トーマス・ミュラー(Thomas Müller)の原点:FCバイエルン・ミュンヘンのレジェンドの初期キャリアを振り返る。
トーマス・ミュラー

Thomas Müller
生年月日:1989年 9月13日(36歳)
出身:ヴァイルハイム・イン・オーバーバイエルン, バイエルン州
身長:185cm 利き足:右足
主なポジション:トップ下、ウイング
Mia san Treue:地元出身のレジェンドたち

FCバイエルン・ミュンヘンの象徴的な選手を想像してほしい。ゲルト・ミュラー、ゼップ・マイヤー、フランツ・ベッケンバウアー、ゲオルク・シュヴァルツェンベック、バスティアン・シュバインシュタイガー。彼らには共通点がある。全員がドイツ・バイエルン州の出身選手なのだ。バイエルンは世界最多の会員数を誇る国際的クラブで、数多くの世界的なスター選手たちがプレーした歴史がある。
ただ地元出身選手の存在は、クラブのアイデンティティだ。クラブモットーの1つである「Mia san Treue」からも、クラブが地元出身の選手を重視していることがわかる。そして、近年のバイエルンにおける地元出身の象徴的な選手がトーマス・ミュラーだ。本テキストでは、2008年のブンデスリーガ1部デビューから現在まで、16シーズンに渡ってバイエルンで活躍したミュラーの初期のキャリアを振り返る。
トーマス・ミュラーのユース時代

『メンタリティは、才能に打ち勝つ』
footballistaの2021年3月号のなかで、クリストフ・フロイントが取材に対して興味深い言及をしていた。レッドブル・ザルツブルクがアーリング・ハーランドを獲得したのは、彼が「大きな才能を持って」いる以上に、「彼が持つ並外れたメンタリティ」をすぐに見て取れたからだというのだ。しかしミュラーをみていると、その意味が深く理解できる。ミュラーの強みは、「勝利」を目標として戦うメンタリティーにあるからだ。
1989年9月13日に生を受けたミュラーは、州内でもとくに南方のヴァイルハイム・イン・オーバーバイエルンの出身。1993年から2000年まで地元のTSVペールでプレーし、2000年にバイエルンのD-ユーゲントへと移籍した。バイエルンの各ユース年代を経て、A-ユーゲントまで昇格したミュラーは、ユース最後のシーズンとなった2007/08シーズンのリーグ戦で18ゴールを挙げ、注目を集める。
トーマス・ミュラーのデビューシーズン

ユースで高い期待に応え続けたミュラーは、2008/09シーズンの開幕戦でユルゲン・クリンスマン監督率いるトップチームでのデビューを飾る。2008年8月15日に行われた同試合の対戦相手はマルティン・ヨル監督率いるハンブルガーSV。当時のハンブルクは強豪で、イヴィツァ・オリッチやナイジェル・デ・ヨング、同試合の1週間後にマンチェスター・シティFCへ移籍するヴァンサン・コンパニなどが在籍した。
79分、ミロスラフ・クローゼとの交代で出場した当時18歳のミュラーは、同い年のトニ・クロースと連携して裏への攻撃を展開し、守備でも精力的に走る彼らしいプレーを披露。試合は2-2と引き分けたが、クラブに優秀な若手選手が育ちつつあることを予感させた。シーズンを通じて、公式戦5試合に出場したミュラーは、2009年3月、CLでのスポルティングCP戦でコーナーのこぼれ球を押し込み、公式戦初ゴールを挙げた。
名将のもとでの「飛躍」

クリンスマンが指揮したバイエルンは、ブンデスリーガを2位、DFBポカールとチャンピオンズリーグを準決勝敗退で終えた。「無冠」でシーズンを終盤を迎えたバイエルンは、4月末にクリンスマンを更迭し、7月にAZからルイ・ファン・ハールを招聘する。
前季も出場機会を得ていたものの、「期待の若手」の一人にすぎなかったミュラーは、ファン・ハール監督の下で「飛躍」を果たすこととなる。
ファン・ハールを新監督に迎えたバイエルンは、2009/10シーズンに向けて大規模に選手を刷新した。ルカ・トーニやルーカス・ポドルスキ、ルシオを放出し、マリオ・ゴメスを3000万ユーロ、アリエン・ロッベンを2500万ユーロ、イヴィツァ・オリッチをフリーで獲得したのだ。すでにフランク・リベリーやクローゼを擁したうえ、大型補強を行なったことで、ミュラーがバイエルンで出場機会が危ぶまれたが、彼は2009/10シーズンのリーグ戦全34試合に出場した。
ミュラーの評価を高めた2試合

2009/10シーズン、ミュラーが飛躍を遂げるきっかけとなった2試合がある。ブンデスリーガ第4節ホームでのVfLヴォルフスブルク戦と第5節アウェーのボルシア・ドルトムント戦である。前シーズン王者のヴォルフスブルクとの一戦で、ミュラーはブンデスリーガ1部で初先発した。前半は右ワイドのポジションで精力的に走ってチームに貢献し、後半ロッベンがベンチから出てくると中央にポジションを移してプレーした。
ミュラーの適応力の高さが評価されたことは間違いない。ユーティリティな選手を好むファン・ハールにとってミュラーは貴重な選択肢となった。それを決定づけたのが、第5節のドルトムント戦。ハミト・アルトゥントップとの交代で出場したミュラーは、強烈なシュートでリーグ戦初ゴールを含む2ゴールを挙げたのだ。最終的にはシーズンで13ゴールを挙げ、チームに欠かせない存在となってみせた。
トーマス・ミュラー、伝説のゴール

その後、ミュラーがバイエルンで比類ないキャリアを築きあげたことに関しては、言及するまでもない。数多くの優れたゴールを決めてきたミュラーだが、当時、試合を観ていたファンにとって、ミュラーのキャリアにおけるベストゴールは間違いなくあの1発だっただろう。2016年2月20日に行われたバイエルンとSVダルムシュタット98の一戦、アルトゥーロ・ビダルのクロスを胸トラップして決めたバイシクルだ。
ミュラーのキャリアを振り返って驚きを覚えるのは、やはり彼のメンタリティーが特別だということだろう。世間一般の評価と違い、ミュラーはスプリント能力や空中戦などのフィジカル面に優れ、ミドルシュートの技術はストライカー顔負けだ。しかし、世界屈指の強豪クラブでポジションを争い続けることができたのは、間違いなく彼のメンタリティーが優れていたことが大きいように思う。
ミュラーは自分のプレースタイルを「ラウムドイター(スペースを使う者)」と嘯くが、その役割自体、彼がいかに試合中の相手にとって自分が脅威になるかということを考えて導き出した産物だろう。つまり、いかにチームを勝利させるかを極めていたのだ。ときには冷酷なスコアラーであり、ときにはリーグ最高のアシスト役であり、時にはムードメーカーである。そんな選手がトーマス・ミュラーだ。
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