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闇 644(30分25000円手相占いの女性編)

闇 644(30分25000円手相占いの女性編)

2026/08/16 sun
※多分この時代に岩上智一郎という人間がいたという証明をしたかったから、この作品を自分の為に書いているのだろう。
前回の章


二千二十四年四月七日、日曜日赤口。

こなもんから自称俳優マンションへ戻り、一息ついてから若香へ連絡を入れた。

『今はもう鍛えていないですよ。ストレッチとかこれ以上悪くならないよう維持程度です。 岩上智一郎』

少し待っても既読にならないので、もう彼女は寝てしまったのだろう。
俺もいい感じで眠かったので横になると、睡魔が包み込んでくる。

爽快な目覚め。
時刻を見ると朝の六時過ぎ。
本当なら遅番の時間帯で働くから、こんなに睡眠を取るとリズムがズレるからあまり身体には良くないのだろう。

ベランダに行き、セブンスターに火をつける。

また河本マンションからメガネザル大家がゴミ袋を持ったまま出てきて、辺りの様子をキョロキョロ確認していた。
そして向かいにある甲隆閣のゴミ捨て場へまた不法投棄。

コイツ、本当にどうしょうもない奴だな。
タバコを吸う時ぐらいしかベランダへ行かないのに、それでもこれだけ回数を見ているのだ。
ほぼ毎日タイミングを見計らって捨てているのだろう。

まあ報告しても意味が無いけど、一応自称俳優に伝えておくか。

『河本マンションのババア、今、向かいの病院ところにゴミ捨ててましたよ。 岩上智一郎』

『また目認したらチクりますよ。 若菜龍平』

この男、いつもそればかりだよな。
どうせ何一つ動かないし、面倒だから関わるのはやめたほうがいいかも。

部屋でゴロゴロしながらパソコンをいじっていると、若香からLINEが届く。

『申し訳ございません。 イチローさん。 昨日若香が寝ました。 朱婧瑶(端木若香)』

『おはようございます。全然問題ないですよ。睡眠時間はとても大切です。 岩上智一郎』

彼女のLINE表記は、朱婧瑶。
中国語なのか俺にはさっぱり読み方すら分からないので、これまで通り若香と呼べばいいだろう。

『そうだな。 昨日イチローさんが話していないのを見ました。香が眠ってしまった場合。イチローは昨夜から今まで寝ていなかったのでしょうか? 朱婧瑶(端木若香)』

『いや、昨日は俺も酒飲んでいたので気付けば朝まで寝ていましたよ。 岩上智一郎』

今日はこのまま起きた状態で、夜仕事へ行くようになるかな。

『そうだよ。 イチローは昨日休みました。 仕事がない。 よく眠れましたか。 今日はどこに行くつもりですか。 朱婧瑶(端木若香)』

日本語が世界で一番難しいとよく聞くが、彼女のチグハグな文章を見ていると、確かに本当に大変なのが理解できる。
敬語とタメ語の使い分けも、日常会話で必須だし、これを混ぜて通常話す事はない。
外国人の若香からすれば、その違いすらまだ理解できていない段階であるが、英語も満足に話せない俺からすれば、その辺も加味して会話をしてあげないと失礼だ。

『今日は部屋で映画でも見ながらゆっくり過ごしますよ。夕方くらいになったら、天ぷら作って、それから仕事です。本当はこういう何もない時間に、小説書けばいいんですけどね。まだ自分的に時期じゃないかなと。 岩上智一郎』

俺とこうしてやり取りをしていけば、いずれ日本語も自然と身に付いていくだろう。

さて…、彼女にも言ってしまったし、本当に天ぷらでも作ろうかな。
料理をしながら写真を撮り、俺はその様子をブログへアップした。


桜花賞なので、天婦羅&カツ丼

2024/04/07 自称俳優マンション 天ぷらとカツ丼

クラシック戦線第一弾桜花賞がやって来ましたね!
そんな訳でカツ丼に、天ぷらを作りました。

こんな感じでトンカツに玉ねぎ、割り下入れて、その上に卵を落とし、蓋してコトコト煮込みます。

2024/04/07 自称俳優マンション カツ丼

こんな感じで完成。

天婦羅なんですが、海老小さいのしか売ってなく仕方なしに油で揚げて、茄子、薩摩芋、インゲン、玉ねぎ、舞茸、ピーマンなどをどんどん揚げます。
こんな感じで完成。

2024/04/07 自称俳優マンション 天ぷら

弁当式にしてカツ丼も強引に作りました。
※天つゆは別の容器にあります。

そそ、桜花賞当たりました!

2024/04/07 自称俳優マンション 競走馬コレクションぬいぐるみ

三連複700円に、三連単100円だけw。

2024/04/07 JRA 桜花賞的中

さて、来週は皐月賞か!



三万五千円に届かない金額だけど、負けるより全然マシだ。
ひょっとしたら、若香って上げマンなのかもしれないね。

いやいや、会った事もないし、抱いた事もないのに上げマンも何もないか。

どちらかと言えば、何度も抱いている中国人のリオが上げマンなのか?
恋愛感情はないが、二十代の若い女をいつでも抱けるというのは、五十二歳の男にしては中々いいご褒美に違いない。
近い内、またリオを抱きに行ってくるか、皐月賞の前にでも。

『うわー。イチローさんは天ぷらもできますか。すごいですね。作って若香に見せてください。本当ですね。それは本当に素晴らしいです。日本語の若香はまだ勉強していますね。分からないことがありますが、イチローさんにご了承ください。 朱婧瑶(端木若香)』

『若香さんがこっち来たら、好きなもの何でも作るし、また美味しい店連れていきますよ。 岩上智一郎』

そのあとおまえの身体も頂くけどな。

『本当ですね。それは本当に素晴らしいです。そうでなければ、大阪に帰るたびに若香が自分で行く。その店の美味しいものも分かりません。若香の日本語は実はまだ勉強中だからです。 朱婧瑶(端木若香)』

彼女なりに必死に日本語を打っている姿を想像した。
たどたどしい文面が逆に妙に愛おしい。

『俺なんて日本から出た事無いし、日本語以外できないですよ。 岩上智一郎』

海外には一度も行った事のない俺。
自衛隊で北海道の倶知安。
そして旅行で九州の宮崎県と福岡県…、あ、鹿児島もちょっとだけあったな。
あとはインカジ『レディ』の社員旅行で、宮古島ぐらい。

大阪も無ければ四国もない。
東北もないから考えてみれば、出不精なせいか国内でも行った事がない場所だらけだ。

『日本語の若香はまだ勉強していますね。 分からないことがありますが、イチローさんにご了承ください。 朱婧瑶(端木若香)』

『もちろんです。間違える事なんて気にしないで下さいね。 岩上智一郎』

アマゾンプライムの映画を眺める。
俺って本当に香港カンフーアクションものか、ホラーしか観ないよな。

それで年間五千円だか六千円で、映画がこれだけ見放題って、レンタルビデオ屋が全国でバンバン潰れるはずだよね。
二十歳の頃、坊主さんと二人で小銭を出し合って、レンタルビデオ店のマニアックへ行き、ジャッキーチェンの何のビデオを借りようか必死に悩んでいた時が妙に懐かしく感じた。

そういえば、ちかからあれ以来連絡ないけど、本当にどうでも良くなったな。
これも若香がちょうど入れ替えにその溝を埋めてくれたお陰。

本当なら実際に会ってイチャイチャしたいものだけど、こういうのは焦ってはいけない。
若い頃は女に苦労しなかったのに、五十を超えると男はこうも悲しくなる生き物なんだな。

今は人肌恋しくなったらリオ。
心の平安を求めるのは若香。
分離作業で孤独な日々を何とかすればいい。

彼女は洗濯をしている動画を送ってきた。
ちょっとこの辺、若香はズレているよな。
服を洗う映像なんて見て、誰が喜ぶんだよ。

『どうせなら若香さんの動画が見たい。 岩上智一郎』

『若香は今、部屋を掃除します。後ほどイチローさんに連絡します。 朱婧瑶(端木若香)』

今、忙しいのか。
あまりしつこくしても駄目だよね。

『了解しました。頑張って下さいね。 岩上智一郎』

『服を洗濯機の中に入れる。午前中は基本的に掃除を終えます。 朱婧瑶(端木若香)』

また洗濯をする動画が送られてくるが、いまいち日本語が通じないのだろう。
まあ作業をしている時に、あまり追及しても迷惑なだけか。
散歩でも行ってこよう。

自称俳優マンションを出て、大久保通りを右折。
真っ直ぐひたすら歩き、ラッキーホステルへ来た頃よく訪れた北新宿公園へ向かう。

忙しない新宿の中でも、何となく居心地のいい落ち着く空間。
初めてこの公園を発見した時を思い出す。

二ヶ月は最低でもこの近辺にいるので探索をしてみた。
車のある通りでなく、奥まった道を宛てもなく進んでいく。
「ん? 何だ、ありゃ?」
細い道を真っ直ぐ進み、突き当りを右へ曲ると見えてくる滑り台。
結構な長さだ。
その奥にはちょっとしたベンチが見える。
まさか大久保を探索中、こんな公園を発見とは……。

2020/10/27 大久保 北新宿公園

大きな公園ではないが、とても心が休まるような感じの場所だ。
目の前には野球ができるようなグランドまである。
俺は椅子に腰掛け、タバコを吸いながらしばらくゆっくりした。
新宿という喧騒とした街の中、緑に囲まれのんびり過ごす。
何だかのどかでいいなあ……。
グランド内の塀沿いに沿って歩き、入口付近に『北新宿公園』と書いてある看板を見つける。
ゴミゴミした歌舞伎町や、機械的な西口オフィス街と違い、こういう感じのところが俺は好きだったのかと、再認識した。
それにしてもあの滑り台、子供が遊ぶには距離が長過ぎて危険性があるんじゃないか?
公園なのに、小さな子供の姿が誰も見えない。
この辺り一帯を歩いていて感じたのが、フワッと身体が楽になった感覚。
ひょっとしたら隠れたパワースポットなのかもしれないな。

相変わらず誰もいないひっそりとした公園。

俺はベンチへ腰掛けると、セブンスターに火をつけた。
数少ない緑一体に包まれて、俺は景色を見ながらゆっくり煙を吐き出した。

本当はゴミゴミした都会でなく、こうした自然に包まれた場所が、俺は落ち着くのかな?
これまでメインで住んだ土地は、地元川越に、新宿が二十年以上。
あと四年ぐらい横浜で、ニ年か三年が浅草。

一番のお気に入りは横浜であるが、次にといえば北海道の倶知安だった。
あそこは雪しかない町だったが、本当に人が温かいところである。

パピリオのママや、向かいにあったジャズバーのマスターって、今も健在なのかな?
鈴木康士長は…、あの人は絶対明るく元気で暮らしているはず。

自称俳優マンションへ帰り、若香へLINEを打つ。

『お疲れ様でした。俺はちょっと散歩してから、部屋に戻り、今は映画を見ています。 岩上智一郎』

腹が減ったから、先ほど作った天ぷらでも食べるか。

『一眠りしたばかりです。イチローさんはお昼ご飯を食べましたか。 朱婧瑶(端木若香)』

『俺は今、カツ丼と天ぷらの用意してますよ。 岩上智一郎』

『いいですね。イチローさん居酒屋を開いてもいいと思いますよ。 朱婧瑶(端木若香)』

俺のはただの素人料理に過ぎない。
いくら何でも持ち上げ過ぎだ。

『俺は、若香さんが食べたいって言った時作るくらいがちょうどいいですよ。 岩上智一郎』

『だからイチローはいい男だと思います。あなたと一緒にいる女性は幸せになるはずですよ。 朱婧瑶(端木若香)』

『ありがとうございます。ずっと独身ではありますけどね。 岩上智一郎』

『うわー。違うでしょう。なぜでしょう。いい女の子に会えませんか。やはりイチローさんは独身に慣れていますね。 朱婧瑶(端木若香)』

独身に慣れるもクソもないけど、孤独よりも自由を選択した結果が今なんだろう。

『完成しました。以前付き合っていた女性から物凄く束縛されたり、格闘技時代のファンから執拗なストーカー行為あったりで、基本一人でいるのが楽なんですよね。 岩上智一郎』

彼女へ料理の写真を見せる。

『うわー。美味しそうですね。イチローさんは居酒屋を開いてもいいと思います。 朱婧瑶(端木若香)』

本当にこの子はお世辞が上手いな。

『ありがとうございます。ただ俺は、自分で作りたい時しか料理しないから、居酒屋とか向いてないんですよ。 岩上智一郎』

ベランダでタバコを吸ってから横になっていると、自然と瞼が重くなる。

『今、車で家に帰るつもりです。へえ、雨が降ったんだ。 朱婧瑶(端木若香)』

え、こっちは雨なんて降っていないぞ?
シンガポールで若香のいる場所が降っているという意味合いだろう。

『気を付けてお帰り下さいね。俺はうたた寝しちゃってました。 岩上智一郎』

『はい、イチローさん。夜はもう出勤するだろう。若香も家に着いたばかりだ。料理の支度をする。 朱婧瑶(端木若香)』

『おかえりなさい。俺は十時過ぎに仕事へ向かいますよ。若香さんの料理、繊細で見栄え美しそうですね。 岩上智一郎』

『私はまだしていません。今から料理を洗いに行きます。後でイチローさんに撮ってあげます。 朱婧瑶(端木若香)』

『楽しみにしてますね。 岩上智一郎』

やっぱりちょっと寝ておこう。
凄く眠くなってきた。
八時半だから一時間後にタイマーセットして……。

『できました。 お待たせしましたイチローさん。 朱婧瑶(端木若香)』

目覚めると料理写真付きで、彼女からのLINEが届いていた。

『美味しそうですね! シンガポールに行きたくなってしまいました。 岩上智一郎』

『はははは。イチローさんがシンガポールに来て、若香の料理を味わうことを歓迎します。ついでにイチローを連れてシンガポールの美しい景色を見ることもできます。若香が日本に帰ったらイチローさんも若香を連れて新宿を訪れることができます。 朱婧瑶(端木若香)』

おまえの身体もその時はじっくり堪能するけどね。

『そんな時間作れたら幸せですね! ゆっくり食事して下さいね。 岩上智一郎』

『はい、イチローさん。若香は先に食事をする。後であなたに言います。あなたも仕事の場所に行くべきですか。 朱婧瑶(端木若香)』

『もうちょっとしたら、仕事へ向かいますよ。 岩上智一郎』

『職場は住んでいるところから遠いですか。 イチローさんの今の仕事は夜に出勤することです。主に何を担当しますか? 朱婧瑶(端木若香)』

業務内容か……。

裏稼業のインターネットカジノの説明する訳にもいかないしな。
パソコンを使っているのは事実だし、その辺ボカシて説明しよう。

『仕事も新宿ですよ。今のマンション、大久保駅から徒歩一分なので、通勤には時間掛からないです。パソコン業務ですね。 岩上智一郎』

『なるほど。夜の仕事はまだお酒を飲んでもいいですか? イチローさんは昼間出勤の仕事を探すほうがいいと思います。夜は仕事が大変だからです。 そして体に悪い。 朱婧瑶(端木若香)』

これまで俺の身体を、ここまで気遣ってくれた異性がいただろうか?
遡ると、二千六年のクリスマスイブで別れた百合子ぐらい?

今の俺が大場系列で、早い時間だけがいいなんて要求などできないが、ちょっとだけ心の奥底がほわッと暖かくなった。

『心配していただきありがとうございます。ずっと夜というわけではなく、あと一ヶ月ちょっとやれば、昼の時間帯になりますよ。 岩上智一郎』

確か六月から中番だったよね、シフト。

『なるほど。これで大丈夫です。イチローさんの体が過度に夜更かしして具合が悪くなることはありません。若香は夜更かしはきっと体に悪いと知っているからです。 朱婧瑶(端木若香)』

どちらかというと、俺は昔から夜型なんだけどね。
コロナワクチンさえ打たなければ、未だって健康優良児のままだったはず。

『若香さん優しいですね。近くにいたら、ギュッと抱きしめちゃいそう。 岩上智一郎』

『これです。イチローさんを親友にしていますからね。付き合っている時間は短いですが。でも子供ではありません。善し悪しをはっきりさせることができるね。 朱婧瑶(端木若香)』

異性の言う親友とは、どんな間柄を指すのだろう?
子供ではないという事は、俺がそうした行為をしても嫌ではないという意味合いか?

時計を見ると、夜の十時を回っていた。
彼女とのやり取りは時間を忘れさせてくれる。

『そろそろ準備して、仕事行ってきますね。 岩上智一郎』

『はい。 イチローさん。お疲れ様でした。「若香」は今お風呂に入るつもりです。 朱婧瑶(端木若香)』

着替えを済ませ、自称俳優マンションを出る。
総武線の電車に乗ると、彼女へ連絡を打った。

『ゆっくりお風呂に入って疲れを癒やして下さいね。それでは仕事に行ってきますね。 岩上智一郎』

『はい。 イチローさん。 朱婧瑶(端木若香)』

池袋のちかのような一日二回ラリー限定の計算されたやり取りじゃない若香。

彼女とのやり取りをしながら、ちかと続いた四年間を何故俺が夢中にならなかったか分かったような気がした。
キャバクラを辞めた瞬間、手の平を返したように一切連絡が無くなるような分かり易い行動。
言葉ではいくらでも綺麗に取り繕う事はできても、そこに気持ちや心が無いのだ。

以前小説を書いていた時、俺はよく文字に魂を入れてと表現してきた。
言霊には力が宿る。
同じ言葉や文字を使おうとも、そこに魂が入っていなければ、まったく別なものになってしまうのだ。

そんな事を考えている内に新宿駅へ到着し、ゆっくり歩きながらインカジ『レディ』へ向かった。


二千二十四年四月八日、月曜日先勝。

仕事を終え、部屋に着くなり服を脱ぎ捨て布団へ横になる。
今日は何だか忙しかったなあ……。

ウトウトし掛けたところに、若香からの連絡が届いた。

『おはようございます。イチローさん。もう仕事が終わったでしょう。 朱婧瑶(端木若香)9:24』

『おはようございます。七時過ぎには部屋に帰って、ゆっくりしてました。もうちょいしたら寝るところです。 岩上智一郎10:11』

寝る前に風呂でも入ろうかな。
いや、その前にタバコを吸ってから。

今日は目の前の通りに河本マンションのゴキブリ夫婦の姿は見えない。
もっと人通りの少ない早い時間じゃないと、不法投棄活動ができないからか。

『イチローさんはまずゆっくり寝ましょう。目が覚めてからにしよう。若香も会社に着いて午前中は少し忙しいです。 朱婧瑶10:24』

『お気遣いありがとうございます。それでは寝ますね、おやすみなさい。
若香さんは、無理せず仕事頑張って下さいね。 岩上10:29』

彼女への返信を済ませ、横になると深い眠りに包み込まれた。

久しぶりに夢を見た。
以前中学時代の悪友神田とつるんでいた頃、三十分二万五千円の手相占いへ行った時の内容の夢を……。

俺が見せるのは手相…、そして事前の生年月日などの情報程度。
何を言い、どうしろと言ってくるのか?
座るよう促され、神田が横にいてもまるで気にせず鑑定を始め出す。
「ふむふむ…、あなたはこれまで色々な事をしてきたんじゃないですかね? ん、生命線が一度途切れ掛けている。一度大病をしたんじゃないですか?」
大病…、ずっと健康に生きてきた俺にとってコロナワクチン接種翌日に起きた心筋梗塞しかあり得ない。
しかも一週間後に二度目が来て、本当に死に掛けたのだ。
のっけから正直この人凄いなと思う自分がいた。
それでも自分であえて情報は言わず、黙って聞く事に撤する。
「今年の九月で五十一歳…、あなた、五十二歳ぐらいから本当に面白くなりますよ」
「面白く? どういう意味合いでしょうか?」
「方位学も兼ねて言いますと、運気が爆上がりする傾向ですね。本当に長生きもするんですねー」
「長生き? 俺、去年死に掛けたんですよ?」
「でもこうして五体満足元気で、生きてらっしゃるじゃないですか。九十…、九十八歳ぐらいまで長生きしますよ」
「そんな無駄に生きたくはないですけどね」
「本当に色々な事をやられてきたみたいですね。五十二歳ぐらいから、あなた、凄いお金持ちになりますよ。これまでの事を色々な角度から精力的に動き、そうですね…、収入も多方面から入ってきます。六つ…、いや七つぐらいから。あなたが手掛けるのは、五つ…、うん、本当に器用に色々やられるんですね」
「……」
今の俺にとっての収入源はインカジ『レディ』で働いた時間分の給料のみ。
他に副収入で考えられるのが、心筋梗塞で入院した時の高額医療制度での返金ぐらいが関の山。
「多方面ではありますが、一番真剣に頑張ったものが主軸になりそうですね」
六つか七つの多方面からそれぞれ…、しかし主軸は一つ。
小説しか考えられなかった。
全日本プロレス、バーテンダー、総合格闘技、絵画、ピアノ、小説、整体、料理。
これらバラバラの点が何故、繋がったのか?
それは文章を書く事で初めて点と点が線として繋がる実感を知っているからだ。
もちろんこの年齢になった今、戦う事は無理だ。
ピアノだってもう二十年近く弾いていない。
つまり、酒と絵と小説、そして靭帯施術と料理…、この五つが肝になってくるという事か?
そして母体となるベースは小説しかないと……。
「つまり…、また作品を書けと?」
「作家さんでしたか?」
「ええ、随分小説は書いていませんが、過去処女作で文学賞を取り、本にした事はあります」
「うん、あなたの主軸は間違いなくそこなんでしょうね」
「……」
「凄いじゃん、岩ヤン!」
「ちょっとごめん、神田は口出さないで」
三十分しかないのだ。
神田のどうでもいい感想や雑談は必要ない。
それより十年以上執筆をしていない俺が、また小説を書く?
印税も入らず、生活苦に陥り再び裏稼業へ戻った底辺の俺が?
「それと同時期…、うーん、もうちょっとあとかな。素敵な女性と知り合いますよ」
「いやいや、俺はもう五十ですよ? さすがに色恋沙汰はもう……」
一瞬池袋のちかの顔が浮かぶ。
いや、あの子は飲み屋の女に過ぎない。
それにこの先出会うと言っているので、彼女は該当しない。
「そういう普通の色恋ではなく、そうですね、あなたが真に尊敬できるような…、お互いを高め合うような異性と出会うでしょうね」
「やったじゃん、岩ヤン! いい女との出会いあるってさ」
「いや、だから神田、ちょっと黙ってて」
「つまり、これまでのあなたは停滞し命を失い掛けもしました。でも、今年でなく来年辺り…、五十二歳ぐらいから金銭的な芽が多方面から出てきて、五十三歳ぐらいですかね。素晴らしい異性と出会う。そんな結果が出ていますよ。あと長生きも入りますね」
異性…、前回神田が連れてきた渚の顔が浮かぶ。
いや、あの子も違う。
彼女は人妻なのだから。
「あと一年半後ぐらいから面白くなると? その女性って言うのは?」
「そうですね、歳はあなたより少し若くなるのかな? 十歳ぐらいの年齢差で、それでも外見というよりも、心を尊敬するような方ですね」
「……」
ちかはまだ二十代後半、渚は三十代だから、やはり該当していない。
そんな出会いがまだ俺に残っているというのだろうか?
「あ、あといい事ばかりじゃなく、六十歳で大腸癌になるかもしれないから、五十七歳ぐらいでポリープ検査しておいたほうがいいですよ。そこさえ乗り切れば、長生きできるでしょうね」
「六十で大腸癌……」
そういえば盟友斉藤弘一は、何の癌だったのだろう?
ただ癌が再発し、転移して亡くなったという事しか知らない俺。
このまとめで三十分の時間制限が来る。


目を覚ましても、あの手相占いの言葉はしっかり覚えていた。

普通の色恋ではなく、真に尊敬できるような、お互いを高め合うような異性……。

キャバ嬢のちかでも、いい加減な人妻渚でもない。
ましてや身体の関係だけの中国人のリオでもない。

あれって、若香との事を言っていたんじゃないのか?

五十二歳ぐらいから金銭的な芽が多方面から出てきて、五十三歳ぐらいから素晴らしい異性と出会う。
まだ俺は五十二歳であるが、半年もせず九月になれば五十歳になる。

「……」

でも、金銭的な芽なんて、特に変わりはないけどなあ。
携帯電話を見ると、若香からメッセージが届いていた。

『はい。 会議を終えたばかりです。 朱婧瑶11:55』

昼ぐらいに会議が終わっていたのか。
俺が夢を見ながら寝ている間に。

『おはようございます。今起きたところです。 岩上16:45』

『イチローさんはよく眠れましたか? もし香は今から会議に行きます。少し遅れてイチローさんに言いますね。 朱婧瑶16:56』

まだ会議があるのかよ、色々多忙な子だな。

『いってらっしゃいませ。よく寝ましたね。まだ寝惚けてます。 岩上16:57』

若香は会社の写真を送ってくる。

『これから会議ですね。 岩上17:08』

『はい、後でイチローさんに連絡します。 朱婧瑶17:08』

小腹が減っていたので食事をどうしようか悩む。
どこか食べに…、いや、それだと冷凍庫の作り置きのストックが全然減らないし、カレーでも解凍して食べればいいか。

ご飯を食べながら、この先の展開を考える。
三ヶ月後、若香は日本へ来るのだ。
実際に会った時のお互いのギャップはどうだろうか?

まだ数日だが、色々な事を話し、価値観の共有は済んでいる。
初対面の第一印象が生理的に駄目でなければ、必然的に上手くいくだろう。

過去の恋愛を見ると、上手く行くものは、こんな簡単に物事が進むのと驚くほど異性との仲は勝手に進展していく。
逆にこちらがいくら情念を込めようと、駄目なものは駄目。
かつて品川春美の為に絵を描き、ピアノを弾き始め、小説を書いた俺が、それは一番自覚している。

裏稼業で燻ぶったままの俺と違い、若家は大きな会社でまともに日々頑張っているのだ。
そういった面は、ちゃんと生きてこなかった自分に比べると、素直に尊敬の念を覚えている。

『イチローさんは夜何を食べましたか。 朱婧瑶19:11』

『今日は前に作って冷凍してあったカレーです。俺、冷凍庫もあるので、作った料理や食材、色々確保できているんです。まあ今日は手抜きご飯ですね。 岩上19:11』

洗い物をしながら返事をした。

『夜は食べませんか。 それは出勤時にお腹が空いているのではないでしょうか。 朱婧瑶19:14』

この辺いまいち日本語が上手く伝わっていないんだよね。
まあこのくらい目くじら立てず、温和に対応しないと。

『さっきカレー食べたばかりなんですよ。朝は昨日天ぷら作ったので、天ぷらうどん食べました。夜中はほとんど食べないですね。仕事時間も八時間くらいなので、朝になってから食べるようにしていますよ。 岩上19:21』

子供に分かり易く噛み砕いて説明するようにすれば、彼女も分かり易いだろう。

『なるほど。 夜はまだ十時に仕事に行きますか。 若香は夜、友達と金沙湾露天レストランで食事をします。 着いてイチローさんに言いました。 朱婧瑶19:29』

金沙湾露天レストラン?
全然どこなのか分からない。

インターネットで調べてみるか。

シンガポールのマリーナベイ・サンズ…、中国語だと滨海湾金沙で、露天レストラン…、屋外、テラス席のあるレストランといえば、主に地上五十七階の屋上、または地上1階のウォーターフロント(プロムナード沿い)にあるお店を指すらしい。

いまいち想像つかないけど、横浜のインターコンチのようなところで、高さがサンシャインシティぐらいと思えばいいのかな?

まあせっかくの優雅な食事の時間なのだ。
俺が口を挟むのも野暮だろう。

『友人と一緒に食事ですか。俺なんて相手にしていると邪魔になるので、ゆっくり食事を楽しんで下さい。 19:32 岩上』

『どうしてでしょう。 イチローさんは若香さんの目には唯一の異性の友達です。 邪魔になることはない。イチローさんに言っておくだけです。 夜、若香と親友は外で食事をします。 朱婧瑶19:34』

俺が唯一の異性の友達?
さすがにそれはないでしょ。
まあこっちに気を使ってくれての発言は嬉しいけど。

『光栄です、ありがとうございます。これから金沙湾露天レストランで食事なんですね。食事中かと勘違いしていました。 岩上19:35』

『これはPicotinの最上階の露天バーレストランです。 ここの三百六十度座は浜海湾の夜景を見る。 イチローさんがシンガポールに旅行する機会があれば。 若香はきっとイチローさんを連れてきます。 朱婧瑶20:01』

全然何を言っているのか分からん……。

さっき調べたホームページは違うのか?
英語だから何を書いてあるのかすら意味不明。
こっちのホームページかな?

友人と食事中なのに、俺とLINEばかりやっているのも相手に失礼だよな。
風呂でも入ってこよう。

『ありがとうございます。綺麗なところですね。俺はゆっくり風呂入ってました。 岩上20:13』

『お風呂に入ると気分がいいですね。 ここで食事をすると気分がよくなりますね。 ちょうどいい天気です。 そんなに暑くもない。 朱婧瑶20:19』

日本は四季があるけど、シンガポールってどうなんだろう?
そういえば県会議員になった先輩の須賀昭夫さんが、プロカメラマン時代シンガポールに住んでいたっけな。

『季節的に春になり立ての頃が一番気持ちいいですよね。優しい風が頬をそっと撫でるくらいの感じが。 岩上20:34』

『シンガポールには冬がないからです。 一年中夏だ。 だから気候はいいです。 朱婧瑶20:35』

一年中秋が一番いいんだけどね。

『いいところですね。日本は四季があるから環境の変化に対応するの大変ですし。 岩上20:36』

『四季があるとかえっていいと思います。 最低でも春夏秋冬を感じることができますね。 朱婧瑶20:46』

あまり食事を邪魔するのもよくない。
俺は風呂上がりにストレッチを始める。

『それもそうですね。仕事前の一時間、丹念にストレッチしていちころです。 岩上21:01』

『はい、そうです。 もし香が先に食べ終わったら。 今家に帰るつもりです。 家に着いてイチローさんにメッセージを送ります。 朱婧瑶21:05』

本当にこの子は律義だな。

『気を付けて帰って下さいね。 岩上21:13』

丹念にストレッチをして、すっかり固くなった身体を伸ばす。

『若香さんが家に着いたよ。 イチローさんは仕事に行くでしょう? 朱婧瑶21:57』

『おかえりなさい。俺はもうちょいしたらです。 岩上22:00』

その前にベランダで一服してからにしよう。

『それではそろそろ仕事へ行ってきますね。 岩上22:10』

『はい、イチローさん。 じゃあ、まずちゃんと仕事しなさい。 若香もお風呂に入ります。夜の仕事は携帯電話を見てはいけませんか? 朱婧瑶22:13』

電車に乗ってから彼女へ返事を打つ。

『時間ある時なら携帯見ても問題ないですよ。若香さんも、ゆっくり過ごして下さいね。 岩上22:15』

『一郎さんの夜の仕事は主に何を担当しますか? 朱婧瑶22:16』

うーん、また細かい事を聞いてくるな。
裏稼業なんて言える訳ないだろ。

『パソコンいじる事ですね。 岩上22:16』

『パソコンの監視ですか? 朱婧瑶22:16』

『そんなところです。 岩上22:16』

ちょっと話題を変えよう。

『あ、若香さんって誕生日いつなんですか? 岩上22:17』

『いつでも監視を見つめなければならない。 誰か来ないかなど見てみましょう。六月八日の誕生日。 朱婧瑶22:17』

新宿駅へ到着。
一駅だから二分程度であっとういう間に着いてしまう。

『了解です。記憶しておきますね。 岩上22:21』

『イチローさんの誕生日ですね。 いつですか。 朱婧瑶22:29』

駅前の人混みを掻き分けながら歌舞伎町へ向かう。
何で新宿はいつもながらこんなに人が無駄に多いのか。

インカジ『レディ』へ到着すると、店内はほぼ満席で大忙し。
俺は合間をぬって、誕生日だけ打った。

『九月十三日ですよ。 岩上23:11』

今日はもう彼女とゆっくり語り合う時間は無さそうだ。





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