【連載小説】フルート五重奏 #3
先輩たちの前で、緊張しながら、初めて出した私のフルートの音色は、酷さを通り越して、もはや滑稽だった。
ヴォ———
音と言えなかった。空気の音しか聞こえなかった。船の汽笛のようだ、と思った。
先輩たちは、しばらく言葉を失った。
「フルートは他の楽器と違って、息を直接楽器に吹きこめないから、最初は雑音も酷いもんだよ。私も由紀子と同じだったから、大丈夫」
三ヶ尻先輩は、笑顔を浮かべながら、私を慰めると、隣の美月に楽器を手渡した。
ポ—————————————
信じられなかった。ほとんど雑音は聞こえず、音が澄んでいた。私よりも長く、音を伸ばせていた。
教室の空気が、一瞬にして変わった。
「美月、すごい! 期待の星だ! 最初から、これだけ音を出せていれば、練習次第で、すごく上手くなりそうだね」
「たまたまでしょ。大げさだって」
「やっぱり薄い唇をしているからかな。フルートにぴったりの唇だよ」
「薄い唇って、皮肉? 由希子みたいに、厚みのある唇のほうが良かったんだけど」
「いや、フルートを吹くためには、おちょぼ口って、明らかに向いていないから」
三ヶ尻先輩が、慌てて口元を両手で覆った。三ヶ尻先輩の言葉が、私の頭の中で木霊した。
私の生まれ持った唇は、フルートに向いていないんだ。
頭を鈍器で叩かれたようだった。
練習すれば、大丈夫。私も美月みたいな音が出せるようになるはずだ。
私の淡い期待は、日を追うごとに、薄れていった。
練習を重ねても、音色は雑音に塗れ、フルートという楽器から出ている音とは思えなかった。美月は、全体での基礎練習が終わると、いつも帰った。高橋部長の顔を見られない、教室に分かれて行う個人練習やパート練習に、全く興味を示さなかった。だが、美月は、上手くなっていった。
先輩たちから向けられる眼差しから、温もりが消えた。先輩たちから向けられる眼差しに、棘が含まれるようになった。
五月下旬、樋口先生がコンクール曲を発表すると、決定的に私を取り巻く空気が変わった。
「今年のコンクール曲は、『モンブラン』にします。パーリーは、楽譜を取りに来て」
樋口先生の鶴の一声で決まった『モンブラン』の楽譜を見て、意識が遠のいた。楽譜が黒かった。ほとんど十六分音符しかない。三十二分音符まである。
楽器初心者の私は、コンクールに参加できない。だが、コンクール直前に開催される、地区の連合演奏会には、参加する。曲目はコンクール曲である『モンブラン』に決まった。
ステージに立って演奏してみたい。練習を重ねても、上達しない。演奏する曲はコンクール曲である『モンブラン』。
『モンブラン』を吹きたい気持ちと吹きたくない気持ちが入り混じった。
『モンブラン』の練習が始まった。音が酷い。曲中でロングトーンもできない。指も回らない。
練習をさぼってばかりの美月は、物覚えが良く、指も器用だった。合奏の前に、少し練習をする程度で、徐々に、曲らしきものを吹けるようになった。合奏中、隣で吹いている美月までの距離が、遠く感じた。
*
「今日も〝反省会〟から始めるか。ほら、セッティングしてよ」
三ヶ尻先輩の甲高い声が教室に響いた。
私は、何も言わず、一つの机を挟んで、私と先輩たちが座れるスペースを作った。私の向かい側に、先輩三人が気だるげに、椅子に腰掛けた。三ヶ尻先輩と小河原先輩の目は、草食動物を狙う肉食獣のようだった。(続く)
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第7話
第8話
第9話(完)
使用した吹奏楽曲
