温故知新(76)南極ピラミッド ピーリー・レイースの地図 サマイパタ 熊山遺跡 皆神山 黒又山 ナブタ・プラヤ スフィンクス モアイ 南極の顔 上坂田磨崖仏 出雲大社 イナンナ(イシュタル 菊理媛神) ゴーゼックサークル ネブラ・ディスク プレアデス星団(すばる) 鋳物師屋遺跡 黒駒土偶 YAP遺伝子
ピーリー・レイースの地図とアトランティス大陸
「ピーリー・レイースの地図」(写真1)は、現在の航空地図を作る際に使われる「球面三角法」で作られているといわれますが、レイラインの多くは、球面三角形なので関係があるかもしれません。ピーリー・レイースの地図には、ジブラルタル海峡、クサール・ヌアイラのあるモロッコ、南北アメリカ大陸の海岸線など大西洋(Atlantic Ocean)沿岸が描かれています。地図の右下の南極大陸ではないかとされる部分は、単に南アメリカ大陸が大きく東側に歪んで描かれているだけか、「未知の南方大陸」(テラ・アウストラリス・インコグニタ)を描いただけとも考えられています。

神智学徒のW・スコット・エリオットのアトランティスの地図では、アトランティス大陸は、南北アメリカ大陸と重なっています(図1)。プラトンの記した巨大なアトランティス大陸は、南北アメリカ大陸のことかもしれません。12,800年前に、北アメリカのサギノー湾にヤンガードリアス彗星の破片が衝突したとすると、アトランティスは大洪水に襲われたと推定されます。

オーパーツとレイライン
中国の湖南博物館に収蔵されている2,100年前の馬王堆漢墓3号墳から発見された古い地図は、人工衛星が撮影した写真に基づくという説があります(wikipedia:オーパーツ)。オーパーツは、それらが発見された場所や時代とはまったくそぐわないと考えられる出土品や加工品などを指し、恐竜土偶、ナスカの地上絵、ピーリー・レイースの地図の他、アンティキティラ島の機械、デリーの鉄柱、コスタリカの石球などがあります1)。飛行機、ロケット、UFOの関係では、コロンビア北西部のシヌー文化の遺跡から見つかった黄金スペースシャトル(更に古いプレ・インカ文明のものという説あり)、宇宙飛行士がロケットに乗っているようなメキシコ・パレンケ遺跡の王の石棺の浮彫り、ボリビアのサマイパタの砦(El Fuerte de Samaipata)にあるUFO発着施設跡ともいわれる遺跡などがあります。黄金スペースシャトルは、ナマズがモチーフの金属細工と推定され、パレンケの浮彫りは「生命の樹」を様式化したもので、サマイパタの砦は宗教的な遺跡とされています。
15,000年の歴史があると伝わる幣立神宮とサマイパタの砦を結ぶラインと、シヌ―文化のあったコロンビア北西部のモンテリア地方にあるロンダ・デル・シヌ(Ronda Del Sinu)公園とグヌン・パダンを結ぶラインの交点付近にパレンケがあります(図2)。これらの遺跡は関連があると推定されます。

大湯環状列石とサマイパタを結ぶラインの近くには、ホピ族(Hopi)の住むアリゾナ州北部にあるメサ(高台)や、パレンケ、アグアダ・フェニックス遺跡があります(図3)。3つのメサは、ギザの三大ピラミッドと同様に、オリオン座の三ツ星を表すともいわれ、サードメサのオールドオライビ村は、現存するアメリカ最古の村といわれています。ホピ族には代々受け継がれてきた神話や予言があります(ホピ族 概要)。また、ホピ族は日本人とルーツを同じくする部族であると伝えていますが、須佐之男命と推定される住吉三神はオリオン座の三ツ星ともいわれています。

ホピ族の口頭伝承は、『古事記』の神話や物語が、元は日本各地で個別に語り伝えられてきた説話や伝承だったことと似ています。また、ホピ族が鉱物であるウランと関係があることは、丹生氏が辰砂に関わっていることと似ています。
サッカラにある紀元前3,100年ごろの第一王朝墳墓から見つかった片岩製の古代エジプトのフライホイール(はずみ車)といわれるオーパーツもあります。サッカラは、古代エジプトの埋葬地で、古代エジプトの首都だったメンフィスのネクロポリスでした。イギリスのエジプト学者シリル・アンドレッドは、「この物体は本来、金属製だったものをかたどったレプリカなのではないか?」と述べています。遺物にゆがみがあるのは、現物のゆがみを忠実に再現したのではないかと思われます。フライホイール(リアクションホイール)は、人工衛星の姿勢制御にも用いられます。
サッカラとイースター島を結ぶラインは、クスコやナスカの近くを通ります(図4)。世界遺産「ナスカの地上絵」は、紀元前200年から紀元後800年のナスカ文化の時代に描かれたと考えられていて、動物や渦巻き、三角形の幾何学模様の他、宇宙飛行士といわれる絵もあります。これらの遺物はレイラインの指標として残されたのではないかと思われます。

イースター島では、ロンゴロンゴと呼ばれる文字が見つかっています。この象形文字は、イースター島と地球上のまったく正反対の位置にあるインダス文明(モヘンジョダロとハラッパ―地方)のインダス文字と酷似しています1)。また、インダス文字は、スサで見つかった原エラム文字と非常によく似ていると指摘されています。ロンゴロンゴは、神代文字研究者の高橋良典氏によって、アイヌが使用したとされる「北海道異体文字」と豊国文字を混用しているという発見に基づいて、すでに解読されているともいわれています(Kazumoto Iguchi's blog)。大分県国東市には、豊国文字の碑文を記した巨石が現存しています。
「南極ピラミッド」とレイライン
1970年代からの航空写真やGoogle Earthなどの衛星画像によって、南極大陸にピラミッドの形をした山(南極ピラミッド)が見つかっています。この山は高さ1,200メートル近くに及び、最新の地質調査では、人工建造物である可能性は低いとされています。
ロンダ・デル・シヌ公園と「南極ピラミッド」のある地点(座標 79°58'39.2"S,81°57'32.2"W)を結ぶラインは、ナスカの比較的近くを通ります(図5)。

写真1のピーリー・レイースの地図と図5を比較すると、南アメリカの東南部は、12,800年前のヤンガードリアス彗星の破片の衝突の後、海進により海に沈んだのかもしれません。
東海大学 情報技術センターの中野良志氏によると、NASAが衛生から捉えた海底地形の情報において、アルゼンチンの東側にある直線のパターンとピリ・レイスの同じ部分の直線に似ているという。1万年前か前の氷河時代に水位の低い時代があって、その海岸線と一致するかもしれないとのことだ。
レイラインは、時代が古くなるほど、また、距離が長くなるほど、地殻変動の影響を受けると考えられるので、ナスカがレイラインの東側にずれているのは、ナスカプレートが東に移動している影響もあると思われます。
モン・サン・ミシェルと「南極ピラミッド」を結ぶラインは、ヘラクレスの柱のあるジブラルタル、アトランティスの都市があったと推定されるクサール・ヌアイラの近くを通ります(図6)。

ストーンヘンジと「南極ピラミッド」を結ぶラインは、マラケシュの近くを通り、「南極ピラミッド」とチャタル・ヒュユクを結ぶラインは、サッカラの近くを通ります(図7)。これらのラインから、クサール・ヌアイラやチャタル・ヒュユクと関係があると推定されるクロマニョン人や縄文人は、南極大陸とも関係があると推定されるので、12,800年前のヤンガードリアス彗星の破片の衝突以前には、南極大陸は南アメリカ大陸とつながっていて、アトランティス大陸の一部だったのかもしれません。

サッカラは、熊山遺跡とレイラインで結ばれているので、熊山遺跡と「南極ピラミッド」を結ぶラインを引くと、築山古墳(岡山県瀬戸内市長船町)、大窪寺(香川県さぬき市)、瓊瓊杵尊を祀る白人神社(徳島県吉野川市山川町)の近くを通ります(図8)。白人神社(しらひとじんじゃ)の祭祀の中心を担ってきたのは、忌部族の子孫である宮人で、白人とは渡来してきた人を指すという説もあります(古代祭祀一族忌部氏の系譜~白人神社)。インカ神話では、過去に来訪した世界の創造神であるビラコチャが白い肌の男性(白い神)として描かれ、インカ帝国の滅亡理由として、スペイン人をビラコチャの再来と見誤り抵抗しなかったためという説があります。ビラコチャと白人神社は関係があるかもしれません。

世界最大で最古のピラミッド説のある皆神山(長野市松代町)と「南極ピラミッド」を結ぶラインは、氷室神社(山梨県南巨摩郡富士川町)、身延山 久遠寺(山梨県南巨摩郡身延町)、久能山東照宮(静岡市)の近くを通ります(図9)。

ナスカとレイラインでつながっている黒又山と「南極ピラミッド」を結ぶラインは、雫石神社(岩手県岩手郡雫石町)や伊弉冉尊(いざなみのみこと)を祀る磐神社(奥州市)、陰田島(花魁(おいらん)島)(塩釜市)の近くを通ります(図10)。これらのラインから、日本のピラミッドは、「南極ピラミッド」と関係があると推定されます。塩釜市には、塩土老翁神を祀る鹽竈神社があります。陰田島は、元々は陸続きだったようで、モン・サン・ミシェルと似ている網代島(大分県津久見市)や江の島(神奈川県藤沢市)と似ていたのかもしれません。

下記のブログなどで、日本神話に登場するイザナミと、多くの女神と習合したと考えられているシュメール神話に登場するイナンナとの類似性が指摘されています。イナンナは南極大陸と関係があるかもしれません。
黒又山とレイラインでつながっているのヴィソチツァ山(ボスニアのピラミッド)とサッカラを結ぶラインは、伊吹山などとレイラインでつながっているブラウロン(Brauron)の遺跡の近くを通ります(図11)。

ヴィソチツァ山と「南極ピラミッド」を結ぶラインは、ナイジェリアのヤンカリ・ゲーム保護区(Yankari, Mainamaji 234077 ナイジェリア)やアフリカ大陸で最も大きい火山の1つであるカメルーン山を通ります(図12)。ヤンカリ・ゲーム保護区の洞窟では、岩絵や彫刻が見つかっています。ボスニアのピラミッドには、恐竜のような壁画があり、南米や南極大陸との関係が推定されます。富士山がレイラインの指標となっていることから、ボスニアのピラミッドは、「南極のピラミッド」とカメルーン山を結ぶラインの延長線上につくられたのかもしれません。

サッカラにあるジェセル王のピラミッドは、紀元前27世紀に作られたエジプト最古のピラミッドで、階段ピラミッドです。黒又山やヴィソチツァ山も地中に階段状の構造がありますが、ナスカの西18.8kmの所にあるカワチ遺跡(図13)のピラミッドの近くにも、階段ピラミッドがあるようです。

ギザの大ピラミッドは、シャフトの指す方向から、紀元前2,500年のオリオン・ベルトと結び付けられることがわかっていますが、ロバート・ヴォーバルとグラハム・ハンコックによると、天空と地上の三ツ星が完全に対応するのは、歳差運動との関係から紀元前10,500年ごろと推定しています2)。また、紀元前10,500年ごろの春分の日の朝、スフィンクスの正面からしし座が昇ったことから、ギザの大スフィンクスが建造されたのはこの時代と推定しています2)。スフィンクスは、放射性炭素年代測定法を使って調べたところ、紀元前7000年から5000年くらい前に建造されたというのが、現在の学術的コンセンサスになっているようです(スフィンクスの謎その1)。ヤンガードリアス彗星の衝突を記録するために、紀元前10,500年ごろ、ギザにライオンの形の大スフィンクスが作られ、古代エジプトの第4王朝(紀元前2500年頃)の時代に大ピラミッドが作られたのかもしれません。
スフィンクスの頭部は、胴体のバランスが不釣り合いであることから、かつて存在した頭部が削られて変えられた可能性があるともいわれています。
下記によると、スフィンクスの前に石碑を作った第18王朝のトトメス4世は正当な王位継承者ではなく、自分の王位継承を正当化しようとしたといわれているようです。
現在の大スフィンクスに似たスフィンクスには、第18王朝の王妃およびファラオだったハトシェプスト女王のスフィンクスがあり、紀元前1479~前1458年ころ)作られた物なので、トトメス4世(在位:紀元前1401年 - 1391年、あるいは紀元前1397年 - 1388年)が、ハトシェプスト女王のスフィンクスを参考にして、自分の顔に似せてスフィンクスの顔を作り直させたのかもしれません。
サッカラは、南極大陸とレイラインでつながっているので(図7)、サッカラには、12,800年前にヤンガードリアス彗星の破片が衝突する以前から、階段ピラミッドがつくられていたのかもしれません。サッカラにある第3王朝のジェセル王(在位:紀元前2,650年頃)の階段ピラミッドは、地下に埋葬施設があり、完成までに4回設計変更と修正工事が行われたといわれています。繰り返し増築されているチチェン・イッツァのエル・カスティージョ(ククルカン神殿)と似ています。
ヤンガードリアス彗星の破片が衝突したと推定されているサギノー湾と南極のピラミッド構造を結ぶラインは、サーペント・マウンドの近くを通ります(図14)。サーペント・マウンドが、ヤンガードリアス彗星の衝突を象徴していると推定されることと整合することから、「南極ピラミッド」とサギノー湾を結ぶライン上にサーペント・マウンドを作ったと推定されます。

ランド・フレマスとローズ・フレマスは、アトランティスは南極大陸にあったとしていますが3)、地質学とプラトンの記述から首都アトランティスがあったと推定している場所と、南極ピラミッドの位置がほぼ一致しているように見えます(図15)。エジプト、日本、ボスニア、中南米、中国などのピラミッドのルーツは南極大陸にあるのかもしれません。

「南極の顔」とレイライン
南極大陸には、「南極ピラミッド」だけではなく、座標 72°00’36.4″S 168°34’41.9″Eの地点に「顔」が発見されています。
三大ピラミッドや大スフィンクスのあるギザと「南極の顔」を結ぶラインは、7,000年前のストーンサークルが見つかった、エジプト文明の起源ともいわれるナブタ・プラヤ(Nabta Playa)の近くを通ります(図16)。「南極ピラミッド」と同様に「南極の顔」もレイラインの指標となっていると推定されます。大ピラミッドを建設したエジプト人は、ヤンガードリアス彗星の破片が北アメリカに衝突した後、南極大陸から移動してきたのかもしれません。

サーペント・マウンドと「南極の顔」を結ぶラインは、イースター島の近くを通ります(図17)。このラインから、「南極の顔」は、イースター島のモアイと関係があり、これらもサーペント・マウンドとつながっているので、ヤンガードリアス彗星と関係があると推定されます。

大分県竹田市上坂田にある洞窟に、上坂田磨崖仏(上坂田磨崖神像)と呼ばれる羽を広げたような胸から上までの石の彫刻がありますが、「南極の顔」と似ているようにも思われます。
上坂田磨崖仏と「南極の顔」を結ぶラインを引くと、ラインの近くには、野生のモアイ(竹田市次倉)、吉野宮神社(宮崎県東臼杵郡諸塚村)、宇納間地蔵尊(宮崎県東臼杵郡美郷町)、モン・サン・ミシェルや幣立神宮とレイラインでつながっている白鬚神社(宮崎県児湯郡川南町)があり、少しはずれていますが、サンメッセ日南 モアイ像(宮崎県日南市)があります(図18)。

出雲大社(島根県出雲市)と「南極の顔」を結ぶラインは須勢理毘売命を祀る岩坪明神(出雲市)、知波夜比売神社(広島県三次市)、渋草八幡神社(愛媛県上浮穴郡久万高原町)、鳥形山(高知県吾川郡仁淀川町)があります(図19)。鳥形山(とりがたやま)には、鳥形山石灰石鉱山があります。出雲大社が南極大陸と関係があるとすると、ギザの大ピラミッドの内部構造とかつての出雲大社の構造が似ている理由がわかります。

ジェベル・イルード遺跡やギョベクリ・テペ、セリヌスとレイラインでつながる安房神社(千葉県館山市)と「南極ピラミッド」を結ぶラインは、「南極の顔」の近くを通ります(図20)。このラインから、忌部氏は、シュメール人と同様に南極大陸と関係があると推定されます。

出羽三山神社(山形県鶴岡市羽黒町)は、崇峻天皇(厩戸皇子と推定)の皇子の蜂子皇子が、イツハの里・由良に迎えられ、三本足の霊烏に導かれて、羽黒山の阿古谷にたどりつき、修行を重ねて、羽黒の大神・イツハの里の国魂「伊氏波神(いではのかみ)」・羽黒権現を感得、山頂に祠を創建したのが始まりとされています。「出羽」は古くは「いでは」とも読んだので、「伊氏波神」には、上坂田磨崖仏や聖ミカエルやイナンナのように羽があったのかもしれません。
出羽三山神社と「南極の顔」を結ぶラインの近くには、鳥石楠船命(須佐之男命、孝霊天皇と推定)を祀る石船神社(茨城県東茨城郡城里町)や大戸神社(千葉県香取市)があります(図21)。大戸神社の祭神は天手力男命ですが、磐筒男神、磐筒女神ともいわれ、磐筒男神は須佐之男命(孝霊天皇と推定)と推定されます。石船神社(城里町)には、うつろ舟やUFOのようにも見える御神体の兜石(周囲15mの花崗岩の巨石)が祀られています。

ビラコチャのコチャはケチュア語で海を意味し、ビラコチャは鬚を蓄えていたとされます。南極大陸がビラコチャと関係があるとすると、白鬚神社に祀られることがある塩土老翁(シオツチオジ)も南極大陸と関係があるかもしれません。猿田毘古神や塩椎神(塩土老翁)を祀る愛知県豊田市坂上町の六所神社は、シュメールの塑像に似た夫婦道祖神の多い穂高とレイラインでつながっているので、塩土老翁はシュメールと関係があると思われることから、シュメール人は南極大陸と関係があるのではないかと思われます。
六所神社は、1377年に、丹生氏と関係があると推定される松平宗家初代松平太郎左衛門親氏が奥州より鹽竈六所明神(鹽竈神社の六所宮の神)を六所山に勧請し、奉祀したとされます。白鬚神社(川南町)と六所神社上宮を結ぶラインは、熊野本宮大社とモン・サン・ミシェルを結ぶラインとほぼ直角に交差し、熊野本宮大社とモン・サン・ミシェルを結ぶラインは、瓊瓊杵尊が降臨したと推定される摩耶山の近くを通ります(図22)。塩土老翁は、猿田彦命や須佐之男命と習合したのではないかと思われ、塩土老翁は、モン・サン・ミシェルとも関係があると推定されます。

ハドソン湾やサギノー湾とレイラインでつながっているストーンヘンジと「南極の顔」を結ぶラインは、モン・サン・ミシェルの近くを通ります(図23)。モン・サン・ミシェルは「南極ピラミッド」ともつながっていて(図6)、「南極の顔」とつながっている上坂田摩崖仏には羽のようなものがあるので、モン・サン・ミシェルと関係が深い聖ミカエルは南極大陸と関係があると推定されます。元々ミカエルは、カルデア人に信仰された神であったと考えられています。『ヨハネの黙示録』で、龍(悪魔)を退治したとされる聖ミカエルは(聖ミカエルと竜)、八岐大蛇を退治したとされるスサノオと同じく、「アトランティス」と関係があると推定されます。

ゴーゼックサークルとレイライン
アンティキティラ島の機械と同様に、科学的に確かなオーパーツとして知られるネブラの円盤(ネブラ・ディスク)は、ドイツ北東部にあるザクセン・アンハルト州のゴーゼックサークル(Goseck Circle)の近くで見つかった約3,600年前に作られた人類最古の天文盤です(天文学の歴史)。ネブラ・ディスクには、プレアデス星団(すばる)(七つの星)が描かれ、実際に約3年に一度、天文盤と同じ配置になることが判明しています(人類最古の天文盤ネブラ・ディスク)。ゴーゼックサークルとイースター島を結ぶラインは、ストーンヘンジの近くを通ります(図24)。

スカラ・ブレイと玉前神社やモン・サン・ミシェルとレイラインでつながっているスアキンを結ぶラインは、ゴーゼックサークルの近くを通り、沖合でカノープスの遺跡が見つかったアブキール湾を通ります(図25)。

ハドソン湾とアレクサンドリアを結ぶラインは、ゴーゼックサークル(Goseck Circle)の近くを通ります(図26)。17,000~12,000年前に、北極があったとされるハドソン湾を指標にしているとすると、ゴーゼックサークル(Goseck Circle)は、ストーンヘンジや大湯環状列石と同様に、同じころつくられ始めたのかもしれません。

また、アトランティスの都市があったと推定されるクサール・ヌアイラとデーノタメ遺跡を結ぶラインはゴーゼックサークルの近くを通ります(図27)。クサール・ヌアイラは、デーノタメ遺跡に近い武蔵一宮 氷川神社(さいたま市)や、旧石器時代の岩宿遺跡(群馬県みどり市)などとレイラインでつながり、デーノタメ遺跡は、アルテミス神殿、オリンポス山、マラケシュ、ギョベクリ・テペ、ハドソン湾ともつながっています。

チブサン古墳とナスカ
チブサン古墳とナスカを結ぶラインの近くには、宝八幡宮(大分県玖珠郡九重町)、由加神社 本宮、主祭神として素戔嗚尊・五十猛命を祀る廣峯神社、位山神社(岐阜県下呂市)、豐景神社-ふくのまちの鎮守さま(福島県郡山市)があります(図28)。位山神社の北北西3.5kmにある位山(岐阜県高山市)は、オリンポス山などとレイラインでつながっています。位山には巨石群があり、主祭神として御歳大神を祀る飛騨一宮 水無神社のご神体といわれています。このラインは、チブサン古墳に描かれた人物が須佐之男命を象徴していると推定されることと整合します。

鋳物師屋遺跡とナスカ
山梨県南アルプス市にある縄文時代の鋳物師屋遺跡から出土した「人体文様付有孔鍔付土器」には、3本指の手がピースサインのように見える女神が描かれています。もしかすると、女神の3本指は、ポセイドンの三叉戟や、モヘンジョダロの神官王像の三つ葉模様や、「天寿国曼荼羅繍帳」の月に描かれた三つ葉などと関係があるかもしれません。
鋳物師屋遺跡とナスカを結ぶラインは、大洗磯前神社と虎塚古墳の間を通ります(図29)。

昨年「宇宙人の遺体」ではないかと話題になったペルーで発見された3本指のミイラについて、ペルーの法医学研究所などは、科学的分析の結果、地球外由来ではないという見解を示しています。ナスカ地方で発見された3本指のミイラについても同様だったとされていましたが、最近、2体の「マリア」と「モンセラート」と呼ばれるミイラを分析している研究チームは、1,200年以上前に死亡した可能性がある「本物」の生物であると主張しています(ペルーの「宇宙人のミイラ」で新展開 研究している科学者が「100%本物」)。
天皇とプレアデス星団(すばる)
鋳物師屋遺跡と虎塚古墳を結ぶラインは、皇居とモン・サン・ミシェルを結ぶラインとほぼ直角に交差します。皇居とモン・サン・ミシェルを結ぶラインの近くには、デーノタメ遺跡、埼玉古墳群、赤城山があります(図30)。鋳物師屋遺跡と虎塚古墳を結ぶラインの近くには、飯名神社(茨城県つくば市)があり、虎塚古墳と皇居を結ぶラインの近くには布施弁天 東海寺(千葉県柏市)があります(図30)。

虎塚古墳はフルリ人のミタンニ王国とつながり、デーノタメ遺跡はネブラ・ディスクとつながっていますが、これらに共通するのは「すばる」です。皇居と鋳物師屋遺跡を結ぶラインの近くには、大國魂大神(孝元天皇と推定)を祀る大國魂神社や昭和天皇武蔵陵があります(図30)。
黒駒土偶
図30の皇居と鋳物師屋遺跡を結ぶラインの近くに縄文時代中期の桂野遺跡(山梨県笛吹市)があり、近くにある御坂町中丸遺跡からは、奇異な表情と三本指の腕が特徴の黒駒土偶が発見されています(図31)。

イナンナ(イシュタル)と菊理媛神
シュメールではイナンナとして崇拝されていた愛、戦争、豊穣を司る古代メソポタミアの女神イシュタルは「天の女王」の称号を持ち、シンボルには、葦をフック状にねじった結び目があるので、イシスや菊理媛神(台与、姥津媛と推定)と関係があると思われます。
イナンナ(イシュタル)とプレアデス星団(すばる)
イナンナ(イシュタル)の最も一般的なシンボルは八芒星ですが、実際の頂点の数は時々変化し、六芒星も頻繁に用いられています。プレアデス星団(すばる)は、ホメーロスは6個、トレミーは7個見えたと記し、イギリスのTV放送でアンケートを取ったところ、73%は6 - 8個だったといわれます。ギリシャ神話では、7人の女神のプレイアデスが、プレアデス星団と同一視されます。
紀元前12世紀のメリシパク2世の境界石(写真2)に刻まれた絵では、八芒星と共に、イシュタル(イナンナ)の兄弟シャマシュ(シュメールではウトゥ)を表す太陽と、彼女の父シンを表す三日月(シュメールではナンナ)と一緒に描かれています。約3,600年前に制作されたと推定されるネブラ・ディスクには、プレアデス星団と共に太陽と三日月が描かれているので、イナンナのシンボルの八芒星は、プレアデス星団(すばる)と推定されます。イナンナは金星と関係付けられていますが、古バビロニア時代(紀元前1830年~1531年頃)までには、特にイシュタルの星とされた金星と関係づけられるようになったようです。

チブサン古墳とプレアデス星団(すばる)
須佐之男命(孝霊天皇と推定)と関係があると推定されるチブサン古墳の七つの円形模様は、ネブラ・ディスクのプレアデス星団と似ているようにも思われ(写真3)、プレアデス星団(すばる)を表しているのではないかと思われます。これは、天皇とすばるが関係があると推定されることと整合します。また、チブサン古墳はミタンニ王国とつながっているので、フルリ人の根拠地とされるスバルは、プレアデス星団(すばる)と関係があると推定されます。プレアデス星団が地中海で見られるのは夏の夜、5月の中旬から11月の初めにかけてで、これは古代においては航海の時期に当たります。これは、須佐之男命がワタツミ(海神、綿津見)と推定されることと整合します。

(右)チブサン古墳の七つの円形模様 出典:チブサン古墳 〜 装飾古墳の魅力に迫る
古代宇宙飛行士説
ゼカリア・シッチンは、人類の起源に関して古代宇宙飛行士説をとる書物を著しています。谷村新司の「昴」誕生のきっかけは宇宙人だったという話があります。プレアデス星団(すばる)は、散開星団ですが、米ハーバード・スミソニアン天体物理学センターのロザンヌ・ディ・ステファノ氏は、2016年に米国天文学会で発表を行い、球状星団には、非常に長い歴史をもち、高度に発達した文明が存在する可能性を指摘しています。
タンパク質を作っているアミノ酸や遺伝子(DNA)を作っている核酸などは、宇宙からもたらされたと考えられています。このことから、地球外生命体も基本的には人類と同様な構造をもっている可能性があると思われ、もしも地球外生命体が来訪していたとすると、交雑はできなくても組み換えにより、ホモ・サピエンスの遺伝子の中に地球外生命体のDNAの一部を残すことはできたかもしれません。
YAP遺伝子
日本人に特徴的に多く見られ、神の遺伝子とも呼ばれるYAP遺伝子(ハプログループDE)は、東アフリカに7.6~7万年前に住んでいた一人の男性(俗称: YAPアダム)に突然変異(Y染色体の長腕部にある約300塩基からなるAlu配列の挿入変異)で生じたとされています。Alu配列のような短鎖散在反復配列(SINE) は、核DNAに多数存在し、遺伝子発現の調節およびRNA遺伝子の生成において特に重要な役割を果たすと考えられています。YAP遺伝子と相性の良い女系のミトコンドリア遺伝子の変異もあるのではないかと思われます。
文献
1)南山 宏 1993 「オーパーツの謎」 二見書房
2)グラハム・ハンコック ロバート・ボーヴァル 大地 舜(訳) 1996 「創世の守護神 上」 翔泳社
3)ランド&ローズ・フレマス 宇佐和通(訳) 1997 「アトランティスは南極大陸だった」 学習研究社
