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連載23:過ぎ越し〈復活祭の一報〉5-9

マークス神父と「また煌堂で」

受難の始まり/聖週間2020

5-9 過ぎ越し〈復活祭の一報〉

 ジョー・マークスは、壊滅的なデジタル音痴であった。
 八十をすぎても記憶力抜群、頭脳明晰、三歳からラテン語のミサ式文に馴染んできたマークス神父※※であったが、残念ながら、テクノロジーの進歩からは完全に置き去りにされていた。

 コロナ禍の前、ある日、朝五時にビデオ通話の着信音が鳴り響いた。
 仰天して飛び起きると、発信元はジョーだった。

 子どもたちの弁当を作っていた若い時分はともかく、私はその時、完全に夢の中だった。

 朝の五時である。
 この時間、マークス神父は朝の巡礼に出ているはずだ。※※※
 転倒でもしたのか?
 心臓がバクバクして、つい大声が出てしまった。
 「どうなさいましたか!?」

 すると画面の向こうから、慌てた声が飛び込んできた。
 「あれっ? ゴメンなさい! 間違っチャッタ!」
 ??!!??!!??

 何ごとかと思いきや、タブレットで「ビデオ通話の復習をしていました」ですと!
 「今日は雨だから、巡礼はお休みです」

 あ、そうか。
 杖二本で歩いていたジョーは、雨の日の外出はできないから、代わりにお勉強していたというわけか。
 なるほど。
 でもジョーさん、ちょいとばかり私の寿命が縮みましたわよ!

 実は当時、ジョー・マークス神父はタブレットの特訓を受けていた。

 彼は人づてにタブレットなるものの存在を知り、興味を覚えたらしい。
 今後「何かの時」のために、多様な機能を備えているらしいソレを使えたら良いかもと、自分なりに検討したようだ。
 「相談に乗って欲しい」と、マークス神父は夫を頼ってきたのである。

 夫は安易に、いや、喜んで引き受けたのであったが。
 あのマークス神父が社会から取り残されるどころか、時代に逆行するほどの超アナログ人間であったとは、さすがに想定外というか、完全に誤算だった。…と、夫は今でもタメ息をつく。

 ジョー・マークスのタブレットとの格闘は、帰天の直前まで続いた。
 教わる側の「八十の手習い」は、さぞや難儀だったろう。
 だが教える側も、尋常でない根気と工夫を要した。

 マークス神父の「デジタル化プロジェクト」は、主に夫と息子が担ったが、必要に応じて(かなり頻繁に)娘や私も関わった。
 結果的に、一家総出の一大プロジェクトになった。

 そうした全員の努力の甲斐あって、あのコロナ禍中に毎日ビデオ通話が可能になり、煌堂ミサが実現したのだった。
 そう、ジョーの予見した「何かの時」は、ほどなく、確かにやって来たのだ。

 神はまことに驚嘆すべき方である。

 2020年4月、コロナ禍に迎えた復活の主日。
 朝六時前。
 今度はメールの着信音で私は目が覚めた。

 差出人は言わずと知れた、ジョー・マークス神父である。
 その頃には、彼はタブレットでメールが打てるようになっていた。
 主は賛美されますように。

 その日、マークス神父から届いた早朝メールには、主の復活を迎えた喜びと祈りが綴られていた。


親愛なるミカゲ

Happy Easter!!

昨日は、なんと夜の九時から朝の五時まで、ぐっすり眠りました!
こんなに熟睡したのは、何週間ぶりのことでしょう。※※※
「アレルヤ!」と大声で歌いたい気分ヨー。

寝坊してしまったので、朝三時の祈りはできなかった。
ま、いいでしょう。
今まで私、毎晩ゲッセマネにいましたからね。※※※※
代わりに今から聖堂に行って、祈りの時間を持ちます。

実は今朝、ある人から「コロナに感染した」と、連絡が入りました。
今、私たちにできるのは、祈ることだけ。
本当に祈ることだけ。
でも、それが何より力を持つことです。
だから一緒に祈ってください。

病気の方々の上に、最善が成されますように。
患者に関わる全ての医療従事者に、力が与えられますように。

主よ、どうか私たちの祈りを受けとめ、何千倍もの恩寵にして、彼らに届けてください。

今、たった独りで闘っている病人と。
今、病人の傍にいられずに、無力さを噛みしめながら祈り続けている人と。
互いの絆を結んでください。

この災禍に喘ぐ世界中の、一人ひとりの苦悩、悲しみ、痛み、祈り、….
そういった全てを通じて、どうか新たに愛の力をこの世界に生み出してください。

世界中の一人ひとりが、主よ、新たにあなたに出会い、あなたと交わり、あなたとの関係をより深めていけますように。

主よ、今、この世の声にならない叫びを、どうか受け取ってください。
人々の言葉にならない祈りと、その心そのものを、どうか受け取ってください。

復活なさった主イエス・キリストの御名によって、御前にお捧げいたします。

父と子と聖霊の祝福が、世界中の人々に注がれますように。
アーメン。

さて、これから聖堂に行きます。
ミカ、私はもう、ゲッセマネを自分の常駐の住まいにはしない。※※※※
今日はゴルゴダを乗り越えて、主イエス・キリストより一足先に、ガリラヤに行きましょう。
そして、復活なさった主をお待ちしていましょう。
喜んでいましょう!
主は復活なさいましたから!

では後ほど、また煌堂で!
ご家族の皆さんによろしく。

愛をこめて
ジョー

(注:原文は英語と日本語。私訳)


文中※※↓↓関連記事:幼いジョーのミサごっこ

文中※※※↓↓関連記事:早朝の巡礼と不眠

文中※※※※↓↓関連記事:眠れない夜のゲッセマネ



mikageです:

コロナ禍中に
恩師マークス神父(仮名)と過ごした
バーチャル聖堂「煌堂」での祈りの日々を
連載で綴っています。

(たまに単発で短編を挟むことがあります)

更新は不定期です。
1話ごと、祈りの中で言葉を紡いでおります。
気長にお付き合いくださいませ。

なお、本作は実話録ではありますが、
主人公はじめ登場人物・組織名等は、
(少なくとも当面は)仮称を用います。

読者の皆様には、ジョー・マークスを、
世間的な「肩書き」や、修道会・教会という組織の名称とは切り離された、ただ「神の御前に何ものでもない、一人の無名の老人」として、受け取っていただきたいと望んでおります。

また、記事は事実をベースとしつつ、
一部の出来事や時系列などに、再構成や脚色を含みます。

続き(連載24)はこちら↓

本記事(5-9)「過ぎ越し」の
(5-1)はこちら↓

連載の第1回はこちら↓

単発短編はこちら↓

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今後ともよろしくお願いいたします。

目を留めてくださるお一人おひとりに
祝福を祈りつつ…
mikage

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