見出し画像

本能寺の変1582 【重史43】 天正十年六月二日、明智光秀が織田信長を討った。その時、秀吉は備中高松で毛利と対峙、徳川家康は堺から京都へ向かっていた。甲斐の武田は消滅した。日本は戦国時代、世界は大航海時代。時は今。歴史の謎。その原因・動機を究明する。『光秀記』

【重史043】 『信長公記』 

はじめに ←目次 ←【重要史料】 【重史一覧】 ←  
重要 ◎目次 
重要Point ◎目次 重要Point 通し ◎目次 
テーマ別 目次 テーマ別 通し ◎目次 
→【シリーズ】
 信長の甲斐侵攻 光秀と長宗我部元親 本能寺への道  
その一因 目次大 目次中 一、光秀の年齢 
見えてきたもの 目次大 目次中 +240607 
【人物】 
*◎=重要ヶ所 P=重要Point ✓=チェック済
 そ=その一因 テ=テーマ別 
*加筆修正 

【 重史 017】漸く、夜も明け方に罷りなり侯← 

【 重史 043】 ◎第2話

①既に、信長公、御座所、本能寺取り巻き

②是れは謀叛か、如何なる者の企てぞ

③是非に及ばず

                       『信長公記』

 明智の軍勢が本能寺を取り囲んだ。
 光秀は、少し離れたところに本陣を構えた。

  既に、信長公、御座所、本能寺取り巻き、

 大喊声が沸き起こった。
 攻撃が始まった。

  勢衆、四方より乱れ入るなり。

 信長は、猜疑心が強い。
 そして、用心深い。
 それ故、ここまで生き延びた。
 父、信秀は、四十二歳で亡くなったと云う。
 それに比べれば、七年も長く生きた、・・・・・。
 そう、思っていたのかもしれない。

 なれど、同じ人間。
 完全無欠にあらず。 
 稀に、「隙」を見せることがあった。

 光秀は、「卑怯至極の表裏者」「典型的な戦国武将」。
 そこを衝いた。
 不意討ちである。

 信長は、ようやく気がついた。
 何やら、外が騒々しい。
 小姓たちが走った。
 慌ただしい空気が流れる。
 「もしや」
 ・・・・・。
 不吉な予感。
 
   信長も御小姓衆も、当座の喧嘩を下々の者ども仕出(しだ)し侯と、
  おぼしめされ侯のところ、

 明智勢が鉄砲を打ち込んだ。
 「謀叛」
 これで、わかった。
 「ならば」
 信長の頭脳が激しく回転する。
 「何者ぞ」
 ・・・・・。
 
  一向さはなく、
  ときの声を上げ、御殿へ鉄炮を打ち入れ侯。
  是れは謀叛か、如何なる者の企てぞと、
  御諚のところに、

 光秀は、謀叛人。
 紛れもない事実である。 

 「信長の油断」
 これが最大の要因である。
 信長が油断しなければ、本能寺の変は起きなかった。

 ここがポイント!!
 注目すべし!!

 信長は、絶大な自信をもっていた。
 「武威」を以って、天下を制す。
 武田の滅亡。
 「我ながら驚き入る計りに候」 →【 重史 018】「武家事紀」
 信長は、これを、我が目で見た。
 光秀、同。 

 正に、我が意を得たり。
 凄まじい波及効果を目のあたりにした。
 「百万の味方を得たに同じ」
 そう、思っただろう。
 これが、「武田効果」。 →◎第66話

 そして、その意味することを知っていた。
 光秀もまた、これに同じ。 

 信長は、確信した。
 「天下布武」は、成る。
 すなわち、天下統一は、目前にあった。

 しかし、この成功体験が裏目に出る。
 「おごれる人も久しからず」
 信長は、傲慢になっていた。
 「人間五十年」
 「信長のさらなる夢」
 信長は、先を「急」ぎすぎた=「焦り」。
 そこに、「隙」が生じた。
 これ、すなわち、「油断」。

 信長は、冷静さを失っていた。
 一生の不覚。
 一歩、及ばず。
 全ては、己の蒔いた種。
 「自業自得」

 信長は、全力を尽くした。
 その結果が、これである。
 「自嘲」するのみ。

 一瞬、その顔が脳裏を過(よぎ)った。
 「惟任光秀」
 信長は、覚悟を決めた。
 「是非に及ばず」

  森乱申す様に、明智が者と見え申し侯と言上侯へば、
  是非に及ばずと、上意候。

 明智勢が御殿へ殺到した。
 信長方は、表御堂の番衆と一手になった。
 これを迎え討つ。

  透(すき)をあらせず、御殿へ乗り入れ、
  面御堂の御番衆も御殿へ一手になられ候。

 本能寺は、修羅場と化した。
 奮戦すれども、虚し。
 衆寡敵せず。
 家臣らは、次々に討死していく。 

 御厩、無惨。
 以下、討死の衆。
 忠義の者たちである。

  御厩(うまや)より、矢代勝介・伴太郎左衛門・伴正林・村田吉五、
  切つて出で、討死。
  此の外、御中間衆、藤九郎・藤八・岩・新六・彦一・弥六・熊・
  小駒若・虎若・息小虎若を初めとして廿四人、
  御厩にて討死。

 御殿では、死闘が繰り広げられた。
 なれど、及ばず。
 同じく、討死の衆。
 信長の近習たちである。
 主君のために、身命を捧げた。

  御殿の内にて討死の衆。
  森乱・森力・森坊兄弟三人、小河愛平・高橋虎松・金森義入・
  菅屋角蔵・魚住勝七・武田喜太郎・大塚又一郎・狩野又九郎・
  薄田与五郎・今川孫二郎・落合小八郎・伊藤彦作・久々利亀・
  種田亀・山田弥太郎・飯河宮松・祖父江孫・柏原鍋兄弟・
  針阿弥・平尾久助・大塚孫三・湯浅甚介・小倉松寿。
  御小姓衆、懸かり合ひ懸かり合ひ、討死侯なり。

 
斯く戦えり。

  湯浅甚助・小倉松寿、此の両人は、町の宿にて此の由を承り、
  敵の中に交(まじ)り入り、本能寺へ懸け込み、討死。

  御台所の口にては、高橋虎松、暫らく支へ合ひ、比類なき働きなり。
                           (『信長公記』)


 
戦国の世である。
 下剋上が罷り通る時代だった。

 【引用】◎第2話 そ第78話⑯



 ⇒ 次へつづく

いいなと思ったら応援しよう!