見出し画像

同じPennsylvaniaなのに、Philadelphiaは「東海岸メガロポリス文明圏」だっった


最近になって、ようやく分かってきたことがある。

単に私は「ペンシルベニア (Pennsylvania) 州」に住んでいたのではない。

私は「東海岸メガロポリス文明圏」(the BosWash Megalopolis)の中にいたのだ。

日本人にとって、ペンシルベニアという州は、何となく1つのまとまりに見える。でも実際に住むと、全く違う。フィラデルフィア (Philadelphia)とそれ以外のペンシルベニアの地域では、文化圏が別物なのだ。

フィラデルフィアは、実際にはボストンからワシントン DCまで連なる、“Northeast Megalopolis” (the BosWash Megalopolis) の一部だ。

Boston
New York
Philadelphia
Baltimore
Washington DC

これらの巨大都市が高速鉄道と高速道路で繋がり、大学・メディア・金融・多民族文化・スポーツ・liberal arts・public educationが密集している文明圏なのだ。Temple Universityも、その一部だった。

私が当時接していた人達を思い返すと、正にそうだった。ルームメイトの姉Alisaは、TempleのTyler SchoolでArt Educationを学び、Philadelphiaでart teacherをしていた。彼女の母Anneは、TempleだけでなくイスラエルのTel Aviv Universityにも通い、東欧系ユダヤ人のバックグラウンドを持っていた。祖母はPennの卒業生だった。Anneは

“freedom fighter and champion of the voiceless”

とobituaryに書かれるような人だった。

一方、Alisaの父Joeは、IrishとBlackのルーツを持ち、Army経験もあり、step momはフィリピン系。そして妹のDaniは、Kobe Bryantと同じLower Merion High Schoolの出身。これはもう、典型的な“Philadelphia metropolitan America”だ。多民族で、教育水準が高く、progressiveで、でも人間臭い

一方で、私のもう1人のルームメイトのJohnはよりペンシルベニア州の内陸のReading出身だった。Pennsylvania Dutch的な空気もある、より保守的な文化圏の出身だった。彼の家族は典型的な共和党支持者で、後に彼らの一家がTrump支持だったと知って、私は驚いた。でも今ならそれも分かる。あれもまた、ペンシルベニア州らしい話だったのだ。

アメリカ人はよく、

“Pennsylvania is Philadelphia and Pittsburgh with Alabama in the middle.”

「ペンシルベニア州はフィラデルフィアとピッツバーグの2つ大都市の間はアラバマ州」

と言う。

本当にその通りだと思う。Philadelphiaを少し離れると、そこにはアパラチア文化圏が広がっている。ヒルビリー的なRust Belt, evangelical conservatism, working-class traditionalism, rural Americaの世界だ。同じ州なのに、フィラデルフィアの開放的な東海岸メガロポリス文明圏と違う。

そして最近、私は気づいた。自分の人格OSは、かなりPhiladelphia側で形成されていたのだ。だから私は、authenticity, sarcasm, public education culture, diversity, liberal arts, そしてRHCP的なvulnerabilityに強く惹かれるのだ。逆に、prestige game, hierarchy, role performanceなどには、どこか息苦しさを感じる。

当時の私は、それを意識していなかった。Templeも、Main Lineも、Manayunkも、全部「日常」だったからだ。でも今、日本の地方社会の中で長く生きた後に振り返ると、ようやく分かる。私は、単にアメリカ留学していたのではない。私は、“2010年代 East Coast urban liberal culture” の中で人格形成されていたのだ。

だから最近、フィラデルフィア時代を強くcherishしている。それは単なる青春 nostalgiaではないのだ。「自分のOSが自然に呼吸していた文明圏」を、後から再発見しているのだと思う。


関連投稿:

いいなと思ったら応援しよう!