今回の受験の結果に不満な方への応援歌 成功するまでバッターボックスに立ち続ける こうして私は受験を乗り越えた その3.45 最難関大学受験の顛末 流石に懲(こ)りた結果 仮面浪人を楽しみ尽くす 私生活編 当たり前過ぎて意識しなくなっていること
成功するまでバッターボックスに立ち続ける
これは私の座右の銘。
運と勘としつこさの人生
のしつこさの部分に相当します。
……
此方の続編です。
経緯
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此処から心の深い位置に… 準備しなくても普通に生きていれば何とかなると思い込む勘違い人生(笑)がスタート
初めての受験失敗が小学校受験でした。
そして公立小学校に入学。大学生活の様な知的欲求の赴くままという毎日…
その辺りの極一部は此方から
無手勝流でも四谷大塚の補欠試験にまぐれで合格するのでした。
運と勘しつこさの人生の運…
小学校5年生の時に与えられたfast track:
への乗り移り。この運を完全には活かせなかった。先頭集団からはオマケしても2周遅れ(2年分)のままの中学校受験。最難関中高一貫の進学校と、最難関私立大学附属中学校2校、当たりですが全て不合格。バッターボックスに立つも惨敗。
地元の区立中学校に進学。四谷大塚のお陰で授業だけで好成績、実力テストでも偏差値72と云う現実に… またも勘違い。
此処から心の深い位置に… 準備しなくても普通に生きていれば何とかなると思い込む勘違い人生(笑)が再スタート
特段勉強しなくても今度こそ最難関校には合格できると思い込んでしまいました。生徒会活動にのめり込み充実した中学生生活。それが2年生秋の学校主催のマラソン大会での骨折で休学、治療。復学するも期末テスト、実力テスト共には散々。それでも楽観的に最後迄生徒会中心に楽しみ切っての受験。希望の最難関附属高校は全滅と云う…
バッターボックスに立つも同じ失敗を繰り返した…
某総合大学の附属高校に入学。2周回遅れのままで、しかも内部進学前提ののんびりした附属高校の中で、生徒会活動からも足を洗いイジメも受けつつの孤軍奮闘しました。当時難関大学入試に最強だった駿台予備校の入学試験に合格、四谷大塚に居た方々に混じっての受験勉強。
欲を出して本来の志望校ではなく最難関国立大学を目指したのが記憶力ハンディの私には身の丈を越えていた…
入試科目が増え、5教科7科目。これは結果としてキツかった。ですから
①記憶量が少なくて済む理系に進学すること
②日本史、世界史は受験科目から外すこと
③その分、英語、倫理社会、政治経済は逃げないこと
当初の私立最難関校狙いには無用の倫理社会、政治経済、現代国語、古文、漢文は大好物。受験勉強と云うよりは自分の趣味を受験に被せ、ただでさえ課題のある記憶力を浪費。結果として
2周回遅れでの戦線拡大はやり過ぎ。
手を広げすぎ…(笑)
でした。それでも工夫して例えば主要科目の英語は、
これで得意科目にしました。少女漫画や学校行事は萎えた気分を転換するには、特効薬でした(笑)
その現役でのバッターボックスでは完敗と云う顛末。 駿台予備校に対しては、附属高校卒業生と云うよりは、駿台予備校卒業生と思える程学び尽くしました。先頭集団からは2周遅れ、距離を縮めるのは困難と諦め、それ以上は引き離されない様にと。駿台予備校の授業は、受験対策と云うよりは大学への基礎学力構築と云うスタンス。それに魅了されました。
そんなこんなで迎えたバッターボックス。
最難関国立/私立大学、全滅… 捨てる神。
卒業式の日に通い詰めた図書室管理の女子から… 拾う神。
そして浪人生としての駿台予備校通い。人生で1番学業に集中できた心地良い時間でした。此方に網羅的にまとめてありますので宜しければお楽しみ下さい。
学習の進捗としては、2周回遅れの分の1周回分は取り戻せたものの… まぁ中高一貫最難関進学校の方々の高校2年生の出来なんだろうなぁと云う感じ。
そして迎えバッターボックス。予想通り… 最難関国立大学と最難関私立大学は不合格。母校の医学部と理工学部は合格と云う感じ。再度のバッターボックスをお願いしつつ、取り敢えず電子工学科なら申し分ないとの親心での仮面浪人のスタートでした。
閑話
電子工学は小学校の学研の科学と学習の付録、鉄道模型、誠文堂新光社の子供の科学/初歩のラジオ/無線と実験からのオーディオアンプと云う趣味の流れ
の自然な延長でした。物理学科も有ったのですが大学での研究のレベル的には電子工学科の方が理学と工学を両方扱うと云う意味で先んじていました。
閑話休題
これで仮面浪人確定でした。
その時に父親に
順当に詰めてきたんだね。医学部受かるって事は希望校にも殆ど入れるレベルになったんだね。
と、ポツリ。
これは忘れられない一言になりました。
所謂仮面浪人生活がスタート。理工学部なのでめちゃくちゃ多忙。通学は都心部の端から端までで片道2時間半。
生活は附属高校の生活の延長線と云う感じで…。でも教養課程では、文学から物理学まで教養とは思えない深堀の授業でした。専門科目は電磁気学から回路理論、アナログ設計、ロジック設計、そして最先端機器の構造等多岐に渡り学べました。構内の例えば図書館等施設も充実していて…
余りに楽しくてこのままでも良いかなぁと云う思いが心に過(よぎ)ったのは事実…
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今回は前回の学業部分のお次… 仮面浪人の私生活部分。
流石に高校からでも2時間弱は掛かるので高校の仲間には殆ど会うことはありませんでした。同じ電子工学科で仮面浪人友達ができました。彼は超難関国立大学大学医学部狙いの既に3浪生。ガチで2浪しての仮面浪人です。東北の人で大学付近に下宿していました。私も下宿を親に頼んでみたのですが、自業自得なので(笑)自宅からの通えと。まぁ実際それで回っていたのでそんなもんかと(笑)…
彼の電子工学科での下宿仲間ってのがつるんでいて、3人組。皆生真面目。1人は野球部。それに私が仮面浪人繋がりで私が加わって3+1の4人組。圧倒的にに3人でつるんで居たようですが…
食堂も4人だと2人ずつの対面でちょうど良い。食堂は複数有り、高校の食堂とは比べ物にならない程広くて綺麗。メニューも理工学部だけでもマンモス校なので多彩で充実していました。辺鄙(へんぴ)な土地柄下宿生が多く、夕食も食堂を使うので、安くて美味くて量も充分と云う、正に天国な食環境でした。
話は戻って野球部が混ざっているので、食後はキャッチボールとか放課後はガチに野球をすることも…
そう言えば… 野球の友達が企画して、その4人にクラスに2人しかいない女子を交えての放課後の遊び野球。
閑話
弟と毎週末早朝、近所の学校でピッチャーとキャッチャーと云う感じで、ホームベースとピッチャーマウンドを使ってキャッチボールを樂しんで居ました。巨人の堀内投手や江川投手の真似、無理な姿勢での角投手下手投げ等も樂しんで後に肩を壊す始末。弟が同じ総合大学の生産工学部に入るまでそれは続いたのですが…(笑)
閑話休題
ですから野球には多少覚えが有って… と云うノリで放課後の気晴らしとしての野球でした。…
順番にバッターボックスに立ち、守備は都度ローテーション。偶(たまたま)深めのファースト、浅めのライトを守っていた時の事。その野球部の友達が打った、いい感じのライナーのライトからセンター辺りへのヒット性の打球を後方ダッシュして伸び上がるってグラブを出すと、何と運よく美しい感じのファインプレーでキャッチできました。
これは大いに尊敬されて以降〇〇の超ファインプレーとイジられる(笑)ことに… まぁ小学校低学年から独学親しんで、オーディオアンプを自作する位大好きな電子工学なので、成績が良くて、スポーツも出来る感じのキャラになって… ちと極少数しか理工学部にはいない… 化学関連の学科は多少女子率が高かった… チヤホヤされることも。短期大学が併設されて居てそちらの女子の方にもグループで来られてお声掛けされることも(笑)… まぁ皆さん普通の大学生なので人生楽しまれて居ました。大学は、休みが長期に有るので… 学期の間は私も表上は溶け込むように努めて居ました。
その仮面浪人仲間の医学部狙いの先輩(年上なので…)。音楽好きで、私の自宅に比較的近い吉祥寺の煉瓦館
というミュージックバーがお気に入り。大学生なのでお金が貯まると始終(しょっちゅう)通う様でした。1人だとつまらないのか、自宅が近いことから私が必ず誘われて。彼は喫煙するので余り近寄りたくないのですが… 構内は禁煙ですがそれでも隠れて喫煙してましたし、外に出れば当然昭和の時代なので喫煙し放題… それでもまぁ同じ仮面浪人同士ということで共通の話題が多く…
その吉祥寺の煉瓦館。吉城寺、整備される前の前後の闇市の臭いプンプンのハーモニカ横丁を抜けた少し場末の場所に、これまた昭和らく垢抜けた、でも何故か場末感が漂う大人の世界という場所。今ではOLD DAYs と云うカテゴリーかなぁ、60/70年代のポップスのライブを演っていました。
学生なので先ずは吉祥寺駅前の吉野家で牛丼大盛りを食べてお腹を満たします。館内の食事は高いので…
そして、余裕を持って開場を待って煉瓦館へ。必須のアルコールはボトルキープを活用してリーズナブルに楽しむと云うのが彼のお作法。最低限のおつまみで、ひたすらお酒と音楽とダンスを楽しむ…
今で云うケントスと似た感じ…
閑話
ケントス発祥の地六本木は、仮面浪人時代の成人式の夜の思い出の地。共通一次試験直後… 幼なじみで高校迄一緒だった親友と区が主催の成人式に出席後、その友達と合流して計4人で、池袋演芸場で
大好きな落語や紙切り等を楽しみ… 渋いでしょ。でも落語で人生の機微を学んだりもしたのも事実(笑)… 因みに成人式で紙切りして貰い、お土産としてそれを持って帰りました(笑) その後六本木に繰り出してお酒を楽しみました。そして小学校2年生での帰省について行って人生を大きく変えてくれたもう1人の幼なじみ、その時は大学生かつサーファー。彼の高校に近く、かつ行きつけの六本木のバーで合流すべく、東大生研、防衛庁方向に移動。
その時、広い歩道で… 酔った勢いですれ違った白人の女子グループに英語で話し掛けたら思いっきり通じた… 一緒に飲もう位のノリ… 生まれて初めてのネイティブとの会話が普通に成立した記念の地なんです。英語への自信… 仮面浪人なので、英語は今年は完璧にイケると勝手に思った瞬間でもありました。そしてこれが私の海外畑サラリーマン人生の原点の1つにもなった…
閑話休題
何とも頽廃的な大人の世界…
仮面浪人ならでは感が
仲良し3+1なので、極偶に結局3回かなぁ。下宿に私が泊まる事も有りました。
つづく
