MVP ARCHIVE PEOPLE | Presidents Political Leaders : Abu Bakr al-Baghdadi 1971–2019 / アブー・バクル・アル=バグダディ

MVP ARCHIVE PEOPLE > Presidents > Abu Bakr al-Baghdadi 1971–2019 / アブー・バクル・アル=バグダディ

アブー・バクル・アル=バグダディ
アブー・バクル・アル=バグダディ は、過激派組織 ISIS( Islamic State of Iraq and Syria / Islamic State )の指導者として、2014年にイラクとシリアにまたがる「カリフ国」の樹立を宣言した人物である。
彼の重要性は、一人のテロ組織指導者というだけではない。
2003年の イラク戦争 後に生じた政治・治安上の混乱、宗派対立、アルカイダ系組織の形成、シリア内戦 という複数の歴史が交差した場所からISISは急速に拡大した。
バグダディ を追うことは、イラク戦争 後の混乱と シリア内戦 がどのように接続し、ISIS という巨大な武装組織が出現したのかを見ることでもある。
イラクでの生い立ち
バグダディ は1971年、イラクのサーマッラー近郊に生まれた。本名はイブラヒーム・アワド・イブラヒーム・アル=バドリとされる。
バグダッドのイスラム系大学で学び、イスラム学を専攻した。
彼の人生を大きく変えたのが、2003年のアメリカ主導によるイラク侵攻だった。
サッダーム・フセイン政権は崩壊したが、その後のイラクでは政治秩序と治安が急速に不安定化する。
旧政権の軍・治安組織の解体、武装勢力の活動、スンニ派とシーア派の対立などが重なり、各地で戦闘やテロが続いた。
バグダディ もこの時期に武装活動へ関与するようになる。
Camp Bucca
Camp Buccaにはイスラム過激派の構成員だけでなく、旧イラク軍や旧バアス党体制に関係した人物も多数収容されていた。
後に ISIS の中核を担うことになる複数の人物も、この施設に収容された経験を持っていた。
バグダディ 自身もここに収容されており、イラク戦争 後の混乱の中で、後にISIS へつながる人物たちが同じ収容施設に置かれていたことは、ISIS 形成の過程を見るうえで重要な事実である。
al-Qaeda in Iraq
イラク戦争 後、ヨルダン出身のアブー・ムスアブ・アル=ザルカーウィー が率いる武装組織が勢力を拡大した。
この組織は2004年に ウサーマ・ビン・ラディン 率いるアルカイダへの忠誠を表明し、一般に al-Qaeda in Iraq( AQI )と呼ばれるようになる。
ザルカーウィーは2006年に米軍の空爆で死亡した。
その後、組織は再編を繰り返し、Islamic State of Iraq( ISI )へ発展する。
2010年、バグダディ は ISI の指導者となった。
Syrian Civil War
2011年、シリアで反政府運動が拡大し、シリア内戦 が始まった。
国家統治が弱体化した地域では、多数の武装勢力が活動するようになる。
バグダディ 率いるISIもシリアへ活動範囲を広げた。
シリアでは アルカイダ系のヌスラ戦線 も形成されたが、その統合をめぐってバグダディ 側と アルカイダ中央指導部 との対立が表面化する。
2014年、アルカイダ は ISIS との関係を断絶した。
つまり ISIS は、アルカイダから発展した系譜を持ちながら、最終的には独立した組織として行動するようになった。
2014|Mosul
2014年6月、ISIS はイラク北部の大都市モスルへ進攻した。
イラク政府軍は崩壊し、ISIS は短期間で都市を掌握した。
さらにイラクとシリアにまたがる広大な地域を支配する。
ISIS が従来の国際テロ組織と大きく異なったのは、単に攻撃を行うだけではなく、実際に領土と都市を支配したことだった。
道路、油田、行政施設、軍事基地などを掌握し、住民から税を徴収し、独自の統治機構を構築した。
非国家武装組織が、国家に近い領域支配を試みたのである。
「Caliphate」の宣言
2014年6月29日、ISISは支配地域に「 カリフ国 」を樹立したと宣言、バグダディ は自らを「 カリフ 」と称した。
同年7月、モスルのモスクで行われた演説映像によって、その姿が世界へ広く知られるようになる。
しかし ISIS が宣言した国家は国際社会から国家として承認されなかった。
さらに、その支配地域では極端な暴力が行われた。
捕虜や民間人の殺害、宗教・民族少数派への迫害、奴隷化、文化遺産の破壊などが相次いだ。
特にイラク北部のヤズィディ教徒に対する殺害、拉致、性的奴隷化などについて、国連調査はジェノサイドに当たると結論づけている。
Terrorism and Propaganda
ISIS はインターネットとSNSを大規模に利用した。
戦闘映像や処刑映像、宣伝動画、多言語の出版物などを世界へ発信し、国外から戦闘員を勧誘した。
数十か国から多数の外国人がイラクとシリアへ渡った。
同時に、ISIS への忠誠を表明した組織や個人によるテロ事件が、中東だけでなくヨーロッパ、アジア、アフリカなど各地で発生した。
領土を支配する武装組織と、国境を越えるテロネットワーク。
ISIS はこの二つを同時に持つ存在となった。
世界との戦争
ISIS の急速な拡大に対し、2014年からアメリカを中心とする有志連合が軍事作戦を開始、イラク政府軍、クルド勢力、シリア民主軍も ISIS と戦った。
一方、シリアでは アサド政権、ロシア、イランなどもそれぞれの目的と戦略の中で ISIS と交戦した。
複数の国家と武装勢力が異なる立場からISISと戦う、複雑な構造が形成された。
ISISは次第に領土を失っていく。
2017年、イラク政府軍はモスルを奪還。
2017年、シリアのラッカも陥落した。
2019年3月、シリア東部バグーズが陥落し、ISIS が保持していた最後の主要な領域支配は崩壊した。
2019|Death of Baghdadi
領土を失った後も、バグダディ は潜伏を続けた。
2019年10月26日から27日にかけて、米軍特殊部隊がシリア北西部イドリブ県で作戦を実施した。
アメリカ政府の発表によれば、追跡された バグダディ は地下トンネル内で自爆し死亡した。
ISIS が「 カリフ国 」を宣言してから約5年後のことだった。
ISISは消滅したのか
バグダディ の死亡と領域支配の崩壊によって、ISISが消滅した訳ではない。
組織は地下活動へ移行し、イラクとシリアで攻撃を継続した。
またISISを名乗る、あるいは忠誠を表明する地域組織がアフガニスタンやアフリカなど複数の地域で活動している。
これはISISという現象が、一人の指導者や一つの領土だけで成立していたわけではないことを示している。
歴史的意義
バグダディ の歴史を見ると、ISIS は突然出現した存在ではなく、という長い連続性が存在する。
2003年の Iraq War → イラク国内の混乱と武装勢力の拡大
→ al-Qaeda in Iraq → Islamic State of Iraq → Syrian Civil War
→ ISIS → 2014年の領土拡大
そしてISISの出現は、新しい問いを国際社会へ突きつけ、国家ではない組織が領土を支配し、国境を越えて人員を集め、インターネットを通じて世界へ影響を広げる。
従来の「 国家対国家 」という戦争の枠だけでは捉えにくい存在だった。
Abu Bakr al-Baghdadi を知ることは、国家秩序の崩壊、内戦、宗派対立、国境を越える武装ネットワークが接続したとき、地域の混乱が世界規模の脅威へ変化していく過程を見ることである。

MVP ARCHIVE PEOPLE > Presidents > Abu Bakr al-Baghdadi 1971–2019 / アブー・バクル・アル=バグダディ

