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シュレディンガーはたぶん猫。[第25話]

第25話

 足早に歩き、虫がいるなら殺していくつもりで進む。しかしやけに今は敵の姿が見当たらず、俺は少し不思議な気持ちのまま、片山のアパートの前に辿り着く。すると、アパートの階段の一番下に片山が腰かけていて、その辺りには、見たことがない勢いで大量の猫がたむろしていた。

「……何やってんだ、お前ら」
『ふっふっふ。圧倒的だろう、我が軍は!!』

 呆れている俺に、シュレは得意げに話しかけてくる。どうやらこの猫たちは奴が集めたものらしい。

『あの学校をぐるっと取り囲む形で、この地域のノラ猫たちに虫を追い込んでもらったのだ。ちょくちょく猫集会に参加したりなどして、この街のボスをやっている銀太郎に顔を繋いでもらってな。彼らが尽力してくれたおかげで、今全ての第三世代の虫があの学校にいる』
「えっ、普通にすごいな、猫たち。てか、猫集会で顔繫ぎって、お前……。たまに姿見かけねぇ時あると思ってたら、影でこっそりそんなことしてたのかよ」

 なるほど、それで道中には全く虫がいなかったのだ。褒められたシュレは「ふふん、そうだろう、すごいだろう」とばかりに得意げだ。尻尾?がピンピンと伸びている。

『人海戦術ならぬ、猫海戦略だな。そしてカタヤマの虫を殴る戦い方を参考にした』

 地球の生物では、何でか猫のみが、素粒子体のラ・ルエガの姿をナチュラルに追うことができる。それはもう分かっていたのだが、まさかここまでの機動力が発揮できるとは。

 猫は、五十匹ほどはいるだろうか。全員がしっかりありつけるようにと、紙の小皿をいくつも用意した状態で餌とおやつが配られていた。給仕係の片山の手によって。お仕事が完了した後のご褒美ご飯は格別に美味いようで、全員がガツガツと勢い良く食っている。

 猫一匹一匹を守るようにバリアーがつけられていて、それには猫自体は全く傷つけない形でごく微弱な電流が通っていた。猫パンチを食らわすと、自然と感電する形で虫を無力化できる、という仕組みと思われる。素粒子体に手を加える代わりに「猫の爪や牙を中心に、鎧のようにシュレの素粒子体を纏わせる」ことで効果を発揮させる形式のようだ。要するに、片山が毎度何にも考えずにやっている「手や足に力を纏わせた状態で蹴ったり殴ったり」の喧嘩殺法をしっかり分析した上で猫用に変換した、ということのようだ。

 お世辞でなく、これは確かに強い。片山ほどの威力はなくとも、数の力があるところに「圧倒的な軍」みを感じる。人の目にも触れにくい、例えば狭いところなんかに逃げ込んだ虫でも漏れなく追えるだろう。

 そんな奥の手を出してくるあたり、シュレも今日は一段と気合いが入っているようだ。分からんでもない。だって、第四世代が新たに誕生する前に、学校に集められているらしい全ての第三世代を倒し切ってしまえば、もうそれで全ての虫との戦いが終わる、ということなのだから。

 あとは俺が、最後に手元の始祖蝶を殺せばおしまいだ。

 果てなき戦いの日々だと感じていたが、遂にここにきて終わりが見えてきた。最高だ。

 そんなとても前向きな気持ちで、俺たちは学校へ向かった。
午後八時過ぎ。目立たないように心がけながら、裏門から敷地内に忍び込む。目下の問題は配備されている警備員さんの目をどう誤魔化すか、だったのだが、それは片山が警備員室に忍び込み、背後から捕まえて無力化してくれた。

 背後から羽交い絞めした状態で素粒子体を弄り倒す、という、まさに「素粒子体で堕とす」みたいなやり方で。

「……やり過ぎじゃね?」
「朝まで動けなくなってもらうには、ちょうどいいだろ」

 容赦なく堕とされて「はへぇぇ」とか呟きながらピクピクしている哀れな警備員のおじさんを、俺はちょっとキツい気持ちで眺めたわけだが、片山本人は全く動じていない。どころか、しばらく弄りながらも「大体、俺の親と同じくらいの年齢なんだよな?この人。お父さんってこんな感じか?」とか真顔で訊いてきたわけで、「本当にコイツ、老若男女問わずの底辺貞操、その上、常識が欠片も育ってない人間なんだなぁ……」としみじみする。

 お父さんかな?じゃねぇよ。通りすがりの赤の他人からもののついでみたいに「お父さんみ」を摂取しようとすんな。

 俺は「一般的な息子はお父さんを相手にえっちなセクハラはしません。おじさんの性癖が無駄に狂わされるから、これ以上はやめときなさい」などと言い置いて、やめさせた。

 いや………なんでこの俺が、コイツを父親みたいにしつけしなきゃなんねぇんだよ……。うん、まだ誰も全くその辺りをしつけてくれてねぇからだよな、分かるわ。

 俺にまで「お父さんみ」を出させようとすんなや、こん畜生。こんなヤバい息子は嫌だ――いや待て、そもそも普通の父親はこんな教育を息子にしないな……俺もされてないな。

 その後、すぐに俺たちは警備員室を出て一度外に戻る。

『よし、まずは外に溜まっている虫からだな』

 夕方に山瀬たちの前でパソコン室ぴったりに虫かごを作ったわけだが、シュレは猫たちの助力を頼んだ際、さらに校門や塀などの敷地の領域に沿っても虫かごを作ったらしい。せっかく集めた虫がパソコン室で合流してしまわないように仕切りつつも学校内には留めたい、という目的を果たすために。

 なので、まずはパソコン室の外にいる虫をシュレの音真似で校庭におびき寄せて倒すことにする。まだあまり餌の素粒子を体内に溜め込めていないのか、幼虫って感じのものばかりが集まってきた。生誕時の早めの段階でしっかり半分くらいは駆除できたのが、功を奏している気がする。

 サンプルとして捕らえたもので事前に確かめておいた通りに、やはり機動力は第二世代よりも上がっていた。が、「こっちの力が全く通じない」ほどの変異はされていない。
いける。読み通りだ。

 俺たちはさして苦労せず、どんどん駆除を進めていく。やがて、外にはもう一匹の虫も残っていないことが、シュレのレーダー検索で確かめられた。

「うっし、あとはパソコン室のみだな……」

 片山も口走り、パキパキと指の関節の音を鳴らしたりなどして、気合いを入れ直している。

 いよいよ本丸だ。

 俺たちはようやくパソコン室に辿り着く。相変わらず、窓越しにグレーの虫かごの色味。その奥に赤みの虫が漂っている。が、もう夜なので暗い分、グレーはより闇色に近く、また赤はいっそうドス黒い赤にも見えた。

 足を踏み入れる前に、虫かごのグレー色を薄めて室内を覗いてみる。すると、真正面の一番遠い壁際にひときわ大きい虫が一匹、くっついているのが見えた。他の虫の十匹分くらいの大きさだ。単純にそのくらいの量の素粒子体がゴソッとくっついた、という感じに思える。そしてその虫を囲むように、外でも遭遇したのと同じ程度の大きさの虫が、おそらく百匹くらいか、ウゾウゾと近侍のように控えている。

「餌食って共食いして成熟期に至ることのみに集中する少数の虫と、それを守る攻撃特化の大多数の虫、の分業制かな」

 取っておいたサンプルを観察した結果、そして校庭での観察結果も踏まえると、俺の予測はこんな感じになる。

 最初に第三世代を見た時に「蜂みたいなフォルムだ」と感じたのは、そんなに外れではなかったらしい。蜂ほどに女王がいて働き蜂がいて、というような完璧な洗練はされてないが、確実に分業で効率性を上げようとしているっぽい。時々ゆうらりと虫かごのキワを飛んでいるのは、哨戒か。このパソコン室は夏休みの最終盤から今日まで、約一週間ほどで完全に「巣」として出来上がってしまったらしい。

「俺らがこの中に少しでも入った瞬間から、すぐに攻撃が始まるはずだ。あの一番成熟進んだでかいのが磁場を作ってる」

 おそらくシュレがやるのと同じ感じで、索敵可能だ。あの成熟期に一番近いリーダー的な虫が索敵情報を瞬時に他の虫に伝えて、その位置にドッと殺到する。そういう戦い方。

「なら、一撃必殺。速攻で終わらせないとな。反撃食らえば食らうほどきつくなるぞ」
『まずは攻撃系の虫を麻痺させて動けなくして、その間にあのでかい奴を殺す。そして残った虫を潰す。これだな』

 俺たちの中で「手早く一瞬のうちに、しかし確実に終わらせる」という方向が固まった。

「俺が電撃を部屋全体に食らわすから、デカ虫は片山、残りはシュレが潰す。これでいけるか?」
「了解」
『任された』

 役割も決まり、俺たちは少し沈黙してタイミングを計る。
 ――今だ。

 俺は室内全域にくまなく行き渡るように電磁力を放つ。途端、バババババッ!!と抵触した虫たちがショートして、もののついでに電灯やバソコンあたりも、のきなみ破裂したり逝ったりしたかもしれない。

 わぁ、先生たち、マジでごめんね。虫に実際に食われるよりはマシと思うから、呪いとでも思ってここは諦めて欲しい。

 そして身動きできなくなった虫を、シュレが一気に網でさらって一か所に集める。そのまま網をひとつの、一ミリにも満たない小さな点まで強く凝集させることで、キュッと押し潰した。くちゅっ、と小さな煙のように素粒子残滓が散る。

 最後は片山がその拳を、一番でかい虫へと勢い良く叩き込んだ。同時にバチバチと放たれた電撃に、デカ虫はキィィィィ、と悲鳴のような、断末魔のようなものを上げている。

 いける……っ。
 そう全員が確信した瞬間だった。



[つづく]

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