本能寺の変15820 重要 ◎目次小 57①②~58①②③ 天正十年六月二日、明智光秀が織田信長を討った。その時、秀吉は備中高松で毛利と対峙、徳川家康は堺から京都へ向かっていた。甲斐の武田は消滅した。日本は戦国時代、世界は大航海時代。時は今。歴史の謎。その原因・動機を究明する。『光秀記』
重要 ◎目次小 57①②~58①②③
9光秀という男 3土岐氏 3~4/4
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→【 重要史料 】 【 人物 】
*加筆修正
◎第57話① 第57話
土岐頼康は、足利尊氏・義詮・義満の時代を生きた。
頼康は、濃・尾・勢、三ヶ国の守護を兼任した。
頼康は、土岐氏の全盛期を築いた。
頼康は、文武両道の人であった。
光秀にとって、土岐頼康は憧れの人だった。
光秀には、頼康と相通じるものがあった。
光秀は、上昇志向の強い男。
頼康を、強く意識していた。
◎第57話② 第57話
土岐氏は、土着性のきわめて強い一族だった。
土岐氏は、一族の結束が強かった。
「土岐の桔梗一揆」
土岐氏は、一族の数が多い。
明智氏も、その様な家の一つだった。
光秀の体内には、土岐の血が脈々と流れていた。
光秀の妻は、妻木氏の出である。
光秀の妹、妻木氏。
光秀と石谷氏。
◎第58話① 第58話
第三代将軍足利義満の時代。
義満の略歴。
義満は、将軍専制政治を目指した。
義満は、富士を遊覧した。
第六代将軍足利義教も、富士を遊覧している。
義教は、信長と比されることが多い。
一、専制政治
一、富士遊覧
一、比叡山攻撃
一、「万人恐怖」 「看聞日記」
【 重史 011 】
一、嘉吉元年1441。
義教は、赤松邸に「御成」したところを同氏に襲われ、斬殺された。
実に、呆気ない最期であった。
享年、48。
◎第58話② 第58話
信長は、故事に明るい。
信長の富士遊覧。
義満は、厳島神社を参詣した。
信長と厳島神社。
中国出陣の時、信長は、淡路島に本陣を置くつもりだった。
「寺尾菊子氏所蔵文書」「織田信長文書の研究」
【 重史 012 】
◎第58話③ 第58話
将軍義満は、有力守護の弱体化を画策した。
義満は、土岐氏を危険と見た。
土岐頼康が死んだ。
土岐康行が頼康の跡を引き継いだ(世安家)。
義満は、康行を挑発した。
土岐康行の乱。
康行は、義満の罠に嵌まった。
康行は、没落した。
義満は、土岐頼忠を美濃の守護に任じた(西池田家)。
土岐氏は、解体された。
「土岐の桔梗一揆」は、崩壊した。
以後、土岐氏は衰退への道を歩む。
⇒ 次へつづく
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「本能寺の変」
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