Chapter8. 微小発酵体の自律性⑥
⇩の続き
だがこの事実に注目が及ぶことはなかった。人体を外来の胚種に閉鎖的とする有名な教義を放棄した末に「人体組織には恒常的に多種多様な病原微生物が数多く存在」すると容認されるに至り、これら微生物は「生体組織が、一時はその作用に耐え忍んだ病原微生物の活動に屈し、その生理機能が混乱状態に陥る」瞬間を窺っているのだという。この[頓珍漢な]文面は、風邪に続発した急性肺炎の2つの症例へ言及した際のジャクー 氏の記述である。
パスツール一派の見解はジャクー氏と一致していた。教祖が「細胞は生きていない」と明言したにも関わらず、「白血球(貪食細胞と命名)はアメーバと同様、"アメーバ様”の運動が可能な生命体」であり、この貪食細胞は隊列を組んで病原微生物を追跡・捕食し、消失させる存在だと想像された。斯くして貪食...ファーゴサイトシス...が誕生し、摂理に適う現象だと吹聴されたのである。
血液に関する正確な知識があれば、微小発酵体理論に対するこの最新の反抗も適正な価値へと還元可能である。ここでパスツール氏の仮説の内、氏の信奉者に唯一残されたものは、発酵や病気の現象は空気中の胚種や病原微生物を唯一原因として説明可能とする点であることに留意されたい
だが教養ある医師の悉くがヴェルヌイユ氏やジャクー氏と見解が一致したのではない。1866年以前に病原微生物医学の勝利が本格化した頃、A.トリピエ博士 は外来の病原微生物のみを病因とする見解を認めなかった。博士をこの新生理論へ向かわせたものは、あらゆる病因の中でも「突然の寒気が万病の源」だという古典的医学書の記述であった。その名文句を紹介しよう。
病因診断における個体係数 の考慮がその重要性を増大させつつある昨今、正当な批判を受けてきた単純な病因論へと回帰すべきではない。特異的な病因の解明に関する興味を唆る研究成果を上げた諸学者が万病を一元的に説明可能との見解にあるとまでは言わぬが、病的状態の成立には複数の条件が合致せねばならぬこと、斯くの如く慎重さに欠ける方々には留意を要請する。如何に特異的と云えど、単一の原因では不足である。
斯くしてトリピエ氏は、古代医学と病原微生物医学の各々の病因論を比較したのである。代数学から医学へと輸入された「個体係数」のその深遠な意味は後程述べるとしよう。第一には、特定の原因を有する疾患は生物体内で自己増殖可能な生物質による中毒症状という仮説があった。この中毒の機序に関してトリピエ氏曰く、「数ある説明の中で一つとして否定されるものはなかった」。
パスツール氏曰く、病原微生物の増殖は外部起源の胚種が侵入した結果である。ベシャン氏曰く、病原微生物は、通称”微小発酵体”という生きた分子顆粒の特殊な進化様式から発生し、この顆粒は全ての原形質に存在する。その悪質な進化の原因は、外部起源の酵母の侵入と無関係だと認識できよう。
ここに、病原微生物医学と微小発酵体理論の疾患原理にある根本的な相違が明示的に表現されている。微小発酵体は疾患の原因ではない。だが是迄の通りに様々な影響の下、その悪質・病的な機能的進化によりビブリオニエンスへと変貌する可能性がある。偏にパスツール氏の曖昧さ故にトリピエ氏は私の主張を理解できたのであり、数年後にジャクー氏は、微小発酵体が人体組織の特殊な微生物だと想像することになる。
病原微生物体系と微小発酵体理論の齟齬を把握し、前者が説明し得ない事実が後者ならば可能である証明で以てその実用性を示すには、血液流体組織の教義並びに血液があらゆる生体組織と同様に自然変質することの根底を成す二つの基礎的な事実へ言及するだけで良い。
第一:近成分の混合物は統制条件下で自然変質せず、空気と接触すると、その空気中を浮遊する胚種より発生する様々な発酵体の作用により常に変質が生じる。従ってこの混合物は自然変質しない。
第二:完全な健康状態にある生きた動物から摘出する組織や体液は、空気や胚種の侵入から完全に遮断されようとも不可避の変質が生じる。故に天然の動物質は自然変質する。
また、以下の事実への言及も必要である。
1.前者の変質では、発生する微小生物に系統と種の相違が観測される一方、後者の変質では一つの系統、即ち微小発酵体だけが存在し、後にその進化の産物たるビブリオニエンスが最も頻繁に観測される。
2.その事実の裏付けとして、空気接触の制限しつつ適量クレオソートで前者の変質が阻害され、発酵体の出現が抑制される。一方、後者の変質は同じクレオソート量で阻害されず、好条件でのビブリオニエンス進化も阻害しない。
これら二つの事実の内、パスツール氏は第一の事実のみを重視し、第二の事実を否定した。パスツール一派にとって動物の肉体はビブリオニエンスの発生源の存在しない近成分の混合物...原形質...を構成要素とする器官に過ぎず、従って外部起源の病原微生物がその変質や病気の唯一原因だと想像したのである。では生体組織や病気の唯一原因をその想定通りに仮定し、空気接触が必然的にその変質や劣化を招くとすれば、誰もが平等に病的になる筈である!だが疫病の流行期でさえ大多数は発病しない!この現実の説明は病原微生物の性質や同類の他の要因へと帰属されたが、全て無価値である。空気中に混合物の変質因子があろうと、病的因子は存在しない為である。
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