キングスレイ・コマン(Kingsley Coman, サッカーフランス代表)のFCバイエルン・ミュンヘンでのキャリア・経歴を振り返る。
キングスレイ・コマン

Kingsley Junior Coman
所属クラブ:FCバイエルン・ミュンヘン
生年月日:1996年 6月13日(29歳)
国籍:フランス、グアドループ
身長:181cm 利き足:右
バイエルンでの背番号:29(2015-2021) 11(2021-2024)
キングスレイ・コマンが伝説となった日

2020年8月23日、リスボンに位置する聖地エスタディオ・ダ・ルスで行われたチャンピオンズリーグ決勝で、FCバイエルン・ミュンヘンがパリ・サンジェルマンFCを下した。試合唯一のゴールを決めたのは、キングスレイ・コマン。ヨズア・キミッヒがティロ・ケーラーの背後へ送ったふわりとしたクロスに、頭で合わせて挙げた得点だった。
準々決勝のバルセロナ戦でも、準決勝のリヨン戦でも、先発出場したのはイヴァン・ペリシッチ。それにも関わらず、ハンジ・フリック監督はコマンを古巣との対戦に先発で起用したのだ。キリアン・エンバぺ、ネイマール、トーマス・ミュラー、ロベルト・レヴァンドフスキ。世界的なスターが一堂に会した試合で、マン・オブ・ザ・マッチに輝いたのは24歳のフランス人だった。
バイエルンにとって、コマンは重要な存在だった。それは彼がビッグイヤーをもたらすゴールを挙げたからだけではない。抜群のスプリント能力で局面を打開する彼のプレーは、バイエルンに多くの勝利をもたらした。バイエルンに在籍した10シーズンで残したコマンの活躍を振り返る。
名将グアルディオラの下で掴んだ「成長」

コマンがバイエルンへ加入したのは、2015/16シーズン。ペップ・グアルディオラ監督3シーズン目を迎えたバイエルンは、大きな課題を抱えていた。クラブの象徴であり、攻撃の中心だったアリエン・ロッベンとフランク・リベリーが揃ってコンディションに問題を抱えたのだ。彼ら2人が不在の試合で、チームのサイド攻撃を担う人材として白羽の矢が立ったのが、ドウグラス・コスタとコマンだった。
グアルディオラ監督は当時19歳のコマンに多くのチャンスを与えた。リーグ戦では20試合に先発で起用し、シーズンを通じても35試合に出場させた。期待に応えたコマンは第5節のSVダルムシュタット98戦の初ゴールを含む、4ゴール6アシストをリーグ戦で記録。何よりチャンピオンズリーグのラウンド16の第2戦、保有元のユヴェントスFC相手に途中出場から1ゴール1アシストを記録したことで一躍脚光を浴びた。
鮮烈な活躍をみせたコマンは、彼にとって憧れの存在である「フランク・リベリの後継者」として注目を集めるようになる。ユーロ2016ではディディエ・デシャン監督率いるフランス代表の最年少選手として招集され、2試合の先発を含む6試合で起用されるなど同代表チームの準優勝に貢献。しかしバイエルンがカルロ・アンチェロッティを新監督に迎えた2016/17シーズンは、コマンにとって厳しい1年となる。
直面した課題と掴んだ「成功」

コマンが直面した課題は大きく2つあった。1つは復帰したロッベンとリベリーに加えコスタとポジションを争う必要があったこと。もう1つは関節系の怪我でシーズン前半を離脱せざるを得なかったことだ。コマンが2016/17シーズンの公式戦で記録した得点は、8-0の勝利を挙げたハンブルク戦での2ゴールのみ。2100万ユーロの買取りオプションを行使すべきか疑問視されたが、バイエルンのフロントはコマンの移籍金を支払うことを決断する。
2017/18シーズン、コマンは復調した。ロッベン、リベリーとポジションを分け合う形で出場機会を得たコマンは、とくに2017年10月6日のユップ・ハインケス監督就任以降、6ゴール7アシストを記録するなど活躍。しかし2018年2月24日に行われた第24節ヘルタ・ベルリン戦で左足首を損傷。同年5月20日、アイントラハト・フランクフルトと対戦して敗れたDFBポカール決勝で復帰するまで離脱を余儀なくされる。
さらにバイエルンがフランクフルトからニコ・コバチ監督を招聘した2018/19シーズンの第1節TSGホッフェンハイム戦で、コマンは再び左足首の靭帯を損傷。12月1日の第13節SVヴェルダー・ブレーメン戦での復帰まで戦線を離れた。しかし復帰後のコマンは圧巻のプレーを披露。
チャンピオンズリーグのAFCアヤックス戦で見事なゴールを挙げるなど、公式戦27試合に出場して9ゴール6アシストを記録した。とくにRBライプツィヒと対戦したDFBポカール決勝ではルーカス・クロスターマンを鮮やかにかわして得点を挙げるなど活躍し、バイエルンのタイトル獲得に大きく貢献した。
ハンジ・フリックから得た信頼

2019年の夏、ロッベンが現役を引退し(のちにフローニンゲンで復帰)、リベリーがバイエルンを退団したことで、コマンは左ウイングの1番手として起用されるようになる。第10節フランクフルト戦の大敗に伴いフリックが暫定監督に就任して以降も、左ウイングの1番手はコマンだった。2019年12月12日に行われたチャンピオンズリーグでのトッテナム・ホットスパーFC戦でも先制点を挙げる活躍をみせる。しかし同試合で左ひざの関節を負傷。2月に復帰した後も肉離れし、再度チームを離脱した。
コンディションが安定していないにも関わらず、ハンジ・フリックはコマンを信頼した。リーグ戦のデア・クラシカー2試合やバイエル・レヴァークーゼンとのDFBポカール決勝、パリ・サンジェルマンとのチャンピオンズリーグ決勝などの大一番でフリックはコマンを先発で起用したのだ。象徴的な2選手を失いながらバイエルンがクラブ史上2度目の3冠を成し遂げたのは、フリックの見事なマネジメント能力による産物だった。
2020/21シーズン、欧州王者にレロイ・ザネとコスタが加入し、コマンの出場機会は減少するかに思われた。しかし実際にはコマンの存在感はより大きなものとなった。負傷で合流が遅れたにも関わらず、第4節のアルミニア・ビーレフェルト戦以降チームの先発に定着し、リーグ戦では29試合で5ゴール10アシスト、チャンピオンズリーグでも7試合で3ゴール2アシストを記録した。コンディションが安定したことで、相手を抜き去ってからのクロスなどのプレーが冴えわたり、素晴らしい活躍を披露した。
クラブの混迷期と負傷との付き合い

ユリアン・ナーゲルスマンがバイエルンの監督に就任した2021/22シーズン、コマンのクラブでの背番号は11になった。2022年1月にはクラブと2027年までの契約延長に合意し、新たな顔役としての活躍が期待された。実際、負傷ははさみながらも、ウイングバックとして起用されたコマンは21試合6ゴールと一定の活躍をみせた。2022/23シーズンは序盤で欠場するも、シーズン後半に調子を取り戻したコマンは活躍をみせた。
しかし2023年、クラブがナーゲルスマンの解任を決断。新任のトーマス・トゥヘル監督から信頼を得たコマンは、安定性を欠いたクラブのなかでリーグ優勝に貢献した。続く2023/24シーズンは序盤から出場機会を得るも、第19節のFCアウクスブルク戦で負傷。残りのシーズンを棒に振ったうえ、クラブもリーグ優勝を逃すことになる。
放出候補の1人とされた夏を乗り越えて再起を誓った2024/25シーズン、コマンは安定感を取り戻してみせた。新任のヴァンサン・コンパニ監督は、ザネやコマン、セルジュ・ニャブリ、マイケル・オリーセ、そしてジャマル・ムシアラの5人の2列目を巧みにローテーションし、選手のコンディションを維持。コマンは先発14試合を含む28試合に出場し、5ゴール4アシストと2021/22シーズン以来となるリーグ戦の出場時間を記録した。
キングスレイ・コマンのプレースタイル

コマンは、バイエルンでのキャリアのなかで負傷と向き合い続けたが、それでも彼の爆発的なスプリントと局面の打開力は、チームにとって欠かせないものだった。実際、2025/26シーズンを向かるにあたってバイエルンが擁するスカッドには、コマンに匹敵するほど優れたスピードを持つウイングはいない。
シュートやクロスの精度が高いわけでもないし、突破してからのカットインの選択も多くない。ただミドルシュートの威力は強烈で、何度も重要なゴールを挙げていた。おそらくコンパニ監督はコマンの不在を嘆くことになるだろう。コマンの後釜として期待されているだろう選手は、おそらくユースのウィズダム・マイク。マイクがコマン不在の穴を少しでも埋めてくれることを期待したい。
読了していただき、ありがとうございます!
そのほかFCバイエルン・ミュンヘンに関するおすすめ記事はこちら

