小説「あっとほーむ♡Return」②あなたが生かされている本当の理由〜悠斗からのメッセージ〜
今回の主人公は、元高校球児の父を持つ野上舞。彼女自身もそんな父に影響されて社会人になっても女子野球をしてきたが、その理由の一つが父を喜ばせるためだったと氣付き、引退。今は「喫茶・ワライバ」でホールスタッフとして働いている。
舞にはギタリストの恋人、ユージンがいるが、結婚の話はない。そんな彼女の耳に、結婚はしないと宣言していたはずの親友が結婚、出産したというニュースが飛び込んでくる――。
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第二話:実父より親身な「お父さん」の慈悲
「孫の顔が娘のさくらにそっくりでさ……」
「やっぱ、可愛いでしょう。特に女の子は」
喫茶ワライバから聞こえてきたのは、弾むようなおじいちゃんたちの声。それを聞いたわたしは小さくため息をついた。
今話題に上ったさくらさんは、わたしの大親友。父親同士が同じ高校野球部の先輩後輩という共通点で繋がったわたしたちは、年も近く、彼女が東京にいるあいだは頻繁に会う仲だった。
けれども彼女が仕事仲間のピアニスト、音村リオンくんと共に福岡に居を移してからは疎遠になり、連絡を取らないうちにいつの間にやら彼と結婚、子供まで産んだと聞いた。彼とは「仕事仲間」であり「一切の恋愛感情はない」と宣言していた彼女に、一体なにがあったのだろうか。
◇◇◇
彼らと対面したというわたしの恋人、リオンくんの兄でもある音村ユージンに尋ねても「二人が幸せならいいじゃん」と言われてしまい、疑問には答えてもらえなかった。
「氣になるなら、さくらさんのお父さんみたいに会いに行けばいいと思うよ。百聞は一見に如かず、だ」
「……ううん。わたしは、いかない。仕事あるし」
いくら親友だからって、いや、親友だからこそ、幸せな家庭を先に築いた話を聞くとなんだか複雑な心境になる。本当は素直に祝えばいいのに、置いていかれたように思えて素直に喜べない自分がいる。
かといって、ユージンとの結婚を焦っているかと言えば、そうでもない。互いを知るために早くから同棲を始めたわたしたちだが、その生活が長く続いたせいか、今ではきょうだいみたいに、一緒にいるのが当たり前になってしまっているのが正直なところ。今のままでも十分楽しくやれているのに、あえて結婚という形を取る理由が見当たらないのだ。
どうやらユージンも同じらしく、互いに好きな仕事――彼ならバンド活動、わたしなら喫茶ワライバの手伝いをしながらのファンクラブ運営――ができていて心身ともに安定している。わたしの年齢的に、子供を持つならそろそろ……と考えるのが普通だろうが、日頃、近所に住む兄夫婦の子どもたちと接する機会が多いこともあり、自分の子供を持ちたいという願望も薄れ始めてきてしまっている。
家庭を持って子供を産み育てるのが一人前の証。なんだかんだ言って父親世代はみんなこう思っている。だから、父にはわたしがこんなふうに思っていることは絶対に話せない。でも、この思いを押し殺すのも苦しい。
◇◇◇
もやもやを抱え悩んだまま翌日も職場に向かう。昼食の忙しい時間が近づき、喫茶店内を行ったり来たりしていると、突然ある人物が仕事中のわたしに近づいてきて、いきなり顔を覗き込んできた。
「浮かねえ顔してるけど、何かあった? おれで良ければ、話くらい聞くけど?」
そう声をかけてきたのは、鈴宮悠斗さん。血のつながりはないが、彼とは父娘のような関係を築いてきた。また、実の父より話しやすいこともあり、何かと頼ることも多かった。
兄夫婦と同居している彼は、時たまここ、喫茶ワライバにやってくる。普段は仕事仲間と来ることが多いが、今日はどういうわけか、一人らしい。
「……そんなにひどい顔してます?」
「あぁ。ユージンと喧嘩でもしたのか?」
「彼は関係ないです」
「じゃあ、さくらのことか」
「…………」
表情をなくすと「舞はわかりやすいなぁ」とからかわれた。
「もうすぐ昼休憩だろう? そんとき、そこの公園で話聞くよ。おれ、コンビニで食うもの買って先に待ってるから」
悠斗さんはわたしが返事もしないうちに勝手に予定を決め、コーヒーも飲まずに店を出ていった。
(いったい、何しに来たんだろう……? まさか、誰かに頼まれて……?)
考えるまもなく、お客さんからの注文が入る。まずは目の前の仕事をこなそうと、意識を仕事に集中させる。
***
一段落したところで、マスターに昼休憩の許可をもらい、外に出る。店のすぐ近くにある公園へ向かうと、約束通り悠斗さんがベンチに座って待っていた。
流れる雲や空の色は秋の装いだが、公園の広葉樹はまだ青々としている。この頃、季節の移ろいを感じにくくなった。その証拠に、悠斗さんは着ていた上着を脱いで半袖のポロシャツ姿をしている。
「おまたせしました」
「いや、おれも今来たところ」
そう言って荷物をどかし、わたしが座る席を空けてくれた。
「舞は弁当なのな。手作り?」
「はい。わたしも随分料理がうまくなりました」
「そうだな。一時期同居してたときはおれと同じで、料理下手くそだったもんな」
「そんな頃もありましたね」
他愛もない会話をしながら弁当に手を付ける。
「……そう言えば、なんで何の用もないのにワライバに?」
さっき感じたことを尋ねると、
「舞に用があったから行ったんだけど? めぐから、悩んでそうだから話聞いてやってほしい、って頼まれて」
と返答があった。
めぐ、というのは喫茶ワライバのマドンナ的店員で、悠斗さんと同居している女の子。兄の奥さんで、わたしの従姉妹でもある。
めぐちゃんとは一緒に働く日もあるが、さくらさんのことについて特段話してはいなかった。にもかかわらず、わたしのちょっとした変化を敏感に察したのだろう。彼女のすごいところは、自らそれに氣づきながらも年の近い彼女自身ではなく、悠斗さんを相談相手に立ててきたところ。わたしが、悠斗さんになら悩みを打ち明けられると知っているから。
「……やっぱ、めぐちゃんには敵わないなぁ」
観念してため息をつくと、悠斗さんはコンビニで買ったらしいおにぎりをあっという間に平らげて本題に入る。
「……で、さくらのことで悩んでるみたいだけど、やっぱりあれか? 結婚出産の話聞いたからか?」
「えぇ、まぁ……。だけど、ちっとも羨ましいなんて思ってないですよ? ただ……」
「ただ?」
「……お父さんに合わせる顔がないなぁって。わたしが結婚して子供産むこと、絶対期待してるもん」
「……舞は父親思いの優しい子だもんな」
悠斗さんはつぶやき、わたしの頭にぽんっと手を置いた。その手のぬくもりが妙に涙を誘う。ぐっとこらえ、今の心境をぽつりぽつりと語る。

「……ユージンとは、今のまま変わらずにいられたら充分なんです。悠斗さんならわかるでしょう? 結婚という形には意味がないことが。それが家族を構成する単位じゃないことが」
「あぁ、わかるよ。だって、おれは舞の兄貴夫婦やこどもたち――翼とめぐ、まなとそら――と長らく同居してるけど、全く血のつながりのないおれを、子供らは当たり前のように『お父さん』と呼ぶし、幼稚園に迎えに行って彼らの父親として振る舞っても周囲は何も言わない。血のつながりや、結婚がもはや何の意味もなさないことは、おれが身を持って体験してる。……そうか、舞もその境地に達しちゃったか」
「そうなんです。でも、同じ考えだと思い込んでたさくらさんやリオンくんが、まさか結婚して子供まで作るなんて……。それが結構ショックで……」
「うん、おれもびっくりした。だけど、あの二人のことだからきっと理由があっての結婚や子作りだったと思うよ、おれは」
「そうかな……?」
「多分、な。氣になるなら聞いてみりゃいい……ってわけにもいかねえか。なんで子供作ったの? なんて、ちょっと生々しい質問だもんな」
「…………」
悠斗さんらしい、ざっくばらんな物言いにこちらが戸惑うが、全く持ってそのとおりだった。彼は続ける。
「……ま、子供は授かりもの、ギフトだ。こっちが意図してなくたって、出来ちまうものは出来ちまう。そういうもんだ。愛し合うのだっておんなじ。お互いの氣持ちがガチッとハマっちまったら、どうしようもない。運命に従うだけ。もう、逃れられないんだよ、そこからは」
「……もし、逃れたいと思ったら?」
「もし、それがいくつかある世界線の一つなら逃れられるかもな。でも、それがたった一本の、必ず通るべき世界線だったとしたら、どれだけあがいても無駄。遠回りしたって、避けようとしたってその道を通らされる。おれがそうだったもん。何度も死にそうな目に遭った。死の淵まで行ったこともあった。あのとき死ねたら楽だったのに、死なせてもらえなかった。それはおれが、生きることで果たすべき何かが残ってたから」
「果たすべきこと……。使命ってことですか? それ、何だったんですか?」
「使命なんて、大層な表現をするつもりはないよ。おれが生き残った意味。それはただここに存在すること。それが分かったから、おれは今もこうして生きてる」
「ただ生きることが、果たすべきことだったんですか?」
「そ。おれが生き残った時、めぐも翼も大泣きしてさ。生きててよかったって言ってくれたんだ。それってつまり、生きてるだけでいいって意味だろ? その時悟ったんだ。生きてるだけで周りを救えるんだなって。だから、こんなのは使命でもなんでもない。舞だってユージンだって、生きてるだけで互いを救ってるんだから。生きてるやつはみんなそう。だろう?」
「……そう、ですね」
「そうだよ。そりゃあ、なんでこんな世界に生まれちまったんだろう。なんでこんなにつらい目に遭い続けなきゃいけないんだ。絶対その理由が、使命があるはずだって、信じたい氣持ちはわかるよ。だけど、みんなそれに人生賭け過ぎ。深刻になりすぎ。もっと氣楽に生きたらいいとおれは思うんだよなぁ」
若い頃に一人娘を幼くして亡くし、非難されながら離婚し、両親にも早くに旅立たれ、心疾患で死の淵をさまよったという経験を持つ悠斗さんの言葉には説得力があった。
「だからさ、舞。氣負いすぎんな。人は人。自分は自分、だ。周りがなんと言おうとも、自分の幸せは自分で決めろ。万が一、父親が何か言ってきたら、そんときゃおれが間に入ってやる。だから、今幸せならその幸せを大事に生きろ」
「……はい」
手元の弁当箱からウインナーソーセージをつまみ、口に放る。出来合いのもので味なんて同じはずなのに、何故か今日は塩辛く感じた。
「……ふふ。悠斗さんって相変わらずの格好つけですね。でも、とことん、わたしに甘い。ホントのお父さんよりもお父さんしてくれる」
「おれは舞の父親みたいな存在だっていつも言ってるだろう? 死んだ娘が生きてたら舞くらいの年だったから、って」
「そうですね。……死にそうな目に遭っても死なずに生還したのは、わたしの『お父さん役』をする使命があったから。そう考えるのはどうですか?」
意地悪な質問をすると、彼は大げさに顔の前で手を横に振った。
「おれは役者じゃない。おれはおれ。何者でもない、鈴宮悠斗」
はっきりいい切れる彼の横顔が格好良く見えた。
***
仕事を終えて帰宅すると、珍しく先に帰っていたユージンが晩御飯を作っているところだった。
「あ、おかえり。今日はミートパスタにしようと思って。今、パスタを茹で始めたところ」
「うん、おいしそう。ありがとう」
返事をしたわたしは、この状況を一歩引いた目で見てみた。
愛するパートナーが目の前にいて、わたしに笑顔を向けてくれる。晩御飯まで作って待っていてくれる。これを幸せと言わずになんと言えばいいのか。
さくらさんとリオンくんのことを聞いた時、ユージンはこう言った。二人が幸せならそれでいいじゃん、と。うん、全くもってそのとおりだ。結婚したからとか、子供ができたからとか、そんなのは関係ない。二人が幸せにしている。それならそれを素直に喜べばいいではないか。
私は荷物を置くなり、台所に立つ彼の後ろから抱きついた。
「うわぁ! ど、どうしたの急に?」
「大好き! これからもずっと一緒にいようね」
「あ、あぁ……。なんか今日の舞さん、変だよ?」
「いつもどおりよ。悠斗さんと話したこと以外は」
「悠斗さん……! 絶対なにか言われたっしょ!」
「うふふ。内緒」
自分の唇に人差し指を当てたわたしは、その指をユージンのそれに押し当てた。
「なに、それー。あのプレイボーイの悠斗さんに口説かれたりしてないよね?」
「どうかな〜?」
「うっわ。もしそうだったなら、上書きしなきゃ!」
ユージンは本氣で狼狽え、わたしを抱きしめ返した。
こんなやり取りが、わたしたちの生活の基本。だから本当に、結婚とか子供とかを論じるのがバカバカしく思えてしまう。だって、毎日がこんなにも幸せなんだもの。
「そう言えば、先日買ったワイン、まだ開けてなかったよね? パスタと一緒に、どう?」
「お、いいね!」
「じゃあわたし、準備するね」
冷蔵庫に向かうと、背中からユージンの鼻歌が聴こえてきた。それはわたしたちが出会ってすぐ、彼がわたしのために作ってくれた曲『僕は君に恋してる』だった。
このシリーズの原作、小説「あっとほーむ」とは?
深く傷つき孤独を抱えた大人たちが、血の繋がりを超えた「新しい家族の形」を模索し、互いを支え合いながら自分自身の幸せを見出していく再生の物語です。
舞とユージンの恋物語はこちら
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