アメリカ高校カフェテリア戦記:ピザとチリとヒエラルキー〜帰ってきたアメリカ某州留学体験記外伝3・「食」の章〜 “The Cafeteria as a Cultural Battlefield”
※留学体験記外伝、今回は衣食住の「食」編。
※登場人物は実在の人々をモデルにしていますが、個人特定を避けるためにイニシャルで表記し、エピソードには適度なフェイクや時系列の再構成を施しています。半分ノンフィクション、半分思い出補正の混ざった「記憶遊び」として読んでもらえたら嬉しいです。
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#0. はじめに:カフェテリアという戦場
“Side Stories : Who Are You Gonna Eat Lunch With”
『アメリカ某州留学体験記』本編でちょいちょい登場していた、ハイスクールの「カフェテリア」という存在。そこに焦点を当てて執筆してみる。ちょうどピザが食べたくなった時に思いついた。
アメリカの学校のランチはカフェテリアで摂るが、ただの栄養補給ではない。
「何を食べるか」よりも「誰と食べるか」がとっても重要。そこで校内の立場が決まる。
そこは日常的な社交アリーナ、すなわち文化戦争の舞台。栄養バランスなど二の次、「コミュニケーション力」を測る場なのだ。
「自由の国」アメリカのプレッシャー、共に覗きに参りましょう。
※性質上、先に本編を読んだほうが理解は深まりますが、この記事単体でも楽しめます。
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★留学体験記本編および外伝リンク
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#1. ハイスクールの食事システムと「食育」皆無の状況
“Junk Food : Who Cares”
日本の給食とは明確に「食育」という名の教育制度の一環だ。家庭科で栄養バランスの重要性まで教えられる。おかげで日本人の99%は「炭水化物」や「タンパク質」という単語を知っている。
アメリカではどうか。
そんなもんねえよ!
家庭科がないから、栄養バランスという概念が極めて薄い。家庭における手料理も日本のそれより遥かに適当で、下手すると冷凍食品を用いたほうがよほどバランスが取れるという状況だった(少なくとも私が留学していた頃の南部地方では)。
学校の昼食でもそれは同じ。私が留学していたハイスクールのメニューの例を紹介する。
●メインメニュー
(※日替わり、1週間単位で予定が知らされる)
チリコンカーン、マカロニ&チーズ、ピザ、タコス、ハンバーガーなど
●付け合わせ
マスタードグリーン(カラシナのこと。これはまだマシ)、袋入りのポテトチップスなどのスナック菓子
●オプション(追加購入可能なメニュー)
エクストラのピザ、カップケーキ、シナモンロール、コーラなど
※地域などによって違いはあります。
……どうよこれ。栄養バランス?食育?なにそれ美味しいの?状態。
さすがはピザソースを野菜と信じる国民。
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#2. Jの好物はチリコンカーン
“Chili : It Was Like A Magic”
友人のJは、昼食のメニューがチリコンカーンの日、テンション爆上がりしていた。
“Hey, it's my chili-day ! Hooooo ! ”
ぱっちりした両眼はキラキラと輝かんばかり。あえて日本語の感情表現に意訳すれば「やったぜ!きゃっほーい!」だろうか。
小学生かよ。10歳かよ。これがギャップ萌えというやつか。同性にそれを感じるとは。
留学生からの目線で見ても、ぶっちゃけ可愛かったですよ、ええ。
なお、ランチでは前章で述べた「オプション課金」も「一種のステータス」になる。お金があってよく食べるというキャラクターを形成できる、という意味で。
例えば、アメフト部などJocksの連中は確かにいっぱい食べていたように記憶している。いや、しつこいようだけど、栄養バランスとかさあ……。
だが、実際は「何を食べるか」より「誰と食べるか」の方が100倍重要だ。ボッチ飯などありえない。孤独のグルメは理解されない。
では、そこに教育という文脈はあるのか?
結論から言えば、ある。
アメリカでは、ランチは「コミュニケーション能力形成の一環」として働くのだ。
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#3. ランチの座席は致命的ポジショニング
“Positioning : You Must Find Where You Belong”
他のハイスクールの事情はよく知らんが、少なくとも私の留学先では、曜日によって(とっている授業のコマの時間の関係によって)昼休みの時間が変わっていた。
なので、カフェテリアが毎日同じ顔ぶれになるとは限らない。私は原則、Lなどバンドクラス仲間と食べる日/JやDのグループと食べる日を交互に繰り返していた(ホストブラザーのJAとは昼休みの時間が被らず一緒になる日がなかった)。
「誰と食べるか」とは、高校社会における自分の立ち位置、カーストのシグナル。
JocksはJocksで固まり、Band KidsはBand Kidsで集まり、仲の良い者たちはそのグループを崩さず、そしてLosers / Outcastsは余った席に固まる。まあ日本の高校でも同じことは起こるだろうが、食事の場所を限定しなくてもいい分まだマシだろう。カフェテリアには逃げ場がない(※)。
……なんと熾烈な社会の縮図だろうか。
※学校によっては屋外など他の場所でも食べられるようだが、私の通っていたハイスクールではランチはカフェテリア限定だった。
結論。「アメリカのカフェテリアは食卓であり、同時にカーストの実演舞台だった」。
ね、実に「アメリカらしい」でしょ。
私の今までの体験記を読んでくださっている方なら、確実にそう感じていただけるはずだ。
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#4. sack lunch(弁当袋)の負け組扱い
“Brown Bag : Absolutely Uncool”
サックランチ(sack lunch)という言葉をご存知だろうか。もしかすると海外の学園ドラマなどで見たことがあるかも知れない。一応直訳すると「弁当」だが、日本人がイメージする弁当箱とは異なり、使い捨ての茶色い紙袋に入れる簡素なものだ。中身の定番はサンドイッチ(ピーナッツバターやターキーなど)、小さなスナック菓子の袋、コーラ缶、林檎がまるごと1個、などなど。
留学初期。その文化自体は知っていたので、私はとある朝、学校用にサンドイッチを作ろうとしていた(なお、アメリカ文化の典型として、冷蔵庫は家族で各々自由に使用し、朝食などもそれぞれで勝手に作る。あと、他人の家であっても冷蔵庫を勝手に開ける)。
それをホストブラザーのJAが見咎めて一言。
「もしかしてサックランチ?やめとけ!マジでLoser扱いされるから」
日本の高校では、「弁当=むしろ丁寧で羨ましい」という価値観もあるだろう。それが完全に逆転している驚き。
正しくカルチャーショックであった。
要は、アメリカのティーン文化においては「家庭の匂い」をさせると負け組なのだ。「ママのスパゲティ」がマザコンを揶揄する定番ワードになっているのもあり、大人になりかけの高校生はその意識、実に徹底している。
思えば、(本編でも記載した)「車を運転できる年齢でスクールバスを利用する者はLosers」文化と文脈が似ている。インフラや習慣すら階層化するアメリカの生活システム、価値観。
……自由の国なんだってさ、あそこ。
まあこれも、前回書いた服装コードと同じく、「名は体を導く文化」の一種。そんなもんだと思ってください。
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#5. 終わりに:こうしてアメリカで生き抜くための「コミュ力」は育まれる
“Daily Life : It Tells You How To Survive”
食べ物自体には、実は私はあまり困らなかった。もちろん米の味が恋しくなることもあったが、スーパーに売っていたので鍋で炊くこともあったし、タコスやチリコンカーンなんかは結構美味しく(おかげでJと一緒にchili-dayにきゃっほーいすることも多くなった)、その点では私は適応性が高かった。
もっと興味深かったのは、やはり「食をめぐる文化コード」。留学の醍醐味とは、こうした「些細だが深い違い」に気付けることだと思っている。
「食べ物なんて二の次、結局どこに座るかがすべてだった」という事実が、今の私の「自己主張はハッキリと!」という習慣に繋がっている。
日本では美徳とされる「遠慮」は、かの国でははっきりと悪徳だ。
とはいえ、食関連における最も印象的な出来事は、やはり「チリの日のJ」なのだった。
ふと思い出した時、今でも少し笑ってしまう。
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