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【第3回/全6回】「大丈夫かな」が増える日々と、親としての学び直し

地方公立から医学部へ 〜 ある家庭の子育て回顧録

-親子の時間、受験の現実、そして決断へ-
【第3回】第3章〜第5章/全6回(無料)
※初めての方はこちらをお読みください。

第3章 小学生期 -学びの芽が静かに育っていった頃-

姉妹それぞれの学びの芽が、静かに育ち始めた時期でした。
長女は、妹を見守りながら自分の芽もそっと育てていく。
──そんな健気な子でした。

小学生になると、幼少期に芽生えた「自分で楽しむ力」が、それぞれの形で静かに育ち始めました。

特に長女は、本が好きでした。

図書館で借りてくる分厚い児童書や、シリーズ物の物語を夢中で読みふけっていました。
大学院生になった今でも、帰省のたびに数冊の本を必ず手にして帰ってきます。

“読むことが生活の一部になっている”
そんな子でした。

一方で、次女は幼い頃から飲み込みが早く、気づけば姉より先にできるようになっている──
そんなことも珍しくありませんでした。

当然ながら、長女としては「ちょっと面白くない」と感じる場面もあったようです。
それでも長女は妹に対して決して意地悪をしたり、足を引っ張ったりしませんでした。

スキーでも、ピアノでも、ゲームでも、
妹が何かを覚えると、
「すごいね」
と素直に声をかけてくれる。

時には悔しさがにじむ瞬間もありましたが、

それでも彼女はずっと
“優しいお姉さん”でいてくれました。

これは親として、とても嬉しいことでした。

長女が読書を通して静かに世界を広げ、
次女が遊びと学びを交互に跳ねるように伸びていき、互いが互いの良いところに気づきながら育っていく。

この時期の姉妹の姿は、後の、
“自分のペースで学ぶ力”
“自学自習が自然にできる強さ”
の土台となった、とても大切な時間だったのだと思います。

第4章 中学生〜高1 -勉強を強制しなくても伸びる子、伸ばし方が分からない親-

──娘は自分の力で歩き始めていたのに、大学受験というテーマが現れた途端、私は親としてどう向き合えばいいのか分からなくなっていました。
そのことの重大さに気づくのは、もう少しあとのことです。

●4-1 「勉強しなさい」は言わなくてよかった

娘たちの勉強について、私はほとんど口を出しませんでした。

「宿題やった?」
「もっと勉強しなさい」
そんな言葉をかけた記憶は全くありません。

自然に机に向かい、
自分のペースで学びを進めていく──
それが娘たちにとって当たり前だったからです。

特に次女は、小学生の頃から、先生方や友だちの親御さんに、

「勤勉で優秀」
「本当にしっかりしている」
とよく言われていました。

親としてはもちろん嬉しい。
でも、娘が褒められるたびに、なぜか私にはプレッシャーのようなものが生まれていきました。

その不安がどこから生まれていたのか。
それは後で突き付けられることになります。

●4-2 知識不足を痛感した日、“学校に任せれば大丈夫”という思い込み

娘たちは自分のペースで学び、
親が何も言わなくても自然に成績を伸ばしていきました。

長女が中等学校に進んだ時も、私は「この学校は近隣の学校の中では進学実績も良いし、任せておけば大丈夫だろう」と、どこかで思い込んでいたところがありました。

しかし、その安心は高等部3年の初夏、
学校主催の受験説明会で一気に崩れました。

進路指導担当の先生の説明も、会場で飛び交う保護者の質問も、私はほとんど理解できなかったのです。

「総合型選抜の出願条件は…?」
「共通テスト後の自己採点の提出は…?」
「併願パターンの具体例は…?」

どれも聞いたことがあるようで、意味がわからない。
学校から配られる資料を読んでも、ピンとこない。

その瞬間、気づきました。

自分は勉強の指導どころか、
受験制度すら理解していない──

私は大卒と言っても、商業高校から今でいう推薦入試のような形で面接と2教科の学力試験、さらに専願(単願)で進学しています。なので、当時の共通一次も受けていませんし、大学受験全般においての知識や経験がほとんどない状態でした。

そんな状態のまま、娘の進路決定の時期を迎えていたことを突きつけられ、娘が褒められるたびに感じていた“謎のプレッシャー”の正体が見えた気がしました。

「自分は本当に、娘たちを支えられるのだろうか?」

そんな不安が、静かに胸の中で大きくなっていきました。

けれど、この気づきだけでは、私は結局、変われませんでした。
この時は自ら動くことはできませんでした。

第5章 長女の大学受験 -悔しさから始まった学び直し-

──受験は、子供だけの戦いではありませんでした。
親である私自身の無知が、その重さを突きつけてきたのです。

●5-1 本意では無かった受験結果と、そこに残った私の悔い

次女の医学部受験を語るうえで、どうしても触れずにはいられない出来事があります。

それは、長女の大学受験の経験です。

長女は、偏差値50台の地方公立中等学校から、難関と言われる国立大学を目指していました。
今振り返ると、高校偏差値からしても、そもそも簡単ではない目標でした。

でも努力家で、成績も安定していて、学校の先生方からも、

「目標として妥当」
「十分狙える」
と評価されていました。

実際に、模試の結果や共通テスト本番の結果(国語183点!)だけを見れば、可能性は十分にあったと思います。

ところが最終的に進学したのは、目標としていた大学とは、正直かなり隔たりのある結果でした。

もちろん、進学先の大学を否定するつもりは全くありません。

むしろ娘はそこで良い友人に恵まれ、学びに刺激を受け、その後は自ら希望して大学院へ進みました。
結果だけを見れば、“成功”と言っていいのかもしれません。

しかし、この受験結果と向き合った時、私は強烈に痛感したのです。

これは娘の実力不足では無かった。
親である自分の知識不足だったのだ、と。

思い返せば、共通テストを終え、これから二次試験を迎える大事な時期でした。

心配していた共通テストが比較的良好な結果に終わったせいか、少し娘の気が緩んでいるように感じ、「大丈夫か?」と声をかけました。

すると、長女は──

「次に何をしたらいいのか分からない」と、私に言いました。

完全なる娘からのSOSでした。
してあげられることがあったはずでした。

それなのに、私は十分な返答や助言をしてあげられなかったのです。
自分も分からないことを言い訳にして、何も行動を起こさなかったのです。

大学受験とは、学力だけで進路が決まるのではなく、同じ学力であってもその戦略次第で結果が大きく変わる世界です。
そして、適切なタイミングで適切なアドバイスができる伴走者の存在が不可欠だと、思い知りました。

あえてもう一度書きます。
大学受験とは、学力だけでなく、

  • 受験制度や併願方式の知識

  • 共通テストの傾向と対策

  • 得点調整などの知識

  • 模試判定の読み方

  • 各大学の難易度や配点バランス

  • 得意科目や問題傾向との相性

  • それらを踏まえた適切な志望校・併願校設定

  • 最終的に“どこを受けるか”のスピーディな意思決定

  • “この時期に何をすべきか”を明確にするスケジュール管理

こうした“情報戦”でもあることを、私は長女の受験を通じて、初めて理解しました。

娘は頑張っていた。

でも私は、その頑張りの結果を最大化する方法を知らなかった。
その悔しさと反省が、私を次の行動に向かわせました。

●5-2 父親としての“学び直し”が始まった

「次は同じ思いをしたくない、させたくない」
「もっと知らなければいけない」
「親が情報弱者ではダメだ」

その思いを噛みしめながら、私は受験について本気で学び始めました。

主にネットで情報収集し、時間があれば学習方法や受験に関する記事を読んでいました。

特に、大学受験に強い、大手の塾が発信する情報を詳しく得られたのは大きなことでした。
分からない項目があれば検索で調べ、時には直接問い合わせたりもしました。

その結果、受験において“塾の存在”が昔と少し違う意味を持っていることに気づきました。
偏差値だけでは測れない、勉強のやり方や受験の戦い方を教えてもらう価値をようやく理解したのです。

私の住んでいる地方では、実際に通えるような場所には無かったものの、ネットを通じて、受験テクニックと言われるようなものを少しずつ学んでいきました。

そして、この経験で得た知識が、後の次女の医学部受験に大きく役立つことになります。

(第4回へ続く)

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