20_ハンカチを首に_ J.D.サリンジャー『バナナフィッシュにうってつけの日』考察
Q. ハンカチの結び方について語られるのはなぜか?
「バナナフィッシュにうってつけの日」では、シビルの母の隣に座っている女性が「ごく普通の絹のハンカチ」について「知りたいわ、どうやって結んでたのかしらねえ。すごく素敵だったのよ」(柴_23)と話す場面がある。今回はこの会話の意味について考えたい。
本稿の解釈はこう。
A. ハンカチは神話の包帯で、象徴的に死んだ英雄の傷を癒し再生へ導くアイテムだから。
以下に理由を述べる。
J.D.サリンジャー『バナナフィッシュにうってつけの日』読解をマガジンで連載しています。前の記事を未読の方は、もしよろしければ、01からお楽しみください。
1 『ハムレット』の包帯
まずは、シェイクスピア作品に登場する布やハンカチの意味から確認していきたい。
T.S.エリオットの『荒地』には、古代エジプトの豊饒神話であるオシリス神話について言及した部分があり、サリンジャーの『キャッチャー』にもオシリスの物語が重ねられていることは先行研究で指摘されている(詳細下記参照)。
『ハムレット』にもオシリス神話に似た、太古の豊饒神話を連想させる記述が複数ある。詳細は改めてまとめるが、「五体を切り刻む」(109)、「わが国の関節がはずれ、解体した」(23)「お体が粉々に砕け/かき消えてしまいそう」(75)「曲れ、かたくなな膝。鋼と化した心よ、/生まれたての赤子のように柔らかになってくれ」(159)などの、身体がバラバラになって溶けて大地に還るイメージ、その後に赤ん坊として生まれなおす死と再生のモチーフ、「そこにいるのはホレイショ―か?」「そのはしくれだ」というおどけたやり取り、(11)「ほほーい」という(62)鷹匠が鷹(オシリスの息子ホルスは鷹の頭を持つ)を呼び戻す掛け声などがそれ。
すると、劇中劇に登場するヘキュバはオシリスの妻イシスと重ねられる。オシリス神話において包帯は、イシスが一度死んで八つ裂きにされたオシリスをつなぎ合わせ、ミイラとして復活させるためのアイテム。
だから、『ハムレット』でヘキュバについて「頭には輝く宝玉も今はなく、あさましき布一枚。/あまたの王子を生みてやつれしその細腰、纏うは錦の衣にあらず/恐怖のあまりとっさに掴みし毛布一重」(108)と語られる布や毛布は、イシスがオシリスをつないだ包帯と結びつく。「面を包みし王妃ヘキュバ」というセリフに対し、ハムレットが役者と同じセリフを復唱し、ポローニアスが「うん、これはいい」とわざわざ強調してみせるのは、これが重要なモチーフだから。
少々深読みをするなら、物語のはじめから自殺を仄めかし、クローディアスへの復讐と共に自分の破滅を予感しているハムレットはここで潜在的に、自分が死んだあとで再生へ導いてくれるイシスの包帯、ヘキュバが纏う布や毛布を求めている、という読みも可能。
イシスの包帯が、神話において英雄の傷を癒してよみがえらせるアイテム、死んだ英雄を再生へ導くクジラの腹、英雄のマントに結びつくことは、下記で述べた通り。聖母マリアの青いコート、『キャッチャー』のフィービーが纏い、ミュリエルが持っている青いコートにも結びつき、母なる海へも通じる。さらに、『キャッチャー』においては、アントリーニ先生のコートを経由して、スペンサー先生のナバホの毛布から、バスローブへ結びつく。これが、英雄が赤ん坊として再生するときのおくるみになる。「バナナフィッシュ」のシーモアが纏っているバスローブには、だから彼が死んだ後の再生への願いが込められている、ということも出来るだろう。
「バナナフィッシュ」のハンカチが「ごく普通の」ものだと強調されるのは、『ハムレット』でヘキュバが纏うのが「あさましき」布一枚であることと呼応する。高価であったり特別であったりする必要はない、神話や物語で傷ついた者を救うのは、ごく普通の布や毛布。それは、誰もが差し伸べられるほんの少しの思いやり、救済の手の象徴なのであり、それこそが〈聖杯〉なのである。
2 『マクベス』のハンカチと金貨
シェイクスピアの『マクベス』では、主人公が魔女のもとで首だけの亡霊を見た後、最後に首を落とされて死ぬ。また、王が病人の「首に一枚の金貨をかけてやり、/聖なる祈りを唱えるだけで」医者にも治せない病を治してしまう(143)と語られる。別の場面では、「首くくったか。(略)ハンカチどっさり用意しときな。地獄の熱でたっぷり汗かくからな」(59)というセリフがある。
これらをあわせれば、表面上は汗を拭くためのものとして言及されるハンカチにも、首をつなぐ包帯のイメージを重ねてもよいのではないだろうか。そしてそれは、錬金術で得られる黄金のイメージと結びついている。
マクベスは、表面的には殺人という最悪の罪を犯して自らも破滅した人物。しかし、神話の法則では、自らの罪深さを知り、一度死んで悪を浄化し、悪を自らの内に包摂してこそ、高い徳や聖性を身につけ成長した姿で生まれ変われるという思想がある。首にかける金貨には、そんな神話的・錬金術的な死と再生のイメージが付与されているように思われる。
シェイクスピアが描こうとする錬金術は、物語における象徴的な死と再生の先にある、精神的な成長としての黄金。サリンジャーはそれをふまえて、『キャッチャー』で黄金に輝く麦畑を理想の精神状態として描き、「バナナフィッシュ」のシーモアに首もとを気にさせているのではないだろうか。
3 『お気に召すまま』のネックレスとハンカチ
『お気に召すまま』のオーランドーがナルキッソス、永遠の少年として描かれていることは下記で述べた。
同作前半で、オーランドーは兄の雇ったレスラー、つまり兄の分身的な存在とレスリングで戦い、勝利をおさめる。そのあと、宮廷を出て行くことになるオーランドーに、ロザリンドはお守りとしてネックレスを贈る。
後半では、オーランドーが兄を襲おうとしていたライオンと闘い、負傷しながら兄の命を救う。このときの腕の傷をふさいだ血まみれのハンカチは、オーランドーの怪我を知らせるためにロザリンドの元へ届けられる。この〈血まみれのハンカチ〉は包帯。
そして、前半でオーランドーが戦ったレスラーも、後半で戦ったライオンも、兄オリヴァーの分身として読めるから、この二つのエピソードは対。前半の対決は、兄弟の決別・分離を決定的なものとし、兄弟が宮廷と森に離れ離れになるきっかけをつくる。後半では、弟が兄の中にある獣性(兄弟を決別させた負の要素)と対決し、勝利をおさめることで、兄弟が和解する。これを契機として、恋人たちは結婚し、森に逃げていた人々は宮廷へ戻り、大団円がもたらされる。
『お気に召すまま』には、神話の英雄の旅・聖杯伝説の最も基本的な形「分離→移行→統合」(詳細『キャッチャー』読解参照)をあてはめることができる。前半と後半のオーランドーと兄(の分身)との対決が、それぞれ分離と統合の契機となっているわけだ。
だから、前半でロザリンドがオーランドーへ贈るネックレスと、後半でオーランドーのもとからロザリンドへ届けられる血まみれのハンカチも、対になるアイテムとして読める。それは、人々の関係や心を分離させたり統合したりする両義的な賢者の石といえる。
〈血まみれ〉は痛々しい言葉だが、神話やそれに倣うシェイクスピア作品においては、血を流すことこそが試練を乗り越えて浄化がもたらされたしるし。サリンジャーの『キャッチャー』で何度も流血が描かれるのも同様の理由(下記参照)。血まみれのハンカチと対になる前半のネックレスは、英雄オーランドーが血を流すときに備えて、彼の首を守り、再生へ導くために女神が贈ったお守りといえるだろう。
同作後半でオーランドーが怪我をした場面が、英雄の象徴的な死にあたる。死に近い体験をしたが、ロザリンドのネックレスのおかげで再生を果たすことができた。それを知らせるために、血まみれのハンカチが届けられるわけだ。シェイクスピア作品において、ハンカチやネックレスは、神話の中で象徴的に死に、再生する運命にある英雄の首もとを守り、傷を癒し、再生へ導くアイテムなのである。
劇中でロザリンドは、「魔術師について学んだ」(174)と発言する。シェイクスピア作品で魔術といえば錬金術的な能力のことであり、同作でロザリンドは錬金術師の役割を担う。
男装することで男女を融合し、高貴な出自でありながら森の羊飼いに扮して身分の違いをなくし、新しい人物ギャニミードを生み出して、宮廷の人々と森の人々を結び付ける。最後にはロザリンドに戻ってオーランドーと結婚し、シルヴィアスとフィービーをも結びつけ、新しいカップルを誕生させる。さらに、エピローグではロザリンドを演じた少年俳優が、少女から少年に戻ることで男女の境界線を揺るがせもして、繰り返し錬金術師としての能力を発揮し、最終的には物語を大団円へ導く(参考:ちくま文庫、前沢浩子氏の解説)。
ロザリンドがオーランドーに与えるネックレスは、ロザリンドが起こした一連の対立物の一致、錬金術・魔術の象徴。ハンカチ・包帯と対のそれは、神話の英雄の首を守るネックレスという形で描かれている。
4 『オセロー』の夫婦をつなぐハンカチ
『オセロー』では、苺の刺繍のあるハンカチが物語の鍵を握る。苺はバナナと同じ甘い果実で、赤は血の色。堕落を表すシミと永遠の少年が流す血を結びつける記号。
サリンジャーの「ハプワース」でシーモアとバディが苺摘みに行くエピソードも、これを念頭に書かれたものだろう。(詳細「ハプワース」読解にて。サリンジャーは「エズメのために」にドストエフスキーの『罪と罰』につながるモチーフを使っていて、『罪と罰』でもいちごが同じ意味で登場する)
『オセロー』で、「神がかりの状態で(苺の)模様が縫い取られた」「不思議な力がある」(151)ハンカチは、デズデモーナが大切に持っている間は夫婦を結び付ける赤い糸、対立物を一致させる賢者の石のような役割を果たすが、妻がそれを無くしてしまうと、反対に夫婦の中を引き裂くアイテムとなる(詳細『オセロー』読解にて)。
(覚書として)『夏の夜の夢』の劇中劇で言及されるシスビーの血まみれのマント(ヴェール)もこれと同じものといえるだろう。
5 「バナナフィッシュ」のハンカチ
前回、「バナナフィッシュ」のシーモアは、オルフェウスとして、首を切られて死ぬことを心配し、襟もとに手を添えるのだと考察した(下記参照)。
シェイクスピア作品におけるハンカチの意味をふまえれば、「バナナフィッシュ」で、シビルの母の隣に座っている女性が「ごく普通の絹のハンカチ」について「知りたいわ、どうやって結んでたのかしらねえ。すごく素敵だったのよ」(23)と話す場面の意味も見えてくるだろう。
『キャッチャー』読解でみたとおり、サリンジャー作品はシェイクスピア作品やエリオットの『荒地』同様、神話の英雄の旅・聖杯伝説の構造を踏まえて構想されている。ならば、「バナナフィッシュ」におけるシーモアの死も、英雄の象徴的な死として読める。
「バナナフィッシュ」の最後にシーモアが自ら命を絶ち、復活などありえないことは、後のグラス家サーガを見ても明らか。サリンジャーは一度死んだ人間が再生するような非現実的な現象を描く作家ではない。第二次世界大戦で悲惨な現場を目の当たりにした経験を持ち、死んだ人間は決して蘇らないという厳しい現実をまっすぐに見つめて書くことに確固とした使命感を持っている。
けれど同時に、それとは別の次元で、神話で語られる象徴的・精神的な死と再生のモチーフ(サリンジャーはあるいは輪廻転生を信じていたのかもしれない。が、作品を通してそれを強く主張しているわけではないし、個人的には例えば毎晩眠って目覚めること、四季が移り変わること、大地へ還ったものがなんらかの形で別の命の一部になっていくこと、のようなものとしてぼんやり捉えている)を、常に念頭に置いていた作家でもある。再生への願いとまではいえないにせよ、深層には、彼岸へ向かうシーモアへのお守りをおくるような気持ちが、「ハンカチ」を「素敵に結ぶ」という言葉に込められているのではないだろうか。
6 スカーフやネクタイ
サリンジャーの他の作品でも、スカーフやネクタイが象徴的に死ぬ運命にある英雄の首元を守り、傷を癒し、再生へ導くためのアイテムとして繰り返し描かれている。
『キャッチャー』のホールデンは、アントリーニ先生宅を飛び出すとき、これから訪れる象徴的な死(博物館の洗面所で気を失う場面)を予感して、ネクタイが見つからないことをくよくよと語る。
シーモアについて語った「シーモア-序章-」において、「ジョン・キーツ/ジョン・キーツ/ジョン/どうぞ スカーフをつけてね」という詩が書かれ、バディがネクタイについて語ることの意味も、もうお分かりであろう。ネクタイは首をくくられることによる死刑のイメージにもつながり、これもまたシェイクスピアが多用する表現で、別のイメージの広がりがある(詳細「エズメ」読解にて)。
7 折り襟の「テディ」
ところで、「シーモア-序章-」には、バディとしてのサリンジャーが、『ナイン・ストーリーズ』収録の短編「テディ」について、「例外といえるほど「心につきまとう」、「忘れがたい」、不愉快な論議をまきおこすような、完全な失敗作である短編小説を発表した」と述べ、「たまたま都合のいいことに、わたしは今その小説の写しを身につけている。バスローブの折襟に上品にピンでとめているのである tastefully pinned to the lapel of my bathrobe」(229)と続ける。この意味は何だろうか。
〈ピン〉は、シェイクスピアもサリンジャーも何度か使っている、イエスが十字架に打ち付けられたときの杭を思わせる道具。だとすれば、「テディ」の評判や批評によって、自分は作家として、精神的・象徴的に刃物を首もとに突き付けられたような、十字架にかけられたような気持になったし、「たまたま都合のいいことに、わたしは今」なおその気持ちを忘れられずに作家活動を続けている、という切実な気持ちをサリンジャー流のユーモアに紛れ込ませて語っているのかも。でも、復活のためのバスローブ(赤ん坊のおくるみ)をちゃんと纏っているし、自分の信じたものをこれからも書くだけだという気持ちは変わらないんだ、という強かさもしっかり表明した一文なのかも、と思ったりするのだが、いかがだろうか。
今回はここまで。お読みいただきありがとうございます。
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