【小説】8月某日の夢 第7話

 わらわらとした人混みをかき分けて歩いた。どこまでが屋台に並ぶ列で、どうすれば大通りを抜けられるのか……まるで分からない、迷宮を彷徨っているみたい。
 向こう側には、少しだけ踊り歩いている人たちが見える。
 慣れない服装で歩いて、転びそうになった。思わず俯いた時、ヒュ〜……という音と共に、突然頭の上から白い光が注いだ。

 見上げると、そこには。
 まだ薄暗い夜空に、花が咲いていた。

 今日は、夏祭りだ。


 懐かしい香りがする。まだ小さい頃に好きになった賑やかな雰囲気。
 あっという間に避けるようになってしまったけど、改めて訪れてみると決して悪いものではない。それがよく分かった。

 しばらくしてなんとか人混みを抜け出せた私は、そばにあった長椅子に座った。外では、貴重な休憩場所。珍しく、誰も座っていない。
 私はそっと肩掛けバックからコンパクトを取り出した。開くと、小さな鏡とパフが現れる。鏡に自分の顔を写して、パフを手に取った。
 せっかくの夏祭り……私は思い切って3年前とは違うことを、あまり自分らしくないようなことをやっていた。
 1つは化粧。学校では禁止されている上に、そもそも普段からしない。今日、初めてファンデーションを肌に塗って、初めて自分で化粧した。お母さんが教えてくれた化粧品の選び方や化粧する時のコツもしっかり覚えている。もちろん、「化粧して夏祭りに行きたい」なんて言った時は、お母さんはすごく驚いていた。
 もう1つは、服装。今、私は何年ぶりかに浴衣を着ている。自分で着付けするのは難しかったし、雰囲気に合わせた髪型を作るのも大変だった。アイロンかけたり、スタイリング剤をつけてみたり……普段ウェーブがかかっている髪がストレートになった。だけど、思ったより似合っていたから安心。
 3年前は化粧もしなかったし、浴衣すら着なかった。いつも通りの服装で、いつも通りのペースを保っていた。
 だけど、私も結構可愛くなれる…………なんて、自画自賛するところだった。
 普段の服より動きにくい服装と慣れない下駄で歩いているから、また転んだりしないように気をつけないと。

 しばらく花火を眺めていた。
 花が開くときの、ドンッ!! という大きな音。少し苦手だけど、今は人混みの賑やかな音で緩和されていた。
 色鮮やかで力強く咲く花弁に、ついつい時間を忘れて見惚れてしまっていた。
 光が音を連れて空に昇り、そこで花を開いて咲く。あっという間に消えてしまうけど、そこにはうっすらとかつて咲いていた花の形が残っている。そして、また空に昇っていく。そして、また咲く。そして、また消えていく。だけど、残響がそこに残り続けている。こうして、夜空の花は永く咲き続ける。
 家に帰ったら、この花火の絵を描こう。
 もし綺麗に書けたら、文化祭に展示しても良いかもしれない。

 やがて、残響が空に残り、花が咲かなくなった。
 どうやら第1部はここまでらしい。次の第2部も観に来よう。すごく楽しみだ。

 気がついた時、私はこの夏祭りを3年前よりずっと楽しく過ごしていた。


 第2部が始まるまでの間、私は人混みに飛び込んでいた。
 紬貴くんに教えてもらったおすすめの屋台。そこに向かうためだった。
 だけど、何しろ人が多い。ほとんど動けていない。でも、自分から動かないと流されて別の場所に行ってしまう。最悪の場合、私は迷子になってしまう。
 スマホがあれば、道案内が使えるけど……今は無い。当時、私はまだスマホを持っていなかった。使い始めたのは、中学3年生の春休みから。高校の合格祝いとして、高校への電車通学に使うこともあり買ってもらった。
 ……紬貴くんと連絡先を交換してみたりしたかったな。
 でも、紬貴くんは自分の携帯電話すら持っていない。それは、高校生になってからも。紬貴くんと連絡が取れないのに文化祭について知っていたのは、同じ高校に通っている中学時代のクラスメイトが吹聴していたから。
 そっか……高校生になった私は、もう紬貴くんと関わっていないんだ。
 分かっていたけど、切なくなった。紬貴くんと仲良く過ごせる時間は、もう続いていない。こんなに仲が良かったのに。こんなに良い友達が、親友ができたというのに。


 あの時、私は。
 私は、一体何をしていたんだろう…………






「………………高坂さん?」






「………………えっ………………!?」

 私の目の前に現れたのは、

 3年前も、今も、ここにいなかったはずの






「つ、紬貴くん………………!?」

「ああ、良かった! ここにいると思ったんです」
 駆け寄ってくる、いつも通りの笑顔が咲き誇っている。
 重そうなリュックを背負ったまま、涼しげな風を浴びて。
 なんて言えば良いのか分からない、指先すらも少しも動かない…………。
 私は、立ち尽くしてしまっていた。
 紬貴くんは不思議そうな顔で、私を見つめている。
「ど、どうして………………??」
 思わず口元からこぼれてしまった。せっかく来てくれたのに、私はそれに疑問を持ってしまっている。でも、3年前は、確かに、私は1人で………………
「あ、急に来てしまってすみません。夏期講習が予定よりも早く終わったんです。俺が教えた屋台はそこにあるので、もしかしたら高坂さんがいるかもしれないと思って…………」
 そんな紬貴くんの言葉を聞いて、私は余計に声が出せなくなってしまった。

 3年前、私は今と同じように紬貴くんを誘った。紬貴くんは、夏期講習があるから行くのは難しいと言った。行けたら行く、とも。確実に行けないとは言わなかった。そして、実際にこの8月4日に夏期講習があった。
 今と状況は同じ。
 だけど3年前は、紬貴くんは夏祭りに来なかった。
 後日、私に謝ってきた。夏期講習が予定より長くなり、授業が終わる頃には夏祭りも終わってしまっていた、と。
 それなのに今は、3年前とは違って紬貴くんがいる。

「来てくれたの……? 忙しかったはずなのに……」
 紬貴くんは気にしないでと言うように、首を横に振る。
「行きたかったから、来たんですよ。久々に誘ってもらったから、嬉しくて」
 こんなことを言われたの、私も久々だった……。私は、思わず顔を覆って俯いてしまった。
「あ……あの、ありがとう…………」
 ふと、自分の指先が濡れていたことに気づいた。もしかして、私…………
「えっ、高坂さん……?」
 紬貴くんが心配そうな声で、近づいてくる。
 隠したくて、私は手を顔から離さないまま体を少し丸めた。
「泣いて、いるんですか……」
 うん、正解。今、私は泣いている。
 自分が思う以上に嬉しかったんだ。私は、これをずっと夢見ていたんだ。
「来てくれたの、嬉しくて」
「ああ、そういうことですか……」
 紬貴くんはすぐに分かってくれて、私の背中をさすってくれた。
「そこまで喜んでくれるなんて…………泣かせるつもりはなかったんですけどね……。ありがとうございます」
 いたずらっ子みたいな話しぶりになっているけど、どうやら照れ隠ししようとしているらしい。ほんの少しだけ顔を赤らめているのが、よく分かる。
 でも、きっと今の私はそれ以上に真っ赤になっている。さっきから涙が止まらないから。
 本当にどうしよう、化粧直しをしないといけなくなっちゃった。


「お待たせ」
 しばらくして、だいぶ落ち着いてきた。
 私は近くのコンビニに入り、お手洗いにある鏡を見ながら化粧を直した。
 外に出ると、紬貴くんが待っていてくれた。
「どう……? これで大丈夫かな?」
 試しに訊いてみると、『大丈夫ですよ』と太鼓判を押してくれた。さらには、『お綺麗ですね』と笑いかけてくる。
 すごく嬉しいけど、少し照れる……

「さっきの屋台、行きましょうか?」
 紬貴くんと会った場所まで戻ってくると、紬貴くんは人混みの方を指さした。
「うん!」
「じゃあ、行きましょうか……。高坂さん、人混みは平気ですか?」
 紬貴くんが振り返った。そこまで気にかけてくれるんだ、やっぱり紬貴くんは優しすぎるよ……。
 人混みに入るのは苦手だけど、多分今なら。
「あまり平気じゃないけど、大丈夫。今は、1人じゃないから」
「分かりました」
 紬貴くんは頷くと、私を手招きして人混みの中へと入っていった。

 途中、ふと前を歩いていた紬貴くんの姿が見えなくなった。迷子にならないように、必死に追いかけていたはずなのに。
 私は、後ろ姿から人を判別するのが苦手だった。服装とか何か目標になるものがあれば良かったけど、あいにく紬貴くんの服装はリュックサックで隠れてしまっている。それすらも紛れてしまったのだから、到底見つからない。
 急に1人なった。すごく不安だったし、すごく寂しかった。
 思わず立ち止まりそうになった時、右斜め前に数メートル離れた場所にいた人がこちらに振り返った。紬貴くんだった。
 慌てて追いかけると、紬貴くんも慌てたように駆け寄ってきた。
「すみません、気づかなくて……!」
 私は首を横に振った。
「こちらこそ。遅くなってごめんね」
 なんとか再会。体勢を整えて、改めて2人で歩き出した。
 ……はずだったけど、1歩目から私の姿勢は崩れてしまった。
 地面にあった小さな段差に気がつかなかった。つまづいた私は床に向かって落ちていった。さっき、転びそうになったばかりなのに……
「あ……」
 だけど、私は転ばなかった。支えてくれていたのは、紬貴くんだった。
「大丈夫ですか……!? 一度、休憩します?」
「あ、ありがとう。大丈夫だよ」
 ゆっくりと姿勢を直して、私たちはもう一度歩き出した。
 時々、紬貴くんがチラチラと私の方を見ていた。心配してくれているんだな、本当に優しい人だ。

「あ、こっちですよ」
 紬貴くんが手招きした。人混みから少し外れる。
 だけど、やっぱり人の流れを横切るのは難しい。見えない横断歩道を前にして、私はうまく歩けずにいた。
 立ち止まれないけど、じっくりと様子をうかがって…………
 一瞬だけ、人の流れに隙間ができた。
 私はそこを急いで潜り抜ける。少し足元が不安定になった。
 すると、紬貴くんが手を差し出してきた。
「大丈夫ですか?」
 思わずドキッとしてしまった。でも、私はお言葉に甘えてその手を掴んだ。
「ありがとう……!」
「じゃあ、行きましょうか。もうすぐですよ、結構並んでいますけど……」
 私たちはゆっくりと手を解いて、代わりに肩を並べた。

 お目当ての屋台には長蛇の列ができていた。
 実は、近くの大通りにある有名なクレープ店の屋台だったそう。
「どれが良いですか? いちごとかブルーベリーとか、いろいろありますけど」
「じゃあ、そのベリーミックスにしようかな」
「俺はティラミスで」
 紬貴くん、おしゃれだな〜。
 そういえば、紬貴くんって割と甘いもの好きだったっけ。

「……待って、意外と高かった」
 先にお会計を済ませた紬貴くんは、レシートを見つめた。
「確かに、そうだね……」
「でも、その分期待できますよ。ティラミスは初めてだけど、ここのスイーツが美味しいのは確定ですし」
 すると、「36番でお待ちの方〜」という声が聞こえてきた。紬貴くんはそれ聞くなり、その場を離れた。
 その後すぐ私が37番で呼ばれ、私はもう一度屋台に近づいた。
 想像より大きめのクレープを受け取ると、すぐそばには紬貴くんが。「どうやって食べよう……」と私の方を見つめていた。

 とりあえず2人で人混みを抜け、空いていた長椅子に座ってゆっくりとクレープをいただいた。
 食べてみると、想像以上に美味しかった。甘すぎるのは得意ではないけど、これならちょうど良いから大歓迎。クリームの量の割に優しい甘さだ。トッピングされているフルーツも完熟したように甘いから嬉しい。これなら少しお高めの値段も納得。こだわって作られている感じがする。
「え、待って、すごく美味しい〜!!」
「でしょ? 俺も前に食べた時からハマってて」
 ここまで食べやすいスイーツは久々かも……!!
 やがて語彙力を失ってしまった私は、紬貴くんと「美味しい〜」「ですね」を繰り返すこととなった。



第8話
https://note.com/light_hyssop657/n/nfb16c41b9eaa

第9話
https://note.com/light_hyssop657/n/nc5deecf1fa95

第10話
https://note.com/light_hyssop657/n/n11c9e1d2c389

第11話
https://note.com/light_hyssop657/n/ne0b1d46617b5

第12話
https://note.com/light_hyssop657/n/n75a6f2b6cf77

第13話
https://note.com/light_hyssop657/n/n727b1ee68199

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