シュレディンガーはたぶん猫。[第27話]
第27話
次の日、一応俺は学校に行った。あの後のパソコン室の様子を知りたかったのと、世間様やマスコミの動きを知るためと、昨日の夕方に青い顔になっていた松岡と山瀬の様子を確かめたかったのと、みずきちゃんに会うためだ。
パソコン室の備品は、予測していた通りに完全にダメになっていたらしい。そして虫に電磁力を食らわせた時のあの音と光が完全に校外にも漏れていたようで、通報を受けた警察がすぐさま駆けつけたそうだ。そして酷いありさまのパソコン室を確認。警備員の人も異様な失神状態になっているのが発見されたため、こちらも病院に運ばれたようだ。無事朝には意識を取り戻したそうだが。
「やっぱり、この辺りの土地が全体的に呪われてるんじゃないのかな?昔戦場だったとか、お墓があったとか、大災害があったとか……きっと何か、不吉なことがあったんだよ……」
誰かが噂しているのが、耳に届く。
パソコン室の大荒れと三件目の猟奇事件は、ほぼ同時刻に同じ街、ご近所で起こっている。一件目二件目の事件も同じく校区内だ。ここまで集中している以上、実は全てに関連があるのかもしれない――というのはマスコミや全校生徒・教師たちや、全く関係ない地域のヤジ馬感覚の人たちをも含めた、「みんな」が考えつくことだった。
ここ最近は見られなかったマスコミたちが、学校周辺にも戻ってきていた。それぞれの猟奇事件で姿を消したと思われる「妊婦さんじゃない関係者」たちの犯行の痕跡や事件後の足取りも、警察とマスコミが全力で追いかけているにも関わらず「誰のことも何も全く掴めない」状況のため、最近は本気で非科学的なことが起こってるのかも?と騒ぐ人が出てきているほどだ。
片山は、学校に来ていない。正直、来なくて正解だった。
「なぁ。三件目の現場のあのアパートってさ、片山の家なんだろ?宮本、お前ダチなんだから何か知ってるんじゃね?」
クラスメイトの一人にヘラヘラ笑われながら話しかけられて、俺はさすがにイラッとしてしまった。
「もし知ってても、お前には絶対言わねぇよ、バーカ」
「な……っ、危険な情報はみんなが把握した方がいいだろ!!」
言い返すとカッとなって向かって来ようとしたため乱闘になりかけたわけだが、松岡と山瀬が「まあまあ、落ち着けふたりとも、なっ?」と取りなす形でその場は何とか収まった。
昨日、そして今日新たに知らされた恐怖を、奴らはこの場を取りなすことで何とか薄めようとしている。片山はいないけどせめて俺らは宮本の近くにいような、と俺のメンタルも意識してくれている。それが分かっていても、何かに当たり倒したいような気持ちは抑えきれず漏れ出してしまう。
そしてその横で、みずきちゃんはちょっと泣きそうな顔になりながら、ただ黙って俺を見守っていた。
みずきちゃんは昨日用事があって早めに帰ってしまったから、昨日起こったあらゆる事件を友達からの連絡やニュースやネットのみで後から知ったらしい。三件目の事件が報道に乗った頃にスマホに電話が来て、でも俺はまだ混乱がひどくてうまくその場では説明できずに、「明日の放課後聞いて欲しい」とだけ伝えて通話を切ってしまっていた。
そしていざ登校してみたら、街中も校内も騒然となっていて、当の俺はコレだ。尋常じゃない機嫌の悪さと暴力性を隠さない態度。こんなの怯えても当然だ。けれど、申し訳ない気持ちはありつつも、今の俺はあまり抑えがきかない。
何とか放課後になって、俺は黙ったまま通学かばんを手に足早に教室を出る。その後ろを、慌ててみずきちゃんがついてくる。でも、みずきちゃんには何の非もないんだ――校門を出てから十分程度歩き、マスコミの姿があまり見えなくなった頃合いで、俺はやっと意識して早足をやめた。
ちゃんと、みずきちゃんにも説明したい……。
俺は会話に適した場所を考えた結果、カラオケ店の個室を選ぶ。せめて大きく漏れた演奏音や他人の歌や、薄暗い環境あたりが、痛々しい会話の中身や俺の表情をうまく隠してくれるといい、と考えて。明るくて人が多い、ファミレスやファーストフードの店あたりで語る気は決してなかった。
「何が、あったの……?」
店員さんがドリンクを運んできて、出て行った。そのタイミングで、ようやくみずきちゃんは訊ねてきた。恐る恐るという口調で。「良くない話」なのは既に分かっているから。
「三件目の猟奇事件。みずきちゃんも、もう知ってるだろ」
話し出すと、こくりと頷きが返って来る。
「あれで片山が実の姉みたいに慕っているお姉さんが、失踪して。たぶん、他の事件の人と同様に、戻ってこない」
川島さんと約束したので、その現場を実際に見たとは、絶対に言えない。そして、それは俺たちが事件を阻止できなかったせいでそうなったんだとも、言えない。
いっそ全てをぶちまけて軽蔑された方がまだマシかもしれない、なんて思ってしまう。ふいにアッコさんの最期の笑顔と、そして「初めての時」の記憶の欠片までもが、この脳裏を過ぎっていく。彼女に対してこんなふうに一部を隠して「過去の女の人」のことを話している俺は、最低な男だろうか。
「……そう、だったんだ。だから片山くんが今日欠席だったり、二組の人までわざわざうちの教室に来て、そのことを政信くんにしつこく訊いてきたりしてたんだ……」
みずきちゃんは「ようやくその辺りの事情が分かった」という表情になった。今日一日、俺に話しかけてくる奴はほぼ全員、片山の情報を何とか得ようとしていて、結構強引な態度だったのだ。それ以外の、こっちのメンタルを気にして遠慮できるまともな奴は、基本話しかけてこなかった。
「話したこともある、知ってる人がそうなったから……なんか、すごく、しんどい。片山ほどキツくないとしても、俺も」
言いつつも、あえて出せない情報があることも、意識する。
ああ――アッコさんについて、虫について、猟奇事件の真相について、みずきちゃんに話せないことがこんなに大量にある。こんなあやふやなふうにしか、状況を言えない。好きな子に嘘なんてつきたくないのに、言えないことが多すぎる。
「年を取ったおじいさんやおばあさんなら、まだ、そういう順番だって考えられる。けど、もっと若い人、俺らより少し上くらいの人がそうなることは、考えたことが、なくて」
俺にはアッコさんがとても強い、無茶苦茶頼れる女の人に思えていたから、そんな強そうな人があんなふうにあっさり消えてしまうなんて、思ってもいなかった。
アッコさん本人が自ら「長生きできなそう」と自己申告していたにも関わらず、「またまたー」みたいな、そんな冗談ふうにしか俺は思ってなくて。
俺がもっとちゃんと虫退治してたら、そうならなかったかもしれなくて。間接的には、俺のせいかもしれなくて。もっと早い段階で全部の虫を速攻で殺し尽くしていたら、こんなことにはならなかったのかもしれない。俺が俺のわがままでのんきに虫を育てたりしていたから、遊びみたいに考えていたところがあったから、アッコさんやそのツレの人を巻き込んで、片山までも、傷つけたのかもしれなくて。
アッコさんは片山に気兼ねさせないようにと、あれだけ最期まで苦心していたのに。なのに、ずっとクソみたいな報道が流れてくる。アッコさんたちが必死に伏せていた墓場に持っていきたかったことさえも、乱暴に赤の他人に暴かれる。
「LGBTQ?の人たちの、痴情のもつれ、ってやつ?」
「今回いなくなってる犯人の女の人って、すっごい男をとっかえひっかえしていたらしいじゃない?正直、事件に巻き込まれただけなんだとしても、全く同情できないっていうか」
「えー、でも、そんなすぐヤらしてくれる女の人なら、もし生きてたら俺ともワンチャンさぁ~」
「被害者の人、妊婦なのに常に男装、って一体どういうことなん?男か女かはっきりしろよ。都合良くどっちでもいいとこ取りしてんじゃねぇよ」
そんな世間様の物言いは絶対に片山のことも現在進行形で傷つけているだろう。まさか、俺がただ知りたいと思ってやったことがここまで連鎖して、こんなふうに、周囲のみんなが傷つけられることになるなんて。
そんなこと、望んでなかった。そんなことが起こるなんて知りたくなかった。
巻き込みたくなかった。巻き込んでしまった。
みずきちゃんにそっと抱きしめられた。背中に両手が回っていて、宥めるように撫でている。とても優しい感触だ。
人としてとても正しく、理想的なできた彼女らしく、彼氏を思いやってくれている。それなのに。何かが足りない気持ちになってしまうのは、一体何でなんだろう。「人に触れたり触れられたりすることでしか得られない栄養」はそれできちんと取れているはずなのに。
俺が今、本当に欲しいのは。そういう包み込んでくれるような優しいものじゃなくて。もっと全然違う、いっそ甘さとは全く逆のものかもしれなくて。
きっと、詰ったり、詰られたりの、「暴力」。
――一度くらいは、試してみるのもあり。
アッコさんの声が耳の奥に蘇る。俺はみずきちゃんの背中に両手で触れた。きっと普通に抱きしめ返されるだけだろうと、みずきちゃんは思ってると思う。でも。
けれども、結局、俺は「そう」はできなかった。
それより先に、顔の輪郭が、ぐずりと崩れるような気がする。その位置から黒い変異が溢れるみたいに吹き出して、それは自然とみずきちゃんの全身を取り込もうとして蠢く。
ああ。だめだ。もう、だめだ。やっぱりだめだった。その完全に引き攣った怯えに満ちた表情に、俺は悟ってしまった。
彼女は。俺の本性も、きっと受け入れられない。こんな程度のものよりもっとグロテスクなものなんて、きっと無理だ。
「……ごめん。別れよう」

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