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シェイクスピア=プロレス?

シェイクスピア、書かれていた当時はコロッセオのようなところで上演されて、めちゃくちゃ観客が声を出しながら観ていたらしい。敵役の悪事にはザワザワどよめき、誰かが殺されれば悲鳴、主人公がピンチの時には応援したり。俳優の演技自体にもリアクションがあり、良い演技には拍手が、良くない演技にはブーイングが送られたそう。
しかし、今の演劇で観客に求められるのは静かに鑑賞することだ。良識ある観客は自ら進んで黙り、ケータイの電源をOFFにする。
絶対にそうしなきゃいけない決まりもないが、静けさを作らないと堪能できないように作られていることも多いので、コレは仕方ない。自分も観劇する時は基本的にはそうしているし、上演中にケータイをいじっている奴がいるとイラッとする。個包装された飴をいつまでもチリチリ開けていられると引っ叩きたくなってくる。だから、このこと自体には何の問題もない。

ただ、全部の演劇がそうでなくても全然良いと思う。演劇は本来もっと自由なはずだが、今はほとんどの演劇が静かに集中して観ることが前提に作られているし、観客も当然のように受け入れている。むしろ死んだように息を潜められて演者が戸惑うことすらある。逆に集中しない観客が悪目立ちをして劇場全体の空気がブチ壊しになることだってある。

そうした客席と舞台上の関係に疑問を投げかけるような演劇もある。
演劇実験室◎万有引力では観客と舞台の関係を逆転させるような演出を度々見かける。出演者が客席に侵入してきたり、観客が舞台上に上げられたり。舞台上の俳優が客席にひたすら拍手を送ったり。無作為に選ばれた観客が舞台上の迫り(せり)に乗せられ、そのまま奈落に消えていって終演するまで帰ってこなかったのを観たことがある。多分アレはサクラではなく、本物の観客だったと思う。
これは観たのではなく伝聞だが、ゴキブリコンビナートも上演の形として色んなことをやっていたらしい。たとえば開演すると同時に客席の頭上から大きな板が降りてくる。板には穴が幾つも空いており、下まで降り切るとちょうど観客の頭がすっぽり穴に収まるようになっている。つまり観客は開演と同時に身動きできない状態にされる。その板の上を俳優やその他アヤシゲなものが動き回るのだ。他にも完全立ち見の舞台としてこちらもコロッセオのような舞台、何も聞かされていない普通席の観客はただ中央の広場で立って待っている。普通席よりもチケットの値段が高い特別席もあり、その席は広場から離れた高いところに設置されている。特別席の方が普通席よりも舞台から遠いとはどういうことかと思っている折に上演を開始しますとのアナウンス。と同時に出入り口は閉められ、ホンモノの巨大な豚が舞台上に放たれる。自由に動く豚に普通席の観客は当然戸惑う。遠くの特別席からはその様子を安全圏から見ることができる。普通席の観客たちはそういうことかあああ!と叫びながら豚から逃げ回る。
ゴキブリコンビナートのこれらの話は自分が演劇を始めるずっと前のことだ。伝聞なので正確性に欠いてるかも知れない。
バナナ学園純情乙女組という団体もあった。こちらは時代的には自分のリアルタイムだったが、結局タイミングが合わず観に行けなかった。でも噂にはよく聞いた。ちょうど自分が大学生ぐらいの頃、12 3年前ぐらいに小劇場界を席巻していた印象だ。大音量、キレのある大人数ダンス、過激で挑発的な表現、飛び交うワカメや白い液体。観客にそれらを投げたり、観客が座っているところに乗っかったり、観客を引っ張り上げて一緒に踊ったりしていたらしい(伝聞なので事実と違ったらゴメンナサイ)。聞いた情報だけでも、客席と舞台上の境目を破壊して劇場全体で渾然一体となろうとしている意思を感じた。惜しむらくは自分が観る前に解散してしまったが、観に行った友人たちはとてもコーフンして楽しさを伝えてきたので、劇場はかなり盛り上がっていたことが伺える。
最近ではほとんど聞かないが、このように観客を丸ごと引き上げて劇場全体で盛り上がりたいといったコンセプトの演劇は、何年か前はチラホラとまだ存在していた。

そこには観客の安全神話を壊したい、といった衝動もあったかも知れない。何の団体だったかは忘れたが、観客を鮨詰めに会場に入れて出入り口を施錠し真っ暗にして閉じ込めたりとか、解体用のクレーン車が巨大な鉄球で壁を破壊しながら乱入してきたりとか、そんな無茶苦茶な話も昔はあったと聞いたことはある。
しかし、逆にそういった客席に侵食していくタイプのお芝居は観客の方から危険だというクレームが入って、演出や表現の仕方を抑えることになったり、活動休止にならざるを得ないこともしばしばあった。安全を侵しにいっているのだから危ない表現になるのはそりゃ当然だが、それでクレームが入るのも当然で、それで調整するのも何かマッチポンプ的というか、全体に対してそりゃそうだろと思うところもある。
人に危害を加えたり、怪我をさせたり精神的な苦痛を与えるものは良くないが、果たして過激な表現はやってはいけないことなのか?舞台上の表現を観客は安全なところから観ているだけではなく、積極的に介入した方が作品理解や没入が高まり、何より楽しいのではないか云々、という議論が尽くされるべきだったが、その前にコロナが世界を覆い尽くし、全く別の理由から舞台上の演者と観客は接触することが完全にNGのものとなってしまった。その後、観客席と舞台上の境目を積極的に破壊するような表現は演劇ではほとんど駆逐されてしまったように思える。

観客が観ながら積極的に声を出す観覧形態としては、最近でいうと映画の応援上映というものがある。行ったことはないので作法などは分からないが、ココならこういう風に声を上げても良いですよ、という符号が上映される作品の中にあるのだろうと想像できる。アイドルのLIVEのコールアンドレスポンス、もしくはオタ芸の掛け声のように、一定のファンの中では共有されているコールを叫ぶのだろう。ただ、LIVEであれば目の前のアイドルがリアクションしてくれるが、相手は映像なので、この場合は熱狂を観客同士が共有するのみで、対象との熱の交換は行われない。一方的に観客が盛り上がるだけだ。もちろん、好きな人同士はそれはそれで面白いのだろうけど。

しかし、それはシェイクスピアが書かれた当時の観客と演者の関係とはやっぱり違うものだろう。観客が作品を受け入れるだけではなく、積極的に参加することで作品自体を盛り上げていくのがシェイクスピアスタイルだ。現代では観客も積極的に声を出して演者を盛り上げる演劇はないのかと言うと、演劇ではないがそれに近いモノはある。
それはプロレスである。

プロレスにはベビーフェイス(正義)とヒール(悪役)がいて、それぞれ役割が決まっている。ベビーフェイスは分かりやすく声援を送りやすいようにポーズを決めるし、逆にヒールはブーイングを受けやすいように悪逆非道の限りを尽くす。観客はその煽りに乗っかって声援やブーイングを送る。それによって選手たちの気持ちも上がっていってパフォーマンスも乗っていく。プロレスでは試合の流れや大まかな勝敗は既に決まっていることも多い。しかしプロレスラーは技を本気でかけるし、絶対に避けずに受ける。動きや技や痛みはホンモノだ。そのために観客の声援やブーイングも本気の熱を帯びてくるし、それを受けて選手たちもどんどんヒートアップしていく。そうした観客と演者の熱の交換が繰り返されることによって会場全体が一つになり、盛り上がっていく。
プロレスではリングから飛び出して場外乱闘のようになる時も多々ある。その時は練習生たちがぱっとやって来て壁になってくれるが、観客も察してその場から逃げないと選手が飛んでくるのでフツーに危ない。また、ヒールがベビーフェイスをひきづって会場の至るところで暴れることもよくある。その時は観客が動いて場所を作らないとイイ具合に乱闘が行われない。また子供が本気で怖がって泣いていたりすると可哀想ではあるけれど、かなり盛り上がる。
試合の流れや大まかな勝敗の流れは決まっていると言ったが、これは演劇における台本のようなものだ。台本上では展開が決まっていても、舞台上の役の人物たちはそうなることは知らなくて、役者たちは命懸けでその展開に持っていかなければならない。それはレスラーも同じで、勝敗は決まっていたとしても、全力で技を喰らい合うので、勝ちにいく方は死ぬ気で勝ちをもぎ取りにいかないといけない。死ぬ気で演じて展開に持っていくことが出来る人を上手い役者、上手いレスラーだと言うのだ。
うちの家族では姉と母がガチのプロレスファンで、私は連れられて観に行くぐらいの超ニワカである。実際に会場まで行って観たことがあるのはまだ3回だけだが、それでもかなり面白い。プロレスほどに盛り上がる演劇は、正直思いつかないぐらいだ。

ただ、Peachboysに関しては似たような盛り上がりを作れていたように思う。ピーチでは、アイドルLIVEのコールアンドレスポンスや、プロレスのような分かりやすい声援・ブーイングなどのシステムは無いのだが、不思議と演者と観客の熱の交換というものが出来ていた。
これには色々な要因が考えられる。毎年全く同じ構成で物語が進んでいてお決まりのネタも多かったので、常連の観客からは待ってましたという雰囲気もあったこと。下ネタ・時事ネタ・パロディネタ、コンプラがどんどん厳しくなっていく現代の中で、それを貫くことにアナーキーな魅力が出ていたこと。イイ大人が物凄くくだらないことに全力を注いでいる、という熱意に出演者も完客も熱狂して良い共犯関係になっていたこと。
最終公演の劇場内の熱量に関してはそれが極まったように感じられた。舞台上と観客席の境界を構造的に壊そうと意図的に画策していた訳でもないのに関わらず、結果的に観客と舞台上が一体化して劇場全体で盛り上がることができたのは非常に稀有な体験だったな、と改めて思う。

演劇でもプロレスぐらい盛り上がることはできる。
というか、プロレスもやっぱりお客さんとの噛み合わせが上手くいかないと盛り上がりきれないことが多々あるようだ。地方など、まだプロレスの見方が周知し切れてないところだと、観客の方も声の上げ方がわからず、上手くいかなかったり。後楽園ホールでも、斜に構えた客が多かったりすると、イマイチ盛り上がらなかったり。
ルールで規定することも大事かも知れないが、空気を自分たちで作って楽しい方に持っていく、という意識が大事なんだと思う。静かにすることで観劇体験の質が高まるならすべきだし、盛り上がった方が楽しいのなら声を上げるべきだ。
ただ、そういった空気作りを観客だけに委ねることも難しいから、団体サイドがそのための工夫をしていくことがとても大事だ。ピーチで空気作りの重要な部分を担っていたのはノリさんの前説だった。あれで観客は観劇中の最低限のマナーを把握するだけでなくPeachboysをどのようなスタンスで観れば良いのかが分かって、前のめりで楽しめるようになっていた。前説はかなり重要だと思う。先日、スタンダップコメディフェスティバル2025を観に行ったが、清水宏さんも盛り上げ上手だった。
とにかく、盛り上げるための空気作りはとても重要だ。

こちらの記事でも書いたが、姉が実行委員長として働いたドラゴンゲートプロレス出水大会は死ぬほど盛り上がった。
あとで選手の方から話を聞かせてもらったら、これから試合を迎える選手はテンション高く飛び出していけるし、試合を終えて控え室に戻ってくる選手も皆んな口々に楽しかったー!と言うぐらい、会場の熱をずっと感じていたようで、地方大会しかも初開催の土地でここまで盛り上がることはまず無い、と。必ず来年もまた来たい、と言ってもらえたので、ここまでの盛り上がりを見せたのは姉の実行委員長としての空気作りが上手くいったことの証左だろう。

その様子がKKB NEWS+ おやっと!で特集されて、
その特集部分がYouTubeにアップされました。

こちらも凄い反響があったようで、今の時点でも2.2万回再生。。
しゅげえ。。。

自分もこのぐらい盛り上がる何かを作り出してえと思います。


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