女の子の魔族が主人公です。
この女の子は人間への強い関心を持っている風変わりな魔族なのですが、人間の子供の真似をしているからということでした。その方が「殺されにくい」と言うのです。では、なぜレヴォルテの前でも人間の真似をするのか?はちょっと疑問を感じます。
また、この女の子の魔族の出生に関しては、ほとんど説明がありません。生物学的な意味での「親」が存在したのかも判然としません。第2話と同じ違和感を覚えます。魔族とは?魔族の起源は?がかなり重要な伏線であることをうかがわせます。
原作と同じで、魔族はなぜ人を殺すのか?(食べる必要がなくても殺すのはなぜか?)という疑問が提起されています。(第8巻71話)

「飢え」のためとされますが、この「飢え」は「胃袋とは別の器官から発生している欠乏感」で、「『飢え』を満たすのは殺すという行為そのもので、食うか食わないかは重要ではない」ともされています。
ソリテールの説明によれば、魔物は「捕食するために」魔族に進化しました(第10巻88話)。人に似た姿、人と同じ言葉、人のような振る舞いが生存に有利だというのです。人を食べることが生存に有利に働くわけで、そうであれば単に精神的充足感のために人を殺して食べるわけではなく、生きるために人を食べるという面があるはずでしょう。(そもそもソリテールの説明には別の観点から疑問があるのですが、それはさておき)
今一つスッキリしません。まだ、謎がある感じです。
さて、ソリテールと女の子の魔族は共に「人に似た姿、人と同じ言葉、人のような振る舞いが生存に有利だ」という意味のことを言っています。ただ、なぜ有利なのか、その理由は逆です。ソリテールは人を殺す(捕食する)ために有利だと言い、女の子は人に殺されない(生き残る)ために有利だと言うのです。

ソリテールは大魔族であるのに対して、女の子の魔族は非力で(文字通り)名もない魔族ですから、当然そういう発想になるのですが、そこを捨象して言葉だけを見てみます。
二人の言葉をヒントに考えてみると、もしかすると、女の子の魔族の言葉に一面の真理があるのかもしれないと思いました。かつて(神話の時代)、食物連鎖(生態ピラミッド)の頂点にいたのは、魔物・魔族ではなく人類だったのでは?
ゼーリエは神話の時代には魔族が恐怖するような存在でした(第10巻93話)。魔王は人類との共存を唱えていました。そのあたりとも符合しそうな感じがします。
話が長くなってきたので、このあたりで区切りますが、結構色々と想像・妄想ができそうですね。
なお、このエピソードでは「医者」が登場します。原作では全く存在感のない医師ですが、医学もある程度は発達しているようです。僧侶では姿を変える魔法を見破られてしまうという作劇上の都合も大きいと思いましたが。
第4話「エルフの贈り物」
エルフの里が玉座のバザルトに襲われる少し前のことです。ミリアルデが登場します。
フリーレンに魔法の勉強を勧められたミリアルデが「そのうちね」とやんわり断るというやりとりがあります。
そうすると、「現存する三人の大魔法使い」(第14巻133話)にミリアルデは含まれるのか?が気になります。(ゼーリエとミーヌスは確定していて、残る一人が不明です。フリーレンは含まれないでしょう)
ミリアルデは相当な曲者ですから、とぼけているような感じもあり、なんとも言えないと思いました。(ミリアルデでないとすると、では誰なのか?という問題が出てきて、新キャラを想定しないと難しいでしょう)
ミリアルデが聖杖法院のトップだとすると、ミリアルデは魔法使いではなく高位の修道女(言語矛盾な気がしますが)とも考えられます。魔法使いでも女神様の魔法は使えますし、その逆も可能なようですから(ハイターは例によって謙遜していますがかなり魔法は使えたでしょう。第1巻2話)、なんとも言えませんが。

ミリアルデに関してはたくさん記事を書いています。
追記(フリーレンの勘違い)
すみません。重要な事実を見落としていました。
ミリアルデは皇帝酒を強力な結界で封印していて、フリーレンでさえ解除に3か月を要しました。ですから、ミリアルデが魔法使いとして相当な実力の持ち主であることは間違いありません。(第8巻69話)

つまり、ミリアルデは魔力制限をしていて、フリーレン(当時はフランメと出会う前ですから、まだ魔力制限の発想がありません)はミリアルデの実力を見誤った。ミリアルデは魔法使いとしての能力を隠してエルフの里で暮らしていた。ということでしょう。
ミリアルデに魔力制限を教えたのは誰でしょう?
フランメではなさそうです。であれば、ゼーリエでしょうか。
ミリアルデはゼーリエの弟子で、ゼーリエから聖杖の証を受け取り大魔法使いになった…という従前の説を維持して良さそうです。
第5話「神話の終わり」
こちらで扱っています。
第15巻特装版付属「僧侶の取り引き」
折角なのでここで触れておきます。
船医の代わりに僧侶でも構わないということでザインが船に乗ります。
ザインが防御魔法を使っています。
ここでも魔族はなぜ人を殺すのか?という疑問が提起されています。
おわりに
『前奏2』はゼーリエのファンにお勧めします。私が思うにゼーリエは深い悲しみを抱えているキャラクターなので、彼女のエピソードは純粋に楽しいものにはならず、読後はアンニュイになるのですが、それも良いものです。
石牟礼道子の『花の億土へ』にこういうくだりがあるそうです。
美とは悲しみです。悲しみがないと美は生まれないと思う。意識するとしないとにかかわらず、体験するとしないとにかかわらず、背中合わせになっている
《葬送のフリーレン》に関する記事は下記のマガジンにまとめています。
170本以上の記事がありますが、最初の考察記事としてお勧めなのはこちらです。
これを読んだ上で、フランメ、ヒンメル、エーヴィヒ、ゼーリエ、大魔法使い、などで検索すると物語の全体像に関わる考察が出てきます。
おもしろかった記事には「スキ」していただけると励みになります。コメントもとても嬉しいです。《葬送のフリーレン》に関することでしたら、感想・質問・疑問など何でもどうぞ。
