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【第7回】学校をハックした軌跡(後編) | 先生の「傷つき」を演算し、お互いの境界線を守るロジック

あの診察室の、面談の場の、何とも言えない歯切れの悪さ。

家に帰って、ガタガタのメンタルで必死に脳みそを回転させながら、私は考えていた。

「誰も悪くないのに、なぜか全員が苦しい。」

あの空間にあったのは、まさに現代の不登校を取り巻く、いびつ構造そのものだったのではないか。誰も娘を傷つけようとしていないし、みんな真面目にやっている。なのに、なぜ全員がこんなに苦しいのか。そこから、私の「境界線の演算」が始まった――。



今回、なにかと関わらせていただいた先生方。いろいろと衝突はあったけれど、正直に言うと、皆さんとても賢く、仕事熱心な「いい人」たちだ。

幼稚園の先生、小児精神科のドクター、小学校の担任の先生。皆さん本当に優秀で、それぞれの立場から、子どもたちのことを真剣に考えてくれていると肌で感じた。

あの診察室で、ドクターは診断名をつけることを嫌がった。「必要ならつけるけれど、的確に表す診断名がない」と。

今思えば、診断というラベルを貼った瞬間に、彼女がステレオタイプな型通りの支援に巻き込まれてしまうリスクを、プロとして危惧してくれていたのだろう。

つまり、私には「診断名」という学校を動かすための免罪符は最初からない。そして、私も私の立場で、真剣に娘のことを考えている。


誰も悪くない。なのに、どの先生とも初めは目に見えない壁があり、こちらを試しているような、値踏みされているような独特の感覚に陥った。

私は娘の尊厳を守るために、目の前に立ちはだかる「学校のシステム」という壁をなんとか崩したいだけなのに、それに協力してくれるはずの先生たちが、手前でさらに「新たな透明な壁」を作って身構えている。この奇妙な構造は何なのだろうか。

振り返って、その構造を演算してみる。
――あの透明な壁の正体は、先生たちの「傷つき」だ。

毎年、何人もの子どもたちが先生の前を通り過ぎては去っていく。そして、それと同じ数の親がいる。

当然、いろんな親がいる。第3回で私がドクターに向かって言ったように、「気づかないうちに誰かを支配したり、支配されたりしている」親は少なからず存在する。そして、我が子が「不登校」という危機的フェーズに突入した時、その親たちの「支配(コントロール欲)」が甚だしく暴発するのは、火を見るより明らかだ。

「誰かを支配する」という関係性は、強烈な他責を生む。自分の不安を解消するために、他人を攻撃するモンスターになってしまうのだ。

その攻撃の矛先は、真っ先に現場の先生へと向けられる。そうなった場合、先生は「組織のルール」という盾で身を守るしか打つ手がない。

あるいは、不登校の子ども本人や親御さんが、自分自身に向けて刃を突きつけ、悲壮感に暮れてメンタルを病んでしまうケースもある。

そうなると先生は、なぜかその「親の心のケア」まで背負わされることになる。私個人の意見としては、それは完全に先生の本来の仕事から逸脱していると思う。

ドクターに関しても同じだ。子どもの治療を始める前に、まず荒れ狂う親のケアから始めなければならなくなる。

きっと、現場ではそういうことが日常茶飯事なのだ。傷つき、疲れ果てた彼らは、防衛本能として「透明な壁」を張る。


こちらがどれだけ「子どもの問題だけを純粋になんとかしてほしい。」と願っていても、この傷つきの壁を崩さない限り、彼らは絶対にこちらの言葉に耳を貸さない。

いずれ時間は解決してくれるのかもしれないが、大人の1年と、子どもの1年は重みが全く違う。壁が崩れるのを待っている間に、子どもの状況は手遅れになるほど悪化してしまう可能性だってあるのだ。

彼らの放つ「透明な壁」のもう一つの正体は、『責任の境界線』だ。

彼らもまた、古い組織のシステムに縛られた、なんとも言えない立場にいる。子どもがレールの内側にいる間は、システムが先生を守ってくれる。しかし、一歩でもレールの外(不登校やカスタム登校)に出してしまったら、その後の学力や将来の責任を「なぜあの時、ちゃんと学校に来させなかったんだ」と上から問われかねない。彼らだって、レールの外に出した後の責任なんて背負いたくても背負えないのだ。

だからこそ彼らは、レールの外に出ようとする親に対して、無言のプレッシャーをかける。「レールの外に出るなら、ここから先は何があっても親であるあんたの自己責任。その覚悟、あるの?」と。あの値踏みされるような独特の空気は、「覚悟のない親」をシステム側に引き戻そうとする、彼らなりの防衛本能だったのだろう。

そうなると、対話の席はあっという間に、親と先生の間での「不安と防衛のデスループ」に成り下がってしまう。

親側は、「学校に行かないことでどうなっちゃうんだろう。ご近所の目もあるし、子どもの将来も……」という、正体の見えないモヤモヤとした不安を抱えている。
対する先生側は、その親の不安を察知して、「他責にされるのではないか」「責任を問われるのではないか」と、さらに身構えて防衛の壁を厚くする。

事実を見つめれば、本当はそこまで心配しなくていいはずのことなのに。親の不安が先生の防衛を呼び、先生の防衛が親の不安をさらに煽る。そうやってお互いにエネルギーをすり潰し合うだけの、不毛な時間が流れるのだ。


そしてもちろん、目に見える巨大な壁もある。
それは、法律や文科省が出している指針。

指針は時代の変化とともにどんどんアップデートされていくが、現場の学校がそれについていくには、かなりのパワーが必要だ。

私が娘に関係する部分を調べただけでも、「これを現場の先生たちが実行レベルにまで周知して落とし込むの、どれだけ過酷なんだ。」と気が遠くなった。

廊下での付き添い登校をしたあの6日間。私は、先生たちの教室での仕事をすぐ近くで見させてもらった。

本当に、頭が下がるくらいすごいことをされていた。小学1年生という、あのエネルギーの塊のような、まだわけのわからない集団を一人でまとめ上げるのは並大抵の技術ではない。

配られる膨大なプリント類、授業以外の時間の過ごし方を想像するだけで、完全にオーバーワークなのではないかとこちらが心配になる。

そんな過酷な環境のなかで、ほぼ毎日、私の携帯に電話をくれる担任の先生のことが、私は本気で心配になった。

そう。先生たちはシステムに擦り切れ、過去の親たちに傷つけられ、疲れ果てているのだ。


私は、提出した資料の冒頭にこう書いた。
「私が子育てで大切にしていることは、自分を好きでいることと、絶望的な未来を娘に演算させないことです」

それを軸にして、資料を作り上げた。
娘がこれからの人生で絶望しないために、今どう動くべきか。問題はそこだけだと定義した。

そして、「今すぐ学校に毎日通わせることは、今の娘にとって害でしかない。この先どうなるかはわからないけれど、私は長い目で見ている。」ということを、ハッキリと担任、スクールカウンセラー、ドクターに伝えた。

私がそうしたのは、学校に責任をなすりつけるためでも、逆に学校の責任を代わりに背負ってあげるためでもない。

それぞれが、自分で自分の決断に責任を持てばいい。ただそれだけのことだ。

周りが何を言ってこようと、最後に「学校を自分たちの仕様に合わせて利用する」と決めたのは私だ。

だから、その決断の責任は私が持つ。それは親として当然のことだし、子どもがまだ未熟なうちは、親がそうやって手伝ってあげればいいだけのこと。

だから、学校側が「不登校になられたら責任問題になる」と過剰に怯えたり、親側が「学校のせいで不登校になった」と責任をなすりつけたりする世間の空気感は、私から見ればどこか奇妙で、不自然に映った。

なんて、偉そうに書いているけれど、私も最初からこんな風に達観できていたわけでは決してない。


本当にマジで、毎日毎日、気が狂いそうになるくらいしんどかった。

進んでは倒れ、進んでは倒れを繰り返していたあの渦中では、私も不安で頭がおかしくなりそうだった。

だから、誰かのせいにしたくなったり、責任をどこかになすりつけたくなってしまう親御さんたちのあの張り詰めた不安は、私にもめちゃくちゃよくわかるのだ。

いや、私の中にあったのは、今回の不登校に対する不安だけではなかったと思う。

私は、支配されることがデフォルトの環境で育った、いわゆる「毒親育ち」だ。私自身が「世間の普通」を盲信した親に無理やり歪な型へねじ込まれ、本来の自分自身を奪われるという、もっと根深くてドロドロとした根底の不安をずっと知っていた。

だから、学校という巨大なシステムや世間の目に直面した時、私の中でその過去の恐怖と怒りが一気に呼び覚まされていたのだ。

今回の学校との怒涛のやり取りは、娘の居場所を守る戦いであると同時に、私自身が人生の根底にある「支配の呪い」から這い上がり、本当の意味で脱却するための戦いでもあった。

ボロボロになりながら壁にぶつかりまくった今回の一件があったからこそ、私はようやくこの「自分の責任のなかに、留まる」という場所にたどり着くことができた。

正直、当時の私のメンタルも毎日気が狂いそうなほどガタガタだった。だから、先生側の放つ悲壮感や、「かわいそうな親、心のケアが必要な面倒くさい親」という世間のレッテルに引っ張られそうになるのを跳ね除けるのは、結構きつかった。

診察室での対話も、担任の先生からの電話も、まずはその「お互いの責任の境界線」をきれいに保つための戦いだった。

悲壮感のない不登校の親なんて、今の世間では異端なのかもしれない。

だけど、かつての私のように自分の責任のなかにちゃんと留まれない人がいるから、みんな怯えて、周りが黙っていられなくなるのだ。

ハックするとは、論破することではない。
こちらが自分の責任を引き受けることで、結果的に、先生の背負っている余計な荷物を下ろしてあげることである。

私は、そう思っている。


結果としては、私の思うように学校を利用している。

しかし、先生たちの『学校(教室)に来ることがハッピーエンド』という信念は強靭だった。一旦わかってもらえたと思っても、すぐに元のOSが起動してすれ違う。

まだまだ対話が必要だ。


そんなある日、スクールカウンセラーさんがぽつりと言った。
『本当はね、居場所ルーム(別室)が自分に合ってるからここにいます!って、堂々と言えるようになればいいのにね』

古いシステムを崩すのは、私の説得ではなく、時代であり、私たちの出す『結果』なんだろうなと感じる。

そして、目の前の私たちの結果を見て、先生たちもまた、自分たちの古いOSをどう書き換えるべきか、静かに試行錯誤を始めているのかもしれない。


そんな感じでまだまだ調整の日々は続くだろう。



【第8回】学校のトラックを降りる日 | 100mスプリンターたちが広大な大地で生きる知恵 に続く。

▪️連載のラインナップ▪️

1回】「不登校という権利」の奪い方|周囲の同調圧力から自尊心を死守するサバイバル術

【第2回】WISC103」の罠|数値に現れない子どもの限界と脳のサバイバルモード

【第3回】病院をハッキングする方法|ドクターにA410枚の資料を叩きつけた理由

【第4回】子どもの牙を折らない育て方|ちまたのアンガーマネジメントが不登校児を追い詰める

【第5回】育児は最大の「自分を知るチャンス」|娘の全肯定が、過去の私の傷を救い出す

【第6回】学校をハックした軌跡(前編)|居場所ルーム拒否からの逆転劇。味方を作るルート

【第7回】学校をハックした軌跡(後編) | 先生の「傷つき」を演算し、お互いの境界線を守るロジック

【第8回】学校のトラックを降りる日 | 100mスプリンターたちが広大な大地で生きる知恵

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