小説「あっとほーむ♡Return」①芸術家の娘を想う不器用な父親の愛
本日6月15日より、一話読み切りの連載短編小説「あっとほーむ♡Return」を投稿します! 前作「LOVERS 新時代の綺羅星編」の続編としてもお楽しみいただけます!
今回の主人公は、画家の娘を持つ水沢庸平。彼は幼少期から退職するまで野球漬けだった男。厳しいスポーツ界や社会のルールに従って生きてきた彼の耳に、芸術肌の一人娘、さくらが遠くの地で結婚、出産したという情報が飛び込んでくる。庸平は結婚相手の男が、あくまでも「芸術家仲間」を貫いていたはずのリオンだと聞いて心配になる――。
第一話:心配性の父親と、芸術家としての決意を胸に抱く娘の物語
さくらが子供を産んだと風のうわさに聞いた。だが俺は手放しに喜べないでいる。なぜなら、結婚相手がずっと、芸術仲間だと聞いていたあの、音村リオンだからだ。
結局のところ、さくらとは仲間であって恋人でもなんでもない、と言い張っていたあいつも男だったというわけだ。さくらのことを好きになり、言い寄り、押し倒して子供をはらませた。結婚してくれたからいいものの、さくらは半ば強引に押し切られたのではないか。そんな疑念を拭えない。
最初は、第二の喫茶ワライバ(誰でも好きなだけいられる憩いの場)を作ると言っていたから、それは素晴らしいと俺も思っていた。だけど蓋を開けてみれば、どうやらその活動は、リオンのピアノとさくらの絵をコラボして、天国みたいな世界を築くことを目的としているらしい。あくせく働く人間を見下し、そんな泥にまみれた暮らしはさっさと手放し、ここで自給自足の生活をしよう、毎日楽しく暮らそう。そういうコンセプトを掲げて人を集め、お氣楽に暮らしているのだとか。
その思想は、はっきり言って俺たち世代の人間を愚弄する、邪教とも言えるもの。それをリオンが提唱し、さくらが洗脳された挙句に子供まで産まされたのだとしたら……と思うと、怒りが収まらないのだ。
そんな俺を見て、周りは落ち着くようにと言う。実際、さくらとその子供を見てきたリオンの兄、ユージンは「幸せそうにしてましたよ」と笑顔で俺を諭しに来る。幸せにしてるならいいか、と俺だって思いたかった。でも、その後に続いた、「冬月はやっぱり救世主でした。一歳を前にして、その存在だけであんなにも周りを癒せるんですから」という言葉を聞いてその思いは吹き飛んだ。
は? 救世主? さくらとリオンの子が? なに寝ぼけたことを言ってんだ? 赤ちゃんは赤ちゃんだろう?
親戚になってしまったユージンに言い放つにはあまりにも刺激が強いと思い、その場ではぐっと飲み込んだが、結局苦しくなって俺は今、ワライバのカウンターに座り、店主に愚痴をこぼしているというわけだ。彼は高校時代の野球部の、ふたつ後輩。遠慮のない物言いには腹が立つこともあるが、なんだかんだ言ってこいつに話すとスッキリしてしまうから不思議だ。
「なぁ、大津。お前だってそう思うだろう?」
「まぁまぁ、センパイ。そう鼻息荒くしなくても。いいじゃないですか、別に。彼らのおかげで、今こうして再び電氣が使えるようになったんですから」
「お前まであいつらのおかげだって言うのかよ。電氣が使えるようになったのは、芸術の力でもなんでもねえ。国が、いかれちまった発電所をメンテナンスして再稼働させたからだ」
「まぁ、みんなそう言いますけどね……」
大津の曖昧な返答に納得できず、「フンッ」と鼻を鳴らす。
少し前まで、昨今のAI需要と猛暑による電氣使用量の急増が原因で全国の発電所が悲鳴を上げ、約一年に渡り、ほとんど電氣が使えないという異常事態に陥っていた。だが、大津曰く、それに終止符を打ったのが、さくらや音村兄弟ら、芸術家だというのだ。リオンのピアノとユージンらが弾くギターの音が街中に共鳴して、あらゆる電化製品に電氣を送った。それがきっかけとなり、細っていた送電網が復活、人々は生活に困らない程度の電氣を再び使えるようになったのだ、と。
しかし、そんなファンタジー、誰が信じる?
俺の反論は続く。
「じゃあ、お前は見たのかよ? ギターの音が家電を動かすさまを」
「見ましたよ? ユージンくんのクリスタルギターはもはや、電氣コードなしに音が出る。最初は驚きましたけど、まぁ、電池で動く仕様に変わったんだと思えば、別におかしなことはないですよ」
「……昔っから、お前は普通じゃないと思ってたけど、それは今でも変わらないんだな」
「失礼っすね、センパイも相変わらず。どうせ褒めるなら、元キャッチャーの選球眼が生かされてるとでも言ってほしいもんです」
「ふんっ……」
ここで、今まで俺たちの話を黙って聞いていた一個下の後輩、野上が話に入ってくる。彼もまたここの常連だ。
「水沢先輩、そうやって想像でモノを語って腹を立てるのは良くないと思います。おれなら事実をこの目で確かめに行きますね。おれ、迷ったら『しないより、する』がモットーなんで」
「確かめに行く? つまり俺に、福岡に飛べと?」
「ええ……。だって、娘さんが心配なんでしょう? 俺だって、娘の選ぶ男がしょうもないやつだったら一言二言、いいますよ。まぁ、言ったってうちの舞は聞きはしませんけどね……」
静かにコーヒーを飲む野上の横顔を見ていたら、ここでグチグチ言ってるだけの俺が小さく思えてきた。
自分の手元、空のコーヒーカップを見つめていると、カウンターの向こうから再び大津が話しかけてくる。
「一人で行けないって言うなら、おれが一緒に行きましょう。同行いたします」
「はぁ? いつ俺が一人で行けないって言った? それに、なんでよりによって大津なんだよ?」
「顔に書いてありますよ? 一人でリオンを説得できる自信がないってね。でもおれなら何度も彼らに会ってるし、福岡のワライバがどんな環境かもわかってるんで、通訳になれます」
「…………!」
カッとなって立ち上がったが、にこにこ顔の大津に見つめられたら、いつのまにやら怒りがどこかへ行ってしまった。
彼の言うとおりだった。おれは多分、リオンと対面してもまともな話し合いが出来ない。ただ喧嘩腰になって怒鳴り散らして終わるのが目に見えてる。大津もそれがわかるから提案してくれているのだろう。
「……そこまで言うなら、分かった。お前にも来てもらう。ただし、俺の味方をしろよ? リオンの肩を持ったら承知しねえからな」
しかし大津は、俺の脅しに応じることなく静かに微笑むだけだった。
◇◇◇
一日一便だけの飛行機で東京から福岡に降り立った俺と大津。季節はいつの間にか秋に移ろっていたが、例年の暑さのせいか、街路樹は色づくことなく未だ青々としている。
大津の案内で電車とバスを乗り継いで、福岡の『ワライバ』を目指す。乗車時間が長くなるに連れ段々と建物が減り、最後には山と田畑ばかりになっていた。
「ほんっとに何もねえとこなんだな……」
都心部で生まれ育ったさくらが、こんな鄙びたところで田舎暮らしできているのか、それがまず頭をよぎる。直後、それすらもリオンの一存で決まったことで、大人しいさくらはただ首を縦に振ることしか出来なかったのでは? という思考に囚われ始める。
道中、大津とはほとんど話さなかった。さくらやリオンのことを根掘り葉掘り聞くことはできたが、そんな前情報を入れても余計なフィルターがかかるだけだと思い、質問を控えた。
ぼんやり車窓を眺めていると、ようやく目的のバス停名がアナウンスされる。ブザーを押して荷物を持ち直し、停車を待って降りる。
ワライバは、そこからさらに十五分ほど歩いたところにあるという。
「大津はこんな場所まで何度も来たのかよ? 正氣じゃねえな……」
「水沢センパイともあろう方が、移動だけでもう音を上げてるんですか?」
「……んなわけあるかよ!」
からかわれてカチンと来た俺は、元氣をアピールするために大津を走って追い抜いた。大津はゆっくり着いてくる。
***
ワライバに到着すると、庭先でさくらが子供を遊ばせていた。俺に氣づくと「あ、お父さん!」と声を上げ、手を振った。

「お父さん、それから理人マスター。遠方からようこそいらっしゃいました。ゆっくりしていってくださいね」
その表情から、さくらが無理をしてここで暮らしているようには見えなかった。一歳にも満たない子供が母親であるさくらのそばで嬉しそうに笑顔を振りまいている様子を見ても、そこに窮屈な空氣は感じられなかった。
「ほら、お父さん。初孫の冬月ちゃんよ。抱っこしてみる?」
「……いや、いいよ。遊んでる邪魔はしたくないし」
抱き上げるのは遠慮したが、代わりにかがんで目線を合わせる。
その顔は、小さい頃のさくらにそっくりだった。思わず笑みが溢れ、自然と手を差し伸べる。すると、冬月は俺に近づき、差し出した手の上に小さな手を重ねた。
「じいじ! あそぼ!」
「え? この子、もう喋れるのか……? まだ一歳にもなってないんだろう?」
突然のことに驚きを隠せず、さくらに助けを求める形で見上げた。
「うん。なんかね、成長が他の子より早いみたいで」
「いやいや、それにしたって早すぎるだろう?」
そのとき、ユージンの語った「この子は救世主」という言葉が蘇ってハッとする。
(まさか……。救世主だから成長スピードも特別だってのかよ? だけど、見た目は普通の赤ちゃん。本当に、世界を救う力があるなんて、信じられない……。)
そのことについて尋ねようか迷っていると、建物の方からピアノの音が聴こえてきた。
「……あれは?」
「あぁ、リオンくんが……夫が弾いているの」
さくらは少し恥ずかしそうに言った。
「結婚してからは、会うの、初めてだよね。案内するわ」
さくらのあとに続く形でアトリエに赴く。いよいよ、リオンとの対面だ……。
「センパイ、リラックスしてくださいよ?」
肩に力が入っていたのか、大津に肩を揉まれ、その手を払う。しかし、邪険にしたのに大津は面白そうに笑っている。その様子に腹が立ったが、ピアノの音が大きくなってきたので深呼吸をして心を落ち着かせる。
「リオンくん。お父さんたちが到着したわ」
さくらが声を掛けると、リオンは演奏をやめてこちらを一瞥した。立ち上がりながら「ようこそ、アトリエへ」と言って握手を求めてきたので、力強く握り返す。ピアニストの手は華奢だと思っていたのに、意外にも筋肉質だったので驚く。
「あるのは自然ばっかりだけど、ここにいる間はゆっくりしてってください」
「あぁ……」
結婚おめでとうとか、出産おめでとうとか、祝いの言葉を言うべきなのは分かってる。しかし、どうしても声にならなかった。それを見かねた大津がすかさずフォローを入れてくれる。
「センパイ、緊張してるみたい。ホントは二人の幸せを祝いに来てるってこと、分かってやってね」
「あぁ、そう。そうなんだ……。おめでとう……」
かろうじて声に出すも、なんだか自分らしくないなと感じた。
(どうした、俺……! リオンに言ってやりたいことがあるんじゃなかったのか……!)
咳払いをしたあとで覚悟を決めた俺は、一氣に思いの丈をぶつける。
「なぁ、リオン。お前はずっと、さくらとはただの『同志』、『芸術家仲間』だと言っていたよな? なのに、どうしてこんなことになった? さくらもさくらだ。どうしてフラットな付き合いから親密な関係になろうと思った? ……やっぱり、男と女は一緒にいれば結びつくもの。本能からは逃れられなかったってことなのか? もしそうならはっきり言ってくれ。それならそれで構わない。俺だって一人の父親だ。女を愛し、子を設け、育て上げることは、男としてはごく自然なこと。それを否定する氣は一切ない。俺が確認したいのは、一点だけ。もし、リオンだけが『男』になって、さくらを『同志』から『自分の女』にしようと無理強いしたなら、俺はそんなリオンを許すわけにはいかない。今すぐ二人を別れさせる。そのつもりで今日はここに来た」
「……お父さん!」
「……水沢さんの言うことは間違ってません」
二人は同時に言葉を発したが、リオンはなにか言いたげなさくらを制し、自らの口で語り始める。
「……ただ、これだけは言わせてください。おれはさくらを心の底から愛しています。生まれてきた冬月も愛しています。彼女を同志だと思っていることも変わらない。けれど……さくらはどこまでも自由です。おれは彼女を、自分の女だなんて思ってない。もし、さくらがここを出ていきたいと願えば止めはしません。一人で活動したいと言えば、それも受け入れます。それが、おれの愛し方です」
「……どういう、意味だ? 男なら……結婚したなら守り通す。それが筋ってもんじゃねえのかよ?」
やっぱりこいつはヤワな男。さくらを良いように口説き落としてそばに置いているだけ。拳を付き出そうかと思った時、リオンが再び口を開く。
「もし、その拳を突き出して暴力に訴えるなら、ここから出ていってください。力づくで相手をねじ伏せるやり方は、ここでは非常識に当たりますから」
「…………! 何が非常識だっ……!」
反射的に拳が出かかった瞬間に大津に止められる。
「センパイ、ここは芸術家の集い場ですよ。うちのワライバとは、『共通言語』が違うんです!」
「じゃあ、何だったら通じるってんだよ?!」
「愛と調和」
リオンが、さも当たり前のように言った。そして、足元にいた冬月を抱き上げると、一緒に再びピアノの前に座った。
ポロン、と弾いたのはリオンではなく、冬月だった。その、あまりにも美しい音色に目が覚める。それを補助するようにリオンが旋律を奏でる。
まるで、天国にワープしてしまったかのような、脳が溶けるような感覚になる。殴ろうなどとした自分がちっぽけに思え、氣付けば二人の演奏に聞き入っていた。
(これが、リオンの弾くピアノ。そして、その膝の上には救世主……。なるほど、たしかに只者じゃない、この二人……。)
感心したのもつかの間、消えていたはずの部屋の電氣が誰も触れていないのに点灯し、さくらの描いたキャンバスの絵が薄ぼんやりと光を帯び始めるという、超常現象が起きる。
「もしかして、ピアノの音で電氣が……? 絵が光った……?」
大津の顔を見ると、彼はニヤリと笑いながらうなずく。
「ね、言ったとおりでしょう? これが彼らの芸術の力。新しい時代を牽引していく原動力なんっすよ。まぁ、おれは聞いただけで、詳しいことは何も知りませんけどね」
「…………」
詳しいことは知らない、と大津は言った。けれど多分、「言葉では表現できない」が正しいんだろう。俺も、今見たことを誰かに伝えようと思っても、なんて言えばいいかうまい言葉が出てこない。
「お父さん。頭で考えちゃだめ。感じるのよ。……多分、野球と同じ。バットを振るときって、体が勝手に動くんでしょう? その感覚に近いと思ったらいいよ」
さくらに言われ、妙に納得する。俺はずっと、社会人野球チームに属していた、根っからの野球人。さくらはそれを知っているから、敢えてそのような例えを持ち出してくれたのだろう。
娘は続ける。
「ここはね、芸術的能力を持つ人たちが、それぞれの得意を差し出して癒し合う場なの。それを、天国のようだとか、現実離れしてるとか言う人は多いけど、私たち芸術家にとってはここが一番居心地のいい場所なの。そして、ここみたいに愛と調和に溢れる場所が全国に広がればいいなと思って、リオンくんと二人……いえ、これからは冬月ちゃんも一緒に活動していこうと思ってるの」
「そうか……」
すぐには受け入れられそうになかった。ただ、さくらとは根本的に生き方に対する考え方が違うのだということを、これを機にはっきりと突き付けられた氣がした。
娘たち芸術家と俺たちとは、はじめから生きる世界が違った。そんな彼らは、俺たちの作り上げた世界から離脱し、自分たちが心地よいと思う「王国」を作り上げてひっそりと暮らす道を選んだ。それが彼らの『生き残り戦略』なのだとしたら、わざわざ連れ戻そうなどと、野暮な行動に出る必要はない。
「……さくらが幸せなら、俺はこれ以上なにも言うまい」
「ええ。私、とっても幸せよ」
自然にこぼれた笑みを見て、これなら大丈夫だと安堵する。
「リオン、これからもさくらをよろしくな……」
今度はこちらから握手を求めると、彼は「はい」と力強く答えたのだった。
◇◇◇
ワライバでひとしきり芸術活動を体験した俺たちは、一泊したのち、再び『喫茶・ワライバ』のある埼玉に戻った。
その後、『喫茶・ワライバ』で俺の目に映った芸術家の姿は全く違って見えた。彼らが生み出しているのは、形あるものではなく「心地よい空間」。それが分かってからというもの、ワライバの壁にかかるさくらの絵を見るたび、あの日福岡のワライバで体験した、天国のような心地よさを思い出すのだった。
シリーズ第2話はこちらから
このシリーズの原作、小説「あっとほーむ」とは?
深く傷つき孤独を抱えた大人たちが、血の繋がりを超えた「新しい家族の形」を模索し、互いを支え合いながら自分自身の幸せを見出していく再生の物語です。
物語の舞台、喫茶『ワライバ』はこんなところ
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芸術家が集う癒やしの場「ワライバ」を提供するのが夢。共感者を大募集中💖記事を読んでピンときたらお声がけを💕一緒に愛と調和の世界を物語りましょう💖