【美術展2025#71】岡山・瀬戸内 夏の旅行記 3日目@豊島、直島
岡山・瀬戸内3泊4日 夏の一人旅満喫中。
1日目↓
2日目↓
3日目:8月15日(金)
本日も昨日同様06:00起床。
このホテルは直島への前線基地だけあって、廊下にもなんだかんだと絵が飾ってあったりして気分を盛り上げてくれる。

本日の朝食。

今日は豊島に渡る。
12年前の直島旅行では豊島には行かなかったので今回が初めて。
この時期の豊島行きはかなり混雑するとのことだったので、早めに宿を出て港へ向かった。

宇野港から豊島行きの船は直島行きに比べてかなり小型になる。

出航40分前に港へ向かい無事チケット購入。
早く来すぎたかと思っていたらあれよあれよという間に列が伸びてあっという間に定員オーバー。
あと10分遅かったら危うかったかもしれない。
豊島
9:20
豊島唐櫃港着。
徒歩で「心臓音のアーカイブ」へ向かう。



・心臓音のアーカイブ
クリスチャン・ボルタンスキーは人々が生きた証として、心臓音を収集するプロジェクトを2008年から展開しています。
「心臓音のアーカイブ」は、これまで氏が集めた世界中の人々の心臓音を恒久的に保存し、それらの心臓音を聴くことができる小さな美術館です。ご自分の心臓音をここで採録することもできます。
真っ暗な部屋「ハートルーム」の中では世界の誰かの心臓音が爆音で響き渡っている。
ここでは希望すれば自分の心臓音も採録することができる。
採録された心臓音は自ら記したメッセージとともにアーカイブ化されて作品の一部となる。
折しも当日8月15日は戦後80年目の終戦記念日。
先日訪れた靖国神社遊就館の展示が頭をよぎる。
道半ばで命を落とした先人たちを思う。
今生きて人生を謳歌し、こうしてアートに触れることができる幸せを思う。
しばし黙祷。
今日の記念に私の心臓音も採録する。
今、私は確かに生きている。
今日、私もボルタンスキーの作品の一部になった。
芸術は長く、人生は短し。
いつか私が死んでも私の心臓音は作品として残るんだ。


・豊島美術館
瀬戸内海を望む豊島唐櫃(からと)の小高い丘に建設されるアーティスト・内藤礼と建築家・西沢立衛による「豊島美術館」。休耕田となっていた棚田を地元住民とともに再生させ、その広大な敷地の一角に、水滴のような形をした建物が据えられました。広さ約40×60m、最高高さ4.3mの空間に柱が1本もないコンクリート・シェル構造で、天井にある2箇所の開口部から、周囲の風、音、光を内部に直接取り込み、自然と建物が呼応する有機的な空間です。内部空間では、一日を通して「泉」が誕生します。その風景は、季節の移り変わりや時間の流れとともに、無限の表情を伝えます。
続いて豊島美術館へ向かう。
美術館は小高い丘の中腹にあり、そこからの眺めはとても素晴らしかった。

事前の時間指定予約必須。
入場したら細い歩道に沿って小さな山をぐるりと回る。

海に作品が浮かんでいると思いきや普通にただの防波堤だった。
作品ぶりやがって紛らわしいんだよ!

しばらく歩くと作品(美術館)の入り口が見えてくる。
ドラえもんのガリバートンネルのようにも見え、なんだかわくわくする。

作品の内部では撮影不可。

内部に入るとひんやりとした床の感触が素足に伝わってくる。
インドでタージ・マハルに行った時の感触を思い出した。
真夏なのに涼しく、風と虫の鳴き声が心地よい。
白く、広く、何もない空間。
天井には大きな穴が二つ空いている。
その穴には紐がかかっており、風で緩やかになびいている。
床を見ると、小さい穴から水が、少し、また少しと湧き出ている。
その水が雫となり床のなだらかな傾斜に沿ってゆっくりと滑り落ちる。
少し進み、止まり、次に来る雫とくっついて大きくなったり、分裂したり。やがてある程度の大きさになるとつ〜っと流れて大きな「泉」にたどり着く。
そんな「泉」が広い場内にいくつかある。
生まれて、出会い、別れて、また出会い、産み、巣立ち、そしてやがて「大きな存在」になる。
そこには個々の人生が、人類の歴史が、生命のサイクルが凝縮されているようにも思えた。
歩く人によって踏まれて飛び散ったりするハプニングまでもが天変地異や戦争を象徴しているようにも見えてくる。
しばしぼ〜っと眺める。
場所を変えてまた眺める。
横になって目を閉じてみる。
風の音に、虫の声に、耳を澄ましてみる。
一つの作品にこんなに長い時間を費やしたのは久しぶりだった。
内藤礼の作品については、実は今までそれほど共感できなかった。
だが、豊島美術館は、…ぐぬぬ、なかなかいいではないか、と認めざるをえまい。
散々ディスってきたのでなんだか悔しい気がしないでもないが…。
ち、違うんだからっ!
ロケーションが素晴らしいだけなんだからっ!!(悪あがき)


途中の唐櫃丘集落に寄りつつ、バスに乗って移動する。

2010/2013

2025

2025
家浦港エリア。
港近くでバスを降りてから、自転車を借りる。
ここも訪れたかった場所。
1970年大阪万博で展示されたインスタレーションの再構築としてGUCCI銀座ギャラリーで発表された《未完の足場》の豊島版。

公式ガイドブックには載っていなかったので、事前に知らなかったらスルーしてしまいそうな場所にしれっと建っていた。
世田谷美術館、GUCCI銀座ギャラリーと続いた「連画の河」が豊島へつながった。
・豊島横尾館
アーティスト・横尾忠則と、建築家・永山祐子による「豊島横尾館」は、豊島の玄関口となる港に面した家浦地区の、集落にある古い民家を改修してつくられました。展示空間は、既存の建物の配置を生かして「母屋」「倉」「納屋」で構成され、平面作品11点を展示しています。また、石庭と池、円筒状の塔にはインスタレーションが展開され、作品空間は敷地全域にシンボリックな拡がりをみせます。その空間は、生と死を同時に想起させる哲学的な場となり、さらに、建物には光や色をコントロールする色ガラスを用いて、豊島の光や風や色、作品の見え方をさまざまに変容させて、空間体験をコラージュのようにつなげます。
家浦港エリアに位置する豊島横尾館。
遠目からでも存在感を放っている。

建築は永山祐子氏によるもの。
館内のみならず庭にも横尾忠則の世界観が広がる。

館内は撮影禁止だが、館内から赤いガラスを通して外を見るとこのように見える↓

トイレも異様な世界観。

・針工場
南部の甲生エリアへ向かう途中にある大竹伸朗作品。
豊島の家浦岡集落にて、平成を迎える手前で閉じられたメリヤス針の製造工場跡。そこに設置されたのは、宇和島の造船所にて一度も本来の役目を果たすことなく約30年間放置されていた、鯛網漁船の船体用の木型です。
別々の記憶を背負った2つの存在が、アーティストを通して重ね合わせられ、新たな磁場となって作品空間を形成しています。
全長17mを超す船型は、切断することなく一隻丸ごと台船に載せられ、宇和島から瀬戸内海を渡って豊島へと運びこまれました。その時の様子は制作プロセスにてご覧いただけます。
工場跡の柱と船の高さがぴったりだったのでそのまま当て込んだだけという、大竹伸朗にしてはシンプルな作品。

2016
冷たい飲み物も売っていたのでしばし休憩してさらに南へ。
こんなのも何らかの作品に見えてきてしまう炎天下のアートホリック状態。

自転車での上り坂はマジでキツいが景色は最高。

・甲生エリア


2025
セルフタイマーでパチリ。

2022
集落の中の廃墟。

この廃墟が塩田千春作品に。


「もういらないけれど捨てられない大切なもの」として豊島の人々から提供を受けた素麺の製造機を包み込む。

昨年大阪で見た展覧会は(もちろん)室内だったが、
今回屋外に設置された作品を見て、その時よりもなんだか作品が生き生きしているように感じた。
廃墟なのに、いや廃墟だからこそか、そのコントラストが引き立って見えたのかもしれない。
家浦港へ戻り、自転車を返却。

フェリーで豊島から直島へ向かう。

直島
昨日回りきれなかった直島本村エリアを巡る。
・家プロジェクト
家プロジェクトは直島・本村地区において展開するアートプロジェクトです。「角屋」(1998年)に始まったこのプロジェクトは、現在、「角屋」「南寺」「きんざ」「護王神社」「石橋」「碁会所」「はいしゃ」の7軒が公開されています。点在していた空き家などを改修し、人が住んでいた頃の時間と記憶を織り込みながら、空間そのものをアーティストが作品化しています。地域に点在する作品は、現在も生活が営まれている本村を散策しながら鑑賞することになります。その過程では、場所の持つ時間の重なりやそこに暮らす人々の営みを感じることでしょう。生活圏の中で繰り広げられる来島者と住民との出会いにより、さまざまなエピソードを生み出しているのもこのプロジェクトの特徴です。都市と地方、若者とお年寄り、住む人と訪れる人とが交流していく中で生まれる新たなコミュニティの在り方を提起する契機になったこの有機的な取り組みは、日々変化しながら進化を続けています。
角屋
家プロジェクト最初の作品。
直島町の人々が制作に参加し、地域や島民の生活に現代アートが介在する契機にもなったとのこと。

1998
護王神社
江戸時代から建つ護王神社の改築にあわせて杉本博司氏が設計。

2002
硝子の階段は地下に続く。

@杉本博司ギャラリー 時の回廊
実際に地下の石室に入ることができる。

細い通路を進み、ふと入口側を振り返ると、そこには《海景》が浮かぶ。

素晴らしい。
杉本博司氏は私が敬愛する作家の一人だ。

・ANDO MUSEUM
安藤忠雄の設計による打ち放しコンクリートの空間が、本村地区に残る築約100年の木造民家の中に新しい命を吹き込んでいます。過去と現在、木とコンクリート、光と闇。対立した要素が重なり合う、小さいながらも安藤忠雄の建築要素が凝縮された空間です。安藤忠雄の活動や直島の歴史を伝える写真、スケッチ、模型だけではなく新たに生まれ変わった建物と空間そのものをご覧いただく美術館です。
ベネッセアートサイトにおける一番の立役者とも言える安藤忠雄氏の功績をコンパクトにまとめたミュージアム。
その偉業に対して控えめすぎる気がしないでもないが、そんなところも含めて安藤忠雄たる所以なのかもしれない。



あえて元の梁を見せつつ箱の内部にコンクリート構造をブチ込んでいる。

このスペースで終わりかと思いきや、さらに地下階に瞑想ルームのような小部屋があった。
壁に傾斜がついており部屋を歩くと奈義町現代美術館の荒川修作作品のような不思議な感覚に捉われる。

瞑想ルームから入口を振り返るとそこには安藤忠雄の名を一躍世に知らしめた初期の代表作《住吉の長屋》の展示が。

・はいしゃ
かつて歯科医院兼住居だった建物を大竹伸朗が丸ごと作品化。

外観も内観も実に大竹伸朗らしい。


16:30
各会場閉館の時刻。
私も宇野港へ帰るため直島宮浦港へ向かう。
今日も炎天下に自転車を漕いだりして汗を死ぬほどかきまくった。
宿に戻れば温泉が待っているのだがその前にひとっ風呂浴びたくなり、出港まで時間があったので港近くの直島銭湯「I♥湯」へ。
・直島銭湯「I♥湯」
アーティスト・大竹伸朗が手がける実際に入浴できる美術施設。直島島民の活力源として、また国内外から訪れるお客様と直島島民との交流の場としてつくられたこの銭湯は、外観・内装はもちろん、浴槽、風呂絵、モザイク画、トイレの陶器にいたるまで大竹伸朗の世界が反映されています。
また地域との協働として、施設の運営はNPO法人直島町観光協会が行っています。浴槽につかり、全身でアートを体験してみてはいかがでしょうか?
ここも丸ごと大竹伸朗作品だがしっかり銭湯として機能している。

内観は(銭湯なので)撮影禁止だが、細部までしっかりと大竹伸朗イズムが行き届いていた。

銭湯で汗を流してスッキリし、フェリーに乗り込む。

帰りのフェリーで考えた。
過疎の島を年間数十万人が訪れるアートの最前線へと変貌させたベネッセ/福武財団の功績は素晴らしい。
建設や運営にかかる莫大な資本や、厳格化された統一オペレーションの徹底がなければ成り立たない中、見事に継続維持している。
元々の建物や理念は素晴らしいのに、内部のセンスのない運用で変な看板や張り紙を後付けしたり、統一感の無い椅子や什器などでごちゃごちゃにしたりして、結果バラバラでダサくなってしまっている美術館やギャラリーをいくつも知っているが、直島ではそうならないように細部までミリ単位で計算され、完璧なアート空間を演出している。
一方何もいじらない元々の風景も美しい。
素晴らしい自然や綺麗な海がここにはある。
寂れて過疎化した集落だって風情を感じる。
外から来た私にとっては。
一過性で外からやってきて、数日でここを去る。
感動した、素晴らしかった、癒された、と人々は言う。
静かな場を荒らして、大量のゴミを残して。
訪れる人が増えれば島に落ちる金額も増える。
うまいこと時流に乗って商いをする人は潤う。
が、アートサイトから外れた地域の人たちは今までと変わらない質素な生活を送る。
結果、島内で収入格差が広がる。
今まであちこちで散々見てきた開発問題がここにも存在する。
「魚を与えるのではなく、魚の釣り方を教える」という言葉があるが、アートに置き換えた場合「アートを与えるのではなく、アートの作り方を教える」というだけでは成り立たないように思う。
素朴な村人が見よう見まねで作ったフォークアート、それ自体は素晴らしいものかもしれないが、それを見るためだけに人々はこの島に足を運ばないだろう。
魚を与える者、魚の釣り方を教える者、魚を釣る者、魚を釣るための道具を作る者、魚を美味しく食べる者、魚を育て増やす者、魚を飼って愛でる者、魚の生態を研究する者、魚の存在を広める者…
きっと全てが必要なのだ。
ベネッセアートサイト直島の理念は素晴らしいと思う。
瀬戸内海の風景の中、ひとつの場所に、時間をかけてアートをつくりあげていくこと――各島の自然や、地域固有の文化の中に、現代アートや建築を置くことによって、どこにもない特別な場所を生み出していくことが「ベネッセアートサイト直島」の基本方針です。
各島でのアート作品との出会い、日本の原風景ともいえる瀬戸内の風景や地域の人々と触れ合いを通して、訪れてくださる方がベネッセホールディングスの企業理念である「ベネッセ―よく生きる」とは何かについて考えてくださることを目指しています。
そして、活動を継続することによって地域の環境・文化・経済すべての面において社会貢献できるよう、現代アートとそれを包括する場である地域がともに成長し続ける関係を築いていきたいと考えています。
そう、それは本当に素晴らしい。
だがそれを本当に実現させるためには、この地を単にアートのテーマパークとしてしまってはいけない。
一過性の娯楽で終わらせずに、ここで見て感じ考えたことを踏まえて、今後の人生においてアートをどのように位置付け、どう関わっていくのか、そして「よく生きる」とは何か、どう行動していくべきなのかを考えなければならない。
それは、この地を訪れ、そして元の生活に戻っていく私たちに(私にも)課された問いだ。

18:00
ホテル帰着。
昨日、一昨日に引き続き、早速今夜も行くぜ「たまの湯」!

連日の夕飯&ビール→サウナ→温泉のスペシャルコンボに加えて、今夜はマッサージもキメさせていただく。
最後だし…ええい、ままよ、フットケア&ボディケアセット80分!!

3日目終了。
明日は倉敷へ。
楽しみだ。
4日目(最終日)へ続く↓
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