MVP ARCHIVE HISTORY | Syrian Civil War 2011–2024 / シリア内戦 - そして移行期へ

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シリア内戦 - そして移行期へ
2011–2024|そして移行期へ
2011年3月、
シリア南部の都市Daraaで、政府に対する抗議運動が始まった。
当時の大統領は Bashar al-Assad、父 Hafez al-Assad から続く体制のもと、Ba'ath Party を中心とする強い権力構造が長く続いていた。
同じ頃、中東・北アフリカでは「 Arab Spring 」と呼ばれる反政府運動が広がり、チュニジアでは政権が崩壊し、エジプトでは Hosni Mubarak大統領 が退陣していた。
シリアでも政治改革を求める声が上がり、政府は抗議運動を強く抑え込んだ結果、抗議は拡大、武力衝突に発展した。
そして、一つの国家の内部で始まった反政府運動は、政府軍、反政府勢力、イスラム武装組織、クルド勢力、そして複数の外国勢力が関与する巨大な戦争へ変化していった。
その混乱の中から ISIS も勢力を拡大、そして2024年12月、13年以上続いた戦争の末、Assad政権は崩壊した。
現在のシリアは、新しい政治体制を構築する移行期にある。 ( The United Nations in India )
Arab Spring
改革を求める声
2010年末、チュニジアで始まった反政府運動は、中東・北アフリカ各地へ広がり、2011年、その波はシリアにも到達する。
Daraaでは、反政府的な落書きをした少年たちが拘束されたことを契機として抗議活動が拡大した。
政府による弾圧で死者が発生すると、抗議は他都市にも広がる。
当初、中心にあったのは政治改革を求める市民運動だった。
しかし政府と反政府側の対立が激しくなるにつれ、軍から離反する兵士も現れ、反政府武装勢力が形成されていった。
政治的対立が、武力によって解決される段階へ入った。
Civil War
一つの国に、複数の支配地域
2012年頃には、戦闘はDamascusやAleppoを含む各地へ拡大、しかし反政府勢力は一枚岩ではなく、世俗的な反政府勢力、地域武装組織、イスラム主義勢力、アルカイダ系組織、クルド勢力、それぞれ目的も思想も異なる。
その結果、シリアは単純な、政府 vs 反政府という構図では説明できない、複数の勢力が乱立する状態となった。
ISIS
統治の空白へ
この混乱へ乗じたのが、イラクで活動していた Islamic State of Iraq だった。
シリア政府による統治が失われた地域が広がると、組織は国境を越えて活動範囲を拡大、やがて ISIS となり、シリア東部のRaqqaなどを支配した。
2014年にはイラクのMosulも制圧、イラクとシリアにまたがる広大な地域で「 Islamic State 」の樹立を宣言した。
Chemical Weapons
戦争が越えた境界
シリア内戦では化学兵器の使用も大きな国際問題となった。
2013年8月、Damascus近郊Ghoutaで化学兵器による大規模攻撃が発生し、多数の市民が死亡した。
その後、アメリカとロシアの合意を経て、シリアは Chemical Weapons Convention に加盟し、申告された化学兵器の廃棄が進められた。
しかし、その後もシリア国内では化学兵器使用が確認され、国際機関による調査が続いた。
内戦は通常兵器だけの戦争ではなくなっていた。
International Intervention
シリアの中で、世界が交差する
内戦が長期化すると、国外の勢力がそれぞれ異なる立場から関与を深めた。
IranとLebanonのHezbollahは Assad政権を支援、Russiaは2015年から大規模な軍事介入を開始し、Assad政権を軍事的に支えた。
アメリカを中心とする有志連合は ISIS に対する軍事作戦を実施し、クルド勢力を中心とする Syrian Democratic Forces( SDF )などを支援した。
Türkiyeも国境地域で軍事作戦を実行、Israelもシリア国内のIran関連施設などへの攻撃を繰り返した。
Refugees
国境を越えた戦争
戦争によって都市や住宅、病院、学校、道路などが破壊され、多数の市民が死亡し、さらに膨大な人々が故郷を離れ、国内避難民となった人々。
Türkiye、Lebanon、Jordanなど周辺国へ逃れた人々。
さらに欧州へ向かった人々。
2015年前後にはシリア難民の流入が欧州政治にも大きな影響を与えた。
つまり シリア内戦 は、シリア国内だけで完結しなかった。
人が国境を越れることで、戦争の影響も国境を越えた。
Assad Survives
崩壊寸前から支配地域を回復
内戦初期、Assad政権は広大な地域を失った。
しかしIranやHezbollahの支援、そして2015年以降のRussiaによる軍事介入などを背景に、政府軍は次第に主要都市と人口集中地域を奪還していく。
2016年にはAleppo東部を奪還、その後も反政府勢力の支配地域は縮小した。
一方、北西部Idlib周辺では反政府勢力が残り、北東部ではSDFが広い地域を支配、戦争は終結しないまま、支配地域が固定化していった。
December 2024
13年続いた体制が崩れる
2024年11月27日、Hay'at Tahrir al-Sham( HTS )を中心とする反政府勢力が北西部から大規模な攻勢を開始、Aleppo、Hama、Homs、主要都市が短期間で政府の支配から離れていく。
12月8日、反政府勢力がDamascusへ到達、政府軍は急速に崩壊し、Bashar al-Assad は国外へ脱出した。
2011年以来、反政府勢力が13年以上戦い続けても倒れなかった Assad政権 は、最後にはわずか数週間の攻勢で崩壊した。
国連も2024年12月8日を Assad政権 の終焉として位置づけている。
After Assad
戦争の終わりと、国家の再建は同じではない
Assad政権 の崩壊後、HTS を率いていた Ahmed al-Sharaa が移行期の中心人物となった。
旧憲法、旧議会、Ba'ath Party、旧政権の軍・治安機構は解体され、al-Sharaa は2025年1月に移行期大統領となった。
しかし、政権が崩壊したからといって、13年以上の内戦によって生まれた問題が解決されたわけではなく、様々な問題が山積している。
異なる武装勢力・宗教・民族間の関係・クルド勢力との関係・国外へ避難した人々・破壊された都市・経済・地雷や不発弾・行方不明者。
そして、旧政権下や内戦中に行われた重大な人権侵害をどう扱うのかという問題。
2026年現在、シリアは内戦 から復旧・復興と政治的移行へ進む段階にある。国連 も現在のシリアを、14年間の紛争後の「 移行 」として位置づけ、国家機関の再建、帰還、復興、包摂的統治、移行期正義などを主要課題としている。
政権崩壊は、一つの歴史の終わりであり、同時に、次の国家をつくる歴史の始まりでもあった。
MVP ARCHIVE|Perspective
国家は、どこから崩れるのか
シリアでは政府の支配が失われ、複数の勢力が異なる地域を統治した。
そこへ ISIS が入った。
シリア内戦 では、政府と社会の間に生まれた亀裂が武力衝突へ変わり、やがて国家の統治構造そのものを分断した。
そして統治が失われた場所には、別の主体が入り、空白は空白のままでは残らなかった。
しかし2024年の Assad政権 崩壊は、もう一つのことも示した。
13年以上の内戦を生き延びた政権が、最後には短期間で崩壊した。
国家の外形が残っていても、その内部の支持、制度、軍事、経済、社会との接続が弱くなれば、構造は見た目以上に脆くなっていることがある。
そして現在、シリアが向き合っているのは逆の問題である。
壊れた国家を、どう再び接続するのか、そこに暮らす異なる人々が、同じ国家の中で再び未来を共有できる構造をつくれるのか。
2026年7月、国連事務総長 はシリアを訪問し、現在を紛争後の「 責任、可能性、選択 」の時期と位置づけた。
シリア内戦 が残した問いは、「 なぜ国家は崩れたのか 」だけではない。
一度分断された社会は、何によって再び一つの国家になれるのか。
戦争が終わった日ではなく、その答えが形になったとき、シリアは本当の意味で次の時代へ入るのかもしれない。

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