前原雄大さんとの思い出「牌想い 笑み咲きほこれ 華ふぶき」黒沢咲連載コラム、No.13!
近代麻雀読者の皆さん、こんにちは。日本プロ麻雀連盟の黒沢咲です。MリーグではTEAM雷電に所属しています。
(#1、#2、#3、#4、#5、#6、#7、#8、#9、#10、#11、#12)
2025年10月12日、日本プロ麻雀連盟の大先輩である前原雄大プロがご逝去されました。
これまで数えきれないほどのタイトルを獲得し、対戦相手はもちろん、観戦者たちをも震え上がらせたその圧倒的な麻雀は、まさに「地獄の門番」という異名にふさわしいものでした。

私が初めてお会いしたのは、おそらく神楽坂の「ばかんす」という雀荘だったと思います。
当時は放送対局がほとんどなく、鳳凰位決定戦をはじめとするタイトル戦の決勝は街の雀荘を貸し切って行われていました。観戦は自由で、誰でも間近で対局を見ることができ、選手たちは人だかりの中で熱い戦いを繰り広げていました。
私はプロテストに合格したばかりの頃から、勉強のためにさまざまな対局に足を運んでいました。
その日、前原さんは当面のライバルに跳満を放銃し、「この半荘のトップは厳しいか…」という空気が漂い始めた矢先、次局に信じられないような大物手を作り上げ、リーチして一発でツモり、三倍満をアガったのです。
日本プロ麻雀連盟の公式ルールは一発も裏ドラもなく、三倍満などそう簡単に出るものではありません。それを力強く、しかも当たり前のようにツモアガる前原さんの姿を見て、「麻雀が強い」とはこういう人のことを言うのだと、心が震えました。

当時の前原さんはまさに無双状態。どんな相手でも片っ端からなぎ倒すような圧倒的なパワーにあふれていました。
他家が②をポンしているのに、嵌②待ちでリーチをかけ、それを一発でバチーンとツモる。そんな「常識はずれ」とも言えるアガりを何度も見せられたものです。
「それはいくらなんでも無謀だろう」と思う場面でも、そんな外野の考えを一瞬で吹き飛ばすような威力があり、前原さんはいつも観ている人を驚かせていました。
ここから先は
この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?
