見出し画像

『サンキュー、チャック』 花咲く才能と人生の煌めき

『サンキュー、チャック』鑑賞。
何の前情報も入れないで観に行った方が良いと聞いたので、それに従って観に行ったら本当にとても良かった。最初の方はどういう映画??と思うけど、段々と観てるうちにほぐれていって、最後には観てる全員がとても幸せな気持ちになれる映画。観終わるとじゃあアレってああいうことだったのかしら?と思うので、もう1回観たくなる。もう1回観たい。
トム・ヒドルストンの紳士的魅力が爆発している。ダンスシーンはどれも素晴らしいのだけど、個人的には ばぁば役のミア・サラさんがとってもステキで推しです。
観るならこれ以上の情報は入れないで、とにかく真っさらな状態で観るのがオススメです。

この映画を観て思い出したのが、『花さか天使 テンテンくん』という漫画。
何をやっても失敗ばかりのダメダメ少年・桜ヒデユキの元に、天界の落ちこぼれ天使・テンテンくんがやってきて一緒に生活するギャグ漫画で、子供の頃大好きだった。
この漫画では“サイダネ”というものが出てくる。“サイダネ”とは“才能の種”であり、この世界の人間は一人一つずつサイダネを配られて生まれてくる。テンテンくんのイタズラのせいでヒデユキはサイダネを持ってない状態で生まれてきてしまい、ヒデユキが本来持って生まれるはずだった才能を、天界から地上に送り込まれたテンテンくんが一緒になって探す、というのが大筋の流れだ。

サイダネは普通の植物のように芽が出て蕾になり最後には花が咲く。ただ、人間の体の成長と共に勝手に成長していくものではなく、自分で努力しなければ芽を出すことすらない。
もちろんサイダネの花は普通の人間には見えないので、自分に何の才能があるのかは誰もわかっていない。天使は人間がサイダネを咲かせることが出来るように手助けするのが仕事で、特別なじょうろで水をやって一時的に花を咲かせてその人が自分の才能に気づくよう仕向けたりする。チン◯丸出しの天使が大暴れする漫画だが、サイダネの設定は何気に秀逸である。

物語は、起こった事件に見合ったサイダネでヒデユキが様々な才能を開花させて解決するのが基本的なフォーマットとなる。他にも悪魔が才能花を刈り取ったせいでスランプに陥ったスポーツ選手を助ける話や、「鼻にピーナッツを詰めて飛ばす才能」などショボい才能でも使いようによっては活用できるといった話もある。絵柄のタッチやギャグのテイストも相まって、子供にもわかるように「才能を磨くことの大事さ」を上手く物語に落とし込んでいた素晴らしい漫画だったと今でも思う。

ただ大人になって思うのは、実際の才能ってサイダネのように一人一つには収まってないよなあということ。天は二物を与えずとも言うが、幾つも咲かせてる人は咲かせている。もちろん一点突破で大輪の花を咲かせている人もいれば、細かい芽がいっぱい咲いてる人もいるだろう。大谷翔平は野球の才能の大輪を咲かせているのか。それともバッターの才能とピッチャーの才能、両方咲かせているのか。演劇で演出家しかやらない人、作家しかやらない人、役者しかやらない人もいれば、演出家兼作家兼役者の人もいる。それらは全部「演劇」のサイダネひとくくりで良いのか。全部バラバラなのか。兼ねてる人は3つサイダネを持っていたのか。

持って生まれた才能、というものは確かに存在するだろうが、それ以上に生まれてきてからの行動で、人生というものは形作られていくものだと思う。たとえ挫折したとしても、その経験が活かされることは幾らでもある。
私は舞台俳優として15年以上舞台に立っている。それ以外にも絵を描いたり歌を歌ったりアクロバットしたり、大喜利やスタンダップコメディもやっている。飲食店で働いたり学童で働いたり掃除や引っ越しの仕事もしていた。役者のサイダネを持ってるかどうかは分からない。ただそれらの経験が結びついて、自分という存在を成していることは確信できる。

大谷翔平とイチローは間違いなく野球のサイダネを持っているだろう。でもそのサイダネが全く同じモノかと言われれば絶対違う。テンテンくんの世界だと一つのサイダネの花を頭に咲かせられるかどうかでしかないけど、実際の世界の場合、花以上に経験が根となって複雑に絡み合って肉体がプランターになっていく。大きく咲かせる人、細かくたくさん咲かせる人、変な形だけど面白いのを咲かせる人、花じゃないけどなんか咲いてる人。
色んな人がいるから世界は面白いと思う。

またピクサーの『ソウルフル・ワールド』も思い出した。
『ソウルフル・ワールド』のあらすじは、プロのジャズ奏者を目指しつつも半ば諦めて音楽教師に専念しようか…と思った矢先にデビュー確約のチャンスが舞い込んできて喜んだのも束の間、事故に巻き込まれ生死の境目を彷徨い、誤って産まれる前の魂の世界に迷い込んでしまった主人公・ジョーが、魂の世界で、産まれる意味がわからない、と何百年も産まれることを拒否し続けている22番という魂と出会い、生き返ることを目指す、というもの。

この映画も『サンキュー、チャック』と同じく何の前情報もないままに観た方が良い映画で、というか、テーマも『サンキュー、チャック』と似た部分があり、“人生の煌めき”という言葉にすると陳腐になってしまうものを素晴らしく映像と物語に落とし込んでいるので、とにかく観て欲しい。

私は自分の持っているエネルギーやら魂やらは出し切って燃え尽くして死んでいきたい。と考えるとやりたいことをやりたいようにやりまくるのが良いし、やりたいことが追っつかなくて常にヤキモキしているぐらいだが、世の中はやりたいことがわからないという人もいて、何なら大半の人がそうらしいとも聞く。つまり私はジョーだが、世の中のほとんどは22番みたいな気持ちなのだろう。

しかし私は私でまっすぐにジョーかと言われるとそうでもなく、ジョーのようにミュージシャンになりたいんだ!という強い気持ちで演劇やりたいです!って、勿論そういう気持ちもあるけど、絶対成功するんだそうでないと意味がないんだとも思ってなくて、何かこう、小さな幸せ見いつけた、を積み重ねて気づいたら犬と猫と沢山の孫に囲まれて死んでいく、ささやかな生き方の方が尊いんではと思うこともあり。
でも燃やし尽くしたい願望もあり。じゃあそれを達成できなかったら、真っ白に燃え尽きることが出来なかったら、明日のジョーになれなかったジョーみたいな奴では生きてる価値ないんか、とか、そこまでストイックに追い詰めることも当然なくて。ジョーも22番もどっちも良くて。

魂をフルに燃やし尽くす気がなくても、生活しているだけでふと良かったと思える瞬間はちょこちょこあって、それだけでも生きる意味はあるんだけど、それとは全く別に、人生の中で急に現れて本当にその瞬間だけ燃え上がる、継続的に魂エネルギーを消費する燃やし方ではなくて、純粋に火が上がる・星が爆発したような煌めきはあるよ、ということを『サンキュー、チャック』では雄弁に語るシーンがあって。そこは『ソウルフル・ワールド』とはまた一味違う、人生の強い肯定の仕方だった。

とにかく何が言いたいかというと『サンキュー、チャック』観てよ、ということです。

『サンキュー、チャック』が好きな人は『ソウルフル・ワールド』も好きだと思う。テンテンくんは個人的に思い出しただけで、2つの映画とはあまり関係がないです。


宣伝

舞台『俺節』に出ます。
東京公演 2026年6月10日(水)〜30日(火)@東京建物Brillia HALL
福岡公演 2026年7月8日(水)〜12日(日)@キャナルシティ劇場
大阪公演 2026年7月19日(日)〜8月2日(日)@SkyシアターMBS


最近書いた記事


人気な記事


いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集