『終わりの音を聴いた少年①』
あらすじ
この世界は、誰にも気づかれないまま、静かに滅びに向かっていた。
けれど唯一、12歳の少年ルイだけが、「世界が終わる音」を聴くことができた。
それは、“あと13日でこの世界は終わる”という音のカウントダウンだった。
周囲の誰に話しても信じてもらえず、理解もされない。
絶望しながらも、ルイはたった一人、世界の終わりを止める旅に出る。
その途中、彼は様々な存在と出会う。
風の魔法使い・アルト。
音を視る少女剣士・リナ。
そして、人の心の闇を象徴する「十三番目の影」。
旅を通してルイは気づく。
この世界を終わらせる原因は、外的な災厄ではなく――
人々が“聴くこと”を忘れたこと。
自然の声、他者の声、そして自分の心の声すら、
誰もが無視するようになった。
“聴かれなくなった世界”は、やがて音を失い、命を失い、終わってしまう。
ルイは最後の場所、「時の塔」で究極の選択を迫られる。
第1章 終わりの音
僕がその"音"を聴いたのは、いつもの帰り道だった。
学校のチャイムが鳴り終わり、友達と別れ、ひとりきりで歩く坂道。どこにでもある、何の変哲もない風景の中に、奇妙な"音"が混じった。
――カチ、カチ、カチ……
まるで巨大な時計の針が空に浮かんで、世界全体を刻んでいるような、不気味な音だった。
立ち止まって、耳を澄ませた。 誰もいない。車の音もしない。鳥の声もしない。 けれど、その音だけは確かに響いていた。
"あと、十三日"という言葉が、なぜか頭の中に浮かんだ。
意味は分からない。でも、なぜか確信があった。 この世界は、十三日後に終わる。
名前はルイ。12歳。小学6年生。 そんな僕が、世界の終わりを止めなきゃいけないなんて、誰が信じるだろう。
帰宅後、母に話した。笑われた。 友達に話した。変な顔をされた。
"気のせいじゃない?" "ストレスかな?"
誰も、信じてくれない。
夜。布団の中でも“音”は、耳の奥で鳴り続けていた。
――カチ、カチ、カチ……
何度も枕をひっくり返し、布団にくるまり、耳を塞いでも、止まらない。
まるで僕の中に入り込んで、心臓の音と混ざっているみたいだった。
眠れぬまま朝が来た。鏡を見ると、目の下にうっすらとクマができていた。
学校ではいつも通り授業が進む。笑い声もあるし、廊下を走る音もする。でも、僕の頭の中では“カチカチ”が鳴り続けていて、世界が壊れかけているように感じた。
昼休み、図書室で「終末予言」の本を探した。ノストラダムス、マヤ暦、古代の神話。たくさんの終わりが、過去の人たちに語られてきたらしい。でも、どれも「こうなるかも」という話ばかりで、「13日後に終わる」なんて具体的なことは、どこにも書いてなかった。
ページをめくる手が止まったとき――
誰かが僕を呼んだ気がした。
「ルイくん」
振り向いても、誰もいない。
でも、その瞬間、背筋に冷たいものが走った。
その“音”が、はっきりと近づいてきたのだ。
――カチ、カチ、カチ。
しかも、今度は音に“声”が混ざっていた。
「はじまりは、坂の上」
僕は思わず本を落とした。
“坂の上”――昨日、あの音を最初に聞いた場所。
世界の終わりが、そこから始まる――?
僕は立ち上がった。
図書室を飛び出し、誰に声をかけるでもなく、ただ、自分の足で、あの坂へ向かった。
そして僕の、“13日間の戦い”が始まった。
とはいえ、僕には何も武器がない。
特別な力もないし、大人の知識もない。
ただ、あの音が聴こえる――それだけだ。
坂の上に着いた。
昨日と同じ風景。夕方の光が、校舎の影を長く伸ばしている。
でも、昨日とは違う。
僕の耳が、世界の“裏側”を探し始めていた。
カチ、カチ、カチ……
今日の音は、少し速くなっていた。
「……減ってる」
無意識に口から出た言葉に、自分で驚く。
まるで、僕の中に別の誰かが住んでいるみたいだった。
そのとき――
風が、止まった。
時間が、ほんの一瞬、凍ったような静けさ。
空気がぴたりと動かなくなり、僕の周囲だけが切り取られたように感じた。
「……あなたも、聞こえるの?」
背後から、声がした。
振り向くと、制服の女の子が立っていた。
見覚えがある。クラスは違うけど、同じ学年の――たしか、七瀬ミユ。
「え……?」
「その音。聞こえるでしょ?」
彼女は、まっすぐ僕を見ていた。
怯えているわけでも、笑っているわけでもない。
ただ、“知っている者の目”をしていた。
「昨日から、ずっと。ねえ、ルイくん。どうして止めようとしてるの?」
「どうしてって……」
「もう、止まらないかもしれないよ」
その声は、冷たいわけじゃなかった。でも、どこかあきらめのような響きがあった。
「……終わるのを、見届けるしかないって思ってた。でも……あなたが動いたから、少しだけ期待した」
彼女は言った。
「私は、“十二日前”に聞こえ始めたの」
心臓が跳ねた。
“十三日前”じゃない。
僕より一日、早い――?
「どういうこと……? 君も音を?」
「ええ。でも、私には“あと十四日”って聞こえた。今日は、残り十三日目。あなたが聞いた“十三日”と、ぴったり重なってる」
2人だけの静寂の中で、また音が鳴る。
カチ……カチ……カチ……
「きっと、他にもいる。聞こえてる子が」
「……どうやって、止めればいいの?」
僕の声は震えていた。でも、その震えに、彼女はうなずいた。
「それを探すために、13日間あるんだよ」
その瞬間、あの音が変わった。
カチ……コ……カチ……コ……
音の合間に、もうひとつの“音”が交じっていた。
「これは……なに?」
「“扉の音”。最初の扉が、今日、開く」
扉? どこに? 誰が? 何のために?
ミユの目が、遠くを見ていた。
「……ようこそ、終わりの音へ。これが、“世界の終末時計”の、第一の鐘」
彼女がそう言った瞬間――
頭の中に、鐘の音が、鳴り響いた。
――ゴォォォォン……
空は夕焼けを裂き、まるで世界のどこかで巨大な鐘が本当に鳴ったかのように、僕の鼓膜が震えた。
そして、世界が、ほんの少しだけ“傾いた”。
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