#20 〜ピカある探訪記✧*〜 なごや観光ルートバス編(七) 6.徳川園・徳川美術館・蓬左文庫
前回記事:#19 〜ピカある探訪記✧*〜 なごや観光ルートバス編(六) 5.名古屋城東・市役所
こんにちは。
ぴかるまこと編集部 ピカある探訪記担当のぴかるまことです。
前回は名古屋城のある市役所付近をご紹介しました。
今回は徳川園とその敷地内にある徳川美術館や蓬左文庫を紹介いたします。
ルートガイド
名古屋駅🚏 ─ トヨタ産業技術記念館🚏 ─ ノリタケの森西🚏 ─
四間道🚏 ─ 名古屋城🚏 ─ 名古屋城東・市役所🚏 ─
✎徳川園・徳川美術館・蓬左文庫🚏 ─ 文化のみち二葉館🚏 ─
中部電力 MIRAI TOWER🚏 ─ 広小路栄🚏 ─ 広小路伏見🚏 ─
《復路》─ 名古屋城🚏 ─ 四間道🚏 ─ ノリタケの森(4番)🚏 ─ トヨタ産業技術記念館🚏 )─ 名古屋駅🚏
バス停情報
徳川園
徳川園は、江戸時代初期の1695年に尾張藩2代藩主・徳川光友が造営した隠居所「大曽根屋敷(おおぞねやしき)」がもとになっています。総面積は約13万坪(約44ヘクタール)にも及ぶ広大な敷地で、池には舟を浮かべるなど非常に豪華な大名庭園でした。
公式パンフレット:
https://www.tokugawaen.aichi.jp/download/pdf/pamphlet.pdf
入園料など
入口の黒門
徳川園へ入ると、最初に迎えてくれるのが黒門です。
1899年、尾張徳川家大曽根邸の表門として建てられた、国の登録有形文化財です。
この門は光友の1695年の大曽根屋敷から残る江戸建築ではありません。明治維新後、土地が尾張徳川家へ再集約され、近代の本邸が造営された時代の遺構です。1945年の空襲を免れ、脇長屋、塀、釣瓶井戸とともに旧邸の輪郭を伝えています。
日本庭園開園時間:9:30~17:30(入園17:00まで)
休園日:月曜日(祝日の場合は直後の祝日でない日)、12月29日~1月1日
入園料:一般・高校・大学生300円、市内在住65歳以上100円、中学生以下無料
蓬左文庫・徳川美術館:庭園とは開館時間・料金・休館期間が異なるのでセット料金など確認するとよいと思います。
アクセス目安:JR中央線大曽根駅南口から徒歩約10分、市バス・名鉄バス「徳川園新出来」から徒歩約3分
龍門の瀧 東京で発掘された江戸の石
龍門の瀧は、江戸時代に尾張徳川家の戸山屋敷で使われていた石を再利用して造られた滝です。東京・早稲田大学で発見された約250トンもの石が名古屋へ運ばれ、2004年の再整備で新たな命を吹き込まれました。「登竜門」に由来する名のとおり、水量が変化する演出も見どころの一つです。

徳川園の銘石
徳川園を歩くときは、滝や花だけでなく、足元と水辺の石にも注目してください。龍仙湖畔の高野石、深い赤褐色を帯びた佐渡の赤玉石、戸山屋敷跡から運ばれた龍門の瀧の伊豆石など、石にはそれぞれ異なる土地と時間の記憶があります。岩に神霊の気配を感じ、遠方の山河を庭へ迎える日本の自然観を重ねれば、徳川園は石によって各地の物語を結んだ庭としても見えてきます。
高野石
龍仙湖畔に据えられた、複雑な凹凸と襞状の岩肌を持つ巨石です。
高野山・紀州の霊場を連想させる石名です。
佐渡の赤玉石
赤鉄鉱を含むため、深い赤褐色を帯びる佐渡の銘石です。
微細な石英が集まった硬い鉄石英で、日本三大銘石の一つに数えられます。
佐渡では古代から石鏃や管玉に利用され、江戸初期には佐渡奉行から江戸城へ献上された歴史もあります。
伊豆石
龍門の瀧を構成する火山岩です。
東京の尾張徳川家戸山屋敷跡から発掘された約360個、総重量約250トンの石材が、護岸、河床、飛石などに再利用されています。
チャート
非常に硬く、古代には石器の材料にも使われた岩石です。
さざなみ石
波紋を思わせる表面の模様や層を鑑賞する石と考えられます。
大曽根の瀧の巨石
園内最大の落差を持つ滝を囲み、木曽の深山幽谷を表現しています。水を受ける石、流れを分ける石、滝を挟む立石が一体となって力強い景観をつくります。
虎の尾の渓流石
大曽根の瀧から龍仙湖へ下る流れを形づくる護岸石・渓流石です。
石の突出や高低差によって、自然の谷川らしい屈曲と水音を生み出しています。
龍仙湖畔の護岸石・景石
海に見立てた龍仙湖の岸辺や島を形づくる巨石です。
松、モミジ、水面と組み合わせることで、岬や遠山のような縮景を見せます。
飛石・延段・露地石
園路や茶室周辺では、歩幅、立ち止まる位置、視線の向きを石によって導いています。
虎仙橋から虎の尾 都市の中につくられた深山幽谷
虎仙橋
虎仙橋は、虎の尾に架かる檜造りの木橋です。橋上から約5メートル下の渓流を見下ろし、下流方向には龍仙湖を望めます。
光友の龍と義親の虎。徳川園の名所名は、江戸の造営者と近代の寄付者を、龍虎の一対として庭に記憶させています。
虎の尾を上りきると、落差6メートルの三段瀑が現れます。上・中・下段で岩の組み方が異なるため、流れ、跳ね、しぶきの表情が変わります。
滝の背後は徳川園の最高所で、龍仙湖水面との高低差は約11メートルあります。この地形を利用して、山から海へ下る水の物語がつくられました。
虎の尾
虎の尾は、椎の樹林から流れ出す水がモミジの間を縫い、龍仙湖へ注ぐ渓流です。その曲がりくねった形が虎の尾に見立てられています。
足元の流れだけでなく、光の変化を感じてください。龍仙湖周辺の開放感から、樹木と岩に囲まれた谷へ移ることで、実際の距離以上に山奥へ入ったように感じられます。初夏は新緑、秋は紅葉が渓流に重なります。
「虎」は、マレーで虎狩りを行い「虎狩りの殿様」と呼ばれた十九代・徳川義親を連想させます。
「虎の尾を踏む」という危険のたとえから、流れへ入らないよう促す意味も重ねられています。
四睡庵 人と虎が同じ夢を見る
四睡庵は、梅や桃に囲まれ、隠れ里のように立つ休憩所です。「四睡」は禅画の画題で、豊干禅師、寒山、拾得の三人と虎が寄り合って眠る姿を表します。
豊干は虎を従えた禅僧、寒山と拾得は奇抜な言動で知られる伝説的人物です。本来なら人を襲う虎までが区別なく眠る姿は、対立や分別を越えた調和、禅の境地として描かれました。
中国の説話、詩、禅画の中で育った人物像のようです。
四睡庵の虎は、義親の虎の物語とも自然に響き合います。ただし四睡図本来の虎と義親の虎狩りは別の由来です。現代の徳川園が、複数の虎の記憶を一つの庭へ重ねたと考えられます。
水琴窟
小堀遠州の庭園で見かける水琴窟。心地よい音を奏でる水の仕掛けです。
大曽根の瀧 水の物語が始まる場所
大曽根は古くからの地名です。また光友の出生地であり、隠居後に戻った場所でもあります。滝そのものは2004年再整備の景観ですが、名称は土地の記憶を庭の水源へ置いています。

光友が1695年に移った大曽根屋敷は約13万坪に及びました。現在の有料庭園よりはるかに広く、巨大な池には舟を浮かべたと伝わります。現在の滝をそのまま江戸期の遺構と見るのではなく、失われた大名庭園の壮大さを現代の地形と石組で語り直した場所と考えてください。
隠れ里を出ると、龍仙湖に面した現代の施設・観仙楼へ戻ります。
ここまで結構な距離を歩きましたがまだ山海の山部です。
虎の尾を歩いていると、本当に名古屋市内とは思えませんでした。造園された庭園といっても表現の規模が違います。
次は山海の海部です。
観仙楼 饗応の水辺の楼
観仙楼は龍仙湖に面する二層の建物で、レストラン、ガーデンホール、ショップが入ります。古建築の復元ではなく、現在の徳川園で食事、催事、婚礼、休憩ができる現代建築です。
庭園の歴史景観の中に現代建築があること。
江戸の大名庭園も、主人が客を招き、食事、茶、音楽、会話、園遊を楽しむ場所でした。観仙楼は、その饗応機能を現代の公共施設へ置き換えたものと見ることができます。
建物の中から龍仙湖を見る場合は、歩いてきた道を逆向きに探してください。西湖堤、瑞龍亭、虎の尾へ続く樹林が、一つの水景としてまとまります。
利用しない場合も、対岸から観仙楼が水面に映る姿を見てください。建物は庭を見る展望所であると同時に、庭から見られる景観要素でもあります。
龍仙湖 庭の中心に広がる海
龍仙湖は、海に見立てた池泉回遊式庭園の中心です。滝から渓流を下った水が海へ至るという、日本の山水が限られた敷地に凝縮されています。水源には地下水が使われています。
一か所から全景を見るだけでなく、岸を歩いてください。観仙楼、西湖堤、瑞龍亭、島、橋の重なり方が少しずつ変わります。歩く人の位置によって一枚の絵が次々に切り替わることが、回遊式庭園の魅力です。
「龍」の名は、光友の諡号「瑞龍院」を想起させます。現在の名所名は、光友の龍と、十九代義親の虎を結びつけて構成されました。龍仙湖は、自然の海であると同時に、尾張徳川家の人物史を映す水面でもあります。
立ち止まりたい場所
観仙楼が水面へ映る位置、西湖堤が正面に見える位置、瑞龍亭と池が一体になる位置を探してください。同じ池に少なくとも三つの表情があります。
亀島
亀を模した亀島には松が植えてあります。
名古屋駅の隣の駅に亀島があります。
熱田神宮も別名は蓬莱島です。
由来は愛知県鳳来寺だそうですが、
全部、蓬莱山です。
庭園では亀は長寿や蓬莱思想を象徴します。
西湖堤 杭州への憧れを庭に縮める
西湖堤は、中国・杭州の名勝西湖を横切る堤を縮景したものです。曲線の多い庭に直線の堤が現れるため、意識して見ると異国的な印象があります。
西湖は、唐の白居易、北宋の蘇軾ら詩人・官僚と結びつく名勝です。二人は詩を作っただけでなく、杭州の行政や治水にも携わりました。景観美と公共事業が一体となって記憶された場所です。
江戸時代の大名庭園は、日本国内の景勝地だけでなく、実際には訪れにくい中国の名所を歩くための装置でもありました。古典を知る客なら、堤を見るだけで漢詩、人物、歴史を連想できました。
現在の西湖堤を光友自身の造作と断定することはできません。2004年の再整備で、尾張徳川家にふさわしい東アジア的教養を景観化したものです。
菖蒲田 光友の時代から続く園芸の記憶
菖蒲田では、江戸系を中心とする約1,800~2,000株の花菖蒲が植えられ、例年5月下旬から6月初旬に見頃を迎えます。
愛知県の観光資料では、光友が大名庭園で歴史上初めて菖蒲園を作ったとされる点が紹介されています。ただし現在の菖蒲田そのものが江戸時代から残る遺構という意味ではありません。光友の庭園文化と、江戸時代に発展した花菖蒲の品種改良を、現代の徳川園で継承する場所です。
花菖蒲は、野生のノハナショウブから多数の品種が作られた園芸植物です。江戸系は、庭で群生させて全体の景色を楽しむ方向に発達しました。一輪の花だけでなく、花の高さ、色の反復、水面、背景の建物まで含めて見てください。
牡丹園 富貴を表す花の王
牡丹は中国原産で、大きく華やかな花から「花王」「富貴花」と呼ばれてきました。武家の庭では、単なる植物ではなく、繁栄、吉祥、格式を象徴する花としても鑑賞されました。
春には牡丹の開花、冬にはわら囲いを施した冬牡丹の展示が徳川園を彩ります。建造物のように一年中同じ姿を見せるのではなく、季節と手入れによって庭の印象を変えるスポットです。
わら囲いは雪国の自然な風景のように見えますが、冬牡丹を美しく見せるための園芸的演出でもあります。庭園では「自然らしさ」そのものが、人の手によって丁寧につくられています。
光悦灯籠と織部灯籠
この龍仙湖の北側の牡丹園の脇には光悦灯籠があります。
龍仙湖を挟んで南側には織部灯籠があります。
漫画へうげもの読者ならピンとくると思いますが、
数奇者(すきもの)の本阿弥光悦の灯籠と、へうげものの古田織部の灯籠です。この二人は深い師弟関係にありました。
皆さんは灯籠と聞いて何を思い出しますか?
瑞龍亭 光友と尾張の茶の湯を結ぶ小さな茶室
名は光友の諡号「瑞龍院」にちなみます。意匠には、織田有楽斎を祖とし尾張徳川家で重んじられた尾州有楽流の「有楽好み」が取り入れられました。
建物だけを間近に見るのではなく、龍仙湖越しに西湖堤を望む位置関係にも注目してください。茶室は庭の景色を切り取る観覧席でもあります。
蘇山荘
庭園を歩き疲れたら、ぜひ蘇山荘へ。歴史ある和建築の静かな空間で庭を眺めながら一服すると、時間までゆっくり流れているように感じられます。散策の締めくくりにも、ひと休みにもおすすめの場所です。
徳川美術館
国宝「初音の調度」: 徳川家光の長女・千代姫が尾張徳川家に嫁いだ際の婚礼調度です。『源氏物語』の「初音」の帖にちなんでおり、明石の上が詠んだ「年月を松にひかれてふる人にけふ鶯の初音きかせよ」という和歌と、梅や鶯の意匠が精巧な蒔絵で描かれています。これは徳川美術館などで所蔵・公開されています。
鶯のさえずりは3種類あり、まず早春の「ケキョ」から始まり、春が進むと「ホーホケキョ」と鳴く。2つ目は、「ホーホケキョ」に続いて、「ケキョケキョケキョ……」と細かく鳴くのは、ウグイスが大声から始まって、谷を渡って小声になるようなので、ウグイスの「谷渡り」と呼ばれるそうです。3つ目は地鳴きで「チャッチャッ」とあたかも相互に静かに鳴きあっている。他にもピーキョなどの鳴き声がある。
江戸時代、家光の時代に宮廷の力は諸法度によって制限されましたが、同時に式年遷宮が復活しました。
蓬左文庫
徳川園のすぐ隣にある蓬左文庫(ほうさぶんこ)は、尾張徳川家が代々受け継いできた貴重な蔵書や古地図を公開している専門図書館です。現在では約14万点もの古典籍や絵図を所蔵し、一般の方も閲覧室を利用できます。
実は、この文庫の原点には徳川家康の蔵書があります。家康の死後、その蔵書の一部約3,000冊が尾張徳川家へ受け継がれ、「御文庫(おぶんこ)」として大切に保存されました。これが現在の蓬左文庫の礎となっています。
「蓬左(ほうさ)」とは、江戸時代に使われた名古屋の雅称(別名)です。熱田神宮を「蓬莱の宮」に見立て、その西側に開かれた名古屋城下を「蓬左」、名古屋城を「蓬左城」と呼んだことに由来します。
「蓬左」という名古屋の雅称は、江戸時代前期には既に使われていました。松尾芭蕉の『笈の小文』(1690~1691年頃)に「蓬左の人々」という表現が見られます。
「蓬左文庫」という名称は、大正初年(1912年頃)に尾張徳川家19代当主・徳川義親が命名したものです。
おわりに
今回は、徳川園を紹介しました。
次回は、文化のみち二葉館になります。
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