平凡な臨床医が、なぜ教授選の最終選考まで残れたのか ―― 大学病院勤務医のキャリア戦略とお金の話 (第1回)
「人生のハンドル」を握るために
私はどこにでもいる、臨床が好きな55歳の大学病院の勤務医です。 先日、私は教授選の最終選考という舞台に立ち、そして敗れました。
家庭には二人の子供がおり、共に大学生です。そのうち一人は、私立大学の医学部に通っています。 この経歴だけを並べると、多くの方はこう想像されるかもしれません。
「さぞかし論文を量産し、研究業績を積み上げてきたのだろう」
「教育費を稼ぐために、寝る間を惜しんで多数のアルバイトを掛け持ちしているのだろう」
「あるいは、実家からの手厚い経済的サポートがある資産家の家系なのだろう」
しかし、実際の私はそのどれもが違います。
縁がないと思っていた「教授選」への挑戦
私はこれまで、目の前の患者さんに向き合う「臨床」こそが医師の王道だと信じ、現場に特化してきました。自分は教授という職には最も縁がない人間だと思っていましたし、教授候補者としての研究業績も、決して突出したものではなく平凡です。
また、経済的にも、アルバイトが人より多いわけではありません。もちろん、実家からのサポートも一切ありません。
教授選に出るには、年齢や業績などの一定の条件を満たしている必要があります。自分に応募する資格があると分かったとき、私は改めて自分の歩んできたキャリアを振り返りました。そして、これまでの経験を医局に還元するためにチャレンジする価値はあるのではないか、と考えたのです。
そこからは、勝つために何をすべきかを必死で考え、準備しました。 その結果、名誉ある教授選において、数名の候補者の中から最終候補者の2名に選ばれるに至りました。
突出した研究業績のない私が、なぜ最終候補にまで残ることができたのか。その戦略には、同じように現場で戦う多くの医師にとっても参考になる部分があるのではないか、と感じています。
大学病院に漂う「キャリアと家計」の閉塞感
また、給与水準が必ずしも高くない大学病院では、「お金とキャリアの両立」が極めて難しいのが現実です。
特に、自分の背中を見て育った子供が「医学部に行きたい」と言い出したとき、医師は大きな人生の岐路に立たされます。これまで私は、多くの優秀な後輩たちが家計という現実を前に志半ばで大学を去り、給与の高い病院へ移っていく姿を何度も見てきました。
私自身も、若い頃は仲間と飲み歩くことを「仕事のうち」と称し、浪費を重ねてきました。幸い海外留学のチャンスにも恵まれましたが、帰国した時の預金はほとんどなくなっていました。それにも拘らず以前と同じような生活は続けており、増えない貯金残高を見て子供の学費や老後の備えに不安を抱え、教授を目指している訳でもないのにこのまま大学で働くことに意味があるのか、といつも自問自答を繰り返していました。
必死で考えた先に、見えた「システム」
転機は、コロナ禍で訪れた「空白の時間」でした。 飲み歩くこともできず、家で過ごす時間が増えた私は、初めて真剣に自分の将来と向き合いました。
私は、大学でのキャリアもお金も諦めなくて済む方法はないか、と必死で考えました。
そこでお金の仕組みを学び直し、ある「システム」を構築したことで、大学で働きながらでも私立医大の学費を確保できるようになったのです。
大学病院でのキャリアを諦めず、我が子の高い教育費の壁を突破した『我が家の生存戦略』の方法を、下の記事で完全公開しています。ぜひご一読ください。
私がこの記事を書こうと思った理由は、二つあります。
突出した業績がなくても、戦略次第でキャリアの集大成に挑めることを伝えたい。
再現性のある方法で学費問題を解決し、優秀な大学病院医がキャリアを諦めずに済む一助になりたい。
教授選は残念な結果に終わりました。でも自分の人生のハンドルを握り、戦略を持って最後まで戦い抜いた経験には、もしかしたら他の誰かの人生をより良いものにするためのヒントが含まれているのではないかと思います。
この記事が、かつての私と同じように「キャリアと家計」の間で悩む誰かにとって、人生のハンドルを握り直すための「羅針盤」となれば幸いです。
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