レーヴェ・エンド『葬送のフリーレン』メインテーマへの回答例(第139話)

単行本第14巻未収録の第139話について扱っていますので、単行本派の方もネタバレ注意となります。

※祝7/23最新話掲載決定※

ちなみに、単行本未収録のエピソードは現時点で第138話から第140話までの3話のみ。私は「サンデーうぇぶり」という小学館のスマホアプリで読んでいます。一日一話無料で読める仕組みのようです。また、最初の第1話「冒険の終わり」~第3話「蒼月草」は「お試し」で常時公開されているようですので、『葬送のフリーレン』がどんな作品かちょっと気になるという方にもこのアプリはお勧めです。


はじめに

レーヴェが「ゼーリエ暗殺」を企図する目的は「この世界から魔法を無くす」ことだと言います(第139話)。魔法は『葬送のフリーレン』の物語世界の根幹にあるものですから、仮に魔法が無くなるとすれば「天地がひっくり返る」(第45話)どころの話ではありません。

このレーヴェの目的について、いろいろと考えて(想像して)みたいと思います。もちろんほとんど考える材料はありせんので、根拠は少な目です。まとまった考えがあるわけでもありません。(コメント歓迎です)

そして、最後に『葬送のフリーレン』のメインテーマだと私が考えている「人類と魔族の対立構造の解消」に関して書いています。ここだけは、ちょっと考察的なことを書いています。

何のために「魔法を無くす」のか

レーヴェの個人的な理由?

レーヴェの個人的なバックグラウンドはほとんど明らかになっていません。ですから、レーヴェの目的の背景にある動機が個人的なもの(例えば個人的な怨恨)である可能性もなくはないのですが、だとすれば材料不足で考えようがないので、取り敢えずその線は無視します。

そこで、なぜレーヴェが「この世界から魔法を無くす」などということを企図するのか、それによってメリット(デメリット)を受ける陣営はどこなのか?という切り口から考えてみます。

魔法技術で後れを取る周辺諸国のため?

まず、魔法技術で帝国に遅れを取っている周辺諸国にとっては相対的にメリットがあると言えるかもしれません。魔法が無くなることで帝国の優位が失われることになるわけです。(第53話)

しかし、レーヴェの帝国への忠誠心はまだ失われていないようです。それに、本作品では国際関係というものはほとんどテーマになっておらず、これまで詳しく説明されていないので、物語がここから国際紛争を扱い始めるとは想像しづらいです。魔王が「討伐」されて共通の敵を失った国々が相争う…これは他の作品ならいざ知らず、本作品のテイストではないと感じます。

影なる戦士のプレゼンスのため?

つぎに、魔法が無くなれば、「戦士」を主力としている影なる戦士の帝国内でのプレゼンスは向上しそうです。(僧侶も所属していますから、おそらく対人戦特化の魔法使いも所属していそうですが)

けれども、影なる戦士は皇帝の勅命で正式には既に解体させられているわけですし、それでもなお帝国への忠誠心を失っていないレーヴェの目的が帝国内での勢力争いとなると、ちょっと話のスケールが小さいと感じます。

魔族のため?

思うに、これらの「帝国に敵対する周辺諸国のため」とか「影なる戦士のため」といった目的では、物語が脇道に入り込んでしまいます。脇道に逸れるのではなく、結末に向かって真っ直ぐ進む方向で何かないか?

素直に考えると、魔法がなくなってまず困るのは魔法使いたちです。全員失業ですから。それに、もし、人類の魔法だけが無くなって、魔族の魔法はそのまま存続するのだとしたら人類は魔族との戦争に負けてしまうでしょう。(第53話)

魔法無くして人類に勝ち目はありません。(そして、フランメが願った「誰もが魔法を使える時代」の到来に、面白くないという顔をするゼーリエ)

では、レーヴェは魔族のためにゼーリエ暗殺を企てているのでしょうか。そこで気になるのは、レーヴェと血塗られし軍神・リヴァーレの類似でしょう。

確かに、レーヴェにはリヴァーレに似ている所があります。レーヴェは右目に眼帯を着けており、リヴァーレはアイゼンとの戦いで右目に傷を負っています(第118話)。口調も似ています(「〜するまでのことよ」等)。ですから、リヴァーレがレーヴェに成り済ましているのではないか?という疑念も理解できます。ミーヌスを殺害した「辺境の小国の名もなき戦士」はその時に相打ちしたとの噂があり、レーヴェと同一人物なのかについて疑いを差し挟む余地があることも何らかの伏線であるようにも思えます。

ただ、二人の性格はかなり異なっています。リヴァーレは豪胆で細かいことは気にしない性格です。「強い奴と戦えればそれで満足」という単純明快な人物であり、小賢しい策謀は好みませんし、大義に殉じるようなところもなく、影なる戦士の指揮官を務めるイメージはありません。

そして、メタ的なところで留意しておきたいのは、帝国編全体に「誰が敵か味方かわからない」というサスペンス風味の味付けがされていることです。例えば―――ファルシュは思わせ振りな動きをしていてゼーリエを裏切るのではないかと心配になります(ちょっとグラオザームに似ていますし)。リネアールとカノーネの動きには不可解なところがあり、カノーネはラントとユーベルに便宜を図っている様に見えることから、カノーネはリネアールの諜報活動時の姿であるようにも思われます。魔導特務隊は最終的には大陸魔法協会と利害が一致して共闘できそうな感じがします。戦士ゴリラはザインと影なる戦士のどちらを選択するのか。―――こんな風に、帝国編のテイストとして複数の裏切りを予感させる要素が仕込まれていて物語を盛り上げています。当然、そのいくつかは確実にミスリードの仕掛けです。

そうすると、リヴァーレがレーヴェに成り済ましているとするのは他の仕掛けと比べた時に説明が苦しく、リヴァーレとレーヴェの類似点はミスリードの仕掛けだろうと私としては感じます。

しかも、「魔法を無くす」といって人類の魔法だけが無くなるというのも奇妙な話です。レーヴェは「この世界から」と言っていますから人類の魔法も魔族の魔法も(女神様の魔法も?)区別していないような口振りですし、そもそも原理的に区別できるのか?という気がします。どの魔法も源は同じ魔力だからです。

※追記)レーヴェ=リヴァーレ説の根拠には第13巻127話「回収任務」の「大戦士の亡霊らしく」という台詞もあります。

魔族を滅ぼすため

色々と考えてみるのですが、魔法がなくなって一番深刻な影響を受ける陣営は、実は魔族ではないでしょうか?

そして、これならメインストーリーにしっかりと噛み合う内容になりそうです。魔族と魔法の関係について引き続き考えてみます。

魔族と魔法の関係

フランメ(とフリーレン)もソリテール(と魔王)も、魔族の起源については、あたかも通常の生物であるかのような進化論的な説明をしています。

フランメとフリーレンによれば、魔族の祖先は魔物です。
ソリテールは現在の魔族の姿は生物学的な進化(収斂進化)の結果であると考えています。フランメやフリーレンと同じく、魔物が進化した結果が魔族であると考えているのでしょう。

しかし、そうは言っても、なにしろ魔族の起源は大昔の「神話の時代」まで遡るのです。

ゼーリエの現代の様子からは想像しづらいのですが、神話の時代は魔族を恐怖に陥れるような存在だったようです。魔族の起源については、現在生きている魔族以上にゼーリエは何か知っていそうです。

そして、『葬送のフリーレン』では時の経過により過去の事実が誤って現在に伝わってしまうというモチーフはしばしば表れています(例えば、ヒンメルの英雄譚が非現実的なほど誇張されて伝わっていたり(1,000メートルの大蛇を退治した話。実際は10メートル。第120話)、帝都のフランメ像が男性の姿になっていたり等)。

ですから、フランメとソリテールの説明が誤っていたとしても何の不思議もありません。(フランメの場合は知っていて隠しているという可能性もありそうですが…)

魔物が進化したのが魔族であるなら、人類の祖先は何で、各種族(エルフ、ドワーフ、人間)はどういう関係なのかという疑問もあります。女神様が人類の祖先であるエルフを作り、そこからドワーフや人間が枝分かれしたのでしょうか?

そもそも、魔族(と魔物)は死んでも死体が残らず、魔力の粒子になって消えてしまうという通常の生物とは異なる性質を持っています。(シュピーゲル(水鏡の悪魔)の作り出す複製体によく似ています)

ドラート

ということは、魔族が人類と異なる系統の生物であると考えるよりは、魔族は魔法(魔力)の存在と深いところで結びついている存在だと考える方が自然だという気がするのです。

私自身は、賢者エーヴィヒが永遠の命を研究する過程でエルフをコピーして作り出した複製体が魔族の起源ではないか?という仮説を持っています。そのための魔導具が一級魔法使い試験編と黄金郷編で登場した「水鏡の悪魔」と「支配の石環」で、魔王が唱える「人類との共存」とは魔族にとっては人類からの独立戦争(人類への隷属ではなく人類と対等な関係を結ぶための戦争)だという見方です。これに関してはいくつか記事を書いていますので、マガジン「『葬送のフリーレン』を読む」をエーヴィヒで検索してみてください。

魔族の起源についての議論はひとまず措くとしても、「死ぬと魔力の粒子になって消える」という性質からして、魔法がなくなると魔族としてはかなり困ったことになりそうな感じがします。

例えば、魔族の身体は魔力でできていて、魔法(魔力)無くして魔族は存在しえないといった関係にある等です。

レーヴェの目的と手段

影なる戦士の指揮官レーヴェの表の顔は帝国領最北端ロルベーア領の総督です(第129話)。ロルベーア出身のルティーネは「北の果ての戦争で随分暴れた」とデンケンに指摘されています(第132話)。もしかするとルティーネはヴィアベルと同じ戦線にいたかもしれません。そのヴィアベルは北の果てでの前衛不足を訴えていて、戦線を安定させるまでの間だけでも良いから支えて欲しいとシュタルクを勧誘していました(第62話)。

ですから、レーヴェは人類と魔族との戦いの最前線を間近で見ていて、その厳しい状況をよく知っているはずです。勇者ヒンメルの死後、魔族の攻勢は益々激しくなっています。帝都で暮らす皇帝や上級貴族たちには見えていない帝国の危うい現実が北の果ての辺境貴族であるレーヴェにはよく見えているわけです。(レーヴェはいわゆる辺境伯なのかな?帝国の貴族制の仕組みは詳しくは説明されていません。ただ、黄金郷編での説明によれば、辺境に配置されるのは位の低い貴族のようです)

そうすると、人類と魔族との戦いに終止符を打つ。そのために「この世界から魔法を無くす」ことで魔族を消滅させる。そういう発想がレーヴェにはあるのかもしれません。

そして、レーヴェが既に大魔法使いミーヌスを殺害しており、今度は大魔法使いゼーリエの暗殺を企てていることからして、レーヴェが目的(魔法を無くす)を達成するための手段はどうやら「全ての大魔法使いの排除」らしいのです。

ここの目的と手段がなぜ繋がるのかは現時点ではさっぱり分かりません。「大魔法使い」は単なる称号ではなく、魔法の在り方に関して何か大きな役割を担っているのでしょうか。最後の大魔法使いフリーレンにその自覚はなさそうですが…。

※「縦ロールになっちゃった」(第49話)の一コマからは、フリーレンが単独行動をして、しかもダンジョンに潜っていることもあるとわかります。ですから、フリーレンが読者やフェルン達の知らないところでストーリーに関わる重要な役割を担っている可能性もゼロとは言えません。例えば、フリーレンが各所で買い集めてどこかへ送っている暗黒竜の角(第1話、第104話)の用途は気になります(フリーレンは召喚に使うと言っていますが、召喚魔法は読者にはまったく馴染みがないものです)。ただ、ここまでフリーレン視点と読者視点をほぼ一致させて物語が進んでいますし、そういうトリックを使う雰囲気の作品ではないという気もします…。

影なる戦士のシュリットは、「現存する三人の大魔法使いの内一人(ミーヌス)が、この世から消えている」(第133話)と語っています。フランメの遺言「目立たず生きろ」に従っているフリーレンは言わば「無名の大魔法使い」的存在ですから、フリーレンがシュリットの勘定(三人)に入っているのかははっきりしません。したがって、現時点で存命の大魔法使いは、確定なのはゼーリエとフリーレン。他にもう一人がいるのかどうか?というところです。

現存する大魔法使い

  • ミーヌス(20年前にレーヴェにより殺害)

  • ゼーリエ

  • もう一人の大魔法使いが存在するのか?ミリアルデ??

  • フリーレン(最後の大魔法使い)

魔族の側はこのレーヴェの動きを認知しているのでしょうか?

レーヴェの目的は魔族だけではなく帝国も、ゼーリエたちも、ほぼすべての勢力を敵に回しています。帝国編で魔族たちに動きがあるのか?あるとすればゼーリエ暗殺を阻止する形で動くことになるような気もするのですが、どうなんでしょう?それはそれで奇妙な共闘関係が生じることになります。

ゼーリエは殺されてしまうのか

ゼーリエは死なないと思います。

根拠はアニメS1-EP25のフリーレンがフランメの遺言状をゼーリエに持参するところから始まる回想シーンです。

この場面では崖の向こうの夕陽が人生の終わり(死)を表しています。一番後に生を受けた若いフランメはエルフの二人よりも後ろからやって来て、人間(短寿命)であるが故に二人を追い越して夕陽に向かって駆けて行きます。エルフの二人はゆっくりと歩みます(長寿命)。年長者のゼーリエが先、若いフリーレンが後を歩きます。最後、ゼーリエは夕陽に背を向けて、フリーレンよりも森の側に立っています。フリーレンの方が夕陽(死)に近いのです。

一つ注意しておきたいのは、レーヴェとクレマティスの次のやり取り(第139話)から、「ゼーリエ暗殺」は「この世界から魔法を無くす」ための手段の一つにすぎず、他の手段も存在すると思われることです。

クレマティス:ゼーリエ暗殺の理由を聞いても?
レーヴェ:任務の遂行に理由が必要なのか?
クレマティス:貴方の望む結末にできるかもしれない。

第139話

これが伏線として活きてくるなら、帝国編の最後では、一級魔法使いたちの活躍で何とかゼーリエ暗殺は阻止したけれども魔法の存在を揺るがすような事態が生じる…といった結末が予想されます。この場面、「魔法を無くす」ことについて初めて聞いたであろうクレマティスが(そんな事はこれまで想像もしたことがないのが普通でしょう)レーヴェが思いつかないような手段を持っているというのもかなり不思議なのですが。

フリーレンの目指す最善の結果

フリーレンはゼーリエの敵は「帝国という魔法文明そのもの」かもしれないと予感しています。(第14巻129話)

もしかしたらゼーリエの敵に回るのは、帝国という魔法文明そのものかもしれない。変わりゆくものはいくらでも見てきたし、師匠せんせいの姿形が変わったって、偽物の魔導書が出回ったって、おとぎ話だと言われたって、仕方のないことだと笑っていられた。…でも今回は少し笑えないかな。
全く。私をこんな任務に巻き込まないでほしいよ。ゼーリエだってらしくない。弟子を集めて自分を守らせるような真似をするだなんて。…ゼーリエも何かを躊躇っているのかな。いや、考え過ぎか。あの人はどんな形であれ魔法の発展を望んでいる人だ。きっと弟子に対人戦の経験を積ませる機会くらいにしか思っていない。

だから、この任務はゼーリエ対フランメという師匠同士の争いの一方当事者として参加させられるようなもので、「笑えない」し「巻き込まないで欲しい」と言うのです。そして、このフランメとの戦いにはゼーリエ自身も「躊躇っている」とフリーレンは感じています。ゼーリエが躊躇う理由は敵が「帝国という魔法文明そのもの」すなわち愛弟子フランメの残した「本物」だからでしょう。

正直、ゼーリエの暗殺計画なんてどうでもいいし、こんな危険な任務逃げ出すのが正解だと思っているよ。それでもこの国は師匠せんせいが残してくれたものなんだ。生きた証はほとんど偽物になってしまったけど、誰もが魔法を使えるこの国だけは師匠せんせいが残した本物だ。だから、最善の結果を目指す。きっと戦いを追い求めるゼーリエにはそれが出来ないから。

第139話

フリーレンは「ゼーリエの暗殺計画なんてどうでもいい」と言っていますが、実際はかなりナーバスになっています(ゼンゼも普段の落ち着きがありません)。フリーレンとゼンゼがゼーリエに髪を結ってもらう(フリーレンは断ってしまうのですが)エピソードでの様子を見ればそれはわかります。

フリーレンが目指す「最善の結果」とは、ゼーリエの暗殺を阻止し、かつ、帝国という魔法文明も守ることでしょう。戦いを追い求めるゼーリエに任せたのでは師匠せんせいが残したこの国がどうなるかわからないというのです。

『葬送のフリーレン』メインテーマへの回答案

メインテーマ

ここからは、ここまで以上にかなり私の主観的な内容になりますので、「そう考える人もいるんだな」程度でお読みください。

思うに、レーヴェの目的「この世界から魔法を無くす」に関して押さえておきたいことは、魔法が無くなることで魔族の存在も無くなるのだとすれば、これが『葬送のフリーレン』のメインテーマへの回答案になっているということです。

『葬送のフリーレン』のメインテーマとは―――「人類は人喰いの化け物である魔族と戦わざるを得ない。しかしそのためには自らも化け物になるしかない」という人類と魔族の対立構造をいかにして解消(止揚)するのか。戦いの先に答えはあるのか、他の答えが見つかるのか―――です。諸説あるだろうと思いますが、私は今のところそう考えています。(そして、平和な時代を切り開くのが平和な時代の魔法使いであることを想起すれば、戦いの先に答えはないというのが作者が用意している答えではないかと私には思われます)

第11巻100話でソリテールがこの対立構造を示しています。

ソリテール:ごめんなさい。改心します。死にたくない。私は貴方達と仲良くなりたかっただけなんです。ただ、やり方がわからなくて―――
フリーレン:そんな言葉はもう数えきれないほど聞いている。
ソリテール:へぇ、そう。
ソリテール
:だとしたら、もう君の精神は人類のものとは掛け離れているわね。人の形をして、人の言葉を話す存在が許しを請うているのに、その言葉に耳を傾けること無く殺し続けてきたのだから。もう、どちらが化け物なんだかわからないわね。
フリーレン:……。

なぜこれが『葬送のフリーレン』のメインテーマだと考えるかと言えば、この対立構造の解消のされ方で『葬送のフリーレン』の結末(エンディング)を分類することができるからです。

案の1:シュタルク・エンド(話し合いによる和解)

たとえば、このメインテーマに最初に回答案(この対立構造の解消のされ方)を示したのはシュタルクでした(第2巻14話)。「魔族との対話なんて無駄な行為だ」というフリーレンに対して「無駄ってことはねぇだろ。(魔族にも)言葉があるんだ、話し合いで解決するならそれに越したことはねぇじゃねぇか」と回答したのです。話し合いによって人類と魔族が和解して対立が解消されるというエンドです。もちろん、このシュタルクの回答は即座に否定されてしまいましたが。【シュタルク・エンド】

案の2:マハト・エンド(相互理解による共存)

さらに、「黄金郷編」でも回答案が示されました。マハトにより「(魔族に)人類の感情が理解できれば(人類と)共存できる」という対立構造の解消方法が模索されます。相互理解によって人類と魔族が共存して対立が解消されるというエンドです。しかし、これもマハトの模索もむなしく結局は否定されます。【マハト・エンド】

案の3:レーヴェ・エンド(魔法と魔族の消滅)

仮に「帝国編」においてレーヴェの目的が達成されて、魔法が無くなり、魔族の存在が消滅したとすれば、この対立は解消することになります。魔法と魔族が消滅することにより対立構造が解消されるエンドです。つまり、レーヴェの目的「この世界から魔法を無くす」はこのメインテーマへの一つの回答案になっているのです。【レーヴェ・エンド】

もちろん、これは読者としてはあまり嬉しくない結末です。人類全体としては魔族が消滅すればハッピーかもしれませんが、フリーレンをはじめとする魔法使いたちも魔族と同様に存在しないことになってしまい、ハッピーエンドとは言い難いからです。また、帝国編で突然現れたレーヴェが正解を示すのでは物語としてのおもしろさに欠けます。

つまり、レーヴェというキャラクタの物語上の役割は、可能性のある複数のエンディングの一つ、言わば「レーヴェ・エンド」(魔法と魔族の消滅)という一つのバッド・エンドを垣間見せることにあると思うのです。

このように、『葬送のフリーレン』は人類と魔族の対立構造の解消方法を模索しては否定され、また次の方法を求めるという「旅」―――作者と読者の「旅」の物語だと捉えることができます。(ですから、魔族と読者の距離感は絶妙にコントロールされていて、魔族を滅ぼせばすべて解決ハッピーエンドだ、とはならないわけです)

「帝国編」の役割がトゥルー・エンドへ至るための個別エンドを示すことだという発想は、「黄金郷編」から生じています。

本文は以上となります。最後までお読みいただきありがとうございました。

『葬送のフリーレン』の紹介記事へのリンク

※『葬送のフリーレン』をまだ読んだことのない方へ

※アニメ第1期を観た方へ

※「女神の石碑編」まで読んだ方へ

※「とりあえずここまで読めば面白さが分かる」というライン

※『葬送のフリーレン』に関する記事をまとめたマガジンです。多くの記事は「ネタバレあり」ですので、閲覧にはご注意ください。