頑張らないといけないと思っていた。でも最近、「機嫌よく生きる」の方が大事だと思っている
正直に言う。
若い頃の私は、機嫌より成果を優先していた。
多少寝不足でもいい。多少疲れていてもいい。多少イライラしていてもいい。結果さえ出れば、それでいい。そう思っていた。仕事とはそういうものだと思っていた。
そして実際、その時期の頑張りが今につながっている。だから否定するつもりはない。あの時期に成果を優先したから、今こうして書く側に回れているのは事実である。
でも最近。
成功している人を見るより、機嫌よく生きている人を見ると、「いいな」と思うようになった。
これは諦めではない。野望が枯れたわけでもない。価値観が更新された、と言うのが一番近い。何を見て「いいな」と感じるかが変わった。それだけのことなのだが、人生全体の方向が少しずつ変わるくらいの変化だった。
第一章 成果を出しているのに、幸せそうではない人
PMを二十年やってきて、優秀な人をたくさん見てきた。
出世した人。大きな案件を成功させた人。収入が増えた人。社内で名前が知られた人。業界で発言力を持った人。
でも、成果と幸福は、必ずしも一致しなかった。
いつも怒っている人。常に不満を抱えている人。家に帰っても休まらない人。週末も仕事のことで頭がいっぱいの人。話していると、こちらまで肩が凝ってくるような人。そういう人も少なくなかった。
逆に、ものすごく派手ではないけれど、穏やかで、周りから信頼され、毎日を楽しそうに過ごしている人もいた。役職は中堅。年収もそこそこ。でも本人は機嫌が良くて、周囲も居心地が良い。
どちらが幸せなのだろう。最近は、そんなことを考える。
若い頃は前者に憧れた。今は後者に憧れている。憧れの対象が反転したというのが、五十代になってからの一番大きな変化かもしれない。
第二章 プロジェクトは、機嫌で壊れる
炎上プロジェクトの原因は、技術ではないことが多い。
二十年見てきて、これは何度確認しても結論が変わらない。要件定義の不備、技術選定のミス、見積もりの甘さ。これらは確かに失敗要因になる。だが、決定打にはならない。本当の決定打は、別の場所にある。
人間関係だった。
そして、人間関係を壊していたのは、能力不足より、不機嫌だった。
誰かがイライラしている。誰かが責める。誰かが余裕を失う。すると、チーム全体が少しずつ壊れていく。最初は小さな摩擦でも、不機嫌は周囲に伝染する。サーバーの障害でいえば、これは負荷の問題ではなく、一台の不安定なノードが全体のクラスタを崩壊させるパターンに似ている。性能ではなく、状態の問題である。
逆に、リーダーが落ち着いているチームは強かった。完璧ではなくても、不思議と前に進んでいく。意思決定が遅くても、なぜか着地する。トラブルがあっても、なぜか復旧する。
二十年見てきて、これほど再現性のある現象はなかった。リーダーの機嫌は、プロジェクトの稼働率に直結する。これはおそらくPMの教科書に書くべき項目なのだが、書いてある本を私はまだ見たことがない。書いても評価されないからかもしれない。「リーダーの機嫌を整える」では、論文として通らないのだろう。
第三章 不機嫌は能力ではなく、コストである
私は若い頃、不機嫌な上司を見て、「忙しいから仕方ない」と思っていた。
仕事ができる人だから、機嫌が悪いのもプロの証だと、どこかで美化していた。だが、五十代になってその上司の現在地を見ると、答えが出ている。
不機嫌だった上司の多くは、組織から静かに距離を取られていた。
実力はあった。能力もあった。だが、誰も近づかなくなっていた。情報が入らなくなっていた。相談が来なくなっていた。気づいた頃には、組織の中で孤立していた。
不機嫌は、能力ではない。コストである。しかも本人ではなく、周囲が払うコストだ。本人は気づかない。周囲が静かに撤退していくだけだから、抵抗にも遭わない。気づいた時にはもう遅い。
これは年齢を重ねるほど顕著になる。若いうちは「あの人は才能があるから」で許される不機嫌が、四十代を超えると許されなくなる。五十代を超えると、許されないどころか、致命傷になる。誰も指摘してくれないのが、年齢を重ねた人間の悲しいところでもある。
第四章 年齢を重ねると、「勝つ」より「気持ちよく続ける」が大事になる
若い頃は、勝ちたい。認められたい。成長したい。それが原動力だった。
健康だった。睡眠不足でも回復した。週末に少し寝れば、月曜日には戦闘力が戻っていた。あの頃は、機嫌を消耗品として使えた。多少すり減らしても、補充が間に合った。
でも五十代になると、もう一つの価値に気づく。
長く続けること。穏やかでいること。自分をご機嫌で保つこと。そちらの方が、結局は人生全体の満足度を上げてくれる。
これは降伏ではない。戦略の更新である。
短距離走の戦い方を、長距離走に持ち込んではいけない。ペースが違う。配分が違う。給水のタイミングが違う。五十代以降は、人生というプロジェクトの中盤戦に入っているのだから、序盤と同じ動き方をしていたら必ずどこかで燃料切れになる。これはPM的に言えば、リソース計画の見直しである。能力の低下ではなく、計画の更新だ。
「勝つ」は瞬間の話で、「続ける」は連続の話である。瞬間に強かった戦い方が、連続には向いていないことがある。むしろ、瞬間に強かった戦い方ほど、連続には向いていないのかもしれない。
第五章 機嫌は性格ではなく技術だった
昔は、機嫌のいい人は、生まれつきそういう性格なのだと思っていた。
天性の明るさ。育ちの良さ。生まれ持った楽観性。だから自分には無理だ、と。
でも違った。よく観察すると、機嫌のいい人には共通点があった。
よく寝る。無理をしない。嫌な人から距離を取る。一人の時間を持つ。頑張りすぎない。比較しない。情報を浴びすぎない。週末に予定を入れすぎない。期待値を上げすぎない。
これらは全部、行動である。性格ではない。
機嫌の良さとは、才能ではなく、生活設計だった。
私はこの事実に気づくのに、五十年近くかかった。少し遅い。だが気づかないまま終わるよりはましだと、最近は本気で思っている。
設計だと分かれば、再現できる。再現できれば、続けられる。性格は変えにくいが、設計は変えられる。これは、機嫌が苦手な人にとって、希望のある話である。「自分は怒りっぽい性格だから」と諦める必要はない。性格ではなく、設計の問題だからだ。
第六章 ご機嫌の最大の敵は「無自覚な過負荷」
ここで一つ、技術的な話をしておきたい。
不機嫌の原因は、たいてい一つではない。複数の小さな過負荷が、気づかないうちに積み重なっている。睡眠不足が二日。気の重い会議が三本。週末の予定が詰まりすぎている。気を遣う相手とのランチが続いている。これらが単独なら耐えられるのだが、合計するとキャパシティを超える。
サーバーで言えば、一つのプロセスが暴走しているのではなく、複数のプロセスが少しずつメモリを消費していて、合計で限界に達している状態である。これは原因が見えにくい。どれか一つを止めても、根本解決にならない。全体の負荷設計を見直すしかない。
人間も同じだ。不機嫌になった時、原因を一つに特定しようとするのは、たいてい上手くいかない。「あの人のせい」「あの会議のせい」と単独要因に帰属させたくなるが、本当は積み重ねである。だから、機嫌を保つには、日常の総負荷を監視するしかない。これがメモリ使用率の話と接続する。自分を責めるのではなく、自分のメモリ使用率を見る。怒りっぽくなったのは性格の劣化ではなく、リソースが逼迫しているサインである。そう読み替えると、対処方法が変わる。
第七章 機嫌のいいリーダーは、組織を救う
組織論として一つ付け加えておきたい。
機嫌のいいリーダーがいる組織は、情報が集まる。
部下が話しかけやすい。トラブルを早く報告できる。失敗を隠さない。質問しやすい。提案しやすい。これらは全部、機嫌の良さがインフラとして機能している結果である。
逆に、機嫌の悪いリーダーがいる組織は、情報が止まる。
トラブルが隠される。失敗が報告されない。質問が来ない。提案が出ない。気づいた時には致命的になっている。これも、不機嫌がインフラを破壊している結果である。
つまり、リーダーの機嫌は、組織の情報流通インフラそのものだ。性能の高いCPUよりも、安定した電源供給の方がデータセンターの稼働率には貢献する。それと同じ構造である。リーダーが安定して機嫌が良いというだけで、組織の情報処理能力は確実に上がる。これは精神論ではなく、運用論である。
第八章 機嫌よく生きるために、引き受けないことを増やす
ご機嫌でいるためには、何かを増やすより、何かを引き受けないことの方が効く。
全部の依頼を引き受けない。全部の誘いに乗らない。全部の意見に反応しない。全部のニュースを追わない。全部のSNSに反応しない。
これは前作の引き算の成長論と接続する。引き受けないことを増やせるのは、自分の許容量を知っている人だけだ。許容量を超えた仕事を引き受けても、いい仕事はできない。いい仕事ができないと、機嫌が悪くなる。機嫌が悪くなると、周囲との関係が悪化する。関係が悪化すると、さらに仕事が回らなくなる。負のループに入る。
このループを止めるには、最初の段階で「引き受けない」を選ぶしかない。これは冷たさではない。長く貢献し続けるための、プロフェッショナルな耐久設計である。短期的に断ることで、長期的に提供できるものを守る。だから「申し訳ないけれど、今回はお引き受けできません」は、誠実な言葉である。むしろ、無理して引き受けて中途半端な結果を出す方が、よほど不誠実だ。
結論
若い頃は、成果が人生を豊かにすると信じていた。
今は、機嫌が人生を豊かにすると感じている。
もちろん、仕事は大切だ。成長も大切だ。成果を出すことを放棄するわけではない。だが、優先順位が変わった。
成果は、機嫌の上に建てる。機嫌を犠牲にして成果を出しても、長くは続かない。長く続かない成果は、人生全体の蓄積にならない。蓄積にならない成果のために、機嫌を消耗するのは、長期で見ると損である。
最後に残るのは、役職でも、年収でもなく、「今日も悪くない一日だったな」と思える回数なのかもしれない。
最近、そんなことを思うようになった。
人生というプロジェクトの本当のKPIは、たぶん、機嫌のいい日数である。年収でも肩書きでもない。今日一日を、ご機嫌で終えられたかどうか。それを毎日積み重ねた合計が、人生の質を決めている気がする。
そして、その指標は、誰かに評価される必要がない。自分だけが知っていればいい。比較しなくていい。競争しなくていい。だから、本当に持続可能な指標である。
二十年PMをやってきて、最後にたどり着いたのが、こんなにシンプルな結論だったというのは、少し笑える話でもある。だがたぶん、これが正解なのだろう。シンプルなものほど、たどり着くのに時間がかかる。それが分かっただけでも、二十年は無駄ではなかったと思っている。
次回予告
昔は正論が好きだった。でも最近、「優しい嘘」の価値が少し分かるようになった
正論は強い。だが、人は正しさだけでは動かない。二十年PMで炎上案件を見てきた経験から、優しい嘘の構造を解剖する。シリーズはここから、単なる五十代論ではなく、二十年現場で見てきた人間の構造論へと深化していく。
本記事を含む一連の記事は、書籍化を視野に入れながら執筆を続けている。
気合や根性ではなく構造として自分を運用する。人を責めるより、構造を見る。自分を責めるより、構造を見る。優しいまま、壊れないこと。誰かに勝つ輝きではなく、自分を壊さず誰かを少し安心させられる光。短期評価ではなく長期残存価値である。
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